千野栄一のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ただやみくもに外国語習得を開始するのではなく、戦略を立て、無駄のない努力をしたいところである。本書は、過去の自分の方法ではダメだったのだと気付かせてくれた。早速スマホで単語帳アプリをダウンロードし、1000語の暗記から始めている。また、友人にお金を払い、毎週一回一時間半の授業をしてもらうように依頼した。生涯をかけて、5カ国語を楽しめるようになるのが目標だ。
以下、本書より抜粋。
「言語の習得にぜひ必要なものはお金と時間であり、覚えなければ外国語が習得できない二つの項目は語彙と文法で、習得のための三つの大切な道具はよい教科書と、よい先生と、よい辞書ということになる。」
「もし、辞書を引き引きその言語で書かれたテキストを読みたいというのであれば、二~三千語で足りる。ここまで覚えれば、その言語に関しては一応の”上がり”である。」
「もし、あなたが学習しようとしている言語に語の頻度数を示す資料があったら、それは絶対に見る必要がある。」
「外国語の習得に際して、語彙に関してはこれまであまり無視されていたので、もっと関心を持つ必要があり、語彙の習得にもっと計画的に時間をかけることが絶対に必要である。」
「一冊の学習書の中の変化表を全部切り抜いてビッシリ貼り直すと、大体10頁内外になる。(言語により異なる)もし読者の方がモノにしようと思っている外国語の骨組みが、10頁を完璧にモノにすればできると分かれば、誰にでも勇気がわいてくるに違いない。」
「先生は各人に小さなノートを用意させ、それを単語帳にする。毎時間の最初に、その時間で扱う文法事項の手短な説明があり、ごく少数の語彙が与えられてから授業が始まる。授業の圧倒的大部分の時間は、母語から外国語への翻訳にあてられる。まず語彙を覚えるための易しい短文が繰り返し当てられ、新出の語彙が覚えられたのが確認されると、その日の文法事項がその作文の中に組み込まれてくる。学生が単語でつっかえると、すぐ小さなノートにその単語を書き加えることを要求し、更に、その語が入ったいくつかの分を訳させる。そのノートの単語は学期が深まるについれて一人一人で違ってくるので、やがて学生を当てるとき一人一人からノートを提出させ、それを見ながら作文が要求される。」-ブラジミール・トグネル先生の授業方法
「先生は授業の最初の日に葉書程度の大きさの紙に、氏名・専攻・住所・電話を書いて提出させ、これがその後の授業で重要な役割を果たした。まず出席をとって、欠席の人のカードを抜き、その裏面にその日付をつける。そして残りのカードをよく切り、裏返しにしてから、授業では順に当てていかれた。一巡するとよくカードを切り、学生に自分の順番を予測させないようにし、しかも皆が公平に当たるよう配慮して、質問の難易で学生にひいきのないように、裏にしたカードをめくるまで誰に当たるかわからないようにふせておき、そして質問に答えられない学生がいると、カードにどの変化ができなかったかを記入して、次の週には必ずそれを復習させるのである。」-ヨゼフ・クルツ先生の授業方法
「繰り返しは忘却の特効薬である」 -
Posted by ブクログ
【感想】
別の本で佐藤優が称賛していたので購入。
30年以上前に出版されたにも関わらず、非常に読みやすい本でした。
まぁ30年も経って学習ツールは大きく変わったが、本質は今も昔も変わらないだろう。
外国語の習得に必要なものは「目的と目標」「語彙」「文法」「学習書」「教師」「辞書」「発音」「会話」「文化や歴史」。
とりわけ重要なのは「目的」で、次いで「語彙」と「発音」なのだろうと読んでいて思った。
やっぱり、明確な必要性がないと切羽詰まって勉強しないから、なかなか習得できないでしょうねー。
個人的に英語が必要不可欠な環境ではないし。今後そうなるかも明確ではない。
習得するに越した事はないにしても、実践する場がなかったら時間と費用の無駄になりかねない。
そもそも、こういった本を読んでいるだけでは画餅で終わるどころか、習得に大してそもそも高いハードルを感じてしまう・・・
趣味程度で取り掛かるのは考えが甘すぎるのか?
まぁ、そのあたりの費用対効果を考えた上で取り組もう。
TOEIC高得点GETという目標を元に頑張ってみるか。
【内容まとめ】
1.「何故この外国語を習うのか」という意識が明白である事が絶対に必要である。
外国語がモノにならない人は、目的意識の不足がその原因である。
2.数多く外国語ができる人がいても、その中で読み書き話せると三拍子揃ってできる言語は1つか2つで、3つという人は少ない。
3.覚えなければいけないのは、語彙と文法
文法は骨と神経、語彙(単語)は血肉。
血や肉がなければ、人間ではなく骸骨にすぎない。
4.まず、よく使う千の単語を覚える。
千の単語を覚えるのは、その言語を学ぶための入門許可証こようなものであり、これを手にしてようやく助走成功するようなものである。
5.「発音」は、外国語を学ぶための重要な前提。
外国人は文法上のミスのある文の方が、ひどい発音で話された文よりもむしろ理解ができる。
【引用】
外国語コンプレックスに悩む一学生は、どこようにして英・独・仏・チェコ語をはじめとする数々のことばをモノにしていったか。
辞書・学習書の選び方、発音・語彙・会話の身につけ方、文法の面白さなど、習得のためのコツを著者の体験と達人達の知恵をちりばめて語る。
・目的と目標
・語彙
・文法
・学習書
・教師
・辞書
・発音
・会話
・文化や歴史
p6
才能の差は確かにある。
しかし、ある言語を習得できるかどうかは、その習得の方法により多くの事が依存している。
p20
外国語を習うとき、なんでこの外国語を習うのかという意識が明白である事が絶対に必要である。
外国語がモノにならない人は、目的意識の不足がその原因である。
p26
ごく稀にしか起こらないハイジャックのインタビューのために全スチュワーデスにその分野の応答ができるように英語教育するというのは全くと言っていいほど無駄である。
人間の能力には限界があって、寿命も限られているのであるから、必要なだけの英語が出来ればよく、それで十分なのである。
p29
色々と数多く外国語ができる人がいても、その中で読み書き話せると三拍子揃ってできる言語は1つか2つで、3つという人は少ない。
p38
・上達に必要なのは、お金と時間
人間はそもそもケチなので、お金を払うとそれを無駄にすまいという気が起こり、その時間が無駄にならないようにと予習・復習をするものである。
また、習得には繰り返しが必要なため、どうしても時間が必要になってくる。
p41
・覚えなければいけないのは、語彙と文法
まずは単語を覚えなければいけない。
いい教科書、いい教師、いい辞書。
文法は骨と神経、語彙(単語)は血肉。
血や肉がなければ、人間ではなく骸骨にすぎない。
単語を覚えるおいう作業は単純であり、ゴールがなく、面白くない。
それにも関わらず、単語を覚えなくては習得に支障をきたす。
この矛盾を解決しなければならないのが外国語の学習である。
p51
・まず千の単語を覚える。
千の単語を覚えるのは、その言語を学ぶための入門許可証こようなものであり、これを手にしてようやく助走成功するようなものである。
この段階では、理屈なしにただ覚えるだけである。
→まずは頻度の高い単語から。
何年に一度しかお目にかからない語を覚えるなんて、記憶の負担になっても、得るところはほとんのない。
p95
・語学書は薄くなければいけない。
1冊読み終えればその言語が完璧に習得されるなんて本はない。
また、ありあまる時間をすべて外国語習得にのみ捧げるというのも現実的ではない。
従って、大きな本は駄目なのである。
語学書は薄くなければならない。とりわけ、初歩の学習書はそうでなければならない。
p108
まず第一に、語学教師はその語学がよくできていなければならない。
→語彙、文法、発音。知らない事ははっきりと「知らない」と明言できる。
第二に、教え方が上手であるということ。
限られた知識であっても、それを整然と教えられる人の方が役に立つ。
第三は、教える事に対する熱意や、先生の個人的な魅力。
この先生についていかないと損をするというような気持ちにさせる全人格。
p144
・「発音」は、外国語を学ぶための重要な前提。
外国人は文法上のミスのある文の方が、ひどい発音で話された文よりもむしろ理解ができる。
p199
・繰り返しは忘却の特効薬
外国語の習得は始めたら規則正しく、たとえ短い時間でも毎日することが大切。 -
Posted by ブクログ
初版が86年で、16年時点で47刷に達していことからも、良書と期待して手に取った。
1語でも語彙を増やすに時間をつかうべきかと思った。が、それでもなお読みたかったし、200ページに収まってる内容は、移動時間を殺すのに都合が良かった。
読み終えて思うのは、非母語を難なく扱えるようになった人は、賢く謙虚で、でも自信のある人だなと。しかし問題はぼくの中国語である。良い自習書もあり、先生もおり、なんなら中国語がつかえる国にすんでいるのに、この体たらく。
この本に照らし合わせると、発音無視しすぎ・覚えるべき基本語彙がみえてない・ゴール設定できてない。ってことに、耳が痛すぎる。 -
Posted by ブクログ
書いてあることは奇をてらうものでもなんでもなく,語をしっかりと覚えておくことに始まる非常にオーソドックスで真面目なことです。でも,その背後にwill powerと目的の明確化がないと,ただただ時間を食うだけです。
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外国語を習うとき,なんでこの外国語を習うのか,という意識が明白であることが絶対に必要である。この反対の例が“教養のための外国語”とやらで,こんな気持でフランス語やドイツ語を学ばれては,フランス語やドイツ語が迷惑である。フカフカしたじゅうたんの上で,数々の教育機器に恵まれ,ネイティブ・スピーカーのいい先生のいるカルチャー・センターで,よい教科書と,よい辞書があってもうまくこれらの外国語がものにならない人は,目的意識の不足がその原因である。(p.20)
大学生というのは,本来時間はあるがお金のない人たちであり,社会人というのは,いささかお金があるが時間のない人たちである。このことからも明白であるように,資本主義というのは時間をお金にかえる制度なのである。(p.39)
語彙の習得が分布の習得と違う大きな特徴は,言語による難易がないことである。語彙の習得はどの言語でも同じだけ時間がかかり,日本であろうと留学先の外国であろうと,意識して覚えない限りどうにもならない。「外国語は好きなんだけど,単語が覚えられなくてね」という人は,自分が勤勉でないことを告白しているのである。そして,この自称“記憶力の悪い”人がひとたび天皇賞となると,舌をかみそうな馬の名前だけでなく,馬の血統,経歴,所属厩舎名から,重馬場での対応能力,さらに騎手の性質までそらんじているのだから,記憶録が悪いということに同意するわけにはいかない。必要なのは超満員の電車の中でも〇や△や◎の記号の意味するところを必死で学習するその熱意で,単語の習得にはそれがないことが問題なのである。そして,あんな込んだ電車の中ででも赤鉛筆を使って大事なポイントを区別するという効果的学習を,単語の習得に際しては使わないということである。(pp.50-51)
ある外国語を習得したいという欲望が生まれてきたとき,まずその欲望がどうしてもそうしたいという衝動に変わるまで待つのが第一の作戦である。そして,その衝動により,まず何はともあれ,やみくもに千の単語を覚えることが必要である。この千語はその言語を学ぶための入門許可証のようなものであり,これを手にすれば助走成功で,離陸が無事に済んだとみなしていい。もしこの段階で失敗したときは,あきらめた方がいい。翼や車輪が壊れたままで飛び上がろうとするのは,どだい無理というものである。ただ,同じ言語を二度目にもう一度アタックするのは最初のときよりつらいことは,知っておく必要がある。一度始めて中断した場合は,それまでに学んだ知識は二度目のとき役立たないのみか,かえって妨害になる。(p.52)
もし千語をモノにできれば,その言語の単語の構成がなんとなく分かるようになり,千五百にするには最初の千語の半分よりはるかに少ないエネルギーで足りるようになる。そして千五百語覚えさえすれば,もう失速することはない。ただし,この千語なり千五百語を覚えるというのは確実に覚えることで,なんとなく霧の中にあるような覚え方は意味がない。確実な五百語は不確実な二千語より,その言語を習得するのに有効である。(p.53) -
Posted by ブクログ
前回のwakayama読書会でお借りした本。
1987年に単行本で出版されたものが、昨年夏に文庫化。そうとは知らず中途半端な前情報で最近出版されたものだと思い込んでいたので、ところどころ時代背景迷子になりながら読み進めた。
スラブ言語がご専門の言語学者千野栄一さん著、「プラハの古本屋」。
言語学者ならではの用語が説明なく頻出したり、まったく馴染みのない本のタイトルや横文字の著者名の羅列があったり、
安易な気持ちでお借りしたけどこれはちょっと通読大変かも…、と思いながらも
読み終えた余韻、めちゃくちゃ良い。
わたしにとっては地理にも歴史にもかなり疎遠で、今まで自分の環世界にはなかった地域の国のひとつがチェコ。
ところが今年、2026年に出会った本やPodcastでお耳にする、お目にかかる機会が急増したのもチェコ。
この本もその機会のひとつになった。
しかも、地理だけでなく、まさに社会主義国下にあった時代の、とてもニッチな古本屋さんの世界を、時に朴訥と時に情感たっぷりに感じさせてくれる機会に。
もともと本は好きだったけど、ここ最近前にも増して本を好きだな、と思うようになった理由として、その背景にはいつも人がいるからだ。
読んでいる時は著者が、読み終わった後にはそれをネタに話す友人が、そして、その本との出会いの場を提供してくれる本屋さんが。
この本にも、そんな本にまつわる人の、面白い、切ない、総じて素敵なエピソードがたくさん出てくる。
難しかったり、目の滑りそうな本のタイトルや著者の羅列にも、当時のチェコや、旅の章に於いては東欧圏の様子、手触り感や共感できるエピソードを織り交ぜられた文章によって、自分の環世界の境界が滲むような得難い読書体験になった。
これ、もう少しスラブ語圏の稀覯本について知識があったら、余韻だけでなくもっとめちゃくちゃ面白がれたんだろうな。
とはいえ、この本のおかげでカレル・チャペックという作家の存在を知れたので、滲んだ世界の境界を拡げるべく近々読んでみようと思った。
それにしてもシンプルに、
こういう生活には憧れちゃうなぁ。
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Posted by ブクログ
40年も前のエッセイなので、情勢は大分変わっているとは思うが、社会主義国の本屋事情が知れる。
日常を描かれているが、高尚なエッセイだと感じた。
国際結婚をし、娘、息子もトリリンガルという環境でおよそ自分自身とは180℃違う生活をされてる。
また、言語学に関する本という本という事もあり、紹介されている本はわたしには難しく感じた。
でも、スラブ言語学者と共に1人の本収拾マニア、コレクター気質のオタクという見方で見れば楽しめた。
好きなものへの情熱が凄い。
本やガレなどのためならどこにでも出かけ、周りを置いてけぼりにしつつも気にせず語り尽くし、時に金銭感覚は崩壊し、集めてはっとなるんだろうなと思うとなんだか妙な親近感と安心感を感じた。