宇野常寛のレビュー一覧
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ネタバレ問題意識があり、それを解決するための思考の筋道があるが、結論は未来にあるため、決定的ではない。しかし、その過程の話は示唆に富む。
ここでいう問題意識=前提条件、社会的背景は、
1.国内問題としての経済的な格差から、大衆の政治(敵味方をはっきりさせる承認行為)への傾倒がみられる。
2.それを加速しているのは、Xを代表とするプラットフォームの存在。
という点だ。
この社会のプラットフォーム化を乗り越えるために、著者は「庭」をつくる必要性を説いていく。
ここで庭とは、
1.人間が人間外の事物とコミュニケーションをとるための場
2.その事物は事物同士が連携し、外部に開かれた生態系をなしている
3. -
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ラーメンやカレーなど、気軽なひとり食べ歩きが好きな身としては、共感できたし、非常に面白く読めた。
言い換えると、面倒臭い人がどう食事や日々を楽しんでいるか、どう言葉にしているかがわかる本だと思う。それでいてユーモアがあるので、鼻につかず面白い。
なんだかんだ難しいことを考えても、おいしいものを食べるときは無心だし、そのこだわりが日々の生活で大事だと思う。独り身でも、家族がいても。
著者とY氏が主な登場人物だが、自分もそれぞれでどちらかの立場や考えに近いと思えた。ひとり飯のときはこだわるが、飲み会の時は話すことが目的だからどこでもいいなど、自分を客観的に見つめられたと思う。
また、装丁に惹 -
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現代社会では、SNS上の発信と反応の連鎖が世論形成に大きく影響している。だれもが受け手であり発信者でもあるため、他者からの反応を求める気持ちが自然に生まれる。問題は、発信の目的が内容そのものではなく、反応を得ることへとずれていく点にある。
著者は、この相互承認の流れから距離を置くための考え方として「庭」を提示する。「庭」とは、人と人の関係ではなく、人と事物との関わりに没頭できる場とされる。事物同士が関係し合う場に人が関わることで、人と事物のやり取りが生まれ、結果として偶然その場にいる人同士の関係が生まれることもある、という構造を指している。
庭の条件のひとつに「攻略できないこと」が挙げられ -
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情報社会論に分類される本らしいですが、色々な読み方が出来てめちゃくちゃ面白かったです。
この本における著者、宇野常寛の認識の妥当性とか前提を批判することは簡単ですが、そういうことではなく、自分自身の在り方を考えるエッセイ(試論)として示唆的で、対話的に読めるという意味でも素晴らしい読書体験でした。
また、(比喩的な意味での)庭の話の本なのに、終盤になってその限界を自ら論じ始めるところも含めて(わざわざ損をしに行くスタイル笑)、すごく正直な著作です。
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ところで、本書中にはほとんど登場しませんが、社会学者?、宮台真司のかつての著作と比較して読めたのも面白かったです。
例えば、宮台は -
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ネタバレ庭を喩えに、
社会と個人のかかわり方について思索されていて、新しい考え方が学べてとてもよかったです。
共同体に属さなくても社会とかかわれる、そして自分自身の生きがいを担保できる、そう考えさせられる本でした。
コモンズやコミュニタリアン的な議論は、共感するところもありつつ、でもなんだか理想主義的になってしまいがちなところがあって、やっぱり何らかの形で内と外の境界線を作っていくので、固定的なところや排外性を抑えて実際にうまく機能するのは現実的ではないところがあったりと、
でも庭の話では、そんな人間関係自体をいったん相対化して、個人が事物と対峙する関係性を採り入れていた。人間関係から快楽や生 -
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・ラーメンと瞑想という「縛りプレイ」
この本は「縛りプレイ」なのではないか。
読み終わって数日経ち、この本のエッセイともグルメレポートとも中年男性の2人の対話篇ともネット文化批評とも庭思想のマニフェストともつかない内容、それでも一貫したまとまりを感じる新しさはなんなんだ...!!!と悶々と考えあぐねて思い至ったのがこの「縛りプレイ」だ。
本書で宇野さんが縛りプレイに関してこんな洞察を披露していた
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『縛りプレイ』とはゲームそのものを『つくる』行為に等しいということです。僕たちはゲームを『縛る』ことで、同じゲームを用いた別のゲームを自ら作り出します。〜そうするこ -
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高田馬場周辺の美味しいお店の紹介と、哲学や文芸や社会問題に対する二人の人物の対話の記録。ラーメン=獣の世界、瞑想=神の世界。両者を往復することで「人間を超える存在に肉薄する」試み。
中年になって太ったのをきっかけに食事制限とランニングをするようになった著者。ちょうどこの本を読んでいるとき受け取った健康診断の結果がよくなかったのもあり、自分も改善のための節制を始めた。本書は、そうしようと決意するきっかけと指標になった。俺はラーメンも控えるが…。
著者の対話相手T氏のキャラクターがいい。浮世離れした存在感。印象的な発言の数々。
「恐れと悲しみの中を生きる者」
「個体として強くなりつつある」
「 -
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ラーメンと瞑想、ラーメンとは獣の世界であり、瞑想とは神の世界である。二人の中年男性が様々な事柄を議論しながら2つの世界への接近を試みる。書いてて何がなんやらという感じだが、実情この本は、「Tさん」という強烈な人物の行動や思想を知らしめるための手段になっている。こんな人物が本当にいるのだろうか?と疑いたくなるようなエピソードの数。私は2000年代にネットミーム化された「寺生まれのTさん」を自ずと思い出していた。
しかしこのTさんとの出会いと対話が、著者である宇野氏に「庭の話」を書かせる結果となったのだろう。日々中年男性は変化する。中年男性を救うのは物語ではなく、創作である。 -
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書き方によって、一部の人を見下しているように読めるところもあり、必ずしも耳触りの良い中身ではない。しかし、だからこそ?あまり人が踏み込まない矛盾にも突っ込んでいけるのかもしれない。
右派も左派も文脈は違えど共同体の回帰を目指す。孤立を防ぐために、普段からのつながりな共感を持った「暖かい」互助の世界。しかし、そもそも孤立化する人がその共同体の中で周辺でなく真ん中に自然と入れるものか?そもそも共同体は強いものがより搾取しやすい状況だと。村八分者が何も売ってもらえない贈与経済化より、村八分者でも100円を持っていけばパンが買える方が余程自由で平等な社会なのではないか?
という指摘は一定の検討余地 -
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久しぶりで評論を読んだ。こういうのしばらくさぼっていたというか遠ざかっていた。なんでだろう。自分が参加するが自分ではどうにもならない自然としての庭が必要、というのはすごく説得力がある。戦争論も。ここで災害論じゃなくて戦争論なのはウクライナかなあ。AnywhereなひととSomewhereなひと、地元ヤンキーの人的資本論、される側としての自己の話とかあたりはちょっと違和感あるがまだ言語化できない。庭がプラットフォームになれない/しないのあたりも。共同体怖いし共同体回帰はやめてくれにはとても共感する。生物多様性の豊富さのために人手を入れる話も。時間とってクレマン読んでみよう。制作するだけの時間の取
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ここで登場する「庭」とはメタファーであり、半分閉じて半分開放された空間を指す。そこでは独自の生態系がそこに棲む生き物たちの共進化によって成り立っており、「庭」の主たる人間の思惑や思想を超越した偶発性が発生することで人生をより豊かにしていく機会となる。
果たして、科学技術の発展は私たちの暮らしを本当に豊かにしているのだろうか。とくにインターネットの登場は、Web2.0⇒Web3.0とバージョンアップが図られるとともに、誰もが発信者たり得ると無邪気に信奉されてきた。その結果がFacebookやXのプラットフォーマーによる寡占と、フェイクや陰謀論に扇動・動員される民主主義の危機である。
筆者はこ