恩蔵絢子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
この本は科学的なエビデンスに基づいて語られた「ドーパミン」や「依存症」の本ではない。依存症の精神科医が臨床の経験から得た個人的な気づきを元に、「中毒・依存症治療」と「現代社会で社会で生きること」を書いた本である。
この本には重大な欠点がある。それは著者の持論を補強するために出てくる科学的エビデンスに信用がおけないところだ。とても古い事例や賛否両論で受け入れられていない学説も出てくる(ホルミシスにおける原爆の説は日本人として受け入れられない。wikipeidaを読むとチェリーピッキングだという反論がある)。著者は自分なりの経験則があり、それを補強するために学説を持ち出している。順番が逆だから、著者にとって都合のいい学説しか出てこない。この欠点はとんでもなく大きく、そのためいい本だとは言えない。
それでもこの本には教わるところがかなりあった。それは著者の臨床体験と患者の声には真実のところがあったからだ。快楽を求め続けると苦痛になるのはドラッグ常用者から明らかだったし、不安から逃げるために快楽を追求する行為そのものがが不安・苦痛を生むのも理解できた。苦痛が快楽を生むのも、セルフバインディングをすることもやったことがある。
「正直でいよう」には特に感銘を受けた。この本を読んで、無自覚な嘘をついていることに自覚的になれたからだ。恥の章もよかった。
科学的な内容の本でないことに注意して読めば、快楽を追求してむしろ苦痛を覚えている現代人に読む価値がある。 -
Posted by ブクログ
先月、スマホ(SNS)使用を減らす試みをした。結果、読書に耽るようになっただけだった。人は何かに依存せずには生きられないのだろうか。本書には、水風呂依存症ともいえるケースが出てくる。これって「サウナで整う」のサウナなしだ! 水風呂だけでハイになれるんだ。サウナは必要なかったんだ。私、サウナで整ってみたいと思っていたが(コカインレベルの快感と聞いたので)、水風呂が無理すぎてできなかった。でもやってみたい、水風呂でハイになってみたい。そんなことを感じた一冊。
最初の症例ジェイコブのエピソードはかなりえぐい(マスターベーション依存症)。
私には公にしていない依存症がある(違法なものではない)。これを正直に話す場があったり、打ち明ける相手がいたら私は救われるのだろうか?
何らかの依存症にならずに生きていくことは難しい。 -
Posted by ブクログ
「周りの人が認知症でストレスを感じている」という人はぜひ読むべき。知識として「認知症が理解不能の病気ではない」と知っているだけでもストレスが軽減されるのではと思った。
例えば、大事なものが見当たらない時誰かのせいにして怒ってしまう ケースの解説は面白かった。一見異常な行動のように思えるが、物が見つからないときに誰かのせいにしてしまうのは健常者でもあり得ること。そこに記憶の問題が絡むことで、一見理解不能な言動に思えてしまうのだと分かった。
また、身近な人が認知症になったからといって、焦って対処することは逆効果だという解説が印象に残った。
「デイサービスに 行かせないと」「変なものを食べたら吐き出させないと」などと追い込んでしまうと、高齢者にとってはプレッシャーになってしまう。認知症患者が幻覚を見たり、独り言を喋ったりなどの不気味な言動もきちんと理由を知ると「そこまで異常じゃないこと」に思えてくる。
認知症を「理解不能」と決めつけず、歩み寄ることが大切だと気づかされた。 -
Posted by ブクログ
脳科学者である著者の母親が認知症になり、色々なことが出来なくなり、忘れていく母を間近に生活し、『その人らしさ』が失われていくのかどうかを考察する。
脳科学のプロでも、やはり一緒に暮らしている身内の大切な人が認知症になったかも知れない、と感じると、不安や現実から目を逸らしたり、といった行動をとってしまうものなのか、と意外に感じました。
でも、認知症と診断されてからは、脳科学者として脳の仕組みと照らし合わせながら、娘として母親の言動を観察し、言動の裏に隠れた母らしさを探しているところに、深い愛情と絆を感じました。
傍から見て、おかしな発言、行動をとっていても、その当人にとっては意味のある事、何かの記憶や感情と結びついている故の行動であるのだということが様々な事例や色々な研究の引用により、よく分かりました。
科学者、研究者としての視点だけではなく、身近な存在にある人の行動を毎日みていることから、この本では脳の仕組みや働き、何が脳の働きを阻害するか、また認知症によってどんな行動を引き起こされるか等、専門的なことを分かりやすく、母やその他の症例を交えて分かりやすく伝えてくれました。