中村佳子のレビュー一覧
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ネタバレ人間・ダニエルと、彼をクローニングして生み出され、何十代もクローンとして再生を繰り返したネオヒューマン・ダニエルの手記が交互に語られる変則的な構成。
『素粒子』の続編的な作品と聞いて読みだしたけれど、読み終わってみると、『素粒子』よりドライでハードな物語だった。続編というよりも、訳者あとがきで説明されているように、『素粒子』の本編とエピローグの中間に位置する作品。
数多くの、真実に見えるフレーズが散らばっているけれど、総体として見たときには、やはりこの主題―性欲のみが人間の持てる唯一の欲望かつ喜びであり、若者のみがそれを享受し、それ以外の人間はその欲望の向こうに作り出した愛という概念に引きずり -
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ネタバレ「服従」がベストセラーとなっているミシェル・ウェルベックの長編2作目。彼の作品は初めて読む。現代のフランス(を中心とした西欧社会)において、彼の視点はただただ人間の欲望というものの発露の仕方に向けられているようだ。露悪的ともいえる文体で、「普通の」人間の中にある欲望、殊に性欲についての描写がしつこくまとわりつくようで、濃密である。どこかで開高健が「作家の善し悪しは食事とセックスをきちんと書けるかどうかでわかる」というようなことを書いていたが、この作品では(フランスが舞台でありながら!)食事の描写はわりあいさらりとしていて、その分すべての技巧やレトリックをセックスとそれにまつわる哲学に費やされて
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ネタバレストーリーがアドルフの目線で語られるので、アドルフが自分の都合のいいように自分の行動や心の動きを正当化しているのが手に取るようにわかる。女性の読者は、相当不快に思う方もいるのではないかと。はっきり言って男性目線でもアドルフは救い難いやつだなと思う反面、アドルフ程ではないにしろ少なからずそういう人間的弱さが自分にも必ずあることを否定できないし、そういう弱さがあることを常に意識して、間違っても「自分はアドルフのようには決してならない」などと高を括ることはしないようにしなければならないと思う。
【あらすじ】
恋愛をすること自体を目的とする実験の開始 → 籠絡するつもりが気が付けば女性の魅力にハ -
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ネタバレ闘争領域の拡大
パリに住むシステムエンジニアが徐々に、緩慢に壊れていく作品
特にあらすじを見ずに読んだため、ストーリーのなさに驚きつつも、主人公に共感しながらページを手繰らされた
最初は人々はロールプレイをしているし、社会の機構に定められた行動をこなしているだけで、自由主義を語っておきながら自由意志から来る選択とは毎日選ぶ食事くらいだと悲観的になる
教会で働いている唯一の友人に、主人公は人との関わりの希薄さを忠告される
「合意に向かうように言葉をはいた」
次にペアでエンジニアリングの営業に行くことになった
ペアの男はどうていを拗らせ、醜い容姿にコンプレックスを抱き、常に女性とやる事を考えてい -
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コンスタン唯一の作品らしいが、序文で、コンスタン自身、本作品のことを手慰み的作品と自虐的に書いている。本心かは分からないが。三島由紀夫は本作品を絶賛しているよう。
男爵の愛人エレノールを奪った後、アドルフの気持ちが徐々に離れていった後も、煮え切らない態度が続く様は、読んでいて歯痒い。当時の上流階級の子弟は、仕事らしい仕事をせずとも、ダラダラ恋愛ごっこで無為に時間を過ごせてしまうくらい余裕があったのだろうか、とも思ってしまう。
年の差10歳(エレノールが年上)というのは、健康寿命が長い現代でもまあまあ大きい方だが、当時は更に大きく感じる差だろう。19世紀の小説では、ちょっとしたことで体調を崩 -
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初ウエルベックなので読み方が手探りだった。
主人公の「僕」と醜男ティスランが主流になり、恋愛という自由主義を求めて彼らの世界が「拡大」していく。
そう信じていたにも関わらず、その拡大の仕方が頑張れば頑張る程に良くない方向へと転落してしまう。
ウエルベックを読むにあたり、登場人物に同情(共感)する事によって読み手の世界も拡大していくとあとがきで分かった。
仕事、恋愛、性生活とテーマが3つあるけど、登場人物全てが日常に潜む人間ばかりでよりリアリティを帯びる。
主人公は観察者であり、観察する事により自分の内部で噛み砕いて分析をするけれど、取り込むことはせず、だけど敏感に感じやすい体質なのかマイナス面 -
Posted by ブクログ
ネタバレ現代フランスの作家ミッシェル・ウエルベック(1958-)の第一作品、1994年。資本主義的な「自由」が到り着いている地点を描く。
資本主義社会では、すべてが同一平面上に並置させられてしまう。すべてがフラット化してしまう。超越的なものが引きずりおろされてしまう。即物的無価値(金、力、快感、効用)へと還元されてしまう。世界がひとつの巨大な商品陳列棚、ランチプレートに成り下がってしまう。則ち、一切のものが貨幣という統一の尺度で比較され計量化される商品と化す。コミュニケーションは互いに商品ラベルと値札を貼り付け合うだけ。外部はありふれた商品として内部に繰り込まれ、消費されるだけ。一切の出口は予め塞が