中村佳子のレビュー一覧
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老いるのが怖くなる小説だった。
人が不死の技術を手に入れて、肉体が老いてもまた新たな肉体を手に入れることができるようになり、そうした未来の可能性において人類はほとんど解脱に近い静穏な状態なのだけど、そうした描写になぜか息が詰まる。宗教SF。
その未来のダニエルの視点で現代のダニエルの手記を見通すなかでそこに何かしらの郷愁の念があって、手記を読むという行為そのものにやはり「感情」に対する執着が描きこまれているように思う。
そうした構造も面白いし、さらに現代ダニエルは皮肉屋のコメディアンかつ映画監督として栄華をものにし、快楽主義をつらぬいてセックス三昧。またこの性描写がたまらないのだけど、やはりそれは肉体の老いという陳腐な問題のなかで静かにすべてを失ってゆくという深い絶望感が最高の切れ味で描かれていていい(ダニエルは基本的に嫌なヤツなのでな、共感はするが)。
前半とラストが好き。 -
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人生の成功者による快楽の追求。その果ての絶望を描いた傑作である。人は誰も老いには勝てない。描写は情け容赦なく、描かれた性への渇望はグロテスクである。主人公のダニエル1の若い女性に対する執着心、特に最後の無様な姿は見苦しく醜悪だが、それは単なる性欲を超えた一人の人間としての絶望の叫びだ。愛と性に対して彼はとにかく誠実で、故に、彼の絶望は痛いほどに理解できる。若者と老人は対等ではない。未来に対する絶対量が違う。性的な意味での需要の無さや性的不能がそのまま人間としての価値に直結し、それはカネではどうにもならない。若さの価値を理解していればいるほどに、この物語は悲しく映る。だからこそある島に可能性を求めたわけだが、性やユーモアから解放されても、ネオヒューマンは幸せとは言えず、ネオヒューマンであるダニエル25の目を通して見た未来は理想郷とはほど遠い。文明を失い、野生や獣性をむき出しにした野人の姿は物悲しく、築き上げた文明が失われてしまった喪失感に苛まれる。また現代と遠い未来のダニエルが両者ともにペットを失うくだりも悲しく、現代では底辺ブルーカラーに、未来では野人にと、下の階層のものに奪われるという符号が中々に皮肉的で、階層の違う人間の断絶を表すのが非常に上手いと思った。人間の問題やシステム的な欠点を取り除いた未来になっても、そこに幸せはなく愛は存在しない。ただ、全てが失われてしまった後の空虚や絶望の中でも、生だけはひっそりと息づいている。
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他者を避けることが最高の贅沢となった、個人主義が行き着く果てを描いた世界の物語。難解かと思いきや内容は非常に分かりやすく、絶望と諦観に彩られた筆致はリーダビリティが高い。物語性もあり、前半の観光ツアーからの出会いと性、そして欧米市場に第三世界の買春ツアーを持ち込むことで、西側世界の価値観を揺るがそうとした男女がやがて悲劇的な結末へと流れ落ちていくさまは非常に読みやすく面白かった。多くの男が感じている現代女性に対する恐怖感が、はした金で娼婦を買う方向へ流れていき、その部分のニーズや解消されない性欲を第三世界の買春で埋めるというアンサーはかなり過激である。誰しもが倫理観や嫌悪感でブレーキをかける所を露悪的に暴きだしていく筆致は人を選ぶだろうが、無視できないリアリティに満ちているのだ。結局は生きにくさを性にすがりつくことで凌ごうとする、上手く生きられない人々のための物語であると思う。
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203年前に出版されたフランスの作家コンスタンによる『アドルフ』
三島由紀夫が「コンスタンの『アドルフ』こそは、再読三読に堪える小説である」と言った恋愛小説。
以前、こんなエピソードを何かの本で読んだ気がする。
もう役目を終えたと思ったそれまでずっと元気だった老婆が「もういいかな」と言い死ぬことを選び、老衰して死んだというもの。
この小説を読んでも、人は実は死に時というのは自分で選べもするんじゃないだろうかと。
それほど人間の意志の力は肉体に影響するものなんじゃないかと。
フィクションだが、
コンスタンの実体験を織り交ぜ込んであろう物語。
破局的な恋の行方は痛切だ。 -
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ネタバレ一つの人間が生きて誰かを愛して愛そうと思って、老いてゆくありふれた生の中に、永遠の命を科学的に成立させられる宗教があり、そしてその永遠の命を獲得した1人の人間のコピーが一つの島の中で終わっていく話。
ウェルベックを読むのは闘争領域の拡大に続いて2冊目。
人によって好き嫌いが分かれるのはわかる。
金を手に入れた人間の性への執着がすごい。やたらとセックスセックス、フェラチオフェラチオ、と語彙が並ぶ。多分ここがダメだと絶対中盤でむりだと思う。
けど、いくらセックスをしても、足りないし満たされない。ウェルベックが話の主軸にしているのは愛なのではないか
「いくら誰もがある程度の抵抗力を持っているといっても、いずれ誰もが愛のために死ぬ。というより、愛の欠如のために死ぬのだ。」
主人公のダニエルは、コメディアンとして成功する。そのコメディは人間を観察して分析して笑いに変えるものだ。ダニエルは、人間をよく見ていて、なおかつ批判的で、ちょっとというかかなり斜に構えている。これはこういうものだ、こういう人間はこうだ。そういうのを理解していながら、一人の人間の膣の中でしか安らぎを得られない、幸せだと思えない。
「ふたりきりで生きる孤独は、同意ずくの地獄である。」と結婚生活を語る。
孤独とは愛がないことだ。
愛は1人で生まれない、ダニエルが欲しているのは他者からの愛であり、自己愛ではない。
「無条件の愛情が幸せになるための必須条件であることは、すでに人間も把握していた。」
信仰宗教のエロヒム教が出てきて話は変わる。
この宗教、実在した宗教らしいですね。
永遠の命を獲得するための宗教で、永遠の命の中では人間は本当に自由になる。社会は愛を嫌うようになり、自己愛の社会になる。この辺の流れがすごく好きだった。
ダニエルはこの宗教のまっただなかにいて、愛がなくても生きていけるようになるはずだった。しかし、ダニエルはそれでも愛を求める。数多くの人間が体を不要として、他者とのコミュニケーションが不要になり、愛や家庭なんて不要になった中で、ダニエルは最後まで愛が足らない。愛の欠如によって死ぬ、前時代の人間だ。
人をけなして、見下して、それでも愛が欲しい、人が生きるには愛が必要で、そして人は老いる。
「とにかく、公平な見地からみて、人間は幸せではありえない。どう考えても幸せに向いてない。」
「まったくこの世界ときたら、実にシンプルだ!おまけに出口がないときている!」
この本のいいとこ、人間が嫌いなのに(多分そうだと思う、大体バカにしてるし)人間を愛したいし、人間に愛されたいし、人間の愛が無条件の愛情、それも肉体的に与えられるものが最も幸福だと書いてあるところだと思う。そんなのほぼ幻想だと言ってるし、人間は老いるし灰になるけど、愛が1番至高なのだ、それがなくなるから人間は死ぬ。いくら永遠の命を手に入れても、愛が足らないから死ぬ。
人生は大体の人間が語りつくしているなという気持ちにさせられる良い本だった。電子書籍で読んだけれどめちゃめちゃ好きなので書籍版も買う。 -
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この本を読んで進撃の巨人を思い出した。人間を内側と外側から容赦なく捕食する得体の知れない「何か」、あるいは人を疑うしか能のなくなった半狂乱の民衆はあの獰猛な巨人と重なる部分がある。訳者の言う通り、オーウェルの『1984』では現代の説明に齟齬が生じるようになってきた。20世紀まで支配していた目に見える戦争の脅威は目に見えない神聖なもので人を支配する時代に取って代わられた。それが何なのかはテレビや新聞で絶えず情報を取り入れている現代の先進国の人々にとっては明白なことであろう。壁の外にあるものが何なのか、ヨラー、アビ、グカビュルは何者なのか。その疑問は自由が故に生まれる反抗意識の前兆である。トーズは「戦争が起きる」と言った。それは自由を取り戻すための戦いである。同時に、アビに使える導師、コアの祖父がバリスから宗教を守るための聖戦に大量の死者を出したのと同じ戦いである。「正しさ」はとっくの昔に失われてしまった。もはや私たちの将来で待っているのはアビスタンのように砂漠とゴツゴツとした無機質な機械や安っぽい建物しかないのだ。あとはトーズのように昔のノスタルジーに縋るのか、はたまたさらなる争いによって終わりのない苦しみと引き換えにインスタントな自由を得ようとするのか。それは分からない。分かることは私たちの「本質」が今まさに変わろうとしていることだけだ。私たちにできることはそれを認識し続けることだけなのかもしれない。
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読み応えのある、読む価値を感じる作品。
ウエルベックの作品はすべて読もう。
著名お笑い芸人ダニエルの人生記と、それを確認し、注釈を加える2000年後の彼のクローンたち(24代目と25代目)の物語。
ダニエルは辛口で卑猥な芸風で世間の人気を得、二人の女性を真剣に愛するものの、老いには逆らえず、愛に振り回される。カルト宗教団体エロヒム会に入り、遺伝子を残す。
エロヒム会は独自の研究で遺伝子からクローンを作り出すことに成功し、子供を作らずクローンのみで世代を繋ぐ新しい人間を構想する。新しい人間は口から食べ物を摂取することもなく、排泄もせず、一定の期間を経て肉体が衰えると、次の世代に交代する。感情の起伏は少なく、愛も感じない。従来の人間とは区別し、ネオ・ヒューマンと呼ばれる。
クローンである子孫たちは祖先の人生記を確認し注釈を加えることだけに明け暮れる。
しかし愛や感情の必要を感じた25代目ダニエルは、外の世界へ飛び出す。そこは核戦争や大干ばつによって人類がほとんど滅びた不毛の世界。一部が野人として文化のない動物のような生活を送っている。
25代目ダニエルは愛を求めてさすらうが、それは叶わず、無限の海と無限の雲が広がる場所で肉体が滅びるのを待つ。
愛に耽溺し、争いごとが好きな人類は滅亡に至らざるをえないが、かといって他との接触を絶ち愛を知らない状態で世代を重ねても果たして生きていると言えるのか。
人間はこの苦悩を忍び続けるしかないのか。
エピローグのとてつもなく広い世界に放り出された間隔が読んでいて印象的だった。
しかし隅々まできちんと理解しているとは思えない。
次に読めばきっとまた新しい発見があるだろう。
少し本筋からは逸れるが、クローンというのは遺伝的にまったく同一人物ながら、
中にある意識としては同じ人物が継続しているわけではない。
そう考えると自分というのはいったい何だろうと少し思った。
あと、犬がいい。
犬にはずっと楽しく生き続けてほしかった。 -
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ネタバレ読み終わって、思いの外、哀切な恋愛小説だったのでは…と思ってしまいました。
ヴァレリー、ミシェルが同じような心を抱えてると感じたから惹かれたんだろうか。でも、ずいぶんと主人公にとって都合がいいヒロインだな。
これ書いてる今、主人公の名前がミシェルだというところにハッとしました。全然意識せず読んでた…
主人公も恋人も、かれらが出会って仲良くなる人たちも揃いも揃って楽しみがそれしかないのか?と思うけれど、類友と言われたらそれはそう。
趣味合わない地獄にはならないからいいのかな。後々、ビジネスにして一瞬大成功するし。
読んでる場面に出てくる人たち、普通にその辺にいるのに全裸だったりするのが多いので面食らいます。
開放的すぎる…性愛も。。。女性2の3Pも超ある。
幸福を感じた直後にそれが永遠に喪われたシーン、連続して描かれるところに圧倒されました。
後から書かれた「服従」や「セロトニン」を先に読んでしまってるけれど、フランスの農業政策が落ち込んでるところやイスラム描写は繰り返し描いてるのかな。
ミシェルもヴァレリーも、語尾に「…」が入ってることが多かったので長くは続かないだろうなと思ったけれど、単に失恋して離れるかと思いきや。
最終的に、積極的に生きない緩慢な死みたいになるのもずっと同じ。
どことなく「人間失格」みたいだなと思ったので、これは好悪が極端に分かれるだろうなと。一緒にするのはダメかもしれんけど読みながら連想してしまいました。
タイトルはどの「プラットフォーム」だろうと思ってたら「鉄塔の足場」のプラットフォームらしい。ぴったりのタイトル。 -
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ネタバレウエルベックは読んでいるとしんどくなる…笑
自分も老いを感じているからだろう
性行為がなくなると、相手の体が、なんとなく敵対しているものに思えてくる。それがたてる物音、その動き、その匂いが気になるようになる。そして、もはや触れることもできず、交渉を通して聖化することもできない相手の体は、少しずつわずらわしいものになっていく。残念ながら、周知の通りだ。エロチシズムの消失にはもれなく愛情の消失がついてくる。純化された関係なんて存在しない。高度な魂の結びつきなんて存在しない。それらしきもの、それをそれをほのめかすようなものすら存在しない。肉体的な愛が消えたとき、すべてが消える。毎日が陰鬱で平板な苛立ちの連続になる。しかも肉体的な愛に、ぼくはほとんど幻想を抱いていない。「若さ」「美」「力」肉体的な愛の基準というのは、ナチズムの基準とまったく同じだ。ようするに、僕は途方に暮れていた。(p.79-80)
奇妙な物語だった。悲痛な、胸の引き裂かれるような物語だったね、かわいい君(マ・べル)。…つまり僕の中のなにかは常に、自分がついには愛に出会うことを知っていた(ここで言う愛とは、相思相愛のことである。唯一、価値があり、唯一、人を実際にそれまでとはちがう認識の次元、つまり個体性がひび割れ、世界の状況がちがって見える次元に導くことのできる、唯一、継続してもよいことになっている愛だ)。(p.189)
愛は人間を弱くする。そしてふたりのうちの弱者が、もう一方によって虐げられ、苛まれ、ついには命を奪われる。虐げ、苛め、命を奪うほうには、悪気はない。そういう嗜好もない。あるのは完全なる無関心だけだ。これが、人が通常、愛と呼んでいるものだ。…
そして僕は事実を受け入れはじめた。エステルが強者なのだ。そして僕にはもう自分の人生をどうすることもできない。(p.206-7)
束縛のない愛があるとすれば、それは人が悦楽に溢れた環境で、あらゆる恐れ、とりわけ、打ち捨てられる恐れや、死に対する恐れから解放された場合だけだろう。少なくとも永遠という条件が満たされていなければいけない、それ以外にはありえないと思う。つまり、そんな条件は実現されていない。(p.219-20)
皮肉や、諧謔、ユーモアはいずれ廃れる運命なのだ。なぜなら来るべき世界は幸せの世界であり、もはやその世界には、それらの居場所はないからだ。…
そしてこの世界ではじめて、終わりのない愛を実現するかもしれない。倦怠が、愛を終わらせることはない。というか、そうした倦怠を生むのは、焦燥、肉体の焦燥なのだ。肉体は、いずれ死ぬ運命を自覚して焦り、生きたいと焦り、猶予のあるかぎりいかなるチャンスも逃したくない、いかなる可能性も逃したくないと焦り、老い先短い、落ち目の、しょぼくれた人生をめいっぱい利用したいと焦り、それなのに、人がみな、老い先短い、落ち目の、しょぼくれた存在に思えて、誰も愛することができずに、また焦るのである。(p.336)
僕らの肉体にはまったくなんの繋がりもない。僕らは同じ苦痛を味わうことも、同じ悦びを味わうこともできない。僕らは完全に別個の存在だ。(p.373)
僕は、驚愕と嫌悪とともに気づいてしまった。僕は、それでもあいかわらず(とはいえこれは純粋に理論としての話であって、自分に関してはすべてが終わってしまったのはよくわかっている。僕は残ったツキを無駄に使い果たしたのだ。僕はいままさに旅立ちのときにある。終止符を打ち、結論を出さなければならないときに来ている)、とにかくそれでも僕はあいかわらず心の底で、そしてあらゆる明証に反して、愛を信じているのだった。(p.442)
愛は個人の自由や、自立の中には存在しない。あるとすれば虚構である。思いつくかぎり最も見え透いた虚構のひとつだ。愛は、無への、融合への、自己消滅への欲求の中にしかない。かつて誰かが言った大洋の感覚のようなものの中にしかないのだ。(p.461-2) -
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200年以上昔のフランスの著書なだけあって時代背景や人物を捉えるのに幾分か苦労した(人の呼び名がいくつもあるのもあいまって多少苦労の増幅があった)が、普段よりじっくり読むことで理解が深まったように感じたため、そこは実質的にはプラスに働いたように思う。
内容としては、愛情(ここでいう愛情は恋愛的な愛情ではなく人間的な愛情)や世間との繋がり方に対する思い、生き方など、広く描きながらもそれぞれ深く描かれており、読後に余韻に浸りたい気持ちになるとても良いものであった。名著といわれるのも納得。
映画などにしても(既にあるかもしれませんが)趣深い作品に仕上がると思う。 -
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この手の穏やかながら深い波のある小説を久々に読んだ。
主人公は徹底的に世の中を俯瞰した風に見て、あらゆる人間を小馬鹿にしているように見えつつ、自身の欲求に素直な、所謂普通のやつ。
ヴァレリーという20代の女っぷりのいいキャリアウーマンというザ21世紀の女性と一緒にいることで幸せ全開。
性産業をビジネスチャンスと捉え邁進するところに、金儲けだけではなく、西洋人の欲求追求の姿勢(西洋人は資本主義社会にいて、物質的幸福を追求する一方、彼らだけで性の満足を得られなくなっている。ある意味それは非文明国よりも哀しいことでもある。だからアジアで自身の性を解放する旅行には着実なニーズがある。)を深く見据えている。視点としてとても面白い。宗教的観点や道徳の問題ももちろん上がるが、そこはあんまり気にしない姿勢がこの物語の邁進力を上げていて面白い。
終盤のこれからタイでの2人の生活(資本主義的ではなく、2人で退屈な島で幸福に暮らすというあまりにも面白くない幸福)を選んだ末の事件はあまりにもドラマ的だ。9.11の預言だなどと言われているが、実際に性産業をビジネスにした彼らへの天罰というメッセージとして作者がこの構成にしたのではあまりにも面白くない。俗っぽい見方だが、「人間は何かを諦めて何かを楽に得ようとすると、かえって全てを失ってしまうことがある」ということではないか。
彼らの性への貪欲さとそれを受けて必死こいてビジネスにするリスキーな生き方をより輝かせたかったのか。非常に面白い物語だった。 -
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人と感想を話すことって大事だなーと思う
特に本の入り口が、「人からお勧めされた」時は感想を必須で誰かと話さないと自分の中にモヤモヤが残ってしまう。
これ面白いね!だけじゃなくて、これ気持ち悪いね、、って時は特にそう。
ウェルベックはめちゃくちゃハードル上げられた本だった。でも、2005年にこれが出てきたのが凄いことだなって思うだけで、本当に深いことを語っているのか?となってしまった。
中年男性のセックスに焦点を当てすぎているし、その描写が無理だったとかではないんだけど、シンプルにもっと短くその惨めさを描くことはできたんじゃないかと思う。描きたいことに対して冗長だと思ったんだ。あでも「人生紀」というコンセプトだからそれは違うのか。
だとしたら評価めちゃくちゃに変わるかもしれない。人生紀がそう言うしょうもない冗長なことを書いて本当に大事なことは一瞬の煌めきを残して、その煌めきが他の人を狂わして、素敵だ!!!!
大好きになった今。
「愛」とか「社会」とか「孤独」とかじゃない。そんな壮大なテーマじゃない、1人のすぐそばに生きている人間にフォーカスを当てれば無限に出てくるものだ。
街を観察しているときにたまに感じるあの「光」の感覚だ。
じゃあキリスト教やんけ!と思ったけど、そうじゃなかった。それはキリスト教が、キリスト教以前から大事なことを自分たちの教義に入れているだけか。
そういう構造にもたまに騙されそうになるな。
早くのさちゃんの意見が聞きたいな〜