安田峰俊のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
今年、発生から30年ということで、ニュースに取り上げられることも増えた天安門事件。日本では「中国共産党が民主化運動を武力で鎮圧した事件、すなわち悪」とした取り上げ方が大半です。この事件で天安門広場を占拠した当事者に、30年を経過した今の視点から当時の運動を再評価してもらうインタビューをまとめたのが本書です。
天安門事件の当事者は北京周辺の大学に通う当時の大学生が主体でした。30年前の中国で、北京に住んで大学に通うというのは相当なエリート予備軍です。彼らにすると、自らの既得権益を守ってくれる政治体制に対する反抗という位置づけになります。差別された貧困層が蜂起したわけではないのですね。
そういう背景もあって、様々な見解が引き出されています。当時のエリート層は事件後に器用に生きる術も持ち合わせている人が多いので、現在も経済的に成功した地位にある人が多く「あのまま共産党体制が倒れていたら、今の繁栄はない」と肯定的にとらえている人が多いのには驚きました。ソ連や東欧諸国の体制が崩壊して相当に国内が混乱し、国際的な地位や影響力が低下したことを引き合いに「ああならなくて良かった」と考える人が多いのです。
一方で、当時の考えをそのまま抱き続けて社会運動を継続している人(当然、現在の習近平体制では相当に厳しい監視がつけられている)、知識層の大学生の運動を「知識人の知識人による知識人のための運動」と冷めた視線で見つめていた庶民の存在も描かれています。
中国共産党は天安門事件の存在自体を否定するような教育を進めている状況で、天安門事件を意味する「八九六四」という数字を想起させる「六四」元や「八九六四」元のスマホ決済ができないというほどにネット上の規制をかけています。語る事さえタブーとされる今、「この取材は今では無理。天安門事件の最後の記録となるだろう」との本書の帯の文言は、決して誇張でないと思います。
天安門事件の当事者は30年前の大学生。すなわち私と同年代です。当時のニュース報道を思い出しながら、興味深く読みました。第50回大宅壮一ノンフィクション賞受賞のしっかりした内容のノンフィクションです。 -
Posted by ブクログ
中国社会の底辺層やマイノリティ層、あるいはそういう人たちにかかわることを生業としている人たちへ取材した本…と書くと「中国という重箱のすみをつつくような本」のような印象を受けるし、この本を読む前はそういう本なのかな、と思っていたのです。
しかし、読んだ後は「重箱のすみにこそ、その重箱の扱われ方が現れるんだな」と感じた、そんな一冊。中国という「派手な重箱」を、すみっこから見渡したい人におすすめの一冊です。
文化大革命真っただ中に習近平が青年期を過ごした田舎を訪れ、「多様な価値観に触れるべき青年時代にずっと農村にいたことで、習近平は「それしかしらない」人物である(p.97-98)」と断じたくだりは、今の習近平政治を理解するのに重要な視点だな、と感じた反面、はたして自分はどうなんだろうか、と自省させられるくだりでもあった。
またそんな習近平にすり寄る「文革の子」たちを「彼らは歳を取って変になったのではない。変な人たちが歳をとっただけなのだ(p.105)」と評するくだりも興味深く、またいろんなことを考えさせてくれる一節だった。
力量や地位がある人間より、それらがない人間の方が、より政治に翻弄されやすい。それを体感的に理解したうえで利用する為政者が習近平という人らしい。そんな政治に翻弄された「社会の周縁に身を置くがゆえにかえって承認欲求が強い」「自分語りが好きそうな人(p.23)」の口を通して、現代中国を語らせる著者の視点は非常に興味深かった。
この本を読んで、この著者が「中国周縁社会論」を書くとおもしろい本になるだろうな、と感じた。
でも、それ以上に読みたいと思ったのは、いろんな問題を抱えた「社会的弱者」ながらも、社会のより内側に入り込もうと格闘しているであろう人や、そんな人たちと直接かかわっている人たちの声。この著者が中国の「学園もの」や「下町工場もの」を書いたら興味深いだろうな、と感じた。
どういう方向であれ、著者の次回作に期待したい一作。 -
Posted by ブクログ
【紅き乱宴の後に】1989年に起こった天安門事件によって何らかの影響を受けた人々のその後の人生を取材した作品。当時のリーダーは,民主活動家は,そして血気盛んな学生をかばった教授たちは,今いかなる思いを抱えて生活しているのか......。著者は,中国に特化したルポライターとして活躍を続ける安田峰俊。
個人のレベルにまで降りていき,天安門事件の内幕を語らしめた記録としても評価できる一方,大志破れた若者たちがその後どのような道のりを辿り得るのかを,痛切な実例と共に教えてくれる一冊でもありました。中国現代史に興味を持たない方にもオススメしたい作品です。
〜大志を抱いた孫悟空の人生は,実は筋斗雲を降りてからのほうが長かったのだ。〜
当時の実質的なリーダーであった王丹の独白を引き出したのはすごい☆5つ -
Posted by ブクログ
1989年6月4日に発生した中国の天安門事件。中国の正史上、なかったことにされており、口にすることはおろか、6月4日が近づくとWeChatPay等の送金アプリで8964元・64元という金額を送金することすら禁じられるこの事件について、政府に立ち向かった学生運動家や市井の住民、逆に政府側として鎮圧に関与した警察学生など当時を知る人々や、天安門事件以降の世代として香港の反政府デモである「雨傘運動」に関与した一連の運動家など、60名を超える人々へのインタビューをまとめた大型ルポルタージュ。
まず一読して、歴史的事実として認識している天安門事件(私自身は幼少の時代であり、ほぼこの事件に関する記憶はない)について、実際の現場で何が起きていたのかということを自分が何も知らなかったということを痛感させられた。本書では、事件当日、軍部が発砲を無闇に繰り返すことで流れ弾で死ぬ市民の存在など、メディアでは公にされない激しい流血の様子が複数人のインタビューから克明に浮かび上がってくる。
習近平就任後の中央集権化と抑圧的な諸政策は、近年の経済成長を背景として、現在のところは何とか国民の不満を抑えることに成功しているように見える。一方でこうして天安門事件を今振り返ると、経済成長が失速したときに何が起きるのか、薄ら寒くなるのも事実である。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ天安門関係者に話を聞いて回った著書。ステレオタイプではない生の声が満ち満ちている。転向し出世した者、一貫して反政府の態度を貫き続ける者、後年にネットで「覚醒」し活動をはじめたことで人生を狂わされた者、日本人の目撃者、元リーダーとしての十字架を背負い続ける者と十人十色。
これだけたくさん話を聞くと散漫な印象に留まりがちだが、著者の豊富な知識に基づいた思考が、地の文としてところどころ記されているため、大変に読みやすい。
ワンテーマで何かを記そうとするとき、書き手はイタコとしてふるまうだけではなく、話し手の思考をしっかり理解し、分析しながら、書き進めること。それがなにより大事なのだということを知った。同業者として、今後の作品作りに大いに参考にしたい。
本の帯には「この取材は今後もう出来ない」と記されているが、聞き手の安全は担保されているのかが気になった。著者は最早、中国に入国することは無理かも知れない。
ネット検閲が強まる2015年(2014年と記していたかも)より前に取材を終えて、ギリギリ書き切ることが出来たと記しているが、確かに中国のネット検閲はエグい。それは私も取材を通して感じている。 -
Posted by ブクログ
同じ文化のルーツを持つ中国や韓国などの東アジアや、明治維新以降自らの範として積極的に文化や価値観を取り入れた欧米諸国については、日本と文化の違いはあっても、相手の価値観を理解できる。しかし東亜とも欧米とも全く違う価値観を有するベトナム人と接する時に、自分がいつも不思議に感じていたベトナム人の文化や価値観に踏み込んだ、奥の深いルポルタージュであった。筆者は、自身の価値観を挟まずに書き進めている意図を感じながらも、ベトナム人の個々の犯罪に対して、筆者の善悪判断が垣間見えるところがあり、全体の客観性を欠くようにも感じたが、一個人の意見として奥行きを感じた。取材対象を深く観察してその懐に入り込み、情報の核心に迫る行動力と分析力が光る本で、ベトナム人のボドイと呼ばれるアングラ社会を知る上で非常に参考になった。