千野栄一のレビュー一覧
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初版が86年で、16年時点で47刷に達していことからも、良書と期待して手に取った。
1語でも語彙を増やすに時間をつかうべきかと思った。が、それでもなお読みたかったし、200ページに収まってる内容は、移動時間を殺すのに都合が良かった。
読み終えて思うのは、非母語を難なく扱えるようになった人は、賢く謙虚で、でも自信のある人だなと。しかし問題はぼくの中国語である。良い自習書もあり、先生もおり、なんなら中国語がつかえる国にすんでいるのに、この体たらく。
この本に照らし合わせると、発音無視しすぎ・覚えるべき基本語彙がみえてない・ゴール設定できてない。ってことに、耳が痛すぎる。 -
Posted by ブクログ
書いてあることは奇をてらうものでもなんでもなく,語をしっかりと覚えておくことに始まる非常にオーソドックスで真面目なことです。でも,その背後にwill powerと目的の明確化がないと,ただただ時間を食うだけです。
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外国語を習うとき,なんでこの外国語を習うのか,という意識が明白であることが絶対に必要である。この反対の例が“教養のための外国語”とやらで,こんな気持でフランス語やドイツ語を学ばれては,フランス語やドイツ語が迷惑である。フカフカしたじゅうたんの上で,数々の教育機器に恵まれ,ネイティブ・スピーカーのいい先生のいるカルチャー・センターで,よい教科書と,よい辞書があってもう -
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色々と勉強になるエッセイでした。
チェコがまだ社会主義国だった時の話です。千野英一さんはその時代にチェコに留学をしていました。社会主義の国に留学できるっていうことにまずびっくりしました。私の勝手な思い込みなんだけど、そういう国は外国の人を受け入れないと思ってました。千野さんがチェコにいた時は、まだロシア(その当時はソ連?)の影響も強かったと思うし、中欧は色々争いがあったと思う。その中でチェコで学ぶってなんかすごいよね。
千野さんはチェコで楽しみもあった。それは古書を探すという楽しみ。社会主義国は思うように本が出版されない。政府に批判的なことが書かれてると即発禁らしい。最初は「え⁉︎」と思った -
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最近何かのメディアで見かけて借りた本なので、最近の本だと思い込んでいた。冒頭の一篇「沈黙の通訳」を読んで内田百閒の酒に纏わる随筆を連想し、巻末の初出一覧を確認。案の定半世紀以上前に書かれた文で、著者は20年以上前に亡くなっている。
少し時代が古い本には、その時代の本からしか摂れない栄養がある。東西冷戦下の東ヨーロッパでのあれこれが書かれた内容ももちろんなんだけど、現代の作家が使っているのをあまり見た事がない日本語の表現がたくさん。「碩学」「ゆるがせにしない」「病膏肓に達する」などなど。
「白宅」という言葉を聞いたことがなく調べても出てこなかったので、誤植?と思ってAIに聞いたら「白屋」という似 -
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「知のソムリエ」としての書店主に、自分もなってみたい。そんな憧れを抱かせてくれる一冊だった。
効率化を極めた現代のネット社会では、欲しい本は1クリックで手に入る。
しかし、かつてのプラハで繰り広げられていた「本当に価値のある本は店頭に並ばない」というバックヤードの文化には、情報社会が失いつつある「知の本質」が隠されているように思う。
店主が客の知性や情熱を推し量り、ふさわしい相手にだけ珠玉の一冊を託す。
そのプロセスは、単なる商取引ではなく、信頼に基づいた人間教育や、深いコミュニティ形成の儀式でもあったはずだ。
今の時代、本を届ける手段は書店以外にも広がっている。
だが、どれだけプラット -
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1987年に出版された単行本の文庫化だと知らずに読んだので、昔の時代の話ばかりで驚いてしまった。
お子さん2人をバイリンガルになるように教育する話や、地道に古本屋巡りをして店主と仲良くなり欲しい本を譲ってもらえるようになる話、学会や旅先での思い出等が、事細かに書かれていて、チェコやチェコ文学、言語学に興味が出る本だった。
作者が古本屋でいかに頑張って、または巡り合わせで欲しい本を譲ってもらえたかということが、本の名前や作者情報、時代背景と合わせて細かく綴られていて、作者が本を手に入れた時の喜びがひしひしと伝わってきた。
趣味ではなく仕事のために蒐集しているとはいえ、オタクと言えるほどの高い -
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ネタバレ新聞の広告欄で紹介されていた本で普通のフィクション小説だと思っていたら日本の言語学者がプラハで中古本を手に入れる事がいかに困難であるかを訴えかけた本(違うw)。日本語以外の外国語を習得された人、しかも多言語を扱う人って素直にすごいなぁと思うし、また習得しただけではなくその語源や表現法まで学ぼうとする人の行動を読んでいると自分の中で眠らせていた何かに火が付きそうだ。本を集めているとだんだん辞書・辞典に向かい始めるというのが面白く、自分も本棚はかつて小説などが並んでいたがほとんどを処分し、今一段すべてを占拠しているのは辞書(表現読解国語、漢字、英和、和英、英英、古語、ことわざ、類語例解、広辞苑など
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面白かった、けど、全然消化できておりません。
まとまってないので箇条書きの感想になる。
・恋愛小説というより哲学書
・軽いと重いはどっちが良い?軽く生きる方が楽ではありそう(人に対してということではない、生き方や死に方)
・自分の生き方、欲求を捨て、愛する人のために生きるのは難しい、重い
・重さを受け入れるのは難しい、けど本当は重さを受け入れて生きていきたい
・母からの女としての生き方の呪縛
・俗悪なもの(キッチュ)とは偽善、まがいもの(デモ行進、カメラを向けられると子供を抱きかかえる政治家、お涙頂戴)
・途中で著者の思想が突然介入してくるのが面白い
・詩的、メタファーを感じさせる女性が、 -
Posted by ブクログ
チェコでの暮らしについて語っているエッセイだと思ったら全然違った。
スラブ言語学者の著者千野さんによる、言語と本への愛が詰まった1冊だった。
自分とは全く縁もゆかりもないスラブ言語、チェコという国、文化、それに関係する書籍について専門的なことが語られていて、知識がなさすぎて出てくる言語も、紹介されている本も、正直ほとんど内容はわからなかったけど、社会主義国での本屋や本の扱われ方、生活ぶりなどがよくわかって興味深い。
古本屋に何年も通って店主と仲良くなってからでしか譲ってもらえない古本なんて、読書好きとしては憧れずにはいられない。
知識があったらもっと楽しめたかもしれないと思うと自分の無知が -
Posted by ブクログ
ネタバレ軽さ(自由)と重さ(愛と責任)への考察と、自己欺瞞的な俗悪と、弱さの強さがこの本で一貫して強調されていた。
登場人物が基本的に自分の行為に意味付けをしたり、自分の思想と行動との首尾一貫性を省みたり、内省的で読み応えがあった。
共産主義国が故の監視社会から誘発された神経症くらいにしか、あまりプラハの春は関わっていなかったように思う。舞台移行の装置としては機能してたけど。
夢診断も急に入ってきたり、特にテレザに関しては他人のノートを覗き見しているかのような気持ちになった。
犬飼ったことないけど、犬が死ぬシーンでいちばん感動したかもしれない。
そこで二人の関係の不安定さと、テレザの生き物に対する公