井上亮のレビュー一覧
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我々が「宮内庁」と聞いて一般的にイメージするのは、天皇皇后両陛下の身の回りの世話、スケジュール管理、儀式の進行管理などを行う姿ですが、これは本来「オク」と呼ばれる天皇皇后専従の秘書室的な役割を指します。
これを率いるのが「オモテ」と呼ばれる機能です。これは皇室全般の総務・人事・経理、さらには「営業的側面」までを担う行政組織であり、そのトップが宮内庁長官です。本書は、象徴天皇制の維持や代替わりの儀式、皇位継承問題など、政府と皇室の板挟みになりながら、その危ういバランスの中で奮闘し、苦悩する歴代長官たちにスポットを当てています。
私はこれまで、漫画や歴史書を通じて昭和天皇などの「皇室コンテンツ」を好んで読んできましたが、本書を読んで、天皇個人の発言に関する一次資料は少ないということが意外でした。
「オモテ」側の長官や次長クラスの動向は、国会議事録や官庁文書として公的な記録に残ります。しかし、長官個人の日記や回顧録はほぼ皆無です。宇佐美毅氏が日記を処分し、藤森昭一氏もメモ類を徹底して処分したエピソードが紹介されていますが、これは天皇と政治の間に立つという極めて微妙な立場ゆえ、記録が残ることによる政治的リスクを避けたのではないかと本書では分析されています。
対照的に、「オク」側の侍従や侍従長クラスは、日記や回顧録の刊行例が比較的多く見られます。侍従は天皇の最も近くに侍る存在ですが、政治的決定には直接関与しないため、書き残すことへの心理的ハードルが低かったと考えられます。公刊された記録の多くは、皇室のイメージを損ねないよう配慮されていますが、一方で田島道治氏の備忘録『拝謁記』には、昭和天皇の生々しい肉声が記録されていました。貞明皇后との確執など、親族に対するネガティブな発言までもが含まれるこの資料は、今や歴史的な一級資料となっています。
また、皇太子妃の選考問題や、代替わり儀式の舞台裏を描いたエピソードも非常に読み応えがありました。天皇の「お気持ち」を最も深く理解しながらも、皇室典範や政府の意向を精査し、時には非情な「汚れ役」や「調整役」を引き受けなければならない長官たちの姿には、てつもない苦労があったでしょうね...
昨今の代替わりや女性・女系天皇を巡る議論は記憶に新しいですが、メディアやSNSの断片的な情報だけで全体を把握したつもりにならず、新聞や宮内庁ホームページの記者会見要旨などを自らチェックする姿勢を大切にしたいと感じました。右派やリベラル派といった特定のイデオロギーによる意見だけでなく、実務を担う宮内庁がどのような見解を持ち、どのような論理で動いているのかについても教えられた一冊でした。 -
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【宮内庁長官】 井上 亮 著
「これ、面白いよ」と渡されました。普通なら読まないタイトルですが、「お薦め」なので読んでみました。結果、これは確かに面白かったです。
著者・井上亮氏のプロフィールには、「全国紙記者」とありますが、日経新聞の宮内庁担当。宮廷用語で、「ウラ(侍従長)」と「オモテ(宮内庁長官)」があるそうですが、これは「オモテ」を書いたもの。「象徴天皇の盾として」の副題どおり、天皇を政治利用とする政権・政治家、騒ぎ立てるマスコミや世論から、盾となって立ちはだかる歴代宮内庁長官の姿が描かれています。また、「昭和~平成~令和」天皇の言行録や、(やはり天皇も人間なので)感情を露わにする場面などが書かれ、「あのことは、こういうことだったのか」と理解できました。最後に、皇室継承についての著者コメントがありますが、個人的にはこれが納得のいく内容でした。
奇しくも、NHK「映像の世紀」は「昭和天皇(前編・後編)」で、ちょうど読み終えたタイミング。それにしても、自分には絶対この役職は務まらない(それ以前に声もかからないでしょうが)と思わされた一冊です。 -
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天皇と政治の間に立ち、調整を行う宮内庁長官に焦点を当て、歴代10人の宮内庁長官が象徴天皇制80年の中の様々な課題にどう対処してきたかを俯瞰し、象徴天皇制の形成過程とあるべき姿を展望。
宮内庁長官という切り口で戦後の象徴天皇制の歩みを振り返るというような内容で、天皇・皇室をライフテーマの一つとする自分にとって、とても読み応えがあった。
昭和天皇が戦前の君主意識をどうしても引きずっていたのに対し、平成の上皇・上皇后夫妻が現在の象徴天皇制をつくりあげてきたのだということを改めて認識した。昭和天皇と弟の親王たちとの関係、徳仁皇太子(当時)の結婚やその後の人格否定発言、生前退位などのトピックについての裏事情等も知ることができ、興味深かった。
宮内庁長官、ひいては宮内庁という組織は、「人間の感情を相手にしなければならない」という難しさがあるということがよくわかったが、天皇・皇室制度自体が、感情のある生身の人間に係るものであり、雲の上の存在で国民から隔絶されていた戦前とは違って、良い意味でも悪い意味でも国民の身近となった現在の天皇・皇室を今後も良い形で継続していくことの難しさもまた感じた。 -
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皇室について何冊も書いている人が新左翼セクトによる反天皇制闘争を題材にした本を書くのは変わっているな、と思ったら公安担当記者だった時期があって、その時の経験や取材などを元にした本だった。
新左翼を題材にした本は諸セクトが刊行しているものを除けば限られていると思うが、立花隆の「中核vs革マル」を「名著」として言及しながら「同著では立花氏が警察などを取材した形跡が見られないので」と評している。どうやら「中核vs革マル」の上巻の冒頭で警察を取材した事を記した個所を忘れているのか、引用しているのが下巻なので見落としたのだろうか?もっとも半分ぐらいは昭和26年の京大事件から始まり内ゲバ戦争などを前史のように扱っている。「中核vs革マル」は昭和50年に刊行された本なので情報を更新するにはちょうどいいだろう。
菅孝行の「ことにおいて後悔せず」を読んでいて武藤富男の息子の武藤一羊が邦訳を出した事があるグラハム・ハンコックがメンギスツ政権の太鼓持ちだった時に知ったエチオピア正教会の聖櫃崇拝を元に「神の刻印」を書いてトンデモ本ライターに転身したのと全共闘闘争の破産で反天皇制闘争に切り替えたのに似ていると思ったが新左翼諸セクトも同じようなもののようだ。
この本に写真が掲載されているように常陸宮邸の屋根に金属弾を着弾させるだけの「技術」があるのに新左翼諸セクトは敵対セクトの構成員や民青、警官や機動隊員を殺す事はしてもドイツ民主共和国のMfS(シュタージ)の紐付きのドイツ赤軍のようなテロをやろうと思えば出来るのにしなかったのは破防法の団体適用をされたくなかったからだろうか?
「中核vs革マル」には中核派は在日朝鮮人に「誤爆」した時だけ謝罪したとあるが、この本には平成初年に中核派は丸っきり関係のない人達を「誤爆」して殺した時を居直った記述がある。「誤爆」という軍事用語を使うが関係のない人を殺そうと障害が残るほど怪我を負わせようと謝罪しないのは一番おぞましい。「誤爆」した対象が民団系在日韓国人やニューカマー、全解連関係者だったら「KCIA(安企部)の手先」や「日共の手先」と主張して居直っただろうか?
内ゲバ戦争は昭和7年の熱海事件で特高がMに関して尋問しないので彼がスパイだと気がついてから疑心暗鬼になって「スパイ査問」に勤しんだあたりから始まって50年分裂当時の国際派対所感派の査問合戦や51年綱領下の極左路線の延長線上にあるのではないか?新左翼運動自体、昭和30年の日本共産党の六全協決議やスターリン批判とハンガリー事件の衝撃で生まれたはずなのに自分達が否定したはずのスターリン主義的な組織運営をするのはレーニンの党運営は否定しないからだろうか。 -
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皇居南東部に建設された5つの「御府」をめぐる近代史。著者は日経新聞で皇室・近現代史を担当した編集委員(刊行当時)。
日本軍が数々の鹵獲兵器を所有していたことは知っていたが、それが皇居内にあったとは知らなかった。著者によれば、御府には振天府(日清戦争)、懐遠府(北清事変)、建安府(日露戦争)、惇明府(第一次大戦、シベリア出兵)、顕忠府(済南・満洲・上海事変、日中戦争)の5つがあり、靖国神社と対になる形で天皇が前面に出るかたちで戦死者の顕彰を行っていた。各戦争による戦利品と戦死者の名簿も収蔵されており、中には渤海国に関する石碑もあった。修身の教科書等でその存在は紹介されていたが、皇居内の施設だったため、実際に見学できたのは軍関係者をはじめとする一部の人々でしかなかった(戦死者の遺族も昭和期に入るまで見学は認められなかった)。
帝国日本はいわゆる戦争博物館・戦争記念館を作らなかったが、この「御府」が代替を担っていたことになる。そうなると問題は戦後の収蔵品のゆくえである。著者も現時点でわかっていないという。やはりGHQ資料をつぶさに見ていくしか知る術はないのだろうか。 -
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新左翼の歴史について書かれた一冊。元公安担当記者の著者の取材メモを元にした記述には、当時の空気を感じさせる独特の臨場感があった。
本書からは、「独善的行動は破綻に終わる」という一種の教訓を学ぶことが出来る。
新左翼の面々は、強い正義感に突き動かされ、日本社会の変革を目指した。しかし、それは自分達の考えを疑わない独善性や、他者の犠牲を肯定する身勝手な論理に基づいていた。その為、大衆の共感を最後まで得られないまま、運動は退潮していった。
著者の指摘通り、誰もが現代的不幸(生き辛さ)を抱えて生きている。その心の空漠を埋めることは、確かに容易ではない。終戦以後の社会の矛盾は、人々の心に深い影を落としていた。新左翼は、敗戦が産んだ一種の鬼子であると言える。 -
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なんかやな感じを受けた本だった。
この著者、元日経新聞の記者で、昭和天皇が靖国参拝をしなくなったのは、いわゆるA級戦犯を合祀したことを天皇が快く思わなかったからだという議論の元になった、冨田メモをすっぱ抜いた人やったんか。
宮内庁長官の奮闘記と言いながら、本の中でお、長官自身はあまり取り上げられてない感じ。出番、薄い。全般に、皇室、特に昭和天皇への批判が目立つ。
曰く、昭和天皇が象徴天皇という意味を理解していない。
曰く、戦争責任を転嫁しようとしている。
やたら、政治的発言とかなんとかも主張する。
政教分離とおんなじで「厳格に運用することが目的」になっててどうなんだと思うが、右も左も外国もなんもかんも、天皇の存在、発言が絶対的な権威を持っていると考えていることに凄さを感じた。
長官だけでなく、お側の方の日記やメモが公開されることも良し悪しで、心を許したことへの裏切りではないかという一面が否めない。
天皇が兄弟を悪く言っていたなんて、なんか歴史に関係あるか。
自分の親父が、叔父の悪口を言ってたって聞かされるのって、どうなのよ。
歴史の名の下に、皇室、皇統に列する方々を晒すって、いいのかそれで。
今、この時代に生きておられる方々の家族やぞ。
歴史研究者としては残念だみたいな記述も所どろこにあったが、あなたは歴史研究者ではなく、とくダネ追いかけた、ただの新聞記者だよ。その辺の大衆雑誌と大して変わんないよ。奢るな。
そんな感じの一冊。 -
比翼の象徴 明仁・美智子伝 下 平成の革命
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試し読み
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平成の明仁天皇(現在上皇)と美智子皇后(現在上皇后)の物語の下巻。即位から退位までの日々が綴られてる。それにしても、象徴という曖昧な形の、いわば荷を背負わされ、長い旅を二人で助け合い続けてきたお二人には感動した。特に、戦禍で傷ついた人々を忘れずに、とにかく平和を祈り続けた姿、災害に見舞われ苦しんでいる人に寄り添う姿は、他を圧倒する迫力があった。政治に関わってはいけない、難しい立場なのに、何かと政治利用しようとする政府や当時の石原都知事の行いは、本当に不快なものだ。保守派と言われる勢力も、天皇の味方かと思いきや、自分勝手な意見で天皇を苦しめる存在でしかないように映った。
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日経新聞の編集委員の井上さんが、わかりやすく、各都市の戦災復興の経緯、実績を説明。
後藤新平とか関東大震災のあとの震災復興の本はよくでているが、戦災復興をわかりやすく説明した本がでたことがうれしい。
また、名古屋とか仙台とか、むしろ政令指定都市レベルで土地区画整理事業が先行していたため、東京のように大規模な中断にならずに、現在の広幅員の街路が整備できたことも丁寧に説明している。
その際の先人の都市計画専門家の努力にも頭がさがる。
その上で、東日本大震災、あるいは首都直下の復興にあたって土地区画整理事業がうまく機能するのかどうか、悩む。
(1)東北の都市などや東京などで、街路の幅員を広げても、増進はないし、時間もかかるだけといわれないか。
(2)震災、戦災のときと違って、厳しい経済の国際競争に曝されているときに、時間がかかる手法よりも早く、産業復興をとげる必要性がでてくるのではないか。
(3)人口減少、都市の縮小という観点からは、都市が将来コンパクトになることを前提にして、核となる部分を買収方式ではやく整備し、その周囲は、グリーンベルトにするなど、都市縮小にあった仕組みが必要ではないか。
もちろん、この本自体には、そんな問題意識はないのだが、ひごろ、悩んでいることが思わず頭に湧いてきた。