林望のレビュー一覧
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学校で学んだ平安時代の宮廷暮らしを綴ったという「枕草子」、さらには「源氏物語」等は当時さっぱり面白味に欠けていた単なる古書だと思っていたが、現代訳された本書のような男女関係が多い物語(恋愛、恋文、女心・男心)少々エロチックな場面等は学生に教えようとすること自体がやはり難しかったのかと言う気がする。この清少納言ほど口の悪さはないとあるが、実のところいい男に巡り会えなかったのか、とさえ思う。男に対しては「油断ならぬ不条理だ」と記しながらも、30歳近くになり大切なことは「男にしても女にしても思いやる心が大切だ」と力説している所は宮廷での情をうまく読み取っていたと思う。第152段でのイタズラ付きの子ど
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今も昔も変わらない、男女の関係性を「学校では習わないような章段」を面白く取り上げた一冊。
恋愛に偏ってはいるのだけど、個人的には、第152段に見られるようなイマドキの母親論みたいな視点から取り上げられたものの方が印象に残った。
そんなことしちゃだめよー、と、「うち笑みていふこそ、親もにくけれ」。
親が笑顔で生ぬるく注意するものを、子どもが聞くわけない。
かと言って、清少納言自身も「いはで見るこそ心もとなけれ」。
つまり、自分だって叱ることが出来るわけでなく、ただ見ているだけで、なんだか気が気じゃない、という内容だ。
随分と昔の人も同じように悩んでたんだな、と思うと、なんだろう、自分の悩み -
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『耳嚢』で有名な、南町奉行である根岸肥前守鎮衛が公にせず比較的穏便に、なおかつ関わった人物それぞれにとってなるべくいい結果になるようコトを収めた事件のいくつか。まあ、人情系といえるでしょうか。鎮衛のキャラクタがいい。
▼簡単なメモ
【一行目】春の彼岸になろうとしていた。
【銀次】薬売り。根岸さんちの常連。
【栗原幸十郎/くりはら・こうじゅうろう】元松代藩士だったがいまは江戸で浪人暮らし。とはいうものの特技の顔相見がわりと評判なのと太平記読みとしても達者なのでそれなりに忙しい。そして地獄耳。どうやら剣の腕もたつようだ。二十七歳。
【黒門の重蔵/くろもんのじゅうぞう】上野の侠客。昔気質の頼 -
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「林望」の連作時代小説『天網恢々 ~お噺奉行清談控~』を読みました。
『薩摩スチューデント、西へ』に続き「林望」の作品です。
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江戸南町奉行「根岸肥前守鎮衛」。
通称「耳九郎」のところには、今日も奇怪な話がやってくる。
ある日、老掏模の「河童の平六」が、北町奉行所同心とともにやってきた。
足を洗いたいという「平六」にはある相談事があった――(『河童の平六』)。
善良な庶民に情け深く、悪には厳しい人情奉行「根岸鎮衛」が江戸の理不尽を爽快に裁く!
江戸弁の小気味よさが響きわたる傑作時代小説。
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エッセイの指南書。小説や文章全般で心がけるべきことも載っており勉強になった。記憶に留めたい内容は下記。
・文字を惜しむ
・他人をこき下ろさない。流行語や手垢のついた表現に飛びつかない
・おいしかった、感激した、などの主観的な言葉に頼らない。対象の良かった点をどう表現すれば読者に伝わるかを意識し、客観的に描写する
・常日頃から物事を観察し、言語化するくせをつける
後半部には教室受講者の作文とその添削が掲載されている。リンボウ先生の手が入った文は格段に読みやすくなっておりプロはやはり違うなと感心する反面、第三者の文への添削はどうしても対岸の火事という感じがしてぼんやりと消費してしまった。
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仕事は人生に必須のものではない
自己表現は本源的な欲求
ニュージーランドのラグビーチームのウォークライ
画一的な教育では芸術は育たない
違いを許容する社会を
自己表現とは、自分らしい自分を見せる
観察し、考えることから芸術が生まれる
物事を深く考える
芸術はきわめて知的な営み
つまらないことも観察すれば面白くなる
いかに自分の頭で鑑賞するか
近くで見て鑑賞する
主体的に芸術とつきあう
見た絵の記憶が残る見方
自分が何を感じ、何を考えたか
考えなければ違いはわからない
わからない から わかりたい へ
先人のいうことは正しいとはかぎらない
まずは好きなものを深く探求する -