藤野千夜のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
健康オタクの新平さんの朝のルーティンは、89歳の頃よりは更にバージョンアップされていた。4-50分の独自の体操が、1時間半に。朝食もヨーグルトにきな粉、すりごま、干し葡萄を、カフェオレボウル一杯に頂き、梅干し、米ぬか、蜂蜜も加えるという定番はそのまま。加えて塩煎り大豆20粒がプラスされた。それに加えて、毎日していた散歩が妻の介護のために難しくなったことを鑑みて、健康器具を使って「キーッ、ガッシャン」とやっている。
一つ下の妻、英子が倒れて車椅子生活になり、老々介護の日々。けれども新平、平成30年春、92歳は実に淡々とこなしている。そもそもそういう性格なのだ。女好きではあるが、愛人を作るほど家族を愛していないわけではない。むしろ、英子を愛している。これが昭和のお父さん。新平には理解できなかったが、あれほど新平の行動にいちいちチェックをかけていた英子の嫉妬はピッタリと止み、傍目には仲睦まじい老夫婦に見えるはずだ。
「じい散歩」も、合間を見つけてはやっている。ドラード和世陀(早稲田)、ミカド喫茶店(日本橋)、キッチンABC(池袋)、造園業が始めた喫茶店2つ(実在かどうかは不明)、浅間(せんげん)神社の年に6日しか開山しない富士塚、等々、趣味の美味しいものや建築物巡り、これが最後と思いだ定めた(←きっと未だ大丈夫)小さな登山と、それなりに彼は世の老人のように内に籠ってはいない。
相変わらず引きこもり長男、自称長女のトランスジェンダー次男、大借金まみれの三男は健在だ。次男以外は父親に寄生している関係は同じだけど、仲は悪くない。むしろあれだけ会話していたら、いい方だろ。英子さんも、そういう家族の関係が分かったからか、ずっとニコニコしている。
そして、ときはコロナ禍の令和の時代へ突入した。なんやかんやあって、英子さんも大往生する。題名が「妻の反乱」とあったのだが、目次をどう見ても、それらしき章はない。これは売るためのフリックか?と思いながら本を閉じかけると、ありました、最終頁に!!
これが「小説推理」2022年5月号〜2023年8月号連載、というのにやっとガッテンいったわたしでした。終始、新平の一人称で話は進んでゆくけど、ホントは色々問題抱えている英子や3人の息子のホントの気持ちを「推理」するのが、この本の娯しみかたなのだろう。
「ふらりと好きなものを見て歩いて、終わる。人生なんてそんなものだろうけれど、べつにそれでいい」新平さんの人生観に、わたしは味方する。2022年の秋、新平さんは96歳になった。まだまだ元気である。
兎も角、新平さんには元気貰っている。96歳迄とはいかないけど、80歳ぐらいは新平さん同等に歩き回れる程には元気でいたいと思わせる作品。次の題名は3人の息子の「逆襲」となるのか、「父の百歳」となるのか?はてさて。
-
Posted by ブクログ
大正生まれの明石新平。米寿を過ぎたが、日課となった趣味の散歩のおかげかますます元気だ。散歩で立ち寄る、興味のある建築物や昔風の喫茶店でのひとときは活力の元にもなっている。
実は新平にはこだわりがある。そのこだわりが、男として、一家の主として、そして会社経営者としての新平を、これまで支えてきた。
家庭内には心配の種が尽きないが、そんなものに弱音など吐いていられない。そう思いつつ新平は、今日も散歩に出かけていく。
そんなじいさんのダンディズム溢れる1年をコミカルに描くヒューマンドラマ。シリーズ1作目。
◇
深夜、物音で新平が目を覚ました。隣を見ると、妻の英子が布団の上に正座して泣いている。どうしたと尋ねる新平に、首を振ってなんでもないと答えた英子は、丸い体を布団の上にころんと横たえた。
翌朝、新平が起きると、英子はけろっとした顔で普段どおりに振る舞っている。だから新平は夕べのことは何も聞かないでおくことにして、日課の体操を始めた。
新平と英子は北関東の山間の町で幼馴染として育った。新平の1つ下の妹と英子が同級生で家も近かったため、子どもの頃は一緒に遊んでやったりしたものだった。
その後、新平は棟梁だった父親のもとで大工になり、英子は東京の女学校で学んだあと郷里に戻り郵便局勤めをしていた。
ある時、英子の実家の改築を新平の父親が引き受けることになった。
こうして再会した新平と英子。2人が恋仲になるまでに時間はかからなかった。今から71年前のことである。 ( 第1話「秘密の部屋」) ※全10話とエピローグからなる。
* * * * *
読むまでは、ほどよく枯れて恬淡とした老爺の日常譚だと思っていました。けれど大違い。
主人公の新平は、散歩を日課にして元気に歩き回り、女性を見れば話しかけ、年齢を感じさせない健啖家ぶり。さらには持ちアパートの管理人室を自分の部屋にして、秘蔵のビデオや写真集などを ( 几帳面に整理して ) 並べ、時々楽しんだりしています。米寿を過ぎてこの元気。その矍鑠とした様子に感心しました。
9人兄弟の長男。大工の棟梁の息子。自らも大工になり、東京で建設会社を設立して社長としてそれなりに成功を収めた人物。それが新平です。
けれど新平は、そんな人物にありがちな頑固で横暴なワンマン家長ではないのです。妻や息子の無礼を笑って受け流すような鷹揚さを持っています。
さらにメンタルもなかなか強い。
普通、妻に明らかな認知症の兆候が見られるようになれば、もっとうろたえたり困ったりするでしょう。
おまけに3人の息子もひと筋縄ではいかないアラフィフ男たちです。長男は自閉気味の引きこもりであり、3男は堅実に働くことができずに借金まみれで、ともに実家で居候暮らし。独立して立派に生計を立てている次男はトランスジェンダーです。
3人とも独身で、高齢の新平たちには頭痛の種でしかないはずなのに、新平だけでなく英子も悩んでいるようには見えません。(3男に無心されて貸した2000万については時々返済を促していますが、強く迫っているわけでもないようです。)
息子の人生は息子のものと割り切り、自分たち亡き後はそれぞれでなんとかしろと考えているのでしょう。こういうスタンスは見習うべきだなと思いました。
本作のいいところは、ちっとも深刻な展開にならないという点にあります。
他の作家さんなら中心テーマにしそうな家族の問題を、藤野さんは解決に向かわせることなく新平の日常の色づけとして扱っています。
戦争で死と隣り合わせの経験をした男の強みなのか、抱える問題に急な処置が必要になったときだけ適切に手をうって凌ぐ度量が新平にはあります。解決を焦って悪手を打つということを決してしない。
その新平のスタンスこそ、藤野さんのスタンスなのではと感じました。
続編があるそうなので、それも読みたいと思っています。 (『じい散歩 妻の反乱』なんと魅力的なタイトルでしょうか ⁉ ) -
Posted by ブクログ
隅田川のそばでおばあちゃんとふたり暮らしをしている主人公 寿々。
早朝のテレビ番組でお天気おねえさんをしていて、毎日帰るとおばあちゃんが美味しいおやつを作って待っていてくれる。
婚約者から別れを切り出されてすんなり受け入れてしまい、目指している気象予報士の試験にもまた落ちてしまう寿々。
そんな時、所属する事務所社長から「お江戸まちめぐり」ブログを開設することに。
人生ってなかなか自分の思うようにはいかないもの。
でも何も変わらないことなんてないんだ。
少しでもいいから何かやってみよう。
そうすれば予想しなかった何かが見えてくるかも。
東京の美味しいものが沢山出てきて、巻末の解説は枝元なほみさん♪ -
Posted by ブクログ
ダッシュの世界に迷い込むという超常現象関連が、
原作でどういう文章で書かれているのかわからないが、
日常生活が変わってしまった、パパとママがいない、なんだか微妙にずれている、
といった感覚(ソフトSF)がとてもうまく処理されている。
主人公の女の子、気弱なダイゴ、わりと優しくて頼れそうなマッチョ、など性格を端的にあらわした絵も素敵だ。
(「みなみけ」の彼女にやや似ているけど)
やはりこの作者の絵はかなり好き。
「ぼくはおんなのこ」しか読んでいない。
ちなみに「青い花」のDVDをちょこちょこ見ている。
それだけでもわかるのだが、この作者はジェンダー関係の作品にこだわっているみたい。
原作者の藤野千夜も、読んだことはないけど同様だろう。 -
Posted by ブクログ
すごく不思議な小説だった。
春生と久里子という、50代目前の一組の夫婦の物語なのだけど、夫婦が揃ったところは一切出てこない。
なぜなら春生は久里子を病気で失い、久里子もまた春生を突然死という形で失っているから。
妻をなくした男と、夫をなくした女。そして高校生になる息子の亜土夢。それぞれの生活が交互に綴られた短編集で、どちらの世界が本物なのか、どちらも本物なのか、それともどちらも偽物なのか、不思議な感覚に包まれたままラストへ向かう。
ミステリではないので謎解きがあるわけではなく、両方の世界が同じ時間に並行して存在している、そういう小説。
幸せだったから悲しい。
春生も久里子も、パートナーをなくした後でそれぞれそのことを実感する。
時間とともに忘れていくのは悪いことではない。でもまだもう少し、引きずっていたい。忘れたくない。悲しんでいたい。
日々の生活のあらゆるところに亡くした人の影を見いだしてしまうのは、誰か大切な人を亡くした経験がある人ならば、よく理解できると思う。
この人と人生をともに行くんだ。そう思えるパートナーとすでに巡り会えている人ならば、尚更この物語は胸に響くと思うし、自分に起こったことだと想像して悲しくなるかもしれない。
でも不幸な感じはしない。むしろ幸福。
幸せだったから悲しい。なくした後そんな風に思える誰かと出逢えるって、切ないけれどこの上ない幸福だ。
温かい読後感の小説でした。