井上亮のレビュー一覧
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皇室について何冊も書いている人が新左翼セクトによる反天皇制闘争を題材にした本を書くのは変わっているな、と思ったら公安担当記者だった時期があって、その時の経験や取材などを元にした本だった。
新左翼を題材にした本は諸セクトが刊行しているものを除けば限られていると思うが、立花隆の「中核vs革マル」を「名著」として言及しながら「同著では立花氏が警察などを取材した形跡が見られないので」と評している。どうやら「中核vs革マル」の上巻の冒頭で警察を取材した事を記した個所を忘れているのか、引用しているのが下巻なので見落としたのだろうか?もっとも半分ぐらいは昭和26年の京大事件から始まり内ゲバ戦争などを前史のように扱っている。「中核vs革マル」は昭和50年に刊行された本なので情報を更新するにはちょうどいいだろう。
菅孝行の「ことにおいて後悔せず」を読んでいて武藤富男の息子の武藤一羊が邦訳を出した事があるグラハム・ハンコックがメンギスツ政権の太鼓持ちだった時に知ったエチオピア正教会の聖櫃崇拝を元に「神の刻印」を書いてトンデモ本ライターに転身したのと全共闘闘争の破産で反天皇制闘争に切り替えたのに似ていると思ったが新左翼諸セクトも同じようなもののようだ。
この本に写真が掲載されているように常陸宮邸の屋根に金属弾を着弾させるだけの「技術」があるのに新左翼諸セクトは敵対セクトの構成員や民青、警官や機動隊員を殺す事はしてもドイツ民主共和国のMfS(シュタージ)の紐付きのドイツ赤軍のようなテロをやろうと思えば出来るのにしなかったのは破防法の団体適用をされたくなかったからだろうか?
「中核vs革マル」には中核派は在日朝鮮人に「誤爆」した時だけ謝罪したとあるが、この本には平成初年に中核派は丸っきり関係のない人達を「誤爆」して殺した時を居直った記述がある。「誤爆」という軍事用語を使うが関係のない人を殺そうと障害が残るほど怪我を負わせようと謝罪しないのは一番おぞましい。「誤爆」した対象が民団系在日韓国人やニューカマー、全解連関係者だったら「KCIA(安企部)の手先」や「日共の手先」と主張して居直っただろうか?
内ゲバ戦争は昭和7年の熱海事件で特高がMに関して尋問しないので彼がスパイだと気がついてから疑心暗鬼になって「スパイ査問」に勤しんだあたりから始まって50年分裂当時の国際派対所感派の査問合戦や51年綱領下の極左路線の延長線上にあるのではないか?新左翼運動自体、昭和30年の日本共産党の六全協決議やスターリン批判とハンガリー事件の衝撃で生まれたはずなのに自分達が否定したはずのスターリン主義的な組織運営をするのはレーニンの党運営は否定しないからだろうか。 -
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皇居南東部に建設された5つの「御府」をめぐる近代史。著者は日経新聞で皇室・近現代史を担当した編集委員(刊行当時)。
日本軍が数々の鹵獲兵器を所有していたことは知っていたが、それが皇居内にあったとは知らなかった。著者によれば、御府には振天府(日清戦争)、懐遠府(北清事変)、建安府(日露戦争)、惇明府(第一次大戦、シベリア出兵)、顕忠府(済南・満洲・上海事変、日中戦争)の5つがあり、靖国神社と対になる形で天皇が前面に出るかたちで戦死者の顕彰を行っていた。各戦争による戦利品と戦死者の名簿も収蔵されており、中には渤海国に関する石碑もあった。修身の教科書等でその存在は紹介されていたが、皇居内の施設だったため、実際に見学できたのは軍関係者をはじめとする一部の人々でしかなかった(戦死者の遺族も昭和期に入るまで見学は認められなかった)。
帝国日本はいわゆる戦争博物館・戦争記念館を作らなかったが、この「御府」が代替を担っていたことになる。そうなると問題は戦後の収蔵品のゆくえである。著者も現時点でわかっていないという。やはりGHQ資料をつぶさに見ていくしか知る術はないのだろうか。 -
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新左翼の歴史について書かれた一冊。元公安担当記者の著者の取材メモを元にした記述には、当時の空気を感じさせる独特の臨場感があった。
本書からは、「独善的行動は破綻に終わる」という一種の教訓を学ぶことが出来る。
新左翼の面々は、強い正義感に突き動かされ、日本社会の変革を目指した。しかし、それは自分達の考えを疑わない独善性や、他者の犠牲を肯定する身勝手な論理に基づいていた。その為、大衆の共感を最後まで得られないまま、運動は退潮していった。
著者の指摘通り、誰もが現代的不幸(生き辛さ)を抱えて生きている。その心の空漠を埋めることは、確かに容易ではない。終戦以後の社会の矛盾は、人々の心に深い影を落としていた。新左翼は、敗戦が産んだ一種の鬼子であると言える。 -
比翼の象徴 明仁・美智子伝 下 平成の革命
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試し読み
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平成の明仁天皇(現在上皇)と美智子皇后(現在上皇后)の物語の下巻。即位から退位までの日々が綴られてる。それにしても、象徴という曖昧な形の、いわば荷を背負わされ、長い旅を二人で助け合い続けてきたお二人には感動した。特に、戦禍で傷ついた人々を忘れずに、とにかく平和を祈り続けた姿、災害に見舞われ苦しんでいる人に寄り添う姿は、他を圧倒する迫力があった。政治に関わってはいけない、難しい立場なのに、何かと政治利用しようとする政府や当時の石原都知事の行いは、本当に不快なものだ。保守派と言われる勢力も、天皇の味方かと思いきや、自分勝手な意見で天皇を苦しめる存在でしかないように映った。
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日経新聞の編集委員の井上さんが、わかりやすく、各都市の戦災復興の経緯、実績を説明。
後藤新平とか関東大震災のあとの震災復興の本はよくでているが、戦災復興をわかりやすく説明した本がでたことがうれしい。
また、名古屋とか仙台とか、むしろ政令指定都市レベルで土地区画整理事業が先行していたため、東京のように大規模な中断にならずに、現在の広幅員の街路が整備できたことも丁寧に説明している。
その際の先人の都市計画専門家の努力にも頭がさがる。
その上で、東日本大震災、あるいは首都直下の復興にあたって土地区画整理事業がうまく機能するのかどうか、悩む。
(1)東北の都市などや東京などで、街路の幅員を広げても、増進はないし、時間もかかるだけといわれないか。
(2)震災、戦災のときと違って、厳しい経済の国際競争に曝されているときに、時間がかかる手法よりも早く、産業復興をとげる必要性がでてくるのではないか。
(3)人口減少、都市の縮小という観点からは、都市が将来コンパクトになることを前提にして、核となる部分を買収方式ではやく整備し、その周囲は、グリーンベルトにするなど、都市縮小にあった仕組みが必要ではないか。
もちろん、この本自体には、そんな問題意識はないのだが、ひごろ、悩んでいることが思わず頭に湧いてきた。 -
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明らかに東日本大震災への便乗本なのだが、私が「言論四天王」と勝手に
名付けて敬愛しているふたりの言論人が取り上げられているので新刊で
購入した。
戦前及び戦中に日本が道を踏み誤ったことに警鐘を鳴らし、大衆に迎合せず、
軍部に屈しなかった4人の言論人と軍部礼賛から戦後の軍部及び天皇批判に
転じた徳富蘇峰を取り上げている。
「小日本主義」を掲げ、愛児を戦争で失いながらも戦後は「靖国神社廃止の
議」を記した石橋湛山。
「関東防空大演習を嗤う」で在郷軍人会から不買運動を起こされ、信濃毎日
新聞を退社に追い込まれ、それでも国家と闘い続けた桐生悠々。
大手新聞社が軍部の御用新聞に変貌するなか、「新聞だけはリベラリズム
でなくてはならぬ」と言い、軍部への憤りを記した「暗黒日記」を書いた
清沢洌。
五・一五事件をテロであると断じ、社を挙げて軍部の脅迫に屈しなかった
福岡日日新聞の菊竹六皷。
戦争礼賛の蘇峰を取り上げるのなら、この4人の代表的な論説・批評の
全文を掲載した方がよかったのではないか。
ジャーナリズムの在り方を問いたいのか、各人の評伝としたかったのか。
少々中途半端な仕上がりではなるが、時代の流れに臆することなく
発言をした言論人がいたことを知る入門書としてはいいかも。
でも、六皷はなぁ。満州建国を肯定しているんだよなぁ。私としては他の
3人と並べるには違和感があるんだよな。
さて、肝心のジャーナリズム。先の大戦で提灯記事を書きまくった頃と、
大して進歩していないんじゃないか。今回の福島原発事故が起きるまで、
原発批判なんてやってなかったろうに。大手メディアに変革は望めない。
散々持ち上げて、一旦事が起これば手のひらを返すんだもの。変わって
ないよねぇ。はぁ…。