熊谷徹のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
世界最大の休暇大国と言われるドイツでの働き方の仕組みがよく理解できた。
ドイツでの休みの多さは、労働時間法という厳格な法律によって保たれていることが分かった。
また、長時間労働がメディアで報じられると企業イメージ的に悪い影響を与えること、残業が多い課の管理職は評価を落とし、短い労働時間で成果を上げる社員が評価されるという、「残業が悪」というのがドイツでの考え方のようだ。
本の前半は、ドイツでの労働環境や、労働時間が短く、労働生産性が高い仕組みについて書かれていたが、後半では、労働時間が短いことに対する負の面についても述べられていた。
最後に日本での労働環境改善のための提案が書かれている。
労働時間が短いドイツの問題点としては、低賃金労働者が多いことや、短い労働時間で成果を上げなければいけないプレッシャー、そしてサービスの質の低さなどがあげられており、この章が興味深かった。
日本では競争社会の中で他社と差別化を図るため、サービスがどんどん過剰化しているように感じる。
それに伴い消費者もどんどん質の良いサービスを求めるようになっており、これは悪循環になっている。
このサービスの良さは、日本の良さでもあるが、これが日本の労働時間の長さにも繋がっていると思う。
日本の企業では特にクレームが上がることを嫌がり、徹底的にクレームが出ないこと、サービス向上に対して膨大な時間、コスト、神経を費やす。
一方で、ドイツではサービスは基本的に有料のものという認識であり、サービスのためにかける時間とそれに対する成果を天秤にかけ、成果に繋がらないと分かればサービスに対して時間をかけることはない。
ドイツ人の考え方は極端に合理的である。
ドイツの働き方を全て真似することは難しいかもしれないが、効率良く、生産性の高い仕事の仕方はドイツをもっと見習うべきである。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ4
ドイツの働き方や文化、法律などが分かりとても興味深い。社会保険制度の充実度と税金の高さ、責任の範囲が明確でチーム主義ではなく個人主義、規則を守る・個人主義の国民性であり無駄を嫌う。労働組合が強い、1日最大10時間労働。時間内に終わらせるための圧力やストレスがある。少子高齢化が進んでおり帰化を含む移民が20%。シュレーダーの痛みを伴う改革はすごい。ミニジョブにより失業者は減ったが低所得者層が増加。専門家の方がよさげだが塾が少なく子供の教育は親がやる文化らしい。働き方・仕事の範囲・文化の違いも踏まえると日本は独自のやり方を見出していくのがよいのではないか。
●ドイツの有給は30日給付でほぼ100%消化される。祝日は10日程度なので休日はさして変わらない。日本や韓国は50%程度、米国で75%程度。休暇中、平社員はメールチェックしないが、管理職はする。年初に休暇の日程をT内で決め順次取得する。交代なので、ねたみやお土産もない。
●ドイツでは仕事は人につくにではなく企業につくので、他の社員が担当者の代わりができるよう、書類や電子ファイルが分かりやすく整理することが徹底されている。余人を持って替え難いという現象が起きない。このため、文房具は規格化されており整理用品が充実している。
●首相シュレーダーが03年に発表した社会保険改アゲンダ2010がドイツ経済にとって重要な転換点。特に手厚すぎた失業保険制度の改革。毎月の税引き前所得が400€未満をミニジョブと定義し所得税と社会保険料の支払いを免除し低賃金労働を増やすとともに派遣社員の派遣期間を無制限にした。貧富の格差が出たものの失業率は一気に下がった。この改革は保守政党が提案してきた改革だったが、反対してきた社会民主党のシュレーダーが説得にまわり実現させた。17年現在の好景気とメルケル人気は、痛みを伴う改革を断行したシュレーダーに起因している。
●ドイツでは労働時間は厳しく規制されている。残業は最長2hまで。長時間労働に対する社会的イメージのマイナスの大きい。特に大企業の管理者は、1日10hの労働時間を超えないように口を酸っぱくして注意するとともに、10hが近づくと社員のPC画面に、法律違反なので直ちに帰宅するように表示される。また数か月を経て累積した残業が100を超えると労働時間を減らされる。残業代は1分毎でありかなり高額。残業が必要ということは社員不足を意味するという文化。またチーム精神が希薄で、自分が与えられた仕事だけをやっていればよく、自分の仕事や責任の範囲が明確。残業が多いのは効率が悪く無能と判断される。
●ドイツ人は法律や規則を守ることを重視する民族であり、労働時間が短い最大の理由は法律による規制。日本にある清濁併せ呑む、水清ければ魚棲まずといった形容はなく、白黒や善悪を明確する文化。調和よりもはるかに個人主義が強い。「人々は全体の調和よりも個人の利益を追求し、最低限の秩序を守るために、法律や規則で市民や企業の行動を律する必要がある」という考え方。
●ドイツ人は無駄な仕事や無駄な時間をひどく嫌う。仕事をするときには、費用対効果を常に意識し仕事をする前に、意味があるのかを真剣に議論する。管理職は仕事や課題がなぜ重要なのかについて社員を説得する必要がありやる気や労働効率に大きな影響を及ぼす。この作業に時間を投資することで具体的にどのような成果を期待できるのかを常に考えながら働いている。また、労働時間が10hを超えると効率が目に見えて落ちミスの可能性が上がるので長時間労働はしないと考える人が多い。新しいアイデアを生むためには気分転換や何もしない時間が必要。
●ドイツでは塾や予備校が非常に少なく、子供の宿題や予習は親の役目。中高一貫校であるギナジウムに行かないと大学に行けず、それ以外は実技学校であるレア―ルシューレに行く。9歳前後の成績でこれが決まる。ドイツの学校はほとんどが半日制であり、子供の教育は学校だけに任せることは間違いと考えている。知識の習得だけではなく、人格形成でもあるのだから、親が責任を持って実行しなくてはならないと考えている。
→個人的にこれはかなりイマイチな制度。復活制度はあまりないようで9歳で将来がほぼ決まるのは早すぎる。また、個人主義の文化なので仕方ないが、子供の知識・人格に親が関わりすぎて、子供の見識が狭くなりそう。貧富の連鎖の続き、機会の平等が保たれないのが最大の難点。中途半端な親がやるより、プロに任せるべきと思う。
●ドイツでは労働組合が非常に強い。ストが頻繁。取締役会を監督する組織である監査役会のメンバーは、従業員数によって50%から33%程度労働組合であり、間接的経営にも参加している。セイフティーネットが非常に充実した社会的市場経済もドイツの特徴。
ドイツ人は、概して、法律や規則に従って行動することを好み、安定や秩序を重んじる。カオス(混乱・混沌)が嫌いで、常にリスクをについて考えをめぐらし、石橋を叩いて渡る保守性を持った国民。欧州の中でも日本人の基質と近いものがある。
→「近い」のニュアンスにもよるが、個人的にはかなり違う。法律や規則の順守、合理主義、個人主義など文化の違いはかなり大きい。欧州の中では近い側なのかもしれないが。
ドイツ人は頑張るを評価しない。あまり頑張らなくても短い時間で成果を上げる社員が評価される。
●ドイツの社会性経済により、貧困率が低く、自殺率も低い(これは税金が多く平均化される点や貧困率の定義のため?)。法律によって短い労働時間と長期休暇・健全なWLB、勤労者を守り、多重防護システムである社会性経済により、労働意欲を高め、高い労働生産性によって国富を着実に増やし、競争力の高い製品で貿易黒字と恒常的な経済成長を実現し、政府の借金を削減して財政を健全化している。またドイツ経済を支える移民の存在も重要。ドイツ在留外国人は人口の10%で、帰化がもう10%であり広義の移民は20%。日本と同様に少子高齢化が進むドイツは移民政策で成功しているよう。
●ドイツの問題点。ミニジョブや派遣で低賃金労働者が増加。短時間で成果を上げることや上司の休暇に合わせた締切など時間内に終わらせる圧力やストレスが大きい。サービス砂漠:サービスの質が低く態度が悪い、客に迷惑をかけても謝らない、ドイツはチップ制でありサービスは無料ではない、日曜・祝日は一斉に商店が閉まる、閉店法で夜も20時まで。できることは自分でやる精神があり、サービス砂漠に慣れてしまうらしい。発明はうまいがビジネスが下手(FAXやハイブリッドカー・MP3など)。他国に比べてドイツ消費者は新技術への関心が少なくビジネス化のハードルが高いとも言われる。
●ジョブ型とメンバーシップ型の違いもあり仕事の範囲が明確化していない日本がドイツと同じやり方をするのは難しいかもしれない。両立も含めて独自の働き方を見出していくのが重要ではないか。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ今日の書評は「偽りの帝国 緊急報告・フォルクスワーゲン排ガス不正の闇」熊谷徹・著である。
この書籍はフォルクスワーゲン社(以下VW)が2016年、どうしてあのような燃費不正行為を行ったか?を検証した書籍である。力作で読み応えがあるが、尺の関係もあり、第二章のVWの歴史に比重を置いて、紹介したい。
では、コピペブログスタート。
ドイツを代表する優良企業とみられていたVWで、このような不祥事が起きた原因の背景を理解するには、同社の家父長制的かつ中央集権的な「空気」あったことが浮かび上がってくる。
同社が不正行為をおこした時のヴィンターコルンCEOは20億円を超える年俸を稼いでいたが、VWの真の実力者ではなかった。VW帝国の最高権力者は、同社にCEO・監査役会長として22年間君臨したフェルナンド・ピエピだ。彼は、欧州が生んだ最も非凡な自動車エンジニアの一人で、VWの生みの親フェルディナンド・ポルシェの孫である。
権威主義的・家父長的な経営スタイルの背景には、VWが以下の特殊な性格を持っているという事実がある。
①「家族主義としての性格」
ポルシェ・ピエピ両家の関係企業が、株主議決権の過半数(2016年5月末の時点で50・73%)を持つ。
②「公的企業としての性格」
ニーダーザクセン州政府が株式の12・4%、株主議決権の20%を持つ。すなわち同州の首相が監査役会に加わり、経営に参加する。また法律(VW法)によって外国企業などによる敵対的買収から守られている。以前はドイツ連邦政府がVWの株式を保有していた。
③「強大な労組を持つ」
VWの企業別労働組合はドイツの企業別組合の中で最大の影響力を持つ。またドイツの大企業は法律により事業所協議会を監査役会に参加させることを義務付けられている。このため組合幹部が事実上経営に参画している。
つまりVWは、ポルシェ・ピエピ両家、国家(今日では州政府)、そして労働組合という3つの大きな血脈が混じりあって作り上げた、複合企業でなのである。
フランクフルター・アルゲマイネのスヴェン・アストハイマ―記者は同紙の社説で次のように述べている。
「ドイツには、厳格な態度で企業を指揮する経営者が今もいる。たとえば排ガス不正が発覚するまでのVWがそうだった。VWでは、上司が部下に圧力をかけ、恐怖心を与えることによって、命令に対してノーと言わせない経営スタイルがはびこっていた。ドイツでは、これが排ガス不正を起こしたという意見が強い」
排ガス不正時のVWのCEO、ヴィンターコルンはたたき上げのエンジニア。細部にこだわるCEOだった。「マイクロ・マネージャー」、「コントロール・フリーク」、「完全主義者」として知られていた。
彼の経営スタイルを雄弁に語る映像がある。この映像が撮影されたのは、2011年にドイツのフランクフルトで開かれた国際自動車見本市(IAA)の会場である。
ヴィンターコルンは、不機嫌そうに、現代自動車の乗用車のドアを開いた。彼はやがて、ハンドルの高さを変えるためのレバーを操作した。すると突然、「ビショップ!」と部下を呼びつける。当時VWデザイン部長だったクラウス・ビショップ部長のことだ。
彼は、おどろいてヴィンターコルンを伺う。CEO(ヴィンターコルン)はシュヴェーベン地方の訛りを丸出しで、「レバーを操作しても、全然ガタガタしない。現代自動車にできるのになぜわが社は出来ないか?」とビショップを詰問する。
ビショップ部長は蚊の泣くような声で「わが社でも可能ですが、値段が高くなりすぎるのです」と弁解した。しかしヴィンターコルンは部下の説明に納得せず、「なぜ現代自動車にはこれが可能なんだ!」と不満をぶちまけた。
今日のVW帝国の株主議決権の過半数を持つポルシェ・アウトモービル・ホールディングSEの前身は、ピエピの祖父で元オーストリア人のフェルディナンド・ポルシェ博士が1931年にシュトゥットガルトに開いた自動車設計事務所(F・ポルシェ工学博士有限会社)だ。
フェルディナンド・ポルシェは、1875年にオーストリア・ハンガリーのボヘミア地方の、マッファースドルフという町に、ブリキ職人の三男として生まれた。
ポルシェは少年時代から電気工作に強い興味を持ち、13歳の時には電池や電球を使った実験を繰り返し、自宅に呼び鈴や電灯を取り付けた。ポルシェは父親の工場で見習に行として働くかたわら、職業学校やウィーン技術高等学校の聴講生として講義を聴いたりしていた。しかし彼は正式な高等教育は受けていない。徹底的な実務派だったのである。
23歳になったポルシェは、ウィーンの「ルードヴィヒ・ローナー王立自動製作所」に就職。気鋭のエンジニアとして注目を集める。
まず彼は1898年「P1」と名付けた最初の電気自動車を組み立て、ウィーンの路上で走らせた。これはベルリンで行われた電気自動車の競技会で優勝した。
その後も、彼はハイブリッド車を製作し、その力量が買われて1906年に31歳の若さで、オーストリア最大の自動車メーカーであった、アウストロ・ダイムラー社の技術部長に就任する。
しかしながら、ポルシェは技術者としての才能ゆえに、周囲と衝突することも多かった。彼はダイムラー社の経営陣に大衆向けのスポーツカーを開発することを提案したが、監査役会は首を縦に振らなかった。彼は監査役会の席上で居並ぶ幹部たちを「お前は役立たずの豚だ」とののしり、自分の防止を床にたたきつけて、会社を辞めた。
紆余曲折のなか、彼は1930年に息子のフェリーや、オーストリアの自動車業界で長年一緒に働いた12人のエンジニアたちを引き連れて、シュトゥットガルトに移り、クローネン通り24番地に、小さな自動車設計事務所を開く。そして翌年「ポルシェ有限会社・エンジンと車両の及びコンサルティング」という会社を興した。
この小さな事務所が、今日のスポーツカー・メーカーであるポルシェと、VWの経営を支配する持ち株会社ポルシェ・アウトモービル・ホールディングSEの母体である。
フェルディナンド・ピエピは1937年4月17日に、ポルシェ博士の娘ルイーゼの4人の子どもの三男として、ウィーンで生まれた。父親はポルシェ博士の右腕だった弁護士アントン・ピエピである。
ルイーゼは家庭の中に「成果主義」を導入した。彼女は、4人の子どものうち、最も成績が良かった子どもを露骨に贔屓したのだ。
ルイーゼは、食卓では彼女の右側に「一番成果を挙げている」と思った子を座らせた。欧州では、食事のテーブルでは最も尊敬する人や愛する人を右側に座らせる習慣がある。
のちにVW帝国の最高司令官となったピエピは、成果を挙げない幹部を次々と切り捨てることで恐れられた。その根源は、母親の厳格な「成果主義」にあった。
当時、創設者のポルシェの息子フェリーは、ポルシェ有限会社などの所有権を、自分とルイーゼ、そして8人の子どもたちに10%ずつ分配していた。「会社は家族みんなの間で公平に分ける」という発想だった。
だが実際には、フェリー(ポルシェ博士の子ども)が社長を務めるシュトゥットガルトのポルシェ有限会社では、ポルシェ・ピエピ両家の8人の子どもの内の4人が、設計、開発、営業などの実務を担当していた。みなフェリー・ポルシェの後を継いで社長になる機会を虎視眈々と狙っていた。
ポルシェ・ピエピ家の人々は、フェリーの後継者について激しく口論し、合意することができなかった。このため彼らは「ポルシェ・ピエピ家に属する者は全員、1972年3月1日以降、ポルシェ有限会社の実務的な仕事から完全に手を引く」という折衷案で論争を決着させた。
フェルナンド・ピエピは1972年8月にアウディ本社に就職し、3年後に技術部門担当取締役となる。1988年にはアウディのCEOに就任。ピエピはアウディで重要なイノベーションを実現した。
一つは1980年に四輪駆動のアウディ「クワトロ」を発売したことだ。もう一つは、1990年にTDI(ターボ直接噴射)方式のディーゼルエンジンを使ったアウディ100を発売したことだった。
ピエピは自伝の中で「TDIの発売は、世界の自動車市場に革命をもたらせた」と自賛している。
アウディはTDIを使った車の量産をいち早く開始し、VWグループの中にありながら、VWとは一線を画したブランド・イメージの確立に成功した。
さて1990年代初めのVWグループは深刻な危機の中にあった。VWはニーダーザクセン州が参加する公的企業である上、労働組合の力が強大だった。このためVWは、恐竜のように動きが鈍く、着々とマーケットシェアを拡大する日本の自動車メーカーによって、劣勢に追い込まれていた。
VWは危機的な状況の中で、新しい血を必要としていた。同社監査役会はアウディで目覚ましい業績を挙げていたピエピに白羽の矢を立てた。彼は効率重視のエンジニアであった。
VWの業績改善が喫緊の課題だったことから、ポルシェ・ピエピ両家も1972年に決めた原則を打ち捨てた。よって1992年4月にVW監査役会はピエピを第6代CEOに選んだ。
ピエピは自分に対して厳しい男だった。彼が中間管理職だったころ、重要な会議がある日に午前3時に起床し、自分の提案について上司をどう説明するか、とことんまで考え抜いた。
ピエピはVWのCEOになってからも、ヴォルフスブルク本社13階の社長室で過ごすのは、1週間のうち2~3時間だけだった。
かれは生産や開発の現場でエンジニアたちと会い、説明を受けることを好んだ。根っからのエンジニアである彼は”現場主義”だった。
ピエピは他人に対する礼儀もわきまえず、ずけずけした物言いで知られた。問題が発生すると、不始末の責任がある管理職を、他の社員の目の前で批判した。ピエピは大声は出さず、淡々とした調子で部下を叱責した。
ドイツ企業でも上司が部下を批判するときには、通常個室で二人だけで行う。他の社員の前でも批判は最大の侮辱である。
VWに存在した「上司の命令にノーと言えない空気」の源泉は、衆人環境の中で管理職をつるし上げにあいたり、「無能」という理由でクビにすることを何とも思わないピエピの経営スタイルにあったのだろう。
こうした厳しい経営態度が従業員を畏怖させ、CEOから与えられた目標を達成するには、違法ソフトウエアを使っても構わないという思考形式につながった。
ピエピとヴィンターコルンは、部下に対し「これこれしかじかと言う理由で課題を達成できませんと言ってくるのは止めろ。解決方法だけを持ってこい」ときつく指示していた。
とここまで本書第二章を綴ってみたが、何となくVWが不正に巻き込まれていったのが分かるであろう?構造的な問題である。車好きな方もそうでない方も、ぜひ読んで欲しい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ何もない時間は
新しいアイデアには重要
ドイツ人にとって休暇は
人生で一番大切なことで神聖なもの
年初に休暇計画を立て
同僚と話し合いながら有給計画をする
第二次世界大戦中、
前線で戦う兵士にも10日間の有休があった
歴史的にも古い習慣
ドイツ人の性格
規則、法を重んじる
無駄が嫌い=費用対効果を考える
本当にリッチな人とは
お金だけをたくさん持っている人ではなく
自分の時間をたくさん持っている人だ
ドイツは
9歳前後の教育で一生の進路が決まる
管理職を目指す人は
ドムナジウム(中高一貫校)
他は実技学校(レアールシューレ)に行く
学校だけに任せず
親が責任もって教育させる
休みが多いのになぜ経済が絶好調なのか?
シュレーダー首相の政策98-03年
『アゲンダ2010』
・失業保険給付額を減らす
・低賃金層を拡大
そのかわり
所得税や社会保険の支払い免除
・公的年金を65から67歳へ引き上げ
・派遣の緩和
痛みを伴う政策を実行
休暇は減らさず競争力を高める方法
労働法で有休の強制
1日10時間以上働けないと
決まっていて破ると上司が自費で
罰金を払わないといけない
査定も悪くなる
ドイツは
頑張ってるだけで評価しない
過程より結果重視
→生産性上がるがストレスが多い
サービスがとても悪い
サービスにも10%のチップを要求
・打ち合わせは紙一枚かつ一時間以内
・自分に与えられている権限内だったら
すぐ責任で判断
・重要なのは午前中
・誰が見てもすぐ業務を担当できるようにする -
Posted by ブクログ
ドイツは文房具の規格化が世界で一番進んだ国。
ドイツ人は行方不明の書類を見つけるために時間を無断するのを嫌う
ドイツ語のごちゃごちゃという意味のchaosは劣悪という意味が含まれている
ドイツには監査役会という労働者や株主の代表が取締役会を監査するための組織がある
ドイツの勤労者は様々な法律や社会保障制度などの多重防護システムによって守られている
ドイツの社会的市場経済は政府が大きな役割を果たす経済体制である。
ドイツの企業は日本以上に成果主義を重視する。がんばっているということでは評価しない。
国民負担(=社会保障負担率と租税負担率)はドイツ47.4%、日本39.9%、アメリカ37.5%と格差緩和傾向が強い
ドイツのサービスが悪いのは当たり前
ドイツではサービスは無料ではない
残業が多い社員は会社への忠誠心があるという過去のメンタリティの残滓を完全になくす
★生産性を上げるための工夫
メールの処理には時間がかかるので口頭で済む連絡は口頭で済ます
退社するときには次の日にするべき課題を箇条書きにして自分の机の上においておく
会議は長くても1時間以内
全ての社員がアクセス出来る共有サーバーを作り誰がみてもすぐに業務を担当できるようにする