野村美月のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
“わたしが不安を感じている間も、瞳ちゃんの目に浮かぶ憎しみは、手のつけようがないほどふくれ上がってゆく。ひりひりした空気が瞳ちゃんを包み、顔が苦痛にゆがみ、呼吸も荒くなる。
「櫂を裏切った相手を、あたしは絶対許さないっ!」
吐き出された言葉は、熱い渦のようだった。
瞳ちゃんが、こんなに激しい目つきをするなんて!こんなに憎しみをあらわにするなんて!わたしの体も渦に投げ込まれ、真っ赤な炎に炙られたみたいだった。息もできないほどに、鼓動が高まる。
瞳ちゃんが憎んでいるのは、先生?
忍成先生が、『こころ』の先生みたいに、櫂くんを裏切ったから?だから許せないと言っているの?
胸が灼けた鏃で、ぐちゃぐちゃにかき回されているような不安に、頭の中までカアッと熱くなる。
まさか瞳ちゃんは、先生に復讐しようとしているの!?
瞳ちゃんが険しい顔で背中を向ける。もう一言もしゃべらない。
わたしの助けなど必要ないというように、鎖をぐいっと引っぱって、先に歩き出してしまった。
アウグストが瞳ちゃんを心配するように、くんくん鳴いていた。”
見習いちゃんの最終巻。
最後は少しうるっときたり。
今回もまたややこしいのに最後は奇麗にまとまって。
分厚いくせに読みやすい。
“「日坂菜乃さん、ぼくはきみが大好きです」
澄んだ声が、忘れられない言葉を告げる。
「きみの前向きさと明るさが好きです」
顔を上げ、まっすぐにわたしを見て、
「勇敢さと、困っている人を放っておけない優しさが、好きです」
やわらかに、微笑みながら。
「卒業前にちゃんと言っておきたかった。ぼくは、後輩の日坂菜乃さんが大好きです」
心葉先輩の声が、言葉が、微笑みが、胸にあたって甘くはじける。
好きですという言葉が、恋とは別の意味だということも、ちゃんとわかっていた。
心葉先輩の目は、どこまでも晴れやかで——それは、恋をしている人の目じゃなかったから。
けど、ありったけの信頼を込めて、見つめてくれた。
大好きですと言ってくれた。
そのことが嬉しくて、胸がはちきれそうになって、泣きそうになる。
心葉先輩が、優しい声で呼びかける。
「下りておいで。きみに渡したいものがあるんだ」” -
Posted by ブクログ
“「……あたし、彼氏なんていらない」
「中二でその発言は寂しいよ、舞花」
「だって、あたしだけ彼氏作ったら、お兄ちゃん、世話をしてくれる人がいなくなって可哀想だもの」
「同情してくれてありがとう」
お兄ちゃんがあたしを抱き寄せて、髪を撫でてくれる。
「お兄ちゃんに彼女ができるまで、あたしも彼氏なんか作らない」
どうして大西の顔が頭に浮かぶのか。わからなかった。
それに、どうして胸が酸っぱくなるのかも。
こんなに近くにお兄ちゃんがいて、お兄ちゃんの香りを吸い込んでいるのに。
胸が、酸っぱい。
「うん……じゃあ舞花に彼氏ができるまで、お世話になろうかな」
お兄ちゃんが優しくつぶやく。
ずっとずっとこのままがいい。
変わりたくない。
お兄ちゃんのことを一番大好きな、あたしでいたい。
お兄ちゃんにもたれて髪を撫でられながら、あたしは本棚の『檸檬』を酸っぱい気持ちで見上げていた。”
分厚いけど、短編集なせいかあっさりと読めちゃう。
舞花ちゃんの話がとても甘酸っぱい。
“「タゴールの詩をお薦めした後輩が、卒業式の日に言ったんです。
『恋をしろよ、“文学少女”』って――」
「その後輩、あなたの彼氏?」
「違いますよー。ちゃんとその子には可愛い彼女がいました。わたしは、恋の相談に乗っていたんです。それで、他人のことばかりかまってないで、自分も恋をしろよって」
懐かしそうに、くすくす笑う。
「生意気な後輩ね。で?あなたは恋をしたの?」
遠子の目が、甘く輝いた。
唇をほんの少しだけほころばせて――愛おしそうに、ささやいた。
「しています、ずっと」
おだやかな声だった。
以前、廊下の電話で誰かと話していたときも、遠子はやっぱりこんな風に優しい甘い目をしていた。” -
Posted by ブクログ
“「怪物なんて、いない。人が怪物になるんじゃないか」
わたしを見つめる瞳は黒い翳りを帯びている。そこに胸を刺すような、痛みが浮かんでゆく。
「……もしかしたら、ぼくも怪物かもしれないよ」
一瞬、部屋の中がシンと冷たくなった。
怪物?
心葉先輩が?
窓の外は、赤と黒が混じりあったような暗い夕暮れの色に沈んでいた。それがだんだんと夜の闇の色に変化してゆく。人が怪物に変わってもおかしくないような、怪しい風景で……音楽室に二人きりで……。
わたしは夕日のように、ぽっと赤くなった。
「それって、わたしを襲いたくなっちゃったとかですか?大胆すぎです」
心葉先輩が、「へ?」と目をむく。
わたしは両手を頬にあて、ますます照れて、
「でも、心葉先輩ならわたしはいつでも準備万端で……っ。あれ?なんで、肩を落として、がっかりしてるんですか?」
心葉先輩は、その場にがっくりとうずくまってしまった。
「もういい……。きみには、まともな女子高生にあるべき恐怖が欠落してるんだ」
「そんなことないですよー。ホラー映画を見ると、背中がぞぞっとしちゃいます。
あ、数学の時間に、先生が『誰にやってもらおうかなぁ』って、教室を見渡すときも、ぞぉぉぉぉっとします。その日の日付がちょうどわたしの出席番号と同じだたりすると、もう、鳥肌立っちゃって、神様にお祈りとかしちゃいます」
心葉先輩がさらにうなだれ、膝に顔を埋める。
「心葉先輩?どうしました?もしもしー」”
天使の意外な登場に驚いたり。
菜乃ちゃんの性格は憎めないなー。
瞳ちゃんの行動がいきなりすぎてついていけない。
“あたしは今も、白い粉をまぶした黒い羊のままで、風で粉が飛ばされてしまうことに怯えている。
心が空っぽになる感覚は、いつもふいに訪れる。
あたしは、人と同じものを喜んだり悲しんだりできないお化けなんじゃないかって、恥ずかしくなることが、まだまだいっぱいある。
それでも、そんな自分とのつきあいかたが、前よりちょっとだけうまくなっている。
人はきっと、少しずつ変わってゆく。
ホントウは今日、姫倉先輩のところへ行くって知ってて、わざと『夕飯作りに行くね!』ってメールしたのは、流くんには秘密だ。
そう、人は、変わることができる。
図書室で会った菜乃ちゃんは、あたしに意地悪されたのに、明るく挨拶をしていた。
タフな子だ。心葉先輩がまいるわけだ。
けど、まだ菜乃ちゃんと心葉先輩の勝負は、ついていない。
流くんにキスを返しながら、あたしはつぶやいた。
「菜乃ちゃんは、“文学少女”になれるのかなぁ」” -
Posted by ブクログ
“「……心葉くん、今、どこを見てた」
「……えーと」
正直に答えたら、殴られるだろうか。
けど、遠子先輩は正直に答えなさいというように、上目遣いに睨んでいる。
「関東平野のような洗濯板です」
とたんに、ペットボトルが飛んできた。
「なによそれーっ!わたしの胸が、洗濯板で関東平野だって言うのーっ!」
水が、ばしゃりと降りかかる。
「うぅっ、ひどい!ひどいわ!わたしだって好きで洗濯板なんじゃ」
涙目の遠子先輩がさらにげんこつを振り上げたとき、部室のドアが、勢いよく開いた。”
牛園君の話と小鹿ちゃんの話が特によかった。
最後のちぃ視点の話とか素敵で、思わず泣いた。
ちぃと流人には幸せになってほしいよ。
“喉が小さく鳴った。
頭の中に、綺麗な鈴の音が、りん、と響いて。
空っぽだった心に、あたたかなものが、静かに降り積もってゆく。
流くんのほうへ向かう足が、自然と速くなる。
凍りついていた頬がとけて、泣きそうになる。
胸も、喉も、全部震えている。
流くんが、目を細めてうんと愛おしそうに笑っている。あたしのほうへ、ゆっくり近づいてくる。
―――嘘つきのちぃも、空っぽのちぃも、愛してるよ。
いつも、流くんが言ってくれること。
そのたび、心の一番深いところが甘く、熱くなる。
あたしも流くんが好き。流くんを愛している。
だから――だからね、流くん――。” -
Posted by ブクログ
“そう言いながら、夕日の色をした大粒の涙をあふれさせる。
ああっ、本当にっ!なんて、早とちりなんだっ!森!
オレは呆れるやら、腹が立つやら、胸が切なくなるやらで、気がつくと、言えなかった言葉を口にしていた。
「オレが好きなのは、琴吹じゃねーよ」
「えっ」
「オレが好きなのは、おまえだ、森」
鼻水をすすりながら、手で顔をごしごしこすっていた森が、目をまんまるに見開く。
「なに……言ってんの?反町くん?」
「だから、オレが好きなのは、最初からおまえなんだっ」
ああ、言っちまった。やべ、顔が熱くなってきた。”
ななせがすごく可愛い。
あと、森ちゃんと亮太君のカップルは本当楽しそう。
“「けどさ!先輩も、人に教えるだけじゃなくて、たまには自分のために読んで、実践してみるのもいいと思うぞ」
天野先輩が目を見開く。
オレは、晴れやかに言った。
「恋をしろよ!文学少女!」
それはオレの、彼女へのエールだった。
ためらったり誤魔化したりせず、自分の気持ちをしっかり見つめて、まっすぐに行動すること。ハイネやバイロンや中也やゴールを通じて、それを教えてくれたのは、この“文学少女”だから。
「卒業おめでとう!」” -
Posted by ブクログ
“「心葉くんはわたしのものよ!あなたなんかには、絶対に渡さないわ!」
水風船みたいに頬をふくらませて叫ぶ“文学少女”の背中で、ぼくは顔を真っ赤に染めて、口をぱくぱく動かしたのだった。
その、二十分後―――。
「いいかげんにしてくださいっ!いつ、ぼくが、あなたのモノになったんですか!」
牛園さんが男泣きに泣きながら走り去ったあと、ぼくは文芸部の部室で、遠子先輩に文句を言っていた。
この人はよりによって、牛園さんに向かって、心葉くんと両想いなのはわたしのほうよとか、心葉くんをとっちゃダメぇとか、叫んだのだ。
「だって―――だって、心葉くんは、大事な文芸部の後輩なんですもの」
ぼくが本気で怒っているのを、さすがに感じているのだろう。ご機嫌を窺うように、びくびくした上目遣いで答える。
この場合、“大事な”が掛かるのは、“後輩”ではなく“文芸部”だ。ぼくと遠子先輩の間に、甘いエピソードは一切ない。糖分ゼロのビスケットのように、味気も色気もない関係だ。なのに、いきなりあんな告白まがいの台詞を叫ばれたら、びっくりするし、恥ずかしすぎる。”
短編詰め込み。
もぎたての果実のような初々しさと瑞々しさのある甘い話。
今までの補足的な間の話とか、最終話のその後の話とか。
表紙で遠子先輩が心葉君の袖を引っ張ってるのがなんか可愛い。
“遠子ちゃんはそこで、うきうきと包装紙を選びはじめた。
「……遠子ちゃん、手作りもするの?それともラッピングだけ交換して、手作りっぽく見せるの?」
「いいえ。これは特別なの」
「特別?本命用ってこと?」
遠子ちゃんが、ぽっ!と頬を赤らめる。
「えーと、そ、そういうのではないのだけど……やっぱり、せっかくバレンタインデーなんだから、なにかあげたいかなぁって……。だから、少しずつチョコを集めていたの。けど、そのままあげるのは、あんまりだし……。まったく不純な気持ちはないのよっ。ただその……せめて外見だけなら、うんと可愛くしても、いいかなーと思って」
「遠子ちゃん、言ってる意味がよくわからないよ」
遠子ちゃんは、真っ赤な顔でおろおろしたあと、照れくさそうににっこりした。
「つまり、“特別な義理チョコ”ということよ」” -
Posted by ブクログ
“家族に梅味の煎餅を、舞花にうさぎのぬいぐるみを選んで、さっさとレジへ行こうとすると、遠子先輩がぼくの手元を見て言った。
「心葉くん、それだけ?お友達の分はいいの?」
「旅行土産を渡すような知り合いは、いませんから」
ありのまま淡々と告げると、身を乗り出してきた。
「ななせちゃんは?最近よく一緒にいる芥川くんは?それに千愛ちゃんだって」
「竹田さんには遠子先輩から渡すでしょう。芥川くんとはそういう仲じゃないし、琴吹さんには、嫌われてるみたいです」
遠子先輩が、驚いたように目を見張る。
「ええっ、心葉くん。ななせちゃんから暑中見舞いをもらったでしょう?」
「いいえ」
何故、暑中見舞い?
遠子先輩は腕組みして「うーん……」と唸り、すぐに顔を上げてにっこりした。
「やっぱり、ななせちゃんにお土産を買いましょう。芥川くんにも千愛ちゃんにも!日々のおつきあいは、ささやかなことの積み重ねが大切なのよ。お土産からはじまるロマンスや友情もあるんだから。ほら、この干し柿なんか美味しそうよ」
「干し柿からはじまるロマンスって、どんなですか!」”
太文字が一体誰の視点なのかが最後に明かされるところが好き。
すごいなって思う。
だけどこれ、太文字はすべて同一人物視点と考えていいのか少し迷う。
“あの夏、彼女の心の中で揺れ動いていた、ひそかな葛藤と哀しみを想像するとき、ぼくの胸は、あたたかく、切なく、締めつけられる。
卒業してゆく彼女と最後に交わした約束や、彼女がぼくに残していった小さな憎しみや、痛みが、甘くよみがえる。
変化はあの夏から、すでにはじまっていた。
花のような、月のような、夢のような――やっぱり、あの夏は特別だった。
時計を見ると、じきに午後三時になるところだった。
キッチンで、お茶の支度をしているのだろう。時折、ぱたぱたと歩く音や、棚を開け閉めする音が聞こえてくる。
今日はレモンパイを焼くのだと、酸っぱくて美味しいのだと、張り切っていた。
合い鍵を渡してあるので、仕事場兼自宅のこのマンションに、毎日のようにやってきて、ぼくの世話を焼く。
もぉ面倒くさいから引っ越してこようかなと、この前も甘えるように言っていた。いいかげん結婚しちゃえよと、よく友人にひやかされる。
そろそろドアを開けて、呼びに来るはずだ。
ぼくは書きかけの原稿を保存し、ワープロソフトを閉じ、立ち上がった。
――あなたは、私を知りますまい。”