五十嵐太郎のレビュー一覧
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「誰にとっても不寛容な社会」
排除アート。
それは特定の立場の人間を排除することを目的に造られたアート(もどき)である。
筆者は自己責任論が蔓延するこの日本社会の不寛容さについて、この排除アートなるものを元手に追及している。
排除アート。はて、何のことやら。
その実態は何と私たちの身近にあるものだった。
彼らはベンチやアートの体を成し、実に巧妙に弱者を排斥することを念頭に置かれた建築物だったのだ。
例えば近所の公園のベンチ。
巷ではひじ掛けが後付けされたものが散見される。
当方てっきり座れる人数を増やすための配慮だと受け取っていたが、本著を読む限りその可能性は著しく低いらしい。
そう。あ -
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建築・都市ブックガイド21世紀 (建築文化シナジー)
(和書)2013年08月09日 13:01
彰国社 2010年3月
建築に関するブックガイド。
これらの本をすべて読めば建築に関する言説についていけるようになるということだ。
いくらか興味を持った本をピックアップ。
「シャルロット・ペリアン自伝」みすず書房
ル・コルビュジエの事務所で初めて女性として働いていた人の自伝。事務所の雰囲気など知ることができるという。コルビュジエ自身の著書は多いが自伝はないし設計の様子を伝えるものも少ないので貴重な本。
「夢と魅惑の全体主義」井上章一・文春新書
この人の本は伊勢神宮の本を読んだことがある -
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先日訪れた上海、大気汚染の中3日間街を歩き廻っていたせいか、いまだに咳がとまらず。。。。皆さん、上海に行くときは、ぜんそくにかからないように注意してください(爆)。
Financial Times にこんな記事が。。。
750,000 a year killed by Chinese pollution
By Richard McGregor in Beijing
Published: July 2 2007 22:03 | Last updated: July 2 2007 22:03
Beijing engineered the removal of nearly a third o -
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本来地域ごとの気候、環境に左右されるはずの建築も、近代に入ってからは主として米国主導による標準化の波に洗われることとなった。それへの抵抗として(これまでとくに意識されなかった)「伝統」が強調されるようになった。日本の近代建築はモダニズム(標準化)対伝統主義の相克としてまず規定される。
そうすると、どうしてもまずもって日本の伝統とは何か、という議論になってくる。建築の表現としては、それはまず「屋根」に典型的に表れるという。パルテノン神殿のような躯体に神社風の屋根、というキメラ的建物はなるほど割と見かけるように思う。そうした即物的な合体ではなく、例えばヨーロッパ的な回廊と寺社を巧みに融合させる形 -
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レポートの題材として手にとった本書。
個人的には日本橋の上を走る首都高速の景観がどのように考えられているかを知りたかった。
そもそも美的感覚は極めて主観的なものである。
その「美しさ」をまち・景観に当てはめる際には相当な注意を払う必要がある。
他の書籍の表現を借りるのであれば、
”景観とはある一つの建造物をさしたものでもなければ、単に視覚的な印象に立脚するものでもなく、周辺の諸環境との調和を第一義的に考える必要がある”
とのことである。
その点を鑑みれば、
欧米の都市は○○の点がよく、日本にはかけているので導入すべきだ的な物言いには疑問を感じる。
単なる無い物ねだりである。
いくらパリのシ