平野啓一郎のレビュー一覧
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ネタバレ身近な人を亡くした人なら誰でも、生き返ってくれたらどれだけよいか、また会えたら話せたらどれだけいいか、何度も空想すると思う。復生者という概念は完全なるファンタジーなのに、それを通じて、人の死の儚さにとことん現実的に向き合っている不思議さ。平野さんの哲学的でじっくりと思考している小説が本当に好きだ。
実際に復生者が現れてしまったら、大切な人を亡くしたひとはその人が帰って来る日を待ち望んでしまって、それこそ現実世界に戻れないんじゃないだろうか。
↓かなり冒頭の文章だけど、本当に死の儚さを綺麗に切り取った表現。
「生きている人間は、日々活動して新しい。変化し、豊富になる。昨日とは違うことを感じて -
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「本当の自分」という、実体のない不可侵の塊を探すのをやめさせてくれる本だった。一貫したたった一つの「個人(インディビジュアル)」として生きるのではなく、対する相手や環境ごとに生まれる複数の「分人(ディビジュアル)」のネットワークとして自分を捉える。この視点は、真面目に生きようとするほど息苦しさを感じる現代において、非常に実用的な思考ツールになる。
●「一貫性」の呪縛からの解放
世間では「裏表のない人」が美徳とされるが、本書は相手によって態度やキャラクターが変わることを「不誠実な嘘」とは呼ばない。親といる自分、職場の自分、趣味の仲間といる自分。そのどれもが「本物の自分」であるという肯定は、 -
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上下巻の構成とは知らずに上巻だけ買って一気読みしてしまい、待ちきれず途中駅でわざわざ下車して下巻を買った。本当に面白かった〜〜
一つ一つの描写で、自分が日々当たり前に見ている景色、考えていることがよりクリアに的確に表現されていく感じ、読んでいて気持ちいいなと思う。
分人主義についての本を読んだことがあったので考え方自体は元々知ってはいたけど、自殺についての見方は新しくて、且つ納得感があった。
あと、直前に原田マハの『たゆたえども沈まず』を読んだおかげで、ゴッホの肖像画のくだりがより一層深みを増したように思う。
佐伯は結局何者だったんだろう。
平野啓一郎の本、好き! -
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ネタバレ◼️小説を飲むときのアプローチ「四つの質問」
①メカニズム:なぜ面白いのか?話を動かしている仕組み
②発達:作家の人生の中のタイミングや変化の過程
③機能:作者と読者の間で持つ意味⇒単純化したものがジャンル分け
④進化:社会や時代の雰囲気から受けた影響(文学史的アプローチ)
◼️小説は小さな矢印(主語+述語)の集合で、大きな矢印(プロット)がどちらに向かっているかを確認すると全体像を掴みやすい
- プロット前進型述語→:話を展開させる
- 主語充填型述語←:主語の情報を増やす
何作かの小説を解説する実践編がどれも面白くて、特にミルチャ・エリアーデの「若さなき若さ」の、なりたかった自分となり得 -
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ネタバレ・難しくて途中でやめてしまおうかと思った。半分あたりまで進んでもイマイチ乗れず、けど辞めずに正解だった
・『消失点』で一気に引き込まれて本を置くのがイヤ!ってくらいに続きが気になり過ぎた
・早苗の行動が私には理解できないし、許せないけど、結局は言う通りなのかもしれない。あのすれ違いがなくて2人が結ばれたとしても、主役と主役の人生ではうまくいかないのかもな...と最後に思ったのは悔しかった。
・物語の内容以外にも戦争の事やリーマンショックの事とか勉強になった。と同時に色々な事を考えさせられた。
・心の繋がり、心の話をした時に通じ合える相手はこの世界にどれだけいるのだろう?「この話したいな」と -
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『わからない』
20代後半〜30代前半。結婚して子供が出来た。
幸せな気持ちの一方、20代前半に友人達と築いてきた自分と別人になった気がした。
「結婚して変わった」「つまらない」冗談まじりの言葉に笑ってごまかす自分が嫌になった。自分が分からなくなった。
20代も後半になって自分を見失ったことがショックだった。
本当の自分という幻想を取りはらうのに少し時間がかかった。
その時々で出会う人や環境との分人(それぞれの自分)の集合体が自分、その比率によって変わっていくのが当たり前。その時々の自分を認めていきたい。そう思った。
『私とは何か「個人」から「分人」へ』 平野啓一郎 を読んで。 -
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個人よりも細分化された自分(=分人)
その分人の集合体が私個人。
色んな面(分人、私)があるものだ。
幼馴染に対しての振る舞い、目上の方へ、親兄弟へ、たまに会う親戚、大学で出会った人へ、同僚として知り合った人へ、好きな人へ、信用してる人へ、苦手な人へ、深く関わりたくない人へ、
その人を目の前にした時の こちらの心の開き具合はバラバラ。嫌な自分だって出てくるというもの。
嫌な相手だっているのだから笑
違う自分で接していて当たり前じゃないか。
全く違う真逆の自分になるのも自然なことではないか。
また、3歳の自分と10歳の自分と30歳の自分では立場も責任も、考え方も人生経験も社交能力も、
何もか