勅使川原真衣のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
今まで勅使川原さんの本を読んでいれば言いたいことは変わっていない気がしたけど、より今の世相に対しての言葉が多い気がした。
成功も正解も求める
外したくない
考察は答え合わせができる
努力が無駄にならないか
フォーマットができることで、フォーマットに乗らない不正解が生まれ、差ができる。
成功者とまだ成功していない人。失敗ではない。
成長するために生まれてきたと仏法は説く。
何のための成長なのか。何のための成功なのか。
生きることと会社が発展すること、また自分がリーダーになり社会的立場になることがリンクする人がいる。
僕はますます「何のため」が大事な時代になっていると感じる。
勅使川原さんにその面の論説もあるともっと嬉しいと思う。 -
Posted by ブクログ
現代のあらゆる組織における、「選抜や報酬の配分」の根底にある能力主義のオルタナティブを示そうとする意欲的な著作。ストーリーや先行研究等、さまざまな具体例を示しつつ、「疑い無き論理」として能力主義が現代の「唯一の答え」となっていることを批判している。
組織人(あえて社会人とは書かず)となって、私も間もなく6年目を迎えようとしている中で、食い入る様にして読み終えた。筆者の主義主張は、とても理解ができる部分も多い。
ただし、これは勿体ないなぁと思うのだが文章の論理がところどころ整備されていない?と言うか、分かりにくい文章の流れが散見というべきなのか、そういった部分もあった(これはまぁ無視できるレベルなのかもしれないが)。そもそも、本書に一貫して出てくる、「個人のモードを選ぶ」という主旨の表現は、「人が人を選ぶ」という現実と対比させたいのは分かるが、論理的に破綻とまでは行かないものの、フワッとしていると感じた。
まぁそれはさておき、著者は「選び、選ばれる前に」すでに「揺らぎながら」もがきながらも、「うまくやっている」という既存の成果を存分に「認め合い」、一人一人の労働者が「受け入れられたと安心し」、そこから「組み合わせ&対話」の論理を展開していこうと力強く主張している。つまり、能力主義=個人主義のオルタナティブは、「組織の組み合わせ主義」なるものだとも言える。確かに、筆者が言うように、組織である以上は、仕事は「ひとりで完結しない」はずである。そうであるにも関わらず、世の組織の評価段階ではあらゆる仕事のパフォーマンスに「○○力」のように無理やり名前を付けて、最終的には「ひとりの労働者」として評価を行う。私の勤め先で言えば、さかんに叫ばれる「営業力」であろうか。評価については、確かに現実の難しさを理解していても、やはり少なからず矛盾を孕んでいることは認めざるを得ない。以上の論点については、「レゴブロック」に例えて大変秀逸な論述が行われているので、ぜひお読みいただきたい。
以上を踏まえても、なお私に残る論点は重い。筆者が「○○力」という見えもしない、ありもしないような能力によって、「人々を序列化」し、評価し、「選ぶ」世の中を否定するには、本書の「脱・能力主義」の主張はまだまだ弱いのではないか。
筆者も認めるように、現実には能力主義を根底とした「競争と選抜」が必要な分野は多分にある。また、私が思うに「能力主義」は原始時代より始まった、単なる弱肉強食の論理だと思うからである。現実に、KPIだとか、SPIだとか、あらゆるデータを頼りに「業務効率化」を行ったり、現代であればあらゆる分野に統計的手法が活用されているが、これも過度であり、信奉され過ぎてませんか?と筆者は警鐘を鳴らしているのだろう。これは私もそう思う。要はバランスと、分析する対象(人の能力を測ろうとするSPIで言えば、そもそも人の能力を)をよくよく定義することが大事だよということなんだろう。
人間の生存本能と、資本主義社会における「市場での競争」とそれを通じた「経済成長」。これらは際限がないのも事実であるが、我々人間にとってのオルタナティブは一体何なのであろうか?
私個人も、答えが知りたいあまり、著者の勅使川原さんに期待し過ぎ、頼り過ぎていたようです…
色々と書いてきたが、結局本書からの学びはとても大きいものがあり、あらゆる人に示唆を与えるだろう。私個人としても、本書にあったように色んな価値観を受け入れながら、現実における答えを、1つに決めつけず=楽せずに、七めんどくさいが、めっちゃくちゃに楽しくて、荒々しい、この世の中を「他者との関係性の中で」楽しんでいきたい。
最後になるが、まず私が取り組めることとして、たやすく、人の持っている何かを「行動力」や「コミュニケーション力」のように分類せず「自分が名前をつけて、評価しようとしている(日頃している)ものってそもそも、何がどういう状態のことなのか?」と少し立ち止まるように出来たら、少しずつ周囲が良くなっていくのかなと思ったところである。
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Posted by ブクログ
最近、「生きづらさ」「傷」でキーワード検索しているかのように、この手の本ばかり読む日々。
勅使川原さんの著書3冊目にしてようやく理解できたような気が…
私自身、今の職場はあまり「傷つく」ことのない恵まれた環境で働いている。でも、職場以外のあらゆる場面で「傷つく」ことは常にあるし、職場で誰かを傷つけている可能性もある。
競争社会で「傷つく」人が生まれやすいという構造は理解できたけれど、なぜ「傷つく」人が増えているのだろう。
一昔前前の方がパワハラ全開だったはずなのに。
傷つくことに耐性がなくなっている人が増えているのかな…と思うけれど、一昔前前の企業の方が仕事ができない人でも養えるくらいゆとりがあったのかもしれない。
現代は企業も学校も余裕なんてないものな。
「傷つき」が生まれにくい組織開発のために
・個人の見え方は今の「状態」にすぎないという前提を持つこと
・発揮しやすい「機能」の持ち寄りを考えること
・組み合わせ(関係性)を調整し続けること
これが大切なのはここにメモしておく。
そして、「評価」ではなく「感謝」を伝えることも大切。
頷く言葉として、ゲーテの著書にある
「世の中のいざこざの因になるのは、奸策や悪意よりも、むしろ誤解や怠慢だね。」
(若きウェルテルの悩み)
誤解と怠慢…
悪意がなくても傷つき、傷つけてしまう。
だからこそ、誤解や怠慢なく観察すること、傷をなかったことにしない組織開発が大切なのですね。
私も自身の「傷つき」を放置せず、誤解を解いていくところから手当てしていきたいと思う。
そして、誰かを傷つけているかもしれない組織も怠慢せずに手当てしていきたい。
(ここが一番難しいけど〜)
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私もたまに思います。「あいつ使えないな。なんでそんな事も出来ないんだろう。」
そう言う事はストレートに口に出さずに、やんわりとこうして欲しいともう一度伝えるようにしています。そうすると相手が何が分からなくて、何に困って、何を勘違いして、それが出来なかったのか分かることがあります。問題になった部分を次の仕事では最初から確認しておきます。
「なんでそんな事も分からないんだろう。」
多分自分もそう思われています。
だから分からない事はちゃんと聞くようにしています。
コミュニケーションは本来は難しいことはなく「丁寧に話して・聞く」たったそれだけのような気がします。
本書ではそれをSpeak up・声を上げて俎上に載せるとありますが、会社や組織では仕事だけと割り切って壁を作ってしまっている人も、丁寧にコミュニケーションするようにすれば変わってくれるのかな?と少し疑問に思いました。
常に機嫌よくいるなんて無理ですが、自分の成果は土台に誰かの協力があったからこそと言う感謝を忘れないだけでも他人との関係は変わってくると思いますので、同僚への感謝を忘れずに過ごしたいです。 -
Posted by ブクログ
それぞれの章のキーワードとそれに対する筆者の違和感のすべてに同意できるわけではありませんでしたし、どうしてそんなに面倒に考えるのだろう?と思う章もちらほらありましたが、それでも筆者の問題提起=言葉の多義性を無視し、物事を単純化された一元的な正しさに閉じ込め、分けて、分かった気になる世の中に対する問題提起、はとても大事な視座だと思います。
二項対立的に良し悪しを捉える事を疑う思考や、例えば限られた人しか救えないなど、問題の設定そのものを疑ってみる思考は、仕事で追われる日々の生活の中ではとても注意力と労力のいる事だと思いますし、もしかしたら生きづらくなるかな?とも思いますが、ここが岐路ではないか?となるべく立ち止まれるようにしたいと思いました。
多様などと呼ぶまでもなく我々は多様と言う言葉がありましたが、我々日本人が持ちがちな平等観とは異なり、少し宗教的だなと印象的でした。 -
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ネタバレいま社会人18年目。
「人材」を「人財」と表記するようになったのはいつからだったか。これを目にしてから、ずっと背中がムズムズするし
北関東に展開する中小企業である弊社で「目標管理設定」が始まった10数年前から、ずっと「個々人でこれ設定して評価するって(部署によっては)実情に合ってなくね?」とモヤモヤ。
その評価をする管理職の皆様は自己の能力発揮して会社に貢献しとる?とてもそうは思えない。十何年も管理職の面子も配置も変わってないけど?
転職を考えだしたこのタイミングで、一度改めて「現代社会で働くということ」について考えるいいきっかけとなりそうと思って今2週目。
終盤にまた出会った「ネガティブ・ケイパビリティ」 -
Posted by ブクログ
人事組織や評価制度の成り立ちがよくわかった。学歴のある方にとっては、モヤモヤを消すことができるいいきっかけになるかもしれない。
勉強してきた側からは想像もつかないと思うが、してこなかった側からすれば、受験勉強で成功した人は、それだけで目標設定力とサボらなかったコミットメント力は秀でているし、同じ条件で比較された時のために、学歴は無いよりはあったほうがいいと思う。お金はあったほうがいいというのと同じ論理。
また、いい学歴の人は学部とは関係のない難関資格を取得したりと、優れていると実感できたことも多い。
とはいえ、転職からは実績を問われるので、あくまで新卒時の就活がきついだけと思うが、ここでうまく行かなかった話は多い。
一方、学歴が無い方でも新卒でうまくそれなりの会社に就職でき、それなりの成績を上げた人はむしろいい転職をしていると思う。
有名大学の人はなんだかんだ相対的に優秀な人が多いと思うが、結局は割合の話だと思う。たとえば、有名大は6割は優秀で、下に見られる大学でも、2割は優秀だと思う。
学歴差別も、結局は好き嫌いで、好かれた人には学歴は関係ないと言われるし、嫌われた人にはどこ出身だからダメと言われるだけ。というのが個人的な実感。
学歴が無い側は、プライド関係なく振る舞えるし、自分が賢く無い分、頭の良い人の協力を得るスキルを身につけなければならないが、それこそ強みかもしれない。だから、コンプレックスがある人の場合は、ベクトルを変えることが大事だと思う。
あとは、勉強しなかった人でも、本を読むことで仕事ができるようになることもあるので、改めて本の魅力を感じた。 -
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私は労働というものが死ぬほど嫌いだ。できることなら本を読み、映画を観て、Podcastを聴き、散歩をして、おいしいものを食べて暮らしていたい。読みたい本、観たい映画、聴きたい番組、歩きたい道、食べたいものが多すぎて、労働なんてしている暇はない。労働をしている理由はただ一つ、自分の尊厳を削られない範囲で金を得るため。それだけである。
それなのに最近「リスキリング」なんて気持ち悪い言葉をよく耳にする。自己研鑽をして市場価値の高い人間になれ、という話らしいが冗談じゃない。私は労働に自己実現を求めていないし、人生を労働に捧げるなんてまっぴらごめんだ。リスキリングなんてクソくらえ、と思っている。
そもそも、なぜ能力を磨かなければならないのか。なぜ社会にとって有用であることを証明し続けなければならないのか。そしてその「有用さ」が、自分にとってはまったく価値を感じられないのはなぜなのか――ずっと疑問に思っていた。そんな折に出会ったのがこの本だった。タイトルにある「能力主義」という言葉も、この本で初めて知った。
本書は、能力主義がいかに一面的な尺度であり、多くを見落としているかを示している。そもそも「優秀な人」とは何をもって優秀とされるのか。組織づくりの実践や能力主義からの解放の試み、さらには「働くとは何か」まで、丁寧に解きほぐし説明してくれる。また、「能力主義を批判するなら医師や弁護士はどうなのか」といった疑問にも応えている。
人は複雑で多様だ。一元的な視点で評価するのではなく、それぞれの持つ特徴を持ち寄り、組み合わせていく方向に向かえばいい。そうなれば「自分の能力を発揮したいのに機会に恵まれない」とか「もっと気持ちよく働きたい」と思っている人の気が、ずっと楽になるのではないか。私はそちらのほうが断然いい。 -
Posted by ブクログ
人により好き嫌いはありそうな本。
確かになぁと思う面もあったのでひとまずこの評価。
『能力』主義なる目には見えないとので人を振り分けて当然と言う現代のコンプレックスへの批判。
人を選ぶ・選ばれるのではなく組織の中で組み合わせの妙として助け合う、いかに活用するかということ。
そして選ぶことは他者ではなく、自己に向けられるべきであり、自分自身のモードを選ぶこと、それこそが働くと言うこと。
確かに能力、コンピテンシーなんて過去の成功に基づくのみであり本来的にすべきこととは異なる。
曖昧模糊としたものではなく、いかに実績・仕事を行うかということが本当は大事なのだと思う。
個人ではなく組織への介入、それが組織開発という著者の言う方法論でありベースを整えるべきと言う論。
レゴの例えのとおり、集合体としての完成物になるために試行錯誤を繰り返していくこともあるべき姿の一つなのだろう -
Posted by ブクログ
能力主義という、日本型メリトクラシーについて現状認識をまとめた内容。我々は教育課程における偏差値、就職での選抜といったプロセスにおいて能力を評価されることで高レベルかつ良い待遇の教育や仕事を得られる暗黙の了解がある。それは従来の縁故主義や階級社会を超克する平等で民主的な選抜方法として認識されている。
しかし実際のところ、企業が掲げるコミュニケーション能力や課題解決力といった指標は曖昧かつ相対的なことが大半であり、企業や裁量者にとって都合の良い判断に委ねられている。また良い大学に進学して良い企業に入る、という現代社会で認められる成功とは、親の職業や収入といった環境面に左右されることが研究によって明らかとなっており、実質的には格差が固定されている。
その結果、社会においては能力開発の名の下にコンサルティングや人材研修、採用支援のようないわゆる中抜きビジネスが全盛を迎えており、この抽象的な成功例や理想像に対して企業や個人がお金を払う構図が増大してきている。またマクロ的にみても、2000年代から導入されてきた企業の成果や能力に応じた報酬を支払う制度が、実際のところは人件費の抑制や採用減といった方向に作用してきた実態があり、本来は報酬として支払われるべき企業予算がこれら人材ビジネスに回っている状況となっている。
働く個人として、この状況に抗う術とは何か。複業でいくつもの企業の仕事を並行させて雇用条件を安定させる、やりがいのような精神的安定を企業に依存しないといった対処が考えられるが、選択肢に乏しい実情も垣間見える。とくにAIやDXという潮流下で、人手不足が叫ばれる昨今において、キャリアアップや社会的成功といったメリトクラシー的な幻想を捨てて、まずは自分から働き方を変える方が実はリスクが低いのではないか。仕事の能力というごく一部の評価で左右されるには、一生は長過ぎるのだから。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ結果が出ていない人に対して「頑張ってこなかったんだから、仕方ない」というが、「じゃあ、頑張ろうと思った時にこの社会は頑張らせてくれるのか?」
揺れ動く組織の生態にとって有用な情報は、固定的な個人の「能力」ではなく、「その人の良し悪しや序列なき『情報』かつそれによって組織の力学がどう変化しうるのかを予見できるもの」であり、これは「機能」で、ブレーキよりアクセルの方が有能ということがないように良し悪しや望ましさはない。
「万能」で「優秀」個人が必ずしも「有能」な組織を産むのではない。しかし、「誰が高い能力を持っているのか」「人のどこを見ればその能力の高さがわかるのか」を重視し、これらを効率的に弾き出そうとした結果、「学歴」をありがたがってしまう。