千野栄一のレビュー一覧
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とてもよかった。好きでした。
村上春樹を読んでいるときのように、人の人生や生活を少しカッコつけて捉えられるような感覚になる。少し綺麗な場所に自分の人生というものを持って上がって、眺めて考えることができるような感覚。
特定の人や物をとてつもなく大切と思っている自分と、「それってそんなに重いものでもないのでは」と客観的に見ている自分がいて、それでもまたその盲目的愛情に戻っていく登場人物たちのさまが自分を見ているようだった。世の中の愛情というものはこれだと思う。
「トマーシュ、あなたの人生で出会った不運はみんな私のせいなの。私のせいで、あなたはこんなところまで来てしまったの。こんな低いところに、これ以上行けない低いところに」
テレザのこのセリフに泣きそうになった。
人生は軽いものというのには共感する。全ては軽い「たまたま」の結果。「耐えがたい偶然性」。
文章自体もとてもよかった。好きな人の前でお腹が鳴ったということを、「2人の仲を駄目にしようとげらげら笑う母親をおなかの中に抱えているようなもの」と表現したり。最高。 -
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ネタバレスラヴ語の言語学者が書いたエッセイ。
プラハを中心にチェコ、オーストリア、ポーランドなど東欧の街並みが描かれる。主に古本屋巡りだ。古本屋でいい本を手に入れるには店主と仲良くなる必要がある。価値あるいい本は店主が店奥に置いているからだ。また共産圏の古本屋ならではのルールもあった。
子供をバイリンガルに育てる難しさもおもしろかった。チェコに滞在する間は、チェコ語を話す。日本に滞在する間は日本語を話す。日本でチェコ語を話すように子供に促しても、もう忘れている。逆もまた然り。
本書を読んでいると、スラヴ語系の言語を習いたくなる。東欧の作家の本を読んでみたくなる。 -
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タイトルがとても好きで手に取った作品。
おもしろかった。
哲学的で考えさせられる美しい文章が何度も出てきて、いくつものフレーズをメモしながら読んだ。
人生は一度きりであるから、どの決断や選択が正しいかを、比較検討したり実験したりして、証明することはできない。
本当にその通りだと思った。
生きることは常に後悔や振り返りの連続で、自分の選択や自分に起こってしまった物事について、どうしたらよかったかを考えるばかりだ。
だけど、その選択を他のものと比較してよかった/悪かったなどと言うことは本当はできないし、しなくてよいのだと思えた。
「お互いに愛し合っているということは、過ちが二人や、二人の話し合いの中や、二人の不安定な感情にあるのではなく、お互いが合わない点にあるという証拠であった。」
愛し合っていなかったら、お互いが合わないことは過ちにならないということ。愛し合っているということが、過ちがお互いが合わない点にあるという証拠。これもとても響いた。
第3部 理解されなかったことばのサビナとフランツの解釈の違いを読むのがとてもおもしろかった。
何かに対する捉え方の違いをあれほどおもしろく他方向から描写できるのはすごい。
カレーニンがロールパン2つと蜜蜂を1匹産んだ夢がよかった。かわいい。「ロールパンは静かにしていたが」と言うところが特に。
選択も感情も、重い方が良いのか軽い方が良いのか、そのとき自分がどちらの方が良いと思えるのか、それはわからないし、それはその時々によってちがう。だから人生における選択やそのとき感じた感情に対して、後悔や苦しみを覚える必要はない。
一度は数のうちに入らず「ただ一つの人生を生きうるとすれば、それはまったく生きなかったようなもの」であるなら、「そうでなくてはならない」は常にあると同時に常にないのであれば、時に重くのしかかるように感じる自らの人生や選択を、軽やかなものとして捉え直せると思った。
存在は耐えられないほど軽いからこそ価値があるし、価値がない。だから私たちは私たちを自由に生きられる。 -
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以前一度読むのを挫折していて、数年経って改めて読んだらとても面白かった。
わかりにくい比喩や慣れない言い回しに、なかなかテンポ良く読み進めることができなかったが、新しい考えを与えてくれるパートがいくつもあった。
ただ1度では理解しきれず、何度読んでも意味が分からなくて飛ばしてしまった箇所もあるので、また改めてじっくり読み返したいと思う。
タイトルの意味について腑に落ちた箇所
「サビナに落ちてきたのは重荷ではなく、存在の耐えられない軽さであった。
これまではそれぞれの裏切りの瞬間が裏切りという新しい冒険に通ずる新しい道を開いたので、彼女を興奮と喜びで満たしてきた。しかし、その道がいつかは終わるとしたらどうしたらいいのか?人は両親を、夫を、愛を、祖国を裏切ることができるが、もう両親も、夫も、愛も、祖国もないとしたら、何を裏切るのであろうか?
サビナは自分のまわりに虚しさを感じた。ところで、もしこの空虚さが彼女のこれまでのすべての裏切りのゴールだとしたら?」 -
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非常に面白くて、この本に出会えてよかったと思う!言い回し、表現が面白く、時代も場所も違う物語だった。語り口がコロコロと変わるのも面白い。もちろん理解できない部分もたくさんあった。ぜひもう一度読みたい!!!
印象的な言葉を書き写しておく↓
人生はたった一度限りだ。それゆえわれわれのどの決断が正しかったのか、どの決断が誤っていたのかを確認することはけっしてできない。
歴史も、個人の人生と似たようなものである。
ただ一度なら、全然ないことと同じである。歴史も個人の人生と同じように軽い、明日はもう存在しない舞い上がる埃のような、羽のように軽い、耐えがたく軽いものなのである。
(試行錯誤ができず、意味が確定しないので、判断が宙に浮く、軽すぎる。)
人間の時間は輪となってめぐることはなく、直線に沿って前へと走るのである。これが人間が幸福になれない理由である。幸福は繰り返しへの憧れなのだからである。(動物の方が幸せ、と説かれる。また、最後に描かれた田舎での日常でトマーシュとテレザが同じような日を繰り返しているよころ、繰り返しているように錯覚できるところで、永遠ではないけれど幸福を感じられる)
(トマーシュは、女と関係する自由、外科医として働く自由を捨てて、田舎でテレザと2人で暮らしている時が、結局1番幸福だった)
→ 引き受けた重さの中でしか、安らぎは生まれないということも伝わる
(トマーシュが、窓拭きの仕事をしながら毎日のように女性と関係を持っていた時期、この時期も彼は自由(=軽さ)を享受していたけれど、テレザとの関わりは薄く、軽薄な日常だった。多くの女と関係することについて、セックスまで持ち込むことができることに対する達成感と、それぞれの女の性行為中の反応の違いを見ることが、外科医として手術をするのと同じように、面白いことだと感じるようだ。嫉妬するテレザ鬱陶しくおもって消し去りたいとも思うが、それでも手放さず、同情し続けて、テレザのことを思うんだよね)
誰が正しいかじゃなくて、どの矛盾を引き受けるかという話…!
私の今の彼氏との関係については、今はまだ軽くて、お互いの自由を尊重しあっている。軽すぎて、空気が抜けるように、実感がない時もある。お互いの自由を尊重した上でのこの関係だし、重さの芽は出始めてる。重さは、一緒に過ごす回数、不安を越えた経験、勝手に増えるから今を楽しもう。一緒に、お家でまったりする時間が楽しみだね。(繰り返しへの憧れ!) -
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愛と性は別であると考えて、短期間に複数人の女性と交際を繰り返すトマーシュ。浮気と本気の線引きがあり、彼なりの優先順位がある。トマーシュの強さとテレザの弱さのアンバランスの描写が、読んでいて苦しかった。
生き方の異なる2人が居れば、弱い方が耐えられない気持ちになるのは自然なことだと思う。
親しい人から、自分は替えがきく存在なんだと感じた瞬間に私は冷める。だからテレザに共感はできず私はサビナに憧れる。自分を大事にしてくれる人を見つけ、自分の居場所を自分の力で見つけて生きたい。
男女の性の価値観の違い。それによって生じる問題が政治的抑圧を背景に展開されていて物語に惹き込まれた。序盤以降は読みやすかった。 -
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著者のミラン・クンデラが巧妙なのは、同じ人間の中に「重さ」と「軽さ」を同居させていること。
トマーシュは政治的信念については妥協しない重厚さを持ちながら、恋愛においては徹底的に軽やかだった。
彼の性的な「軽さ」は、一人ひとりの女性との関係に深い意味や責任を求めない。でも、それは彼なりの一貫性でもある。
興味深いのは、彼がテレザとの関係においてだけは「重さ」を感じていたこと。テレザは彼にとって唯一、軽やかに扱えない存在だった。
つまり、トマーシュは自分なりの価値基準を持っていた。政治的信念は重く、性的関係は軽く。そのバランスが彼という人間の核心だったことだ。そして、その矛盾を抱えた姿に、どこか共感を覚えた。
しかし彼が本書で本当に書きたかったことは、理想が先走って、個人の現実が踏みにじられていく世間への問題提起だったのだろう。それに気づくと改めて「重さ」と「軽さ」の意味を考えることになる。 -
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ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』の翻訳等でも知られる千野栄一氏の語学指南書。初版以来これまでに何十回も増刷を重ねていることからも窺われるように、本書は非常に多くの読者を惹き付けてきた歴史的名著であり、歳月による風化を乗り越え、なおもずっと輝きを失うことのない新書の金字塔である。
筆者が何度も、語学の「語彙」や「文法」の重要性について語るのは勿論のこと、個人的に甚く感銘を受けたのは、そもそも言語習得において何よりも大切なことは「時間」と「お金」だと言い切っている箇所。それも、かなり序盤でこの命題を提出しているところに目を瞠った。巷間では、「語学の勉強において、大切なのは〜〜〜だ」といった言説が非常に多い。その「〜〜〜」の部分は、論者によって千差万別。先の「文法学習」を真っ先に挙げる人間もいれば、「音読」を唱える者もいよう。はたまた「英文解釈こそが全てだ」と嘯く専門家さえいる。あるいは、もっと抽象的な水準で――もはや当たり前のレベルで――「復習が大切だ」と改めて(?)声高に主張する輩も存在する。
こんな調子で、(時として低次元の)言語学習についての虎の巻が世に氾濫する中、この千野氏の著作は――あたかもどこ吹く風と言わんばかりに――そもそも「時間」と「お金」を費やせば費やすほど、語学は上達すると言ってのける。これは意外な盲点で、蓋し慧眼。そもそも我々は「大前提」から考えることを久しく忘れてはいなかったか?先に挙げた語学学習に関する百家争鳴の意見(「文法」・「音読」「英文解釈」そこに「シャドーイング」等を加えてもいい)は、改めて検討してみるに、どれも所詮は「具体的な勉強法」に過ぎず、そもそもこれらに対して「時間」と「お金」を割かなければ、上達するはずがないのだ。そして逆に、誰しも費用と手間暇を充分にかけ学習すれば、否が応でもその語学力は磨かれる。至って簡単な話だが、極めて大事な指摘である。
そして個人的な見解だが、語学の勉強において最も「時間」と「お金」が必要とされる学習法――本書の論旨に従えば、最も学習効果が高いもの――とは、とどのつまり「留学」に他ならない。外国語に最も長い時間触れることができ、さらに費用も高くつく。皮肉に聞こえるが、これが現実だし、言語習得に関しては、これが一番の近道であることは否定し得ないだろう。本書を読んで、作者の主張・意図(「まずは、語彙と文法をしっかり勉強しよう!」)とは別に、以上のような事をふと考えてしまった。さように、語学の勉強とはシンプルに見えるも、非常に奥が深いものなのだ。 -
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SNSで紹介されているのを見て、興味があったので読んでみた。
切れ味のある皮肉(であり事実)を交えながら進んでいく話がとても面白く、一気に読めた。
こうしたほうがいいんだろうなぁ……とぼんやり考えていたことが、確信に変わったような感じがする。
■実行に移したいこと
・少しずつでも毎日定期的に繰り返す。
(1日に6時間ずつ4日やるより、2時間ずつ12日したほうがいい)
・この外国語で単語を何語覚えるのかを定める。
単語の習得にいくつかの関門を設け、それをゴールと見立て、突破したときに盛大にお祝いをする。
・外国語の理解をよりよくするために、その外国語を支えている文化、歴史、社会など様々な分野の知識・情報を得る。
■心に残った言葉
・語彙の習得はどの言語でも同じだけ時間がかかり、日本であろうと留学先の外国であろうと、意識して覚えない限りどうにもならない。「外国語は好きなんだけど、単語が覚えられなくてね」という人は、自分が勤勉でないことを告白しているのである。(P50)
・[会話上達において困難の]第一は、完璧主義者がよく陥る、間違いをしないために黙ってしまうことである。[略]何もしなければ誤りを犯すことはないが、黙っていては会話は上達しない。会話では「あやまりは人の常」の精神が大切なのである。(P168)
・言語はそれだけで単独に使われるのではなく、必ず何かある状況の中で使われる。この状況は、いろいろな情報を言語に与える。従ってこの状況がよく分かっていれば、その言語の理解が容易になる。そして、その言語が伝えている内容が具体的に把握されれば、その言語の理解がより容易になることは自明のことである。ここに、レアリアが大切な理由がある。(P184,185) -
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外国語上達に必要なモノ
答え:お金と時間
まさに真理。
“外国人に日本語を教え、その代わりに外国語を学ぶというのはよく聞くが、そうやって外国語に上達した人に会ったことがないのは、お金を使ったことがないからであろう”
1985年に書かれてますが、今読んでも充分に学ぶことがあります。巷には色々な外国語学習のメゾットはありますが、これ読めば全て解決するような気がします。
◯外国語上達のポイント
なぜこの外国語を習うのか、という意識が明確であること。
まずは、やみくもに千個単語を覚える。そして、三千語覚えれば、テキストの90パーセントは理解できる。
発音は初めが大事。最初に間違えると矯正がほぼ不可能。発音は個人差が激しい。 -
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外国語学習に関して当たり前の事が書かれています。
外国語の学習は、
1 強い意志 2 お金 3時間
が必要だよと。
ただ現代における外国語の学習環境は、
情報革命以後、かなり変わった。
一言で言えば、キャリアにおける外国語学習は、
終了したと思う。その代わり、より趣味的な要素が強くなるだろうと思う。
AI技術の応用で自動翻訳が凄まじい勢いで、
発達しているが、それと外国語学習の有無は、
同列的に考えてはいけない。
あくまで、外国語学習は、外国語を通じて、
異文化に触れ、異文化を背景に持つ人たちと触れ、
考え方の幅が広がり、そして自分をより深く知ることにほかならない訳だからだ。