羽田詩津子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
訳はちょいちょい固いところあるが
面白く読んだ。
きちんと勉強して、日本の食べ物を満喫
しているのとか好感が持てた。
しかしたまたま食べログ見た天ぷら松は、
料理は美味しいけど、
一見客をかなり待たせるし
サービスが悪いという口コミが結構あって、
カウンターで取材するアメリカ人は丁重に
扱って、一見客はぞんざいなら
魅力は激減だよな〜と思った。
そう思えば、他のとこも取材するアメリカ人だからいろいろしてもらえるわけで
一般日本人が逆にここまで歓待してもらえない
だろうな〜と思うと複雑な気分。
それが職人?だけど同時にサービス業でもあると思うんだけど…
時々履き違えてる職人もいるわけだし。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ旧知のミステリ作家アリアドニ・オリヴァ夫人から、相変らず一方的に呼び出されたポアロ。
聞けば田舎屋敷グリーンショアのお祭りの催し「殺人ミステリ推理大会」の優秀者の表彰をして欲しいとのこと。
オリヴァ夫人はこの催しのプロデュースを任されていたのです。
満更でもない気持ちで引き受けたポアロだが、読者の予想どおり“本当の殺人事件”が起きてしまう。
中編作品のため、一冊分の枚数を稼ぐためか、関係者による序文が2つ、解説が2つあった。
本文124頁に対し、これらが37頁。
多少うんざりしたものの、解説にあった、クリスティ本人のプロットメモには興味をそそられた。
クリスティがどういうポイントでミステリを組み立てていたのか、に多少触れることができ、大変興味深かった。
誰が何をする、どこに行った、誰と会う、使用人達は誰もみていない、誰が姿を消す・・・。
という具合に、ミステリなのに心理描写やトリックより先に、
人物の行動でストーリーを紡いでいる点が特徴かなと思う。
確かに クリスティ作品は、発想の秀逸さもさることながら、人間ドラマで魅せることが多い。
クリスティ作品の特徴だろう。
この物語は、知恵遅れでおとなしく、愛情深く、人の言うままになる
魅力的な女性ハティ・スタッブスを中心に回ります。
屋敷の主人であるハティの夫、若くハンサムな建築士、屋敷の秘書などの思惑が渦巻きながら祭りを迎えます。
そして起きた殺人事件。気付けばハティが失踪していました。
そのまま迷宮入りしたかに見えた事件は、2か月後、意外な事実を知ったポアロによって解決されます。
「実に素晴らしいお屋敷ですな。 ただひとつ邪悪なのが・・・お屋敷のご主人です・・・。」
「でも、実の息子なのです・・・。悲劇は どこで終わるのでしょうか。」
「殺人者にとって 終わりはないのです。」
由緒ある勇敢な家系の老婦人はまっすぐ顔を上げた。
「ありがとうございます、ムッシュ・ポアロ。
そろそろ一人にしていただけますか?一人きりで立ち向かわなくてはならないことがありますので・・・」
クリスティ中編作品の佳作。 -
Posted by ブクログ
帯の裏には「どうすれば人なつこいネコになる?」「ネコが飽きないおもちゃとは?」「ネコはわたしたちをどうみている?」というような飼い主の素朴な疑問をわざわざ載せていて、それらの疑問にずばっと答えてくれる本のように思えるのだけど、飼い主として知りたいそれらの話題は、全体からするとごく一部でしかない。
猫の祖先となる世界中のヤマネコの話や、歴史的にいかに人間社会に入り込んでいったのか、その過程の犬との差異や、身体のつくり・器官について、どういった要素が遺伝によるのか、などがメインの学術的な本である。
図表・図解なども少なくイラスト以外は文章だけで構成されているので、「ネコの飼い方入門」とは違うと思っても、「うちの猫は何を考えているのか」「あの行動には何の意味があるのか」という具体的な疑問を胸に読んでも、解決はされないかもしれない。
ペットの猫との暮らしに即座に役立てようというよりは、猫を生き物として深く知りたい人のための読み物と思った方が良いだろう。
子猫の時期の、飼い主や親兄弟との関わりと経験が、社会化(つまり人間に対する態度など)に強い影響を与えるという話や、猫同士の関係性などの記述は興味深かった。
ちなみにゴロゴロは甘えているとか喜びの表現と一般的に言われているが、そうとは限らず、人のいないところでも猫は一人でゴロゴロいっているそうである。我が家の飼い猫と照らし合わせて大いに納得する部分があった。
この本でもっとも考えさせられたのは、飼い猫・野良猫の繁殖と去勢についてである。
猫を都会で飼うにあたっては、基本的には去勢したうえでの室内飼いが推奨されている。
この本から垣間見える欧米での猫事情と日本のそれとはまた若干状況が異なる。オーストラリアなどでは、飼い猫のハンティングが野生動物を絶滅に追いやるとして非難の的になっているところがある、というのは初めて知った。
しかしペットの雄猫への去勢が積極的に薦められているのは日本もかわらないし、野良猫の去勢の活動も行われている。
飼い猫の病気のリスクやスプレー・家出・発情期の騒ぎなどの問題行動をふせぐには、子猫のころに去勢してしまうほか対処法がなく、それさえ済ませれば非常に共生しやすいパートナーになってくれる。
しかしこの可愛い相棒の血を継いでくれる、直系の子どもはもう望めないのだ。
その一方で、自然な繁殖を繰り返す猫たちというのは、荒くれ者で人間に対する警戒心の強さゆえに生き残っている野良の猛者たち(もしくはブリーダーに管理された、ともすると問題のあるDNAを伝え続ける純血種の猫)なのである。
飼いやすい人なつこいネコたちが去勢されて一代限りで人のパートナーの役割を終え、人から逃れ続ける猫たちだけが繁殖し続けると、未来の猫の性質はどうなってしまうのだろう? 地域猫活動のありかたと合わせて、真剣に考えたい問題である。