メアリーノートンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
この物語はいいなぁ・・・・・。 大人になった今、こうやって読み返してみる(ひょっとするとこの2冊は初めてかもしれないけれど)と、本当に大切なことが数多くこの物語には含まれていると感じられます。 自らの手を使って工夫をしながら生活を豊かにするということ、自分の力で自分の生き様を守り構築していくということ、生きていくためにそして生活を継続させるために何かを選択する際に必要な覚悟について、勇気と無謀の違いについて・・・・・・そういうことが、この小人一家を見舞う災難とそれに伴う冒険の描写の中でさりげな~く書かれているのが、とにかく好印象です。
(全文はブログにて) -
Posted by ブクログ
この物語はいいなぁ・・・・・。 大人になった今、こうやって読み返してみる(ひょっとするとこの2冊は初めてかもしれないけれど)と、本当に大切なことが数多くこの物語には含まれていると感じられます。 自らの手を使って工夫をしながら生活を豊かにするということ、自分の力で自分の生き様を守り構築していくということ、生きていくためにそして生活を継続させるために何かを選択する際に必要な覚悟について、勇気と無謀の違いについて・・・・・・そういうことが、この小人一家を見舞う災難とそれに伴う冒険の描写の中でさりげな~く書かれているのが、とにかく好印象です。
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Posted by ブクログ
第4冊の21年後に書かれた完結編~お宝を失ったプラター夫妻はポットのリトルフォーダムを舟から見張って小人たちを取り戻そうとするが,小人たちはその晩に脱出していた。スピラーの提案で誰も住まない牧師館へ引っ越しを始めていたのだ。ミス・メンチスは心配で巡査に相談するがまともに取り合ってはくれない。牧師館に住めそうな場所は見つからないのだが,オーヴァーマントル家で棚から落ち脚を折ったピーグリーンと出逢い,図書室の床下から窓際の作りつけのベンチの中に案内されて,開け閉めできる換気用の格子戸を発見し,新たな住処を手に入れる。プラター夫妻はリトルフォーダムに踏み込み,小人たちが住まいにしていた模型の家を捜索するが,慌てて他の模型の家も壊してしまい,慌てて逃げ帰る。生活が落ち着いたアリエッティーは教会にヘンドリアリ一家を訪ね,小さかったティミスが元気一杯で教会をお遊び場にしている姿を見て新たな不安を抱える。イースターの夜,内陣仕切の透かし彫りに同化していたティミスが欠伸をしてプラター夫妻に見つかり,逃げ隠れた募金箱が聖具室に納められ鍵を掛けられたのも目撃される。プラター氏は教会に侵入し,更に逃げたティミスが鐘突用のロープをよじ登ろうとしてそれに飛びついたプラター夫人がロープにしがみついて鐘を鳴らしたことで人間が集まり,危機を脱したが,人間に話しかけるのは控えた方が良いことを再認識する。ミス・メンチスに無事を知らせたいアリエッティーは話すと約束したスピラーを責める~83歳で書き始めた完結編だが,まだ続きを書く積もりがあったように思う。読みにくいのは,古い言葉を使って数十年前の話であると思わせたいからでもあるが,小学校高学年でも読める(元々児童文学だから)ように漢字の使用を制限しているからで,かなが多くて意味が掴みにくい。第四巻のあとがきで,前の訳者である林氏は,クロック夫妻は牧師館に落ち着き,アリエッティーとスピラーは冒険の旅に出て川岸の根の中に立派な三階建ての家を造ると予測していたが,あれは何だったのだろう。まあ,そうなる可能性は残しているのだが,原作者は牧師館での安楽な話で終えている。周囲の状況から話し始めて,小人たちに焦点を合わせていく手法は変化がなかった。危険は伴うが愉快で元気なアリエッティーとスピラーの子供達の話を書いて欲しかったなあ。自分で想像するしかないか。それも楽しみと云えば楽しみ
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Posted by ブクログ
ジブリの次回作が「借りぐらしのアリエッティ」といい、児童文学が原作だと聞いてその作品を読んでみた。
宮崎駿氏の翻案はいつもながら見事だが、時として省略が多く(観覧者が感じろということらしい)、原作を追読することで理解や味わいが深まっちゃったりするので、今回は先回りして読んでみよう、というわけ。
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あれどこに遣ったっけ?と小さなものをなくすのは誰しも覚えがあるだろうし、“小さな妖精”(本作の主人公は妖精じゃないけど)の実在も、子供の頃に一度は想像したことがあるんじゃないだろうか。
そういう意味で、モチーフはごくありきたりだ。主人公の(身の丈20cmに及ばない)少女と人間の男の子との心の交流というのもだいたい見えるセンではある。
でも1950年代に書かれた(舞台設定は19世紀終盤)物語にして、すでに物質文明や贅沢、あるいは他人に頼りすぎることに潜む落とし穴を言い当てているなど、大人が読んでもコクのある作品と言えるだろう。
「アリエッティ」の公式HPによると、宮崎氏は「借りぐらし」というキーワードの中に大衆消費時代の終焉という現代性を見ているようだが(舞台設定も2010年の小金井になるらしい)、古今東西の児童文学に目を通し、引き出しの中にこういう今に通じるテーマをちゃんと持っている辺りに、時代の寵児としての才能があるわけですな。
監督は別の人になるみたいだし、どんなお話になるんだかねぇ(楽しみ半分、危惧半分(笑))。
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しかし「床下の小人たち」って邦題、なんとも即物的で夢がないなぁ(原題名は“THE BORROWERS”という)・・・と思っていたら、そう付けられた理由は巻末解説に書いてあった。それでも「借りぐらしのアリエッティ」の方がずっと魅力的だけど。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「つまりは、だれだっても、人間から、ほんとに、いいことをされたってためしがないってことさ。」
数十年ぶりの岩波少年文庫。ひらがなばかりで読むのに時間がかかった。映画ではアリエッティの家族と人間は相容れなかったが、この物語では家族ぐるみでと少年と仲良くなっている。人間から躊躇なく借りることを覚えて、あれもこれもと欲張ってしまうホミリーは、自然から色々なものを奪ってきた人間に通ずるところがある気もする。人間もそのうち他の「家」に引っ越さなきゃいけなくなっちゃうのかしら。映画よりも静かな流れなので、もう少し感受性の強い頃に読んでいればよかったと思った。