松尾匡のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ左派と呼ばれる人たちは人権問題や環境問題等は取り上げるが、経済問題に真剣に取り組んできていなかったが、今政治の実権を握っている人たちに対抗して人間らしい暮らしをみんながしていけるためには、これからの暮らしを経済の観点からどう変えていくのかを語らないと人心を掴むことはできないということを語った本。
北田さんと松尾さんの話が高度すぎてたまについていけなくなるんだけど、ブレイディさんが庶民的な目線で理解したことを話してくれるので助かった。
ここでいう左派というのは平等主義とか平和主義とかではなく、稼いだものをきちんと分配して、働いたらきちんと食べていける世の中を作ろうと言っているにすぎないというのも大切なんだと思う。
現代の奴隷制度みたいなものを作り出し、脱税しまくってる企業が闊歩する世の中は、やはりどこかねじ曲がっているように感じるので、それを是正できるのは行政なのではないかと。 -
Posted by ブクログ
鼎談形式ではあるが、内容はかなり高度。それだけに議論が錯綜し、わかりづらい印象がある。しかし、本書の主張は一貫しており、左派(リベラル)も反緊縮経済政策を訴えよう、というのもである。日本の左派は、人権などの問題と経済とを別問題と考える傾向がある。それをあらためようという主張。社会福祉へ財政を投入すればそれが雇用を創出し、経済も活性化する。要は経済の舵の切り方を右派と違う方向に切ることで、経済を発展させ、かつ福祉も充実させようというとする試み。魅力的な考え方ではあるが、はたして本当に債務超過に陥っている日本で、財政出動を積極的に続けることができるのか、不安がぬぐえない。もっと、勉強をしないといけないと思わせる1冊である。
-
Posted by ブクログ
これからは左派も経済について語ろうというお話。現在の左翼の凋落は経済無策が招いたことの反省です。ここで語られる経済政策は、右派である私にとっても違和感のないものです。というか、現在のデフレ下では当然の政策ばかりです。驚いたのは欧州では反緊縮が左派(リベラル)の専売特許になっていることでした。日本では右派と目されている経済学者が反緊縮を主張してますね。マルクスとケインズがつながるという解説は目新しかったです。経済政策については著者たちに合意できるけど、その以上の思想はやはり私とは違うなあと思いました。この本はコロナ禍以前に出版されたものです。今は、さらに反緊縮が必要な時期です。
-
Posted by ブクログ
貨幣の本質=債務証書と、GDPの恒等式をシステム思考的に突き詰めた、みたいな感じ?
そんな簡単なことでいいの?とも思うし複雑だなとも思う。
本質的な役割で見たら、貨幣は債務証書。政府が発行する通貨は、まず政府が負債として支出し、後に税金や罰金などで受け取って償還される。政府は、中央銀行の負債に数字を追加する…「キーストローク」で支出する。
なるほど。
政府の赤字は民間の黒字。貿易の黒字は政府か民間どちらかが赤字。
ゼロ金利は投資を刺激しない。
政府は完全雇用を目的に赤字支出せよ、失業者を直接に雇用せよ、そこまでがMMTだ、と。
純粋に、経済の仕組みに関わるところと、熱く語る思想的主張が混ざってて繰り返しも多い…かも。
巻末の松尾匡先生の解説がわかりやすい。 -
Posted by ブクログ
MMTが主張するところによると、「通貨発行権のある政府にデフォルトリスクはまったくない」。通貨が作れる以上、財源の制約はなく、インフレが悪化しすぎないようにしさえすれば、財政赤字を気にする必要はないという。
さてここで気をつけたいのは、本書にも指摘があるように、政府がデフォルトを選択することはありうるということだ。特に対外債務に頼っている場合は、自らデフォルトすることで借金をチャラにするという誘いが常に存在し、実際にそのような事例は歴史上たくさんある(『国家は破綻する』参照)。したがって、国債所有者から見たデフォルトリスクは存在するわけで、そのリスクを踏まえた金利設定がされるはずだ。政府はこの金利負担に耐えられるのだろうか。
MMTの主張を読んでいると、政府への無限の信頼(これは行き着くところ警察権力や軍事力といった国の強制力の話になると思う)が前提になっているように思える。しかし、今の時代、その気になれば国外逃亡できるし、資金も簡単に移動できる。この前提がどこまで現実的か、という話のような気がする。 -
Posted by ブクログ
主流の理論が間違っている
キーストロークだから大丈夫
...の2点しか頭に残らない。
ところどこと面白い議論もあるので、無駄だったというわけではないが、知りたいところに手が届かないモヤモヤが残る本でした。
理論の骨格とかロジックを知りたかったのだが、主流派批判に邪魔されてピントがぼけてしまっている印象を受けました。
既存の理論との違いはを知りたいのですが、何が争点なのかよくわからない。(もちろん結論はちがっているのですがそこに至る何処に違いがあるのか)
最初はすごく丁寧に説明しているくせに、後半、もっと丁寧に説明がいるのでは、というところが、主流派批判の勢い優先でかかれていて論理展開についていけなくなるところが多々ありました。
まとめると
・理論の全体像がつかめない
・主流派経済学との相違点と共通点が不明確、争点がどこか分からない(どこの解釈の違いで結論が違ってくるのか)
・MMTの方が現実をよく説明している、というデータの不足
金利と為替で制限がかかるのでメディアが騒ぐほど自由に財政赤字にできるわけではない、と言うのはわかりました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ《Summary》
大雑把にいうと左派による左派自省の書。
現在の左派(日本でいうと旧民主党系・共産党系)は、経済について語られることなく、イデオロギーの戦いに終始しているということを、左派自身で反省し改善するための方策を中心に記載している。
面白いのは下記の4極の差異と比較を通じて、日本の左派として取るべき道を記載している。
①. ブレグジットに揺れ動くUK
②. ドイツを中心とした緊縮財政のEU
③. 極右/立つグローバルに舵を切ったUS
④. 右派的な政治スタンスを取りつつ金融緩和を続けるJP
結論としては、右派左派というイデオロギーで思考を分断するのではなく、"経済"を物事の中心に据え置いて政治的な判断を行うことが良いと(まぁ当たり前のことを延々語っていたが)
ケインズ経済学/新古典経済学を軸に記載しているので、割と理解しやすい内容かなと。
《Topic》
面白いのは、著者は左派だけど、左派のダメなところを指摘すると、左派の周りの方々から右派扱いされる…という、面白い現象が起きている。
回り回って、左派的な人が、「現政権は良いんじゃね?」という事を立証してしまっている事が、読んでいて面白かった。
《Forecast》
ただ、イデオロギーに関係なく日本の経済状況は、東京オリンピックを境に冷え込むことは見えているとの事。数年後を見越して準備しておいたほうがいい。 -
Posted by ブクログ
最近では目覚ましい活躍を見せている数理マルクス経済学者(兼ニューケインジアン)の松尾匡による経済学史の本。本書では、スミスに始まりフリードマンまで八人の経済学者が取り上げられており、古典派経済学から現代経済学が対話方式で紹介されている。
各章の出来はかなり差が激しい。リカード、マーシャル、ケインズ、ヒックスを扱った章はよくできている。特にリカードの章では、差額地代説と彼の穀物法反対の結びつきがクリアに説明されており、今まで差額地代説があまり理解してなかったが、ようやく理解できた。マーシャルの章での需要・供給曲線の導出も見事である。反面、ジェボンズ、メンガー、ワルラスのいわゆる限界革命トリオを扱った章の出来は酷い。ワルラスの学説を説明する際のビー玉とメンコの例が異常に分かり難かった。ここは素直に数式で説明すべきだろう。最終章の現代経済学を扱った章は、松尾匡の独自見解が満載であり、この章は好みが分かれると思う。
全体の感想としては、対話形式がそれほど上手くはいってないと感じられた。本書では数式を使ってないので、却って分かりづらい。最小限の数式は使うべきだったのでは? 後半は松尾匡の独自の見解がかなり入っているので、経済学史の始めの一冊としてはあまり薦められない。経済学史に興味ある人は、根井雅弘『入門 経済学の歴史』(ちくま新書)や橘木俊詔『経済学 課題解明の経済学史』(朝日新聞社)などオーソドックスな経済学史本を先に読んだ方がいい。本書はマクロ経済学やミクロ経済学をある程度は勉強した向けであろう。
評点: 6.5点 / 10点 -
Posted by ブクログ
うーん、俺Leftだから、当然反緊縮だよ?
弱者だからこそ保護が必要だと思う側だ。
だから、この本でいうLeft1.0的なことを、この本で言う「日本型リベラル」が主張してないとも、ましてや緊縮を主張してるとも思ってないんだけど、
いわゆる「フツーの人たち」がLeftを批判している文脈が理解できたのは良かった。
Leftは緊縮を主張してると思われてるんだな。そりゃ排斥されるわ。
ぼくとしては「安倍政権はセイの法則だよりで、金融で反緊縮してるけど、効くわけがない。使う人間に直接分配しなきゃ、需要は喚起できない。成熟社会で、供給が需要を生む筈ないだろ?」ってこと
また(若干の違和感はあるけど)右派は人々を左右に分けて区別し、Leftは上下に分けて区別をしてる。というのも、なんとなくわかった。
この本の主張は「もう安倍政権はこのまま完全雇用まで走り抜けるから、Leftは出る幕ないね」というもので、ぼくもトキすでに遅し。と覚悟せざるを得なかった。 -
Posted by ブクログ
「自由」をめぐる錯綜した問題を解きほぐし、新自由主義と排外主義、リベラリズムとリバタリアニズムとコミュニタリアニズムの相克を乗り越える道を探る試みです。
本書の最後に提示されている「培地/ウイルス」のモデルは、多くの示唆を投げかけているように感じました。私自身は現代の政治哲学ではローティのプラグマティズムにもっとも共感を抱いているので、「培地」の厚生に寄与するウイルスの自由な創意を活かすという考え方そのものは、受け入れやすいように感じています。
ただ、そこに至るまでの議論の道筋が、どうもクリアには見えてこないように感じています。著者は、「ウイルス」を行動原理ないし考え方とする一方、「培地」を「生身の個人」としています。これは、個々の文化における価値観が当該文化において抑圧されているはずの人びとの意識にも入り込んでしまっているというケースがしばしば見られ、文化的価値の相対主義の主張が、そうした抑圧構造の維持にむしろ手を貸すことになってきたということへの反省に基づいています。その上で著者は、マルクスの疎外論を援用しながら「生身の個人」という概念を設定し、この「生身の個人」の厚生を最大化する行動原理を求める自由を確保することをめざしています。しかしこうした著者の議論は、「生身の個人」の幸福をアプリオリな原理とみなしているのではないかという批判を招くのではないかということが気になってしまいます。
他方で著者は、「生身の個人」の幸福をあらかじめ計算によって確定することができるという設計主義的な発想を退けようと、カントの「統制的原理」の概念を持ち出しているのですが、こうなってしまうともはやプラグマティズムの主張とは相容れず、むしろハーバーマスのアプリオリズムに著しく接近してしまっています。それが著者の本当の主張なのか見極め難く、なかなか本書の中核にあるはずの考え方が明瞭な像を結んでくれないもどかしさを覚えます。 -
Posted by ブクログ
経済史ゼミの課題のために近所の爺さんに話を聞きに行ったら、そのテーマにあった過去の経済学者を降霊させて語ってくれたという設定で話が進む。
でてくる学者は順番にスミス、リカード、マルクス、ワルラス、マーシャル、ケインズ、ヒックス、フリードマン。
流れとしては降霊した学者がその時代の解釈を語り、ゼミの教授が現代の解釈を付け加えるといった感じ。
市場メカニズムの評価、経済学的発想vs反経済学的発想、創始者か統合者かの3つの軸を元にそれぞれ主張を読み解く。
経済学的発想は
・経済は人間の意図でコントロールできない
・取引は互いに得をする
・他者との比較ではなく自分の効用を求める
反経済学的発想は
・経済はコントロールできる
・世界はゼロサムゲーム(みんなが得をするなんてのは無い)
・絶対値より相対値(他者との比較)が大事
この基準は著者によるもの
分かりやすさ、親しみやすさと陳腐さは紙一重だなーって感想。
評価軸が分かりやすくなっているのでそれぞれの主張の違いが読み取りやすいし、経済史の大まかな流れが丁寧に解説されてると思うが、後半に進むほど著者の考えが色濃く出ているので他の本との読み比べは必要だと感じた。