あらすじ
他者と働くということは、一体どういうことか? なぜわたしたちは「能力」が足りないのではと煽られ、自己責任感を抱かされるのか? 著者は大学院で教育社会学を専攻し、「敵情視察」のため外資系コンサルティングファーム勤務を経て、現在は独立し、企業などの「組織開発」を支援中。本書は教育社会学の知見をもとに、著者が経験した現場でのエピソードをちりばめながら、わたしたちに生きづらさをもたらす、人を「選び」「選ばれる」能力主義に疑問を呈す。そこから人と人との関係を捉え直す新たな組織論の地平が見えてくる一冊。
「著者は企業コンサルタントでありながら(!)能力と選抜を否定する。本書は働く人の不安につけこんで個人のスキルアップを謳う凡百のビジネス本とは一線を画する」――村上靖彦氏(大阪大学大学院教授、『ケアとは何か』『客観性の落とし穴』著者)推薦!
◆目次◆
序章 「選ばれたい」の興りと違和感
第一章 「選ぶ」「選ばれる」の実相――「能力」の急所
第二章 「関係性」の勘所――働くとはどういうことか
第三章 実践のモメント
終章 「選ばれし者」の幕切れへ――労働、教育、社会
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二度関感心。
一つ目、、著者が誰かを確認せず読み進め、
癌と戦いながら子供を育てかつこうして仕事をしているんだ、、
と思いつつ、
著者がインタビューしている場面で、自分のことを「テシ」
と書いている。
ん?勅使川原真衣さん。
文化放送の「武田砂鉄ラジオマガジン」のpodcastで
ついさっき聴いたばかりのひと!
鋭く柔らかく世相を切っている人という印象だったが、
え、あの人癌なんだ!と驚く。
まあ、癌は今は治らぬ病気ではないが、
それでも注射したり大変だろう、、
頑張ってほしい。
そして何より内容。
働く、能力主義、選ばれしもの。
能力を一直線上に考え、
自分より上下で物事を考える風潮。
だから息苦しい。
ホントは評価軸は一つじゃない。
多面。
そもそも評価、じゃない。
適材適所。それぞれの個性に合った仕事をさせて初めて組織は回る。
同じことをさせる工業化社会がそのあたりを歪ませる。
日本の教育、社会の仕組みはいまだに工業化社会のまま。
正解のある試験でいい点を取れば優秀とされ、
そういう人物が東大に行き、政府の偉い人になる。
いい点を取る=間違えてはいけない
今の日本の悪いところだ。
私間違えませんから。優秀。
これがどれだけ時代にあっていないか。
そして多くの人を苦しめているか。
今の政府では気づくまい。
そういう人ばかりなのだから。
であれば国会議員がそれをやればいいのだが、
世襲の人たちはそこまで頭が回らない、、、
優秀じゃないけど選ばれし人たちだし。
私も優秀とはいいがたい、特性のある人を相手に今闘っている。
その人を排除せず、AIを使ってでも生かそうとしている。
皆がそれぞれの場所で活躍できるよう。
レゴは面白いたとえ。
一個一個はバラバラでも完成するとすごいものになる。
それを目指したい。
まいさん、がんばろう!
プロローグ 働くということ――「選ぶ」「選ばれる」の考察から
序章 「選ばれたい」の興りと違和感
第一章 「選ぶ」「選ばれる」の実相――能力の急所
第二章 「関係性」の勘所――働くとはどういうことか
第三章 実践のモメント
終章 「選ばれし者」の幕切れへ――労働、教育、社会
Posted by ブクログ
「仕事なんだから」「働くってこういうことなんだから」…果たして本当に?
学校に/職場に/社会に蔓延る、『能力主義』
その冷たくドライな風潮に疑問を感じたことがある人、そしてそんな疑問を抱きながら日々働く自分を生きづらいと思っている人へ
Posted by ブクログ
まだ読んでいる途中だが、凄く良い本だと感じている。自分は、人を能力で判断してしまう傾向があり、能力が低い人とは一緒に何かをしたくないと思ってしまう。果たして、仕事をする上でそのような人を選ぶことはどういうことに繋がるのか、本当にその選ぶことは正しいのか、色々と考えさせらる一冊だった。
Posted by ブクログ
機会平等で等しく教育を受けられるようになったことで、能力の有無は自己責任で負う時代となった。その中で、社会や会社で選ばれるために、評価をしたりされたりするようになった。
評価が必要なのか、本質は評価では捉えられないのではないかという疑問を投じている。
リスキリングなど選ばれる側が選ばれるように努力するだけでは限界で、選ぶ側も今使える人的資源でやりくりする工夫が必要。
拙速な理解ではなく、宙に浮いた状態を耐える力(ネガティブケイパビリティ)にも言及している。
私自身も、仕事ではリーダーとして振る舞うことも多いが、できない人に当たるとき、どう生かすかを考える意識転換が必要だと改めて痛感した。
Posted by ブクログ
口語で読みやすく、内容も組織開発について理解が進む。リスキルとか自己啓発とか、少し斜めから見ていた私にはどストライクでした。能力やらコンピテンシーやら、うちの会社でもありますが、モヤついていたのもどストライク。マネジメントの参考なります。
Posted by ブクログ
現代のあらゆる組織における、「選抜や報酬の配分」の根底にある能力主義のオルタナティブを示そうとする意欲的な著作。ストーリーや先行研究等、さまざまな具体例を示しつつ、「疑い無き論理」として能力主義が現代の「唯一の答え」となっていることを批判している。
組織人(あえて社会人とは書かず)となって、私も間もなく6年目を迎えようとしている中で、食い入る様にして読み終えた。筆者の主義主張は、とても理解ができる部分も多い。
ただし、これは勿体ないなぁと思うのだが文章の論理がところどころ整備されていない?と言うか、分かりにくい文章の流れが散見というべきなのか、そういった部分もあった(これはまぁ無視できるレベルなのかもしれないが)。そもそも、本書に一貫して出てくる、「個人のモードを選ぶ」という主旨の表現は、「人が人を選ぶ」という現実と対比させたいのは分かるが、論理的に破綻とまでは行かないものの、フワッとしていると感じた。
まぁそれはさておき、著者は「選び、選ばれる前に」すでに「揺らぎながら」もがきながらも、「うまくやっている」という既存の成果を存分に「認め合い」、一人一人の労働者が「受け入れられたと安心し」、そこから「組み合わせ&対話」の論理を展開していこうと力強く主張している。つまり、能力主義=個人主義のオルタナティブは、「組織の組み合わせ主義」なるものだとも言える。確かに、筆者が言うように、組織である以上は、仕事は「ひとりで完結しない」はずである。そうであるにも関わらず、世の組織の評価段階ではあらゆる仕事のパフォーマンスに「○○力」のように無理やり名前を付けて、最終的には「ひとりの労働者」として評価を行う。私の勤め先で言えば、さかんに叫ばれる「営業力」であろうか。評価については、確かに現実の難しさを理解していても、やはり少なからず矛盾を孕んでいることは認めざるを得ない。以上の論点については、「レゴブロック」に例えて大変秀逸な論述が行われているので、ぜひお読みいただきたい。
以上を踏まえても、なお私に残る論点は重い。筆者が「○○力」という見えもしない、ありもしないような能力によって、「人々を序列化」し、評価し、「選ぶ」世の中を否定するには、本書の「脱・能力主義」の主張はまだまだ弱いのではないか。
筆者も認めるように、現実には能力主義を根底とした「競争と選抜」が必要な分野は多分にある。また、私が思うに「能力主義」は原始時代より始まった、単なる弱肉強食の論理だと思うからである。現実に、KPIだとか、SPIだとか、あらゆるデータを頼りに「業務効率化」を行ったり、現代であればあらゆる分野に統計的手法が活用されているが、これも過度であり、信奉され過ぎてませんか?と筆者は警鐘を鳴らしているのだろう。これは私もそう思う。要はバランスと、分析する対象(人の能力を測ろうとするSPIで言えば、そもそも人の能力を)をよくよく定義することが大事だよということなんだろう。
人間の生存本能と、資本主義社会における「市場での競争」とそれを通じた「経済成長」。これらは際限がないのも事実であるが、我々人間にとってのオルタナティブは一体何なのであろうか?
私個人も、答えが知りたいあまり、著者の勅使川原さんに期待し過ぎ、頼り過ぎていたようです…
色々と書いてきたが、結局本書からの学びはとても大きいものがあり、あらゆる人に示唆を与えるだろう。私個人としても、本書にあったように色んな価値観を受け入れながら、現実における答えを、1つに決めつけず=楽せずに、七めんどくさいが、めっちゃくちゃに楽しくて、荒々しい、この世の中を「他者との関係性の中で」楽しんでいきたい。
最後になるが、まず私が取り組めることとして、たやすく、人の持っている何かを「行動力」や「コミュニケーション力」のように分類せず「自分が名前をつけて、評価しようとしている(日頃している)ものってそもそも、何がどういう状態のことなのか?」と少し立ち止まるように出来たら、少しずつ周囲が良くなっていくのかなと思ったところである。
Posted by ブクログ
"能力"は置かれた環境によって変化するものであり、そして他者との組み合わせによって変化するものである。つまり、個人そのものに属しているものではない。あの人は能力がある、ないと判断をすべきではない。大切にしたい視点を言語化してもらったような本。
Posted by ブクログ
資格試験を前に、心ここにあらず状態で読んでいたのでなかなか進まないし。言ってることも分かるけど…
なんかモヤモヤ(笑)コンサルの話のところで。最後まで読むと、なんかしっくりきた気がします。
プロローグとエピローグの家族の会話からして、有能な家族すぎとか思いつつ(笑)
「選び」「選ばれる」能力主義に疑問を呈すという内容です。働くということは、能力が大事なのではなく組み合わせが大事。お互いが感謝と敬意を持ち合わせる状態が大事。
多くの人がかかえる「生きづらさ」がなくなりますように。
Posted by ブクログ
能力の高い人間を採用しようと思っても、実際には能力の定義は様々で絶対的な指標はない。
多くの人が関わって初めて仕事ができるのだから、能力よりその人の人となりや経験、得意分野など人に着目した人事配置や評価をすべき。
他人と比べて落ち込んでいる時などに読むと、こんな自分でも多少は役に立てるのかなと思えて元気が出る。
Posted by ブクログ
いま社会人18年目。
「人材」を「人財」と表記するようになったのはいつからだったか。これを目にしてから、ずっと背中がムズムズするし
北関東に展開する中小企業である弊社で「目標管理設定」が始まった10数年前から、ずっと「個々人でこれ設定して評価するって(部署によっては)実情に合ってなくね?」とモヤモヤ。
その評価をする管理職の皆様は自己の能力発揮して会社に貢献しとる?とてもそうは思えない。十何年も管理職の面子も配置も変わってないけど?
転職を考えだしたこのタイミングで、一度改めて「現代社会で働くということ」について考えるいいきっかけとなりそうと思って今2週目。
終盤にまた出会った「ネガティブ・ケイパビリティ」
Posted by ブクログ
私は労働というものが死ぬほど嫌いだ。できることなら本を読み、映画を観て、Podcastを聴き、散歩をして、おいしいものを食べて暮らしていたい。読みたい本、観たい映画、聴きたい番組、歩きたい道、食べたいものが多すぎて、労働なんてしている暇はない。労働をしている理由はただ一つ、自分の尊厳を削られない範囲で金を得るため。それだけである。
それなのに最近「リスキリング」なんて気持ち悪い言葉をよく耳にする。自己研鑽をして市場価値の高い人間になれ、という話らしいが冗談じゃない。私は労働に自己実現を求めていないし、人生を労働に捧げるなんてまっぴらごめんだ。リスキリングなんてクソくらえ、と思っている。
そもそも、なぜ能力を磨かなければならないのか。なぜ社会にとって有用であることを証明し続けなければならないのか。そしてその「有用さ」が、自分にとってはまったく価値を感じられないのはなぜなのか――ずっと疑問に思っていた。そんな折に出会ったのがこの本だった。タイトルにある「能力主義」という言葉も、この本で初めて知った。
本書は、能力主義がいかに一面的な尺度であり、多くを見落としているかを示している。そもそも「優秀な人」とは何をもって優秀とされるのか。組織づくりの実践や能力主義からの解放の試み、さらには「働くとは何か」まで、丁寧に解きほぐし説明してくれる。また、「能力主義を批判するなら医師や弁護士はどうなのか」といった疑問にも応えている。
人は複雑で多様だ。一元的な視点で評価するのではなく、それぞれの持つ特徴を持ち寄り、組み合わせていく方向に向かえばいい。そうなれば「自分の能力を発揮したいのに機会に恵まれない」とか「もっと気持ちよく働きたい」と思っている人の気が、ずっと楽になるのではないか。私はそちらのほうが断然いい。
Posted by ブクログ
前半半分がメインだった。
脱能力主義ができれば、まず自分が救われそう。
俯瞰してどんなモードになってるか、感じ取りたい。
どんな環境にいようが、自分が脱能力主義でいることはだれにも妨げられない。まずは自分から。
Posted by ブクログ
人により好き嫌いはありそうな本。
確かになぁと思う面もあったのでひとまずこの評価。
『能力』主義なる目には見えないとので人を振り分けて当然と言う現代のコンプレックスへの批判。
人を選ぶ・選ばれるのではなく組織の中で組み合わせの妙として助け合う、いかに活用するかということ。
そして選ぶことは他者ではなく、自己に向けられるべきであり、自分自身のモードを選ぶこと、それこそが働くと言うこと。
確かに能力、コンピテンシーなんて過去の成功に基づくのみであり本来的にすべきこととは異なる。
曖昧模糊としたものではなく、いかに実績・仕事を行うかということが本当は大事なのだと思う。
個人ではなく組織への介入、それが組織開発という著者の言う方法論でありベースを整えるべきと言う論。
レゴの例えのとおり、集合体としての完成物になるために試行錯誤を繰り返していくこともあるべき姿の一つなのだろう
Posted by ブクログ
能力主義という、日本型メリトクラシーについて現状認識をまとめた内容。我々は教育課程における偏差値、就職での選抜といったプロセスにおいて能力を評価されることで高レベルかつ良い待遇の教育や仕事を得られる暗黙の了解がある。それは従来の縁故主義や階級社会を超克する平等で民主的な選抜方法として認識されている。
しかし実際のところ、企業が掲げるコミュニケーション能力や課題解決力といった指標は曖昧かつ相対的なことが大半であり、企業や裁量者にとって都合の良い判断に委ねられている。また良い大学に進学して良い企業に入る、という現代社会で認められる成功とは、親の職業や収入といった環境面に左右されることが研究によって明らかとなっており、実質的には格差が固定されている。
その結果、社会においては能力開発の名の下にコンサルティングや人材研修、採用支援のようないわゆる中抜きビジネスが全盛を迎えており、この抽象的な成功例や理想像に対して企業や個人がお金を払う構図が増大してきている。またマクロ的にみても、2000年代から導入されてきた企業の成果や能力に応じた報酬を支払う制度が、実際のところは人件費の抑制や採用減といった方向に作用してきた実態があり、本来は報酬として支払われるべき企業予算がこれら人材ビジネスに回っている状況となっている。
働く個人として、この状況に抗う術とは何か。複業でいくつもの企業の仕事を並行させて雇用条件を安定させる、やりがいのような精神的安定を企業に依存しないといった対処が考えられるが、選択肢に乏しい実情も垣間見える。とくにAIやDXという潮流下で、人手不足が叫ばれる昨今において、キャリアアップや社会的成功といったメリトクラシー的な幻想を捨てて、まずは自分から働き方を変える方が実はリスクが低いのではないか。仕事の能力というごく一部の評価で左右されるには、一生は長過ぎるのだから。
Posted by ブクログ
普段組織管理を生業としている者として感じている違和感を、著者が言語化してくれていました!
今の能力主義である世の中へのアンチテーゼが見事に書かれていました。
「だからどうすればいいのか」というのに対する明確な答えは書かれておらず、やはり都度都度考える必要があるのだろうなと、改めて実感しました。
Posted by ブクログ
勅使河原さん二冊目。『これくらいできないと困るのは君だよ』の対談集を先に読んでいたので、内容はかなりわかる。
たぶんこの本から読んだ人は、少し微妙な評価になりそう。
そして勅使河原さんの主張に賛同できない人も多いと思う。それは能力主義や競争で勝っており自分が安心できるポジションにいる人。きっとポジショントークだと思う。競争に勝てない人、苦手な人、能力はその時点のできる・できないということ、機能の組み合わせということ、気持ちを受け止めること、どっちか一辺倒の考えになることがかなりの問題点であると言っていることが共感できたら働きやすいな。
この新書は、新書大賞にランキングしていたなんて!ランキングも機能している。
前半は復習ぽく。後半はこの新書ならではの事例のやり取りが記載されておりよかった。
新書だけにアカデミックで主張の補足となる引用が多くよかった。読みたい本が増えました。
『メラトリクシー』~イギリス、マイケル・ヤング。その人は何ができ、どんな貢献をしているのかという、「メリット」を完璧に測定できるようになtった、社会風刺の空想小説。1958年に書かれたよう。
怒りは二次感情。怒りの前に戸惑いがあるので、怒っている人を観察して、その人の戸惑いを解決できなかった組織の地雷はどこにあるのか観察し情報収集を続ける。
レゴブロックで優秀を考えてみる。1つのブロックの役割。
問題の根源は、「一元的な正しさ」に社会が支配されていること。
欠乏を自己にも他者にも突きつけることの不寛容さ、能力主義的な香りが非常に気になる。「まだまだ」と「謙虚」であることの問題。
するの価値を見誤らない。
耳を傾け、承認し合うこと。だからアウトプットの方が大事。
なので組み合わせだけやっててもうまくいかない。吐露できる場がいる。
すでに在る・有るを認め合う。
未来に競争でないなにかを残したい。
人と人とが組み合わさって、助け合うことが生きること。
有能になることや、自立することのために生きているわけではない。
エドガーシャイン『人を助けるとはどういうことか』
宇田川元一『他者と働く』
相手に良し悪しつけず、まず一旦そう思ったんだねと受け止める。
非官僚的組織を目指すことは、高度に自己の内面を俯瞰し他者と協働していくことでもある。そういう組織に相性が悪い人もいる。
個人がモードを選ぶと同じように、人を選ぶのではなく、自分たちのありたい姿やそれを実現するために適切な体制や方法を選ぶこと。これが会社の組織も大事。
『通知表をやめた』小田智博
磯野真穂『他者と生きる』
リスキリングは成長したものから分配できるという発想なら、厳しいのでは?という見解。
主観を受け止めてもらえる経験。
仕事とラベルが貼られた何かと、仕事外の余暇、遊び、余白というラベルの貼られたものがあるかのような視点で批判する人はいる。
客観性の落とし穴(村上靖彦)
映画を早送りで観る人たち(稲田豊史)
デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか(針貝有佳)
失敗前提でとりあえずやってみる。
ケアするのは誰か?(ジョアン・トロント)
偶然とは何か(竹内啓)
争わない社会(佐藤仁)
Posted by ブクログ
選ぶ、選ばれる、の真っただ中にいる中、
考えさせられるなー。
個人の能力と思っている者は、実は偶然生まれた環境であったり、出自であったり、とも言われる。人間一人で生きているのではない、一人では生きられない、とも言われる。
でも実際私たちの生きている社会では、成功するには個人を単位としてとらえる動機を与えるしくみや制度で溢れている… そしてそもそも、教育基本法でも、個人単位での人格の完成を目指しているということを知った。
そういったことへの違和感を共有されている著者。そして、個人能力ではなく、持ち味の組み合わせだ、と、働く場でも、教育の場でも、他者とともにある姿を具体的に伝えています。
Posted by ブクログ
初めの40ページくらいを読んだところで、自分の考え方やしてきたことが全部ひっくり返されるのではないかという恐怖をビシビシ感じながら読み進めていきました。
自分の考え方を見直さねばと思った部分もありましたが、自分のしてきたことが間違いではなかったと思う部分もあり、少し救われました。
まず、「働くということ」はわかりました。
これを教育という観点からどう見るか。
「能力主義」をどうやって超えていくか。
「次世代に引き継ぐべきではない」社会や学校の在り方をどう変えていったら良いか。
管理教育から新自由主義的な教育が主流になりつつあり、つまりは自己責任の時代に傾いている。
管理でも自己責任でもない教育とは何か。
「モード」を変えるというのが、ヒントになりそうだ。
Posted by ブクログ
今、「働くってしんどいな」と思ってるのなら、手に取って読むと少し気持ちが楽になるんじゃないかと思った本。
ソリューションを提供しているかって問われたら違うようには思うけど。
自分が働くのがしんどいと思っているわけではなく、指導している学生たちに勧められる本かなぁと思って手に取った次第。
Posted by ブクログ
能力の優劣によって選び選ばれて分配の量が決まる社会は間違っているのでは?という内容。
働くということは個人で成り立つものではなく、複数人で協力して成しうる行為であるから、優秀な人を1パターンと捉えるのではなく、様々な人を受け入れるべき。成功パターンを押し付けるのではなく、その人にあった仕事を割り当て、働きやすくなるようサポートすることが大事。
内容は理解できたものの、能力主義から脱するのは難しいんだろうなと。
様々な個性の人を受け入れようといっても、
例えば採用の場合は採用人数に対して、多くの応募者がいた場合にはより能力がある人を選ぶしかないだろうし。
ただ、能力って何だよ!とは本当に思う。結局は面接でしか判断できないものなので、どんな能力よりも話力がある人が有利なのかなと。
Posted by ブクログ
久しぶりに難しい!!って本に出会った。哲学的だからかな。2回読んでなんとなく理解。
能力って良し悪し、高い低いじゃなくて、十人十色なものなのに、それを物差しにして「選ぶ」「選ばれる」社会は生きづらい、変えていこうよって本。
1人でできる仕事はなくて、集団で動くのだから、レゴブロックの1ピースに優秀さを求めるのはナンセンスで、全体でバランスをとりましょう。それが社会で生きるってことだよ。
極論まで行くと、社会主義共産主義みたいになっていくのかもしれないけど、この考え方を持てたら自己にも他者にも寛容になれる。
Posted by ブクログ
能力主義に対する批判が面白かった。
まず「能力」という言葉そのものがはっきり定まった実体を持たず、人の動きやふるまいをまとめた仮の呼び名にすぎない点が指摘される。本来は混ざり合っているはずの要素を、あたかも一つの線で切り取れるように扱っているところに無理がある。
次に、そのあいまいな言葉が社会の仕組みの中で大きな重みを持ち、不平等を解きほぐすどころか、「能力による差なら仕方ない」と思わせる理由付けとして働いてしまう点が問題として示される。配分の正しさを支える根拠のように見えながら、実際には納得を押しつける装置のようになっている。
さらに、「求める能力」がどんどん抽象的になり、働く人がどのように努力すればよいのか分からなくなるという指摘がある。コミュ力や人間力、問題解決力、デザイン力などなど。人の力をまとめて測ろうとする言葉が増え続ける一方で、その中身はぼやけてしまっている。
読み終えて、「能力」という言葉を実体のあるものとして扱うのではなく、人のさまざまな動きや状態を便宜的に束ねた呼び名にすぎないものとして受け止める方がよいと感じた。見えている「能力」は、広がりのある全体の中から恣意的に切り出された断面にすぎない。その前提を忘れないことで、働くことをめぐる議論をもう少し正確に捉えられると思った。
Posted by ブクログ
以前読んだ「『能力』の生きづらさをほぐす」の続編。前回の著書と内容的に重なるところが多かったように思います。
副題にあるような「能力主義」を超えて働くために、社会がどう変わっていくべきか、ということの提言で、個人というより、地道に社会が変わっていかなければならない、という趣旨でした。章のタイトルに「終章まとめ…ず視点を託す」とありますが、明確な解決策はなく、著書のような専門のコンサルが入っている大企業ならまだしも、そうでない大多数の人間にとっては、こうした視点をもちながら、徐々に社会を変えていかなければならない、という将来を見据えた話になると思いました。
以下、目次と要旨●をまとめました。
【プロローグ】 働くということ―「選ぶ」「選ばれる」の考察からー
1「選ばれたい」日常
2問わぬまま逃げ切れるのかー問題提起―
●歴史的・構造的な「選抜」な「能力」論の積年の課題を理解し、見直すべき点を立ち止まって考えるべき。
【序章「選ばれたい」の興りと違和感】
1選抜とは何か、なぜ必要かー「分かる」「分ける」「分け合う」
2違和感の代弁者―教育学者が語る「能力主義」の欺瞞
3性懲りもなくいっそう蔓延る「能力主義」
●「能力」を獲得し続け、「選ばれし人」を育てる個人の『能力開発』から、自分や他者のことを「分かり」「分け」「分け合う」『組織開発』への移行。
【第1章「選ぶ」「選ばれる」の実相―能力の急所】
1急所を探して
2空想社会科学小説「メリトクラシー」の含意
3「能力主義」を社会の選抜・配分原理にすることの何が問題か?
●働く場において「不平等の納得」のために編み出された「能力主義」だが、仕事とは個人が社会に一人きりで真空パックされて行うものではない。組織として運用されるためには、仕事現場の空間を分析する等のもっと根源的な問いかけからスタートすべき。
【第2章「関係性」の勘所―働くとはどういうことか】
1脱・「能力主義」の現場
2能力論を解きほぐす
3他者と働くとはーエッセンシャルな視座
4変わるべきは誰か
5脱・「能力主義」とは「人間観」の見直しである
●立派な社会構成員を作ることを教育が担う。教育が「能力をより多く、より高く、『自立』して生きる」よりも「生き方を考え、主体的な判断と共に行動し、自立した人間として、他者と共により良く生きる」ことを重視しても、労働の現場がその思考に接続していなければ骨折り損となってしまう。
【第3章実践のモメント】
1なぜ今「働くということ」をことばにするのか
2あの人が自分のモードを「選んだ」とき
3「正しさ」から下りる
●社会は変化する「自己」と「社会」から形成されている。二項対立的に一元的な正しさにとらわれてはならない。能力が必要な場面も必ずある。それぞれの人が持つ興味、守備範囲を持ち寄って、総じて幅広な見解を確保することが、脱・「能力主義」的「働くということ」のポイント。
【終章「選ばれし者」の幕切れへー労働、教育、社会―
1リスキリングブーム
2教育の土台
3余裕を奪う言説
4頑迷な「正しさ」
5決め切らないこの本―終章まとめ…ず視点を託す
●リスキリングとは、典型的な「新しい技能」が必須なのではなく、今ある感覚、知識を俯瞰して、既存の物事から「新しい一面を見る」という挑戦を自ら「選ぶ」こと。「働くということ」は、生きる限り誰にでも関係する根源的な営為であるため、互いを認め合い、活かし合い、次世代に希望のバトンをつなぐこと。
【エピローグ】
●働く上で必要な視点・態度は、個人の「能力」ではなく、組織で必要とされる「機能」の担い合いである。
「できる」「できない」は「状態」の話であって、固定的に個人に備わる能力の話ではない。
「働くということ」とは、他者から選ばれる一般的な選抜とは全く異なる世界観で、自分のモードに気づいて思考や言動を「選ぶ」こと。他者や環境と「組み合わせて」生きること。
Posted by ブクログ
現代に蔓延る選び選ばれる能力主義。それは本当に正しいことなのかと疑問を投げかける本。とても丁寧に書かれた本だと感じました。こうするべき、真実はこうだ、などという主張ではなく、こうも考えたらどうでしょうかという優しく語りかけてくるような感じでした。
「自分の在り方」に無頓着なままの問題解決などそうないのです。
他人選ぶ視点ではなく、自分のモードを選ぶ視点を持ちたいと思いました。
ただ、この本は広い視野が必要になる本です。視野を広く持つと物事を多面的に見れる代わりに分かりやすい結論がなくなります。そのためこの本を分かりにくいととる人もいるような気がします。(それこそが他人と働くことだという筆者の意見もありそうですが、)資本主義の社会で実績やお金を稼ぐことを求められる世界でどこまでこの主張が通るのかが気になりました。人間は直ぐに結果を出したいし、直ぐにできる人や人にわかる成果をだせる人が認められお金を稼げる構造です。だからこそこの社会の構造をおかしいのかもしれないなと思える広い視野を常に持ちたいなと思いました。
Posted by ブクログ
現代人の生きづらさはわかる。
チームメンバーで感想共有したが、みんなうなづきながら聴いていた。恐らく共感する部分があったのだと思うし、当社も能力主義に基づく選民思想全開で人事研修、昇進昇格を決めている。そんな仕組みの中では選ばれることへの喜びは変わらず存在するものの、生きづらさも変わらない。マネージャーを目指さない若者も減らないように思う。
自分のモードをえらぶこと、理論的にはわかるが、モード自体が能力と読み換えることもできてしまうのではないか。役割に関係なく多くの方に読んでもらい、こういう考え方があることを知ってもらいたいと思った一冊。
Posted by ブクログ
今いる場所をどう捉えてその問題を解決していくかという点には一定の方法論かもしれないけど、働くということ全体を語り切れるわけではないように感じる。個人の立場からすれば何かの「能力」という型にはめられて評価されるのは嫌だという気持ちはわかる。ではどうすればいい?働く人誰もが評価される立場になることは避けられない中でどこまでミクロのレベルまで個々人に寄り添うことができるか。そして個々人の集団として競争が必要な資本主義社会の中で生き残ることができるのか。明らかに問題にぶち当たってしまった人は助けなければならない。でも社会全体がそこから降りるのを答えにはできない。とするとどうすればいいのか。
Posted by ブクログ
組織開発コンサルタントの著者の仕事での体験談をベースに、能力主義のおかしさを指摘し、個人の得意不得意を生かした適材適所の組織づくりの方法論を示す。
誰もがなんとなく感じていた能力主義への違和感にズバッと切り込んでいる。しかし、科学的な根拠は乏しく、組織開発コンサルタントとしての体験談に依りすぎている嫌いはある。新書として出すのはふさわしくない気がした。
Posted by ブクログ
「能力主義」の言う能力というのって本当に正しいのですか?という前提から能力主義の現状を見直してみようという話
能力はちゃんと定義できないし、そもそもみんなで働いてるんだから個人の能力は胴回りと影響するかを考えるべきであって、その人にこの能力がないとか、あの能力はあるなとかという話ではないのではないか?そこには反対しないのですが、それであっても人を選択する場面というのは出てくるんじゃないかと思いました。業務に適正がないとか、シンプルな経験不足とかで選択しないってこともあるのではという気がします。
ちょっといい替えると、みんな得手不得手はあるんだからそれそれ活躍できる場を作って行きましょうというのに反対するところはないですが、寿司職人の求人に経理畑一辺倒の人が言っても採用は基本されないですよね。
この明確にできる経験やスキルが求めているものではないというのと、著者の言う定義できない能力というのをどう切り分けるかというのが難しいなぁなどと思ったりしました、まぁ、答えない系の話なので自分の中での結論を見つける必要はないと思いますが。
Posted by ブクログ
●「能力」という概念は、人々を「分ける」ために生まれたもの。それにより限りある資源を「分け合う」ための考え方。
●従業員エンゲージメント診断の市場規模は2027年まで右肩上がり傾向の予測。会社は従業員がどんな思いや状態で仕事をしているかを探りたい、という要望がある。
●凹凸したもの同士がその関係性でいい味を出し合うことが組織である、という考え方。そのためには、無いものを探すのではなく、自分自身や組織を俯瞰して有りものの価値を再認識することが欠かせない。
●他者よりも「抜きんでる」のではなく、他者や環境と「組み合わせて」生きることを意識する。