“家族に梅味の煎餅を、舞花にうさぎのぬいぐるみを選んで、さっさとレジへ行こうとすると、遠子先輩がぼくの手元を見て言った。
「心葉くん、それだけ?お友達の分はいいの?」
「旅行土産を渡すような知り合いは、いませんから」
ありのまま淡々と告げると、身を乗り出してきた。
「ななせちゃんは?最近よく一緒にいる芥川くんは?それに千愛ちゃんだって」
「竹田さんには遠子先輩から渡すでしょう。芥川くんとはそういう仲じゃないし、琴吹さんには、嫌われてるみたいです」
遠子先輩が、驚いたように目を見張る。
「ええっ、心葉くん。ななせちゃんから暑中見舞いをもらったでしょう?」
「いいえ」
何故、暑中見舞い?
遠子先輩は腕組みして「うーん……」と唸り、すぐに顔を上げてにっこりした。
「やっぱり、ななせちゃんにお土産を買いましょう。芥川くんにも千愛ちゃんにも!日々のおつきあいは、ささやかなことの積み重ねが大切なのよ。お土産からはじまるロマンスや友情もあるんだから。ほら、この干し柿なんか美味しそうよ」
「干し柿からはじまるロマンスって、どんなですか!」”
太文字が一体誰の視点なのかが最後に明かされるところが好き。
すごいなって思う。
だけどこれ、太文字はすべて同一人物視点と考えていいのか少し迷う。
“あの夏、彼女の心の中で揺れ動いていた、ひそかな葛藤と哀しみを想像するとき、ぼくの胸は、あたたかく、切なく、締めつけられる。
卒業してゆく彼女と最後に交わした約束や、彼女がぼくに残していった小さな憎しみや、痛みが、甘くよみがえる。
変化はあの夏から、すでにはじまっていた。
花のような、月のような、夢のような――やっぱり、あの夏は特別だった。
時計を見ると、じきに午後三時になるところだった。
キッチンで、お茶の支度をしているのだろう。時折、ぱたぱたと歩く音や、棚を開け閉めする音が聞こえてくる。
今日はレモンパイを焼くのだと、酸っぱくて美味しいのだと、張り切っていた。
合い鍵を渡してあるので、仕事場兼自宅のこのマンションに、毎日のようにやってきて、ぼくの世話を焼く。
もぉ面倒くさいから引っ越してこようかなと、この前も甘えるように言っていた。いいかげん結婚しちゃえよと、よく友人にひやかされる。
そろそろドアを開けて、呼びに来るはずだ。
ぼくは書きかけの原稿を保存し、ワープロソフトを閉じ、立ち上がった。
――あなたは、私を知りますまい。”