本郷和人のレビュー一覧
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著者は、磯田道史と同様によくTVに出演する東大史料編纂所の教授で、東大教授らしからぬヌーボーとした雰囲気で人気があるようだ。
「歴史学者という病」という仰々しいタイトルや、表紙の深刻そうな著者の顔とは裏腹に比較的軽い感じで読み進められる。
内容は著者の半生記とそれに絡めて、東大(というか日本の)歴史学の流れが述べられている。その中でのメインテーマは、「歴史を研究するということの意味について考える」という硬派のものであるが、そこへ時おり、大学院時代に奥さんに惚れ込んだ話や、現在の自分の上司が奥さんという自虐ネタを織り込んだりして、硬軟織り交ぜ内容を柔らかくもみほぐして読みやすい内容に仕上げている。
日本では、飛鳥・奈良・平安の3時代にかけ、時の律令政府の手によって「日本書紀(720年)」を始め、6つの国史が編纂・作成された。
その後の日本ではずっと国史の編纂が行われなかった。具体的には、宇多天皇が即位する887年から、幕末の1867年までを対象とする約980年間の国史はなく、明治34年以降、東大ではその間の日本の歴史をまとめようという壮大なプロジェクトが行われている。それを行っているのが、著者の所属する東大史料編纂所である。
その東大の歴史編纂の中で、時代により歴史の見方の変遷があり、著者は明治以降の歴史学の流れを四つの世代に分けている。
第0世代 皇国史観の歴史学
第一世代 マルクス主義史観の歴史学
第二世代 社会史「四人組」の時代(網野善彦・石井進・笠松宏至・勝俣鎭夫)
第三世代 現在
そして第三世代の現代では、「実証主義」オンリーで、思考停止になっているとの批判が渦巻いている。
また現在の学者に必要な資質とは何かというと、研究者としての実力はもちろんだが、それだけでは駄目だめで、必要なのは、文部科学省を始めとして各方面から「競争的研究資金を得る」能力だという。
これは歴史学だけの問題ではなく、どの分野の研究者にも関係することだろうけど、歴史学は、古文書を隈なく調べ「正解がない」地道な学問で、成果の見えにくさはやはりあるのだろう。
それにしても近年目にするのは、歴史学者の呉座勇一や與那覇潤等がSNS上で炎上したり、それが元で呉座は職場から追放されたりと(個人的な資質かも知れないが)、ストレスの多い仕事なのかなとも思ってしまう。 -
Posted by ブクログ
遠藤誠という白髪混じりの豊かな黒髪を無造作に撫でつけた文士然とした弁護士がいた。帝銀事件の弁護団長や『ゆきゆきて、進軍』の奥崎謙三の弁護人、山口組の顧問弁護士を務めた。その遠藤氏が〈右翼と左翼の違い〉について語った記事を、確か『噂の真相』で読んだ記憶がある。
〈右翼は先の戦争を聖戦と見なし、左翼は侵略戦争とみなす〉。明快な見解を述べるご本人はバリバリのマルクス主義者。またイデオロギーの対極にあるヤクザや右翼団体の弁護も請負った。その理由は『同じ反体制だから…』。渾沌と信念が同居してるような方だった。
…そんなことを、ページを繰りながら古い記憶が蘇った。自国の歴史についての見解についてもしかり。学者の立ち位置によって異なる。日本史教科書の近現代史の記述なんて、その最たるもの。必ず自虐史観か否かが議論され、そもそもニュートラルがどこにあるかさえ定めきれずの状態で、どちらかに偏るのは致し方ないにもかかわらず、右派は口角泡飛ばし、しばらく不毛な議論が展開される。
私見を述べるなら、近現代史においては右派と左派の教科書を見比べながら学ぶのがいいんでは。どう判断するかは学ぶ側が決める。
まぁ、現代史は大学受験にほとんど出題されないし、相変わらず卑弥呼から順番に辿り、タイムオーバーは必至。こと〈受験の日本史〉であれば山川の教科書1冊で事足りる。
〈教養としての日本史〉教育に重きを置くのなら見解の相違をありのままに提示し、歴史学の複雑さを知る上でもプラスだと思う。
さて、本書。
学者というのは、研究する分野において膨大な資料を渉漁し、フィールドワークや実験を行い、その一連の行為を通して浮かび上がった事実を繋ぎ合わせ、ある仮説を立てる…というのが理系文系問わず共通する姿と思っていた。
しかしながら、本書で語られる『歴史学者』は、必ずしもそうとは限らないんですな。
このことが、本書の主題『歴史学者という病』に繋がる。現在では〈歴史学は科学〉と認識され、資料をひたすら読み込み、事実のみを拾い出す『実証』がメインストリーム。
ただ、そこに至るまで日本の歴史学は時代の波に翻弄され続けてきた。戦前は皇国史観オンリー、敗戦後は唯物史観(マルクス主義史観)がニューウェーブ。そんな変遷を経て実証史学主観に至る。
それだけあちこちにうつろう史観に学者たちも浮沈の憂き目に遭う。国史って実体がありそうでいて、 その実、かなり相対的で振り幅の大きい不安定な学問であることを知り、驚く。
著者は実証史学に対し疑問を目を向ける。資料資料と言うが、そもそも恣意的に作られたものが多く、そこに解釈に様々な考えが入り交じる現実から、著者は事実から仮説を導く演繹的解析を行う手法を採用。
また実証主義学者は『司馬遼太郎はバカだ!』と宣う。理由は司馬遼太郎は資料に基づいておらず実証がまったくわかっていないから。
確かに司馬史観については意見は分かれるが、司馬遼太郎は執筆となれば、神保町の古書店からある特定分野の書物が払底すると言われるぐらい資料収集は徹底。
作家は集めた材料を発酵熟成させ、歴史小説に仕立て上げるのが仕事…と、学者は見なさず偏狭な意見を垂れる。このあたり『象牙の塔』と揶揄される所以ですな。司馬遼太郎や山岡荘八らの数多の作品は冒険活劇の匂いを放つものもあるが、それが歴史好きを産んだのは紛れない事実。
著者も偉人たちに通底する歴史ロマンを愛し、偉人伝に心を揺さぶられてきたひとりであるが、東大で国史を専攻するうちに、自身が信奉してきた『物語の歴史』と訣別しなければならず、科学としての実証史学を突きつけられ、葛藤と懊悩の結果、『正統な歴史学のメソッドを体得する!』という方向に大きく舵を切る。
具体的には、こつこつと『史実』を復元し、復元された史実をいくつも並べ、俯瞰する『史像』を導き集積した史像からの『史観』という歴史の見方を生み出していく。史実という土台が堅固であれば、史像や史観ならば、それは実証史学の範疇であると。
著者は3年後に東大資料編纂所教授の定年を迎える。現在の心境は、歴史学は今やダサい学問になり下り、依然として、受験の日本史が数多くの歴史嫌いを大量生産していると嘆き、憂う。
はたして、自分に出来ることは?
その命題に対し歴史学という学問の魅力をわかりやすく伝える、『ヒストリカル・コミュニケーター』になろうと誓い、次々と歴史解説本を上梓し、テレビに出演し、すでに活動を開始。
本書は私家版『私の履歴書』である。大好きな歴史学に身を置いたものの、現実との乖離を思い知らされ、自意識をかなぐり捨て、正統な歴史学のメソッドを体得するまでの長い旅路を描く。
半生記でありながら反省記でもあり、軋轢・衝突・失態を通して得た成長物語としても読める好著。 -
Posted by ブクログ
「鎌倉殿の十三人」の放映開始前くらいに書かれた本。筆者は大河ドラマ「平清盛」で歴史考証を担当している。(一応)初代の北条時政から、鎌倉幕府滅亡時の高時までの各執権を中心に、北条氏よ足跡を追う。
関連する大河ドラマ(草燃える、鎌倉殿、時宗、太平記)の場面や登場人物を思い浮かべながら読んだ。この時代はとにかく縁戚者内での婚姻が盛んで、同時に「近親憎悪」とでもいうべきか、一族内部での権力闘争が全てのような印象さえ受ける。
傭兵のようなだけの存在だった武士達が国を統治する術を模索しながら身に付けていった努力に感心すると共に、限られた土地(富)を奪い合って分け与える仕組みがいずれは破綻していく姿が見て取れる。
北条氏が歴代、政敵を陰謀と口封じで倒してきた中で、義時に関する筆者の見方は「頼朝を参考にした」「鎌倉の全体のことを熟慮し、やむにやまれず、しかし根回しを周到にした上で政敵を倒してきた。」という立場を取っている。「鎌倉殿」で描かれている義時像に近い。しかし「やむにやまれず」が最初から狙っていたものなのかどうか、は興味深いところだ。
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<目次>
はじめに
第1章 「無用者」にあこがれて
第2章 「大好きな歴史」との訣別
第3章 ホラ吹きと実証主義
第4章 歴史学者になるということ
おわりに
<内容>
歴史学者・本郷和人の半生記。彼は近年やたらと教養書を書いている(一方で研究書は少ない、というかかなり少ない)。まあ、東大教授と言っても史料編纂所の教授なので、通常の学者とは少し違うのだろうが、異端と言ってよい。「なんで?」という疑問も含めて読んでみた。自分も歴史好きから文学部史学科に入った口なので、大学入学時の話はうなずけた。彼はとても優秀な感じなので、そこを乗り越えられたわけだが、今の異端の位置に就くまでの過程も面白かった。学界の様子も垣間見られ、どこも役立たずがのさばっている様子が分かった。その職場で生きていくに必要な能力のある者は少なく、意外とそういう人がその職場を引っ張ることもない。彼のような強心臓?ならば、意に関せず(たぶん結構のストレスだと思うが)に我が道を行けるのだろうが…。歴史学界の「実証主義」の行き過ぎ(むろんきちんとした史料の読み解きは必須なのだが、そこから先が「歴史」なのだと自分も思う)の弊害を説いている。こうした本を書かざろうえないところに、歴史学界のみならず、日本全体の衰退が感じられた。