片山杜秀のレビュー一覧
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太平洋戦争では過度な精神主義に陥った日本軍であったが、第一次世界大戦で行われた総力戦の研究を怠っていたわけではない。近代戦は国家同士の物量戦であり、日本は欧米列強に比べて生産力で劣るということまで日本軍は理解していた。日本軍の青島攻略は物量戦の模範とも言うべき戦い方であった。しかし、物量戦の重要性を認識していたからこそ、物量差の大きい欧米列強と全面戦争になったら物量での劣勢を挽回するために、精神主義的な殲滅戦を理想とした。絶対に敵わない物量戦から目を逸らし、精神力で劣勢を跳ね返すという非現実的な思想を抱いてしまった。(石原莞爾は満洲の支配を通じて、欧米列強に対抗できる生産力を獲得しようとしたようであるがこれもこれで非現実的である。)そもそも、『統帥綱領』には欧米列強と全面戦争をしないことが含意されていたようであるが、その含意を理解していた荒木貞夫、小畑敏四郎たちが軍の要職を去ると、その含意は忘れ去られ、アメリカとの全面戦争に突入してしまったのである。
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明治憲法のガバナンス上の欠陥から宮沢賢治、さらには女性の月経に関する問題まで、著者の守備範囲の広さに舌を巻く。著者の記述の妥当性はわからないが、一つの説明としては面白かった。著名な「昭和16年夏の敗戦」や「失敗の本質」と並んで読まれるべき一冊だと思う。
次の一文が印象的だった。
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(…)ふたりとも冷静な現実主義者として次なる戦争は物量と機械と科学力だという合理的な本音を持ちながら、日本陸軍の軍人としては精神主義を建前として高唱せざるを得ず、しかし二・二六事件や日米開戦といった歴史の流れのなかで、本音は忘却され建前ばかりが暴走し始めていったのです(…) -
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家族形態から世界を読み解く本!ちょっとあっち寄り トッドは人類学者、歴史家、地政学者として名高い。特に家族システムをベースに様々な社会現象を読み解くのが得意だ。この本は「我々はどこからきて、今どこにいるのか。」の解説書と考えてもよいだろう。
核家族は古い家族形態で、日本の直系家族の方が新しい家族形態ということを初めて知った。女性の地位も時代が新しくなるにつれ低くなるのだそうだ。ユーラシア大陸の中央部で新しい家族形態が生まれたが、大陸周辺部は古い核家族が残っているのだそう。ただ、核家族の社会は「革新」を得意とする。だからイギリスから産業革命が生じたのだと。
家族形態を切り口としてウクライナ戦争、ロシアやアメリカ合衆国の状況を語っているのが興味深かった。
トッドは反米英、佐藤優は新ロシア、片山杜秀もロシアよりなので、仲良しが同じ方向で話をしているだけのような感じもした。トッドに対して、反論や質問をもっとしてくれても良かったのでは? -
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日本の知識人・オピニオンリーダー11人の思想とその原点をわかりやく解説している。各人の経歴など、多少退屈に感じるところもあったが、文章もよみやすく、その時代の思想風潮もよく理解できた。
各人は、多かれ少なかれ、「天皇」をどう位置づけるかにも心を砕いており、天皇は日本独自の思想背景としてなくてはならぬ存在であったこともよくわかった。近年はむしろ天皇に触れることはタブーのような風潮があるが、(どう位置づけるかにかかわらず)天皇抜きに日本の思想は論じられない、というのが、本書の裏テーマなのかな、と感じた。
知ってるようで知らない日本の代表的な知識人達の主張の概要を学ぶには最適の一冊。 -
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クラシック音楽にまつわる入門書や解説書というのは世の中にごまんと溢れていて、当然のごとくそれらの大半は知的興奮を全く与えてくれないレベルのものばかりである。
そんな情況に対して”Nein”を突き詰めるが如く、京都大学人文研におけるクラシック音楽の専門家として高いレベルの分泌活動を続ける岡田暁生と、政治学者としての顔も持ちながらクラシック音楽に対する広範な知識量でも読者を圧倒する片山杜秀という2人がタッグを組んだ本書は、まさに自分が本当に読みたかった入門書・解説書であった。
本書の特徴は、通常の入門書・解説書ではさらっと触れるような点についても、その背景・理由をごまかすことなくクリアに語ろうとするその姿勢にある。もちろん、クリアに語ろうとすれば、そこには一定の解釈やスタンスを取ることからは避けられないが、そうして点からも逃げない点にこそ、個人的には好意を感じたし、博覧強記とも言える2人の語り口の鮮やかさに、改めてクラシック音楽というものの魅力を強く再確認した。 -
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吉田松陰から丸山真男まで、11人の人物の経歴と思想を紹介した新書。
松蔭、丸山を始め、福沢諭吉、岡倉天心、北一輝、美濃部達吉、和辻哲郎、河上肇、小林秀雄、柳田国男、西田幾太郎と、多士済々の人物について述べられており、彼らの思想と生き方を学ぼうとする読者には、格好の入門書と言えるだろう。
福沢諭吉の項では、慶應義塾が日本で初めて授業料をとる学校だったとのエピソードも。
彼が戦前から戦後まで説得力を持ち続けた唯一の思想家であるのは、人間が独立して生きるにはお金が大事だという経済リアリズムだったからとも。
それぞれの人物について20頁前後でまとめられているのは、1回ひとり90分程度で「夜間授業」という連続講座で語った内容だからだそうだ。 -
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単行本『クラシックの核心』で取り上げられた9人に、ベートーヴェン、トスカニーニ、バーンスタイン、カラス、リヒター、吉田秀和の6人を追加し、文庫化した本である。
既に、『クラシックの核心』は読んでいたので、文庫化の際に追加となった6人だけを読んだ。ベートーヴェンは、初出の『文藝別冊』で読んでいたが、この際なので、また読んだ。
文藝別冊シリーズでは、片山氏の書いた記事のページは、文字サイズがかなり小さく印刷されている。そのため、内容云々の前にパッと見てあまり良い印象は抱かない。本書はふつうの文庫本の文字サイズであるため読みやすいのが利点だ。
内容は、話題が多岐に渡り面白い。ただ面白いだけではなく、そこから音楽家の核心に迫って行き、ツボを押さえているのがさすがである。あとがきで、「辺境からの遊撃的展開が何らかの核心に到達していそうな箇所があれば」と書いているが、まさにその様な感じの文章である。
また、著者独自の視点が必ず入っているので、取り上げられている音楽家に対してある程度の知識を持っていても、新たな知見が得られる可能性が高い。
片山杜秀の文章は、吉田秀和に近いものを感じるときがあった。本書の「吉田秀和」の項で、片山が吉田を別次元で上手に真似できないかと、何十年間か、意識して研究していたとあり、やはり、吉田秀和を研究していたのかと納得した。
文庫化の際に、キャッチャーなタイトルになったため、門外漢も食指を伸ばすかもしれない。しかし、これを門外漢が読んでも面白いかどうか?
既にクラシック音楽に対する知識のある、クラシック音楽ファンには文句なしにお勧めである。 -
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江戸幕府成立後も伊達政宗など東北には曲者が揃っていた。この防波堤が水戸徳川家である。藩主は江戸在住が義務とされるが、格式は尾張、紀伊より低く、土地も痩せており財政は苦しかった。そこで徳川光圀は将軍に対する天皇の優位性を強調した。水戸学の創始である。後期水戸学会沢正志斎は攘夷を説き、吉田松陰に影響を与えた。この頃ロシアとの接触があったことが背景にある。
明治憲法において国務大臣は天皇を輔弼するとされている。輔弼とは責任と判断を行う意味であるから、天皇は政治的責任を取らなくて良いという構造である。これに抵抗した井上毅は天皇主権説を主張。のちの天皇機関説事件等に続く対立構図は、憲法制定当初からあった。
日清日露戦争により国民が創出し国家意識が醸造された。
天皇中心の史観ゆえ南北朝正閏問題が起きる。それまで北朝正統とされていたが、水戸史観の影響から南朝が正統とされる。
通説であった機関説が議会で謀反などと批判され、主権説が通説化する。ナショナリズムが背景にある。
歴史家平泉澄は天皇新政を主張し皇国史観に大きな影響を与えた。天皇への講義も担当、その思想は、特攻、人間魚雷などの作戦につながった。平泉にとっての歴史とは英雄のものであった。 -
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音楽評論よりも、本業の著作「未完のファシズム」で興奮させられた片山杜秀氏が、このところ新刊が相次ぎ、いったい何人のゴーストライターを抱えているかと思わせる佐藤優氏との共著でこの本の出版案内を見かけたので「坂の上の雲」を再読した上で読み終えた。
結果的には再読直後に手にしたのが正解であった。
お二人の対談を文章化したものに加え、要所要所にそれぞれが眺めのコラムというかエッセイ風のものを差し込み、言い足りなかったところを補足している。
司馬遼太郎を手放しで礼賛することなく、「国民文学」としての司馬遼太郎の美点と、ある意味弱点となってるところを冷静に見て取っているあたりが、読んでいて納得感が大きい。
巻末には文庫本の各巻に分けた充実した年表、それに主要人物事典が百頁弱掲載されている。(ジャーナリストとして名前の書かれている人は、佐藤優氏の協力者?)
読後(または再読後)、記憶も鮮明なうちに手に取るのがおすすめ。