ユゴーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ小説を読んでいて、久しぶりに圧倒された。それが今日の作品ではなく、古典文学であるこの作品であるということは、少し残念ではあるけれど、しかし新しい出会いであることには変わりない。
これがほんの第一部であるということへの驚きと期待。まだこの作品の世界が広がっているという喜び。そしてそれはある種の絶望的な情緒でもある。
人間の喜怒哀楽が徹底的に描かれていて、それは読んでいて心地良いというレベルではなく、思わず目を伏せてしまうほどの描写で、それでもページをめくらずにはいられないという、「リアル」と「リアリティ」の紙一重で、読者(「読書家」とはあえて書かない)の倒錯的であるこの快感をひしひしと感じられる。これは小説を読むということの、最上の感動なのではないか。
これは手放しで「すごい」としか言いようがない。それをいま僕はがんばって言葉にしているのだけれど、この感動、このクオリアはやはり「読まなきゃわからない」という使い古された言葉でしか片付けられない。
ちなみに下世話な話になるようだけれど、訳は非常に読みやすく、注訳もその場でなされているので、翻訳小説にありがちな弊害はあまりない。あまりないというのは、原文が読めるなら原文がベストだと考えているから、ということであって、ここでは「問題がない」と書くのが適当だと思う。
なので肩の力を抜いて、余計なことは考えずに(つまり先入観を捨てて)、この本を手に取ってほしい。 -
Posted by ブクログ
名作と呼ばれる作品は昔から苦手だったのですが、
この本を読んで、その偏見がなくなりました!
5巻すべて読むのに2ヶ月以上かかりましたが、読んでよかったと思います。
だけど、作者が伝えたいことが(それもとても強く伝えたいことが)何かあるのはわかっているのに、それが何なのかがわからない。
これかな?と思うと、なんだか違うな、って次に思わされたりして。
時間はかかるけど、もう一度読みたいです。作者が何を伝えたくてこんな超大作を書いたのか、知りたいです。
これだけ長いので、色々と心に響く部分はあるのですが、個人的にはジャンヴァルジャンが良心と欲求に葛藤している部分(数回あります)が、共感できてよかったです。
作者の真意はわからなかったけど、結末では胸がきゅんとなりました。ジャンヴァルジャン、素敵です。 -
Posted by ブクログ
第五部「ジャン・ヴァルジャン」。1832年6月5日、パリの共和主義者は一斉に蜂起し、市街戦を展開する。その中には傷ついたマリユスや、彼を助けるジャンの姿も見られた。やがてコゼットとマリユスは結婚し、ジャンはマリユスに自分の素性を語り、離れて暮らすことになるが、コゼットがいなくなるとジャンは心身ともに衰え、二人が駆け付けたときにはすでに死の床にあった──。
激しく繰り広げられた市街戦によってマリユスの友人が全員戦死したり、テナルディエはどこまでいっても悪人のままでしかなかったり、ジャンの心の葛藤であったり──クライマックスに向けて様々な場面が描かれ、心に痛みを覚えたり、手に汗握る戦闘にこちらもハラハラさせられたり、二人の結婚に思わず笑みがこぼれたりと、自分の中でいろんな感情が交錯した巻だった。
コゼットとマリユスに見守られてのジャンの最期、またそこに至るまでのジャンの決意、マリユスの発見など、感動的な要素もとても多かった。
「憐れな人々」に対するユゴーの無量の愛、現代にも通じる囚人や娼婦に対する人々の偏見や権力による抑圧など、まさに作者の想いが魂となって結実したといえる、名作中の名作といえる作品であろう。 -
Posted by ブクログ
第四部「プリュメ通りの牧歌とサン・ドニ通りの叙事詩」。パリは陰謀が渦巻き、共和主義者は「ABC(下層の者)」という秘密結社を作っていた。この混乱の中にあって、マリユスは可憐なコゼットとの愛を育てていく。
ついにコゼットと会い、言葉を交わすことができたマリユス。そのことをずっとジャン・ヴァルジャンは知らなかったが、革命の狼煙がついにあがったパリの中で、ある日ついに彼はコゼットとマリユスの関係を知ってしまう。
父性という愛の中にすべての形の愛情を包含しているジャン・ヴァルジャンのマリユスへの嫉妬やコゼットへの苛立ちは、人間的な感情であると同時に、人間の醜さ、弱さでもある。彼の心の動揺がどんな結果をもたらすのか──。 -
Posted by ブクログ
第三部「マリユス」。頑固な祖父にさからって、ひとり下宿生活を始めたマリユスは、窮乏の生活の中で、次第に共和主義に傾倒してゆく。その頃、彼が毎日散策に出かける公園で必ず出会う親娘があった。誇り高く純真な青年マリユスは、その未知の少女の清らかなまなざしにとらえられ、可憐な姿に憧れを抱く。娘は、ジャン・ヴァルジャンに養われているコゼットであった。
この巻で重要人物となっていたジョンドレット一家が実はジャン・ヴァルジャン、そしてコゼットにとって因縁の相手であったという事実に驚いた。
だんだん複雑に絡んでくる人間模様と、近づく革命の狼煙に、物語の続きが気になって読むスピードが早くなった。
マリユスとコゼットはどうなるのか。見守っていきたい。 -
Posted by ブクログ
第二部「コゼット」。自ら自分の過去を明らかにしたために、市長から一転して再び監獄生活に戻ったジャンは、軍艦で労役中にマストから海に飛び込んで巧みに脱出する。自由を得た彼は、ファンチーヌとの約束にしたがって、幼くして捨てられたその娘コゼットを、悪辣な養父母のもとから救い出し、彼女を伴ってパリの暗闇の中へと潜入する──。
テナルディエ家でのコゼットの凄惨な生活に、とても胸が締め付けられた。そこに突然現れたジャンによって救い出され、安息を得たのも束の間、今度はジャンがジャヴェールによって追われることになる。その息つく間もない逃亡劇に、時間を忘れて夢中で読んだ。
辿り着いた先での修道院の下りは、説明はよくわからなかったが、フォーシュルヴァン爺さんとの再会や一度門の外に出るためにジャンが採った方法の奇抜さは実にユニークだったと思う。 -
Posted by ブクログ
ストーリーとしては☆5だけど、文章が冗長で読むのに骨が折れるので、☆4で評価
上巻は描写が多すぎて読み飛ばしていたが、下巻はだいぶ面白くなった
フロロ神父はクズでストーカーだし、エスメラルダもアホなところがあるし、カジモドは醜さゆえに救われない
だけどそれで切り捨てられる簡単なストーリーではなく、三者とも各々の信念があって、その思いがすべて救われない。そこに人間の世界の現実を見ることができる。そこに読み応えを感じた
・善人は救われる
・悪人は罰せられる
・人は見た目より心の美しさ
こういった定石にこのストーリーは乗っからない。人間の願いや善意を簡単には肯定してくれない作品なんだと思う