北野寿美枝のレビュー一覧
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帯の金融サスペンスというのに興味を持った。
普段ならタイトルといい、名前も知らない作者といい手に取る要素はほぼないのだが、たまにはこういうところから入るのもいいかも。
主人公は証券会社で働いていたが、不正行為を犯して刑務所へ。戻ってくると、別の証券会社からある人物について調べるよう依頼される。
その人物を調べていくと……
ってこんなかんじの話なのだが、これだと普通の作品で終わるだろう。もう一つの要素として主人公には自閉症の息子がいるのだ。
つまり、金融サスペンスであり、父と子の物語でもある。一粒で二度おいしいというわけだ。
続きもでているらしいので、翻訳されるのを待つとする。 -
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ディック・フランシスが一度ぺンを折った、いやさ、折りかけたのは、メアリ夫人の逝去が、ディックの心に投げかけた痛手が重すぎ大きすぎたためだろうと思われていた。それ以上に、メアリ夫人はずっとディック作品に共著とされてもおかしくないほど作品に深く関わっていたと伝えられる。
ディックの作品には、毎作毎に異なる職業の主人公が据えられるが、その職業に応じて作品世界は彩色される。いわば競馬界とミステリ界しか知らない(おっと、飛行機の世界も精通していたっけ!:「飛越」参照)ディックという作家が、世界の様々な職業、別の舞台に小説の題材を求められるのも、メアリのリサーチによるものだったと言われる。
画家、カメラマン、保険調査員、ネゴシエイター、運転手、映画人、鉄道マン、銀行マン……数限りない職業を描いていたディックが、ついに本書では法曹界に目を向けた。しかもメアリ夫人の手助けなしで。
しかも驚いたことに、いやこれこそがディックという作家の誇りでもあるところなのだが、ロウヤー(法律家)にとっては法に基づく行動を取ることがいかに誇り高き行為であることなのかまでをも描き切ってしまうところである。下手なリーガル・サスペンスが書き切っていない尊厳に値する場所をまで描き切るところである。この作家、息子との共著となり、メアリ夫人を失って以降も、少しも変わらず、唸らせてゆくのである。全く!
本書には、ディック・フランシスのピーク時そのものがそのままの姿で詰まっているように思う。理不尽な敵。執行される暴力と威嚇。脅え、そして戦おうとするが、更なる暴力に曝される罪のない犠牲者たち。法を曲げろと脅迫される主人公は、敵への攻撃に転じてゆく。暴力はまた振るわれエキサイトしてゆく空気の中で、尊厳と誇りを闘志に変えて。
そうした人間の行動、方向、意志力といったものを軸に馬力を放ちながら、ディックの作品はトラックを走り抜けてゆく。障害を飛び越える。時には落馬や転倒によって大きな深手を負うことがあるが、それでも意志力により負傷は癒える。そうして、複雑に絡み合う陰謀の構造に小説は辿り着く。そのミステリとしての要素もしっかりと小説の核になってゆく。
ミステリとハードボイルドを兼ね備えた作品の完成度は、今も全く一歩も譲らぬ妥協のない産物として保障されており、年に一度だけ世界に向けて出荷される。職人が丹精込めて作り上げた食材のように。世界の読書グルメが、果実のように作品を頬張る。満悦の笑みがこぼれる。
エクセレント! -
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ディック・フランシスによる競馬シリーズの41作目で、息子であるフェリックス・フランシスとの共著2作目になります。
一度は筆を置いたディック・フランシスが前々作の『再起』で復活しました。
そして前作からは息子さんと共著となったようです。
競馬シリーズは主人公の職業は毎回様々で、でも何がしか競馬界と関係をもっているというのがお約束で、今回の主人公は弁護士でアマチュア騎手です。
この弁護士が仲間のプロ騎手の殺人事件の裁判に巻き込まれていきます。そして弁護を担当して必ず裁判に負けるように様々な圧力がかけられます。
この圧力に屈するのか…それは、是非読んでみてください。
今回の主人公はいまいちタフな感じが無いのですが、正義を貫く姿勢が良かったです。
共著という事、翻訳の方が変わった事、これらによる若干の違和感は無くも無いですが、作家さんの世界ではあまり聞かないですが世襲に近いものになっていくように思います。
話の終わり方については賛否両論ありそうです。納得は出来ませんでしたが、ある意味スッキリはしました。 -
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シッド・ハレー4度目の登場。読まないでいられません。
今回注目したのはチャールズ・ロランド卿。
この人は主人公シッドが最初に結婚した妻のお父さんで、退役した海軍将校で、ずっと主人公を友情で支えてくれている人です。
のはずなんですが。
なんですかね……あの人はあんなに……
……
ホモっぽかったでしたかねえ…。
シッドの恋人のマリーナと小さなフラットでシッドの留守を預かる場面は、まるで主人公がマリーナ(本命)と提督(二号)を二股かけた悪い男なのに、両者がそれを許している?……みたいに映ります…。何かの読みすぎ?
「大穴」でクサっているシッドを侮辱することで、逆に奮い立たせてくれてた鋼鉄の人も、年のせいで柔らかくなったってことでしょうか。
意図してないと思うのだけど、やっぱりフランシスの視点の移り変わりのせいでしょうか?
訳者さんは、わかってやってんのかなー。
「再起」というタイトルじゃなくてもよかったかな?
という感想で、星ひとつ減らしました。 -
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離婚し、長年勤めてきたシカゴ警察を退職したカルは、アイルランドの村に移住する。
廃屋の修繕中に様子を見ていたひとりの子どもを手伝わせるうちに、この子どもが、失踪した兄を捜してほしいと言う。
隣りに住む老人マートの助言も得ながら、田舎暮らしを楽しんでいたカルだったが、兄捜しをするうちに、そのことが村人たちの知るところとなり、警告を受けるはめに…。
人の少なさもあり、鳥の声が絶えず聞こえるという自然の偉大さを感じることができる描写。
長い話には、事細かな村人たちの生きざまを感じられるのだが、やがて踏み入ってはいけない暗部へと入り込み、最後はどうなるのかと気を揉んだが、最悪とはならずに緩く収まった感じだった。
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ネタバレ結婚して3年、アンティーク建築資材の輸入業を営む夫アダムの買い付けを兼ねて1ヶ月にも渡る長期欧州旅行も最終盤。飛行機までの時間を縫うように穴場的カフェで満ち足りた食事を済ませホテルへチェックアウトに帰るところ、アダムがカフェに忘れ物を取りに戻るから「先に行っててくれ」と。
そこから起きる爆破騒ぎ。携帯電話だけ見つかり行方知れずの夫。地元警察からはアダムはブラッドアンティーク(歴史的価値のある古美術品だが、盗みや略奪の来歴をもつもの)の売買に長年携わっており、爆破事件もその悪事に関連したことを仄めかされる。
一方で妻のステラも何か後ろ暗い過去を秘めているようで。。。
2025年エドガー賞ペーパーバック賞受賞作との触れ込み。
ペーパーバック賞ってこういう路線の作品?て思ってしまうほどありきたりで突っ込みたくなるところ満載だった。
いや、ありきたりでない作品なんて稀だし、大抵の作品はそれなりに突っ込みどころはあるのだろう。でも語りが肌に合うか合わないかだけでこうも一々気に障るとは。
中々にスケールの大きい欺瞞と美男美女の運命のロマンスの行方、「真実がどういうことなのか本人の口から聞くまで私は諦めない」的な無謀な深追いがやたら物語のための物語に感じてしまった。
勿論諦めないよ、諦めたら話終わってしまうからね。でもそれを陳腐な構図でなく、なんかこうぐっとくる理屈付けで演出してほしいのだよね。
という批評家モードになってしまった読書が悲しい。
派手な話ではあったので、目をあっちこっち振らされるエンタメとして見れば面白い話なんだと思う。 -
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シカゴ市警を退職してアイルランドのド田舎に引っ越したカルが、買った古民家をセルフリノベーションしていると、村から疎まれている一家の子供トレイに「行方不明になった兄を探してほしい」と依頼される…というミステリ。
辺鄙な田舎という閉鎖的なムラ社会へ突然引越してきた奇異なアメリカ人ということで、警察を退職して権限が無いのに村人へ聞き込みをして回るうちに「探り回るな。手を引け」と警告を受けるなど前途多難。
村の嫌われ者一家の一員であるトレイが徐々にカルに心を開いていくところは良いが、ミステリ部分の比重は軽め。「ザリガニ」とか「われら闇より」などと同じく、ミステリ味をまぶした文芸書という立ち位置かな。 -
Posted by ブクログ
凄く読むのに時間がかかった。
長年勤めてきたシカゴ警察を退職したアメリカ人のカルはアイルランド西部の小さな村に移住した。
廃屋の修繕をしながら静かに暮らしていたカルだったが、地元の子どもから、失踪した兄の行方を捜してほしいと頼まれる。
一般的にミステリーの分類されていると思うのだが、個人的には主人公のカルと地元の子供のトレイの交流を描いた文芸に入るかなと。
詳細な筆致で登場人物の心情や周りの風景、情景を細やかに描く。
そのため全体的に起伏があまりなく、物語が淡々と紡がれる。
この辺りがあまり馴染めなく、また約700Pものボリュームが重くのしかかり時間がかかってしまった。
面白かったのか面白くなかったのかでいうと面白かった部類なのだが。
自分の視点では感情や悲しみに直面する際に、共に過ごす時間を共有することだったり、それを分かち合うことで傷が軽くなり、無為な時間が有意なものになっていく。
そんなことがテーマになっているような気がした。
ただ、カルと同じように男性視点としてはその感覚はあまり生まれてこないのではないかなと思った。
男性は何かをして「事件」を能動的に解決することをよしとする傾向があるのだろうなという気がした。