平野啓一郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ◼️小説を飲むときのアプローチ「四つの質問」
①メカニズム:なぜ面白いのか?話を動かしている仕組み
②発達:作家の人生の中のタイミングや変化の過程
③機能:作者と読者の間で持つ意味⇒単純化したものがジャンル分け
④進化:社会や時代の雰囲気から受けた影響(文学史的アプローチ)
◼️小説は小さな矢印(主語+述語)の集合で、大きな矢印(プロット)がどちらに向かっているかを確認すると全体像を掴みやすい
- プロット前進型述語→:話を展開させる
- 主語充填型述語←:主語の情報を増やす
何作かの小説を解説する実践編がどれも面白くて、特にミルチャ・エリアーデの「若さなき若さ」の、なりたかった自分となり得 -
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ネタバレ・難しくて途中でやめてしまおうかと思った。半分あたりまで進んでもイマイチ乗れず、けど辞めずに正解だった
・『消失点』で一気に引き込まれて本を置くのがイヤ!ってくらいに続きが気になり過ぎた
・早苗の行動が私には理解できないし、許せないけど、結局は言う通りなのかもしれない。あのすれ違いがなくて2人が結ばれたとしても、主役と主役の人生ではうまくいかないのかもな...と最後に思ったのは悔しかった。
・物語の内容以外にも戦争の事やリーマンショックの事とか勉強になった。と同時に色々な事を考えさせられた。
・心の繋がり、心の話をした時に通じ合える相手はこの世界にどれだけいるのだろう?「この話したいな」と -
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『わからない』
20代後半〜30代前半。結婚して子供が出来た。
幸せな気持ちの一方、20代前半に友人達と築いてきた自分と別人になった気がした。
「結婚して変わった」「つまらない」冗談まじりの言葉に笑ってごまかす自分が嫌になった。自分が分からなくなった。
20代も後半になって自分を見失ったことがショックだった。
本当の自分という幻想を取りはらうのに少し時間がかかった。
その時々で出会う人や環境との分人(それぞれの自分)の集合体が自分、その比率によって変わっていくのが当たり前。その時々の自分を認めていきたい。そう思った。
『私とは何か「個人」から「分人」へ』 平野啓一郎 を読んで。 -
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個人よりも細分化された自分(=分人)
その分人の集合体が私個人。
色んな面(分人、私)があるものだ。
幼馴染に対しての振る舞い、目上の方へ、親兄弟へ、たまに会う親戚、大学で出会った人へ、同僚として知り合った人へ、好きな人へ、信用してる人へ、苦手な人へ、深く関わりたくない人へ、
その人を目の前にした時の こちらの心の開き具合はバラバラ。嫌な自分だって出てくるというもの。
嫌な相手だっているのだから笑
違う自分で接していて当たり前じゃないか。
全く違う真逆の自分になるのも自然なことではないか。
また、3歳の自分と10歳の自分と30歳の自分では立場も責任も、考え方も人生経験も社交能力も、
何もか -
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ネタバレ★5.0
自我を個人という最小単位で捉えるのではなく、ある人といる時の自分は分人A、他の人といる時の自分は分人B、みたいに個人という概念をアップデートしてくれるような面白い一冊
身近で言えば職場や友達での対人関係においての考え方を変えられる分人という概念は凄く面白かった
他に恋愛にも応用していて面白いテーマが多い
特に故人に対する「生きていればこう言っただろうにな」というよく聞くセリフに、いや分かるわけないだろ思い込みを話すなと反発する作者自身が分人という概念を得てからそのセリフを肯定的に捉えるようになった部分は面白く、自分自身も前後含め共感した!
間違いなく読む価値のある名著
ただ難解な -
Posted by ブクログ
良い本だったと思う。私が新書に求める要素の一つが新たな視点、ものの考え方だ。世界を広げると言えば大袈裟かもしれないが、そのように感じさせてくれるのはこの著者の力量と言えるのではないか。
分人という作者平野氏の造語は人を他者を介して現れる人格に対しての表現であり、現代においては場所や人に応じた態度、人格に対して前向きな考え方を提示してくれたように思う。
具体的には八方美人はなぜムカつくのか、という標題でそれは、誰に対しても同じ調子でいい態度で通じるからと高を括って相手ごとに分人化(柔軟な対応の変化、応対)を行うおうとしないからである、と述べた。だがこれが本当に怖いのは相手との相互作用によって生じ -
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ネタバレ【読もうとしたきっかけ】
袴田事件のドキュメンタリー映画「拳と祈り―袴田巖の生涯―」のパンフレットに本書の著者の寄稿を発見。そこに「死刑存置派から死刑廃止派に変わった」と書いてあり、非常に興味深いと思った。
【感想は】
一般的に割合の多い死刑存置派の考えの言語化をはじめて目のあたりにして、鋭い指摘を行っていると思った。とかく、死刑制度の是非というのはオープンに話される話題ではないため、該当する言葉を私は持ち合わせていなかったが、この本のおかげで可視化できた。目から鱗。また死刑存置100%の考えだったが、フィフティフィフティに変わった。
国家に人は殺せないし、また犯罪者の生育環境を考慮すると、