片山杜秀のレビュー一覧
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片山杜秀氏が相変わらずの切れ味を発揮。
良質で安価な労働力を際限なく求める資本主義と、そこに国民を参加させるための仕掛けとしての民主主義は足並みをそろえてきた。という論。
グローバリズムと国民国家は対立する、という論調を片山氏は採っていない。
でも、もうわが国(というか世界どこでも)、国家は成長の実感も福祉も国民に提供できない。ナショナリズムという幻想で国家を維持する運動が強まるのは必然。
そしてその背景に流れる、絶え間ない天災と虚無感、ネット社会の進行で進む視野の(拡大ではなく)狭窄、AIによる人間労働の代替の予感。
そんな中、国家が壮大なフィクションに向かう今の流れに強い危機感を抱かれ -
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歴史に学べとはよく言う常套句だが、学び方にも様々ある。温故知新こそが肝要というのが本書の主張だ。
過去を美化しすぎたり、逆に矮小化して発展史観の具としたり、はたまた運命論のごとき諦念の材料とすることは筆者に言わせれば教養ではないのだという。過去は繰り返さないし、そこに理想があるわけでも、古代生物のような未発達なものがあるわけではない。過去の人物が今生きていたら世の中は変わるという発想も実はいろいろな手続きを飛ばした幻想だという。
言われてみれば当然なことであり、私たちは歴史に今を考えるための類例を求めることで、対処の方法を探るべきなのだ。決まった答えはないし、過去を学ぶことで余計分からな -
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ネタバレ【幕引きに思う】数多くの災害等に見舞われ、「平らかに成る」という意味とは異なる様相を見せた感のある平成。波乱に満ちたその時代を精神史という形で描き出した作品です。著者は、音楽評論家としても活躍する片山杜秀。
平成、そしてその後の時代に対してもかなり悲観的な見方になっているのですが、憂世の文章にはなっていない点が見事。明治から昭和にかけての出来事から照り返す形で平成について問い直しをしていますので、広く日本史に興味がある方にもオススメです。
〜バブルの真っ只中に始まった平成は、巨大な天災と人災に同時に襲われ、その傷が癒えぬどころか、その傷から蝕まれて戦後日本のさまざまな分野の貯金を食いつぶし -
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勝てるはずのない戦争に突入したのは、日本軍の過剰な精神主義が原因、との通念に違う角度から光を当てる本。
ヨーロッパが焦土と化した第1次世界大戦。日本は日露戦争の教訓を生かし、兵士を無駄死にさせない最先端の砲撃戦を実践していた。本来は物量戦が望ましい。それはわかっている。しかし「持たざる国」日本では徹底的な突撃しかない(皇道派)。あるいは国家主導の経済強化で「持てる国」になるしかない(統制派)。いずれにせよ、勝てるようになるまで戦争はできない、それが軍部の(隠れた)意向だった。
古代の政治の理想である「しらす」(天皇自らは決めず、いろいろな意思の鏡となり、人々はそれを仰ぎ見てしらされる)、の -
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太平洋戦争における日本軍の「バンザイ突撃」や「玉砕」に見られる非合理的な精神論主義は一体どこから来たのか。
それを知りたければ本書を読みなさいということであるが、レビューに当たりざっくりと、本当にざっくりと要約すれば以下の通りになる。
・戦争の本質をよくわからないまま日露戦争をがむしゃらに戦ったら運良く勝ってしまった。
・第一次世界大戦は直接の戦渦に巻き込まれることはなく、一部のエリート層が戦況を研究し、「近代戦は物量で決まる」ことを痛感した。
・しかし「物量で決まる」と仮定すると「持たざる国」である日本は「持てる国(ロシアやアメリカ)」には勝てないことになる。
・合理的に考えれば考え -
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なんでタイトルが「未完のファシズム」なのかと思ってたけど読んで納得した。
日本人、まとまりない。w
太平洋戦争については言わずもがなドラマやアニメ、漫画や小説にもなってるので
はぁ~当時のお偉いさんはなんて全員バカだったんだ!と
思ってたけど
考えていたのね、それぞれだけど。
ただ全くまとまらないというか、ヒトラーのようにナチズムが日本で出来たのかっていうと
当時、実際は出来なかったし
持たざる国(物資・燃料・工業等全て)が
アメリカやヨーロッパのように持てる国に勝てるには
どうすりゃええねんって。
そうだ持てるように満州建国しようぜ派もいたし
いやいやそんな甘いことより短期決戦で勝負よ!って -
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「持たざる国」が「持てる国」に勝てないことは簡単な理屈。それは皇道派も統制派も皆分かっていたこと。満州事変のA級戦犯=石原莞爾ですら「持てる国」になるまで日本は戦争をしてはならないと考えていた。しかし思想的軍人は排斥され、いつしか「持たざる国」でも「持てる国」を怖気づかせることで勝ち目が出るという無茶な理屈で体制は動き出す。相手を怖気づかせるとは、死んでみせること。つまりここに「玉砕」「バンザイ突撃」の根源が存在していた。もはやイデオロギーではなく宗教。東条英機や中柴末純の二人だけが悪というわけではないが、彼らが中心となって広めた『戦闘経』『戦陣訓』のせいで、多くの日本人が犬死したかと思うと、
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[玉砕、その合理的結論]日露戦争の勝利から転がり落ちるようにして第二次世界大戦に臨み、終いには「バンザイ突撃」に象徴される精神主義の称揚とその崩壊で滅亡の淵に立たされるまでに至った日本。著者はその精神主義が一定程度は合理的に導きだされたものだったとして、第一次世界大戦時の重要性を指摘します。果たして、「持たざる国」日本はなぜ狂気とも言える精神主義に足を踏み入れなければならなかったのか…...著者は、本書で司馬遼太郎賞を受賞した片山杜秀。
現時点で2013年の私的Top.3に食い込んでくる作品。総力戦を意識した第一次世界大戦での合理的な日本陸軍の思想に、「持たざる国・日本」というこれまた合理的 -
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著者曰く、日本という国は死につつあるらしい。3・11、福島原発を取り上げるまでもなく、明治時代から現在までリーダー不在の日本は迷走し続けている。
そんな日本という国を、時にナチスドイツやソ連、ゴジラなどと比較しながら、新書らしからぬ軽妙な文体で描写する。述べていることはヘビーだが、短編歴史小説のような読みやすさ。
映画「ゴジラ」で、日本政府は放射能まみれのゴジラに為す術がなかった。結局、ゴジラから日本を救ったのは、身を犠牲にした一人の民間科学者だった。今の日本にはそんな科学者が登場するような国ではない。じゃあ、原子力発電所については誰が責任を? -
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日清・日露戦争を経た日本にとって、第一次世界大戦の衝撃波が、どのような影響を及ぼし、その後の歴史にどう関わってきたかを、膨大な資料を基に丁寧に解説した研究書。
第一次世界大戦により空白化したアジアマーケットに日本が積極的に進出したことによる空前絶後の好景気が起こる。
1913年当時の日本の経済は、アメリカの36分の1、ドイツの16分の1、イギリスの14分の1程度。
ところが1915年から1919年まで、貿易による収入超過は累計で27億4千万円にのぼった。
日露戦争の戦費が20億円というから、7億4千万円のおつりがきた時代であった。
好景気に沸く日本に対し、警鐘を鳴らしたのが、徳富蘇峰。
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ネタバレ江戸期に水戸学で確立された国体論(「君臣相和し頭を垂れる」)が第2次世界大戦以後まで続くのだが、その国体論を実践し維持するには必要不可欠な要素があった。「犠牲を強いるシステムとしての国体」の側面だ。国体論が語られる際に表だって言及されなかったが、これこそが無条件降伏をした後でさえも維持しようとした国体を陰で支える要素だった、と片山氏はいう。しかし、この犠牲を強いるシステムはポツダム宣言(から、日本国憲法の制定ももしかして入るのか?)における軍国主義の除去と平和主義の徹底により機能停止される。《みんなで仲間意識を持ち、天皇を愛し相和せ君臣一体となる国体》を維持するには犠牲のシステムが不可欠なのに
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対米戦争において、戦前の軍部にはざっくりわけると二つの考え方(戦略)があった。 「皇道派」と「統制派」である。
第一次世界大戦以降、戦争は国家間の総力戦となり、兵士の質や戦略の優劣の差は決定的な要因とはならず、国家の商業力、工業力の差が、そのまま戦力比となった。局地戦で勝利することがあったとしても、大局では国力に勝る方に軍配が上がる。ましてやアメリカに対して圧倒的に国力に劣る日本は、どのような計算をしても勝てるという答えを導き出すことができなかった。
アメリカと戦争とはじめたら負けるのはわかっている。しかし、そんな答えを出してしまっては軍部の存在そのものの否定になる。そこで軍部 -
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これが2013年の「この国のかたち」なんだろうと思う。
今思えば大げさだが、大震災の津波の映像や原発爆発の映像をリアルタイムで見たとき、身近な社会に対して感じる自分の中の常識が吹き飛んだように感じた。
放射能を含めた震災に関するマスコミ報道やネット上の誤報やデマで社会の混沌を感じた。
身近な社会に対する不安は、それを取り巻くコミュニティーに対して同心円状に広がって行き、
最終的には国家というシステムそのものに対する不安になる。
そんなことを思い出しながら読んだ。
ゴジラのところは読み飛ばしたけど、
戦前日本の組織論的なところは未完のファシズムを読んでいたので大変素直に読むことができた。 -
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皇道派と統制派それぞれの行動原理を読み解くことができるようになっており、現代から見ると非合理的な行動でも当事者たちの目線に立つことにより理解しやすくなっている。
読み終えた印象として、遠い将来に想定していたはずの対米戦について、互角に戦おうとあれこれ対策をすればするほどアメリカを刺激して開戦がどんどん近づいてしまったというところでしょうか。
またそれまでの固定観念の大勢である「日露戦争に気を良くしてW.W.Ⅰの教訓を学ばなかった」という類の単純化された歴史観とは正反対に近い論証をされていて、大変面白く読むことができた。
逆に総力戦を理解していたからこそ、国力豊富なアメリカを恐怖し、開戦に徹