北野寿美枝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
凄い書き手であるなとは思いつつ、順不同でここ一年で三冊を読み終えたばかりの、まだまだスローター・ワールド初心者で、正直言えば、怖々読んでいる感覚が否めない。
カリン・スローターのブームを日本で作っているのは、ハーパー・コリンズ・ジャパンという現在翻訳ミステリの救世主的存在の出版社である。今世紀になってからの新顔でありながら、今やMWA賞受賞のベストセラー作家として、邦訳新作が年間2~3作ペースで書店に並ぶというビッグネームとなっているのは注目に値する。
『検屍官』シリーズでミステリ門外にまで新たな読者層を産み出したパトリシア・コーンウェル以来の女流ベストセラー作家であろうか。帯に作者のカラー写真が入っている辺りまでP・コーンウェルを連想させてしまう。
二人の新旧売れっ子女流作家に共通するのは、男性作家顔負けの残酷な犯罪とスケール。捜査陣側の人間関係そのものが生み出す情念のドラマではないだろうか? ともにシリーズ作家ゆえに単作では描き切れないほどのキャラクター間の駆け引きに、サブストーリーとしてのページを割いている辺り、男性作家にはない女流作家的な<言い分>のようなものを多く感じ取ることができそうだ。
本書は、現在<ウィル・トレント・シリーズ>に合流しているスケールアップしているサラ・リントンを軸とした一部の主要人物たちにとっての前身作品群となる<グラント郡シリーズ>をスタートさせる重要な作品なのである。早川書房より2002年出版された作品がハーパーBOOKSで蘇ったものだという。
近作では『ブラック&ホワイト』で印象的な女性警察官を演じたレナ・アダムスが、その印象そのままに男顔負けの独立心の強いキャラクターを見せつける。そしてウィル・シリーズのヒロインともいえるサラ・リントンは<グラント群シリーズ>の正規ヒロインであるらしいから、今のところ不遇をかこっている続編たちもリバイバルの機会を得そうな気配濃厚である。
本書はサラとレナ、サラの当時の元夫である警察署長ジェフリー・トリヴァーの三人の主人公によるトライアングル・バイオレンス・ミステリーである。バイオレンスなのはこの作家のもはや持ち味と言っていい。食事時にはこの本を遠ざけておいたほうが良いほど、少々過激な犯罪現場は。犯罪者の側の心の病巣の深度、空虚な精神性にずる賢さを装備した辺り、寒々とした心象風景も怖ろしい。身も心もなぜか痛い小説なのである。
人間関係のもつれは第一作から既に始まっている。アメリカンな女性たちの激しい性格と、許容力のなさと独立精神は、男性が読むには少し恐ろし過ぎるかもしれない。それはパトリシア・コーンウェルの時代よりもさらに研ぎ澄まされているかに見える。
怖々と呼んでいる感覚が否めない。最初にそう書いた理由がいくらかおわかり頂けたであろうか? それでも怖いもの見たさで次の作品も手に取ってしまうであろう自分が見える。 -
Posted by ブクログ
1975年の東ドイツを舞台にしたミステリー。日本では、ペヤングソース焼きそばが発売され、米国ではマイクロソフトが設立されたころだ。その時代にはベルリンの壁があり、東ドイツでは社会主義体制に反対する(という疑いが持たれる)人々を弾圧し、拷問し、処刑していた。少女の死体が見つかった事件で捜査をすることになったカーリン・ミュラーは複雑な立場にある。夫が反体制派の嫌疑をかけられ、カーリンも部下の副官と浮気をしている。どちらも東ドイツでは重大な犯罪となる。一方で、少しずれた時間軸で進行する話があり、殺害された少女たちの物語が進行する。こちらも悲惨な話だ。体制に振り回されて人生を狂わされる。二つの時間軸が統合され、犯人は暴かれ終幕となる。その後はストーリーとしては面白くなるが、何とも後味が悪い。1975年というのは、2019年から見て、昔の話し始めではあるが、まだ歴史上の話にはならない。ちょっと前に、改めて東ドイツが存在していたことを改めて考えることとなった。
社会主義というのは、個人よりも国家が優先される体制のようだ。つまり、国家を維持するためであれば、個人を犠牲にできる。個人は尊重されるのではなく、国家を維持するための部品に過ぎないのだろう。 -
Posted by ブクログ
世界レベルの新人作家というのは凄いものである。本書はCWA(英国推理作家協会)賞の最優秀新人賞受賞作であるが、ここまで凝りに凝った力作を書けるかと思うと、そのレベルの高さ、スケールの大きさに気が遠くなる。
舞台は1919年、第一次大戦後のニューオーリンズであるが、この南部にあってプチ・フランスでもある奇妙なジャズの街は、同時にこの作品の本当の主人公でもある。それほどまでに当時よりジャズが鳴り響いていたこの街の活気は、人間臭く、そしてその裏にある時代の闇は深くどす黒い。
しかもここで取り上げられた題材は、実際に1918年から1919年にかけて起こったアックスマン事件である。そして新聞に公表された連続殺人鬼アックスマンからの手紙をそのままに作中に引用して使用しつつ、作者なりのアックスマン事件の真相構築という曲芸をやらかしているものである。
さらに言えば、三人の探偵役を負う登場人物がストーリーを解決に向けて進めてゆく。刑務所を出所するなり、地元ギャングからアックスマン事件を探るように命じられた元悪徳警官のルカ。ルカを密告し、内密に黒人の妻を娶っているゆえに反組織的と仲間たちから敬遠されるマイクル・タルボット警部補。探偵に憧れピンカートン探偵社に入るが事務職員でしかないゆえにアックスマン事件を進んで調査するアイダ・デイヴィス。
特に、アイダは仲の良い友人のコルネット奏者ルイス・アームストロングと二人三脚で事件に関わってゆく。もちろんこれは後にサッチモとして知られるようになる天才ミュージシャンの若かりし頃。作者はこの時代にニューオーリンズにいた歴史的事実に着想を得て、本書での趣向をひねり出したようである。
残虐非道な連続殺人事件の背後に政治的金銭的背景が潜んでいるという<街の本質>のようなものは、古い時代のアメリカでは多くの作家が書くべき題材の宝庫と言えようが、フレンチクオーター地区を軸にして白人・黒人・クレオールなどの人種がひしめく混沌の象徴、人格を持った街としてのニューオーリンズの人間臭さが、何とも猥雑で、華麗で、迷宮であってなんとも言えない。
アイダが愛読するホームズの小説が一つの小道具であり、アームストロング青年との交情が最後まで楽しく微笑ましい。
ミシシッピ川の氾濫と迫りくるハリケーンの情景がクライマックスを盛り立てる。
シリーズ次作への期待を抱かせるエピローグは、次の事件のきっとプロローグでもあるように思える。これからも注目を浴びるであろう意欲いっぱいの新人作家、レイ・セレスティン。何とも頼もしく楽しみな書き手である。