レイチェル・カーソンのレビュー一覧
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レイチェル・カーソンの遺稿『センス・オブ・ワンダー』の新訳とともに、その続きを書いたというエッセー。
カーソンの部分は全体の5分の1もないくらいの文量。カーソンの息子が自然と触れ合う様子から、時に「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要なことではないと書かれていた。
読書好きとしては文字から得る知識がエネルギーになっていて、いかに体験したように感じる文章か、ということろが一つ評価の基準になると思うけど、たしかに、百聞は一見にしかずで、水を吸ったコケの踏み心地とか、冬の空気の澄み具合とか、昆虫の観察とか、実際に体験・経験することは何にも変え難いものだと思った。
忙しない毎日だけど、少しでも自然に触れてセンス・オブ・ワンダーを磨きたい。 -
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殺虫剤、除草剤の毒性、それによる健康被害、自然破壊の実態が突きつけられ、恐ろしいとしか言いようがありませんでした。
何とかして悲惨な現実を世に知らしめ、現状を打開しなければならないという、レイチェル・カーソンの強い信念が文章に溢れていました。かなり前に読んだ「センス・オブ・ワンダー」と共に、心に残りました。
がんに侵されている中での執筆であり、本書出版から1年7か月後に亡くなったことを、解説文を読んで知りました。執筆に心血を注いでいた著者のことを思うと、胸が熱くなり頭が下がります。
自然界の中で、人間は限りなく謙虚でなければならないと、思うことしきりです。 -
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海が好きなレイチェルカーソンさんと、森林が好きな森田真生さんのコラボした本なので、読まずにはいられませんでした。
前半は69年前のセンス・オブ・ワンダーの原文を森田さんが訳したところからはじまります。
以前に読んだ新潮社の上遠恵子さんの訳はエッセイのようなカーソン目線の美しさや怖さやドキドキ感を表現していたように感じましたが、森田さんの訳は絵本の物語のような可愛らしさがあり、驚きやワクワク感があり、こども目線のようでした。同じ原文でも変わるものですね。
カーソンさんは大甥のロジャーくんと海辺の自然で戯れ、森田さんは自分のお子さんと京都の自然と戯れるシーンが重なります。
そんな中、視覚として動きが見えにくい、地球と月の関係性。
人間の体内に存在している何百兆のバクテリア活動。
時間として考えるとき、動きが見えにくい木や花、苔などの成長。
ほとんど意識的に人間は捉えることができない生き物の方が、地球にとって大事な存在ではないかと。
「単独で存在しているものなどなにひとつない」と沈黙の春でカーソンさんの記実を引用して、人間中心に単独で行動することはとても危険であると提唱していました。
少し前に手塚治虫さんの火の鳥で「宇宙というひとつの生物の中に地球がいて人間がいる」という言葉と共通していると感じました。
こどもといる時間は本当にあっという間のワンダーだと思います。森田真生さんのあとがきは短いのにグッとくるものがありました。
人間の活動によって広がっていくのは環境汚染だけで済まされず、自然の美しさまで奪ってしまう。そんな60年以上前にカーソンさんは「自分ではないものたち」と共存していく素晴らしさ、そのワンダーは動植物と人間も含めての願いだったのかもしれませんね。 -
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庭でこの本を読んだら、風の音や鳥の声が聞こえてきて、心が静かになれた。
人間は緑色を見ると安心するようにできていたりするし、現代人はもう少し自然を見て落ち着く時間を持つのもいいのかも。
自然の中で生きることこそ正義!とまでは思わないけど……
スマホを見ている人間がずらっと並んでいると気持ち悪さを覚えるし。
人工的なものに耽溺するのは心の余裕を無くしていくことだなと感じている。
自然を愛していれば孤独を感じないという話も、たしかにあるかもしれないなと思った。
自然の「存在」を感じていれば、独りになることはないのかも。
それと、
親や教員のような立場でも、教えるだけじゃなくて時には一緒に楽しんでもいいんじゃないかと思えた。
それも子どもにとってプラスになる。
そう思えて、なんだか許された感じがした。
大切な時間や笑い合った経験は、子どもの支えになることができる。きっと。
教える側だって人間で、同じように人生の時間を消費して分かち合っているのだから、一緒に豊かになっていくのもひとつの人間関係として素敵だよね。
上に立たないで横に並ぶという形でも、教え、支えることができるのなら、それは私にとってとても嬉しいことだ。 -
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中学生の英語の教科書で本書の存在を知り、当時は読みたいとは思わなかったが、あれから20数年が経ち、俄に読んでみたい気持ちが沸き起こった。
60年も前に出版された本だが、当時のアメリカの農業の実態に驚かされた。
次からから次へと強力な農薬を使いまくり、それが農産物内部へ蓄積することを無視し、さらに人へ発病、様々な二時汚染。
本来害虫から農産物を守るための農薬が、その成分が強すぎるあまりに農産物が耐えきれず枯れてしまうという本末転倒さ。
そして農薬にも抵抗を示す害虫たちが繁殖し、それが更に有害な農薬を生み出すことに繋がる負の連鎖。
白血病や内臓疾患、皮膚病が爆発的に増えたのは、まさしくこの農薬が原因だ。
今でこそ低農薬、無農薬農法が市民権を得てきており、私たち国民も農薬への意識をを持ちながら消費活動を行うようになってきている。
ただ、当時のアメリカの時代背景を考えると、 よくもここまで農薬のいろはを調べ上げ、世に向かって発表したなと、その勇敢さに舌を巻く。潮流に逆行する彼女の活動はいかほどセンセーショナルだっただろう。
カーソンは本書で、農薬が人体をはじめ農産物、昆虫などの生物に与える影響を指摘するだけでなく、農薬を極力使用しない具体的な方法も提案している。
P103
雑草に悩まされたら、植物を食べる昆虫の働きを注視してみる。
食物連鎖の流れをよく見てみる。
P169
アメリカでヒアリを絶滅させるために使われたヘプタクロールは、DDTに匹敵する劇薬で、水棲生物に害を及ぼす。
陸に撒かれた薬物は、最終的には流れ流れて水に行き着き、そこを汚染する。
P215
当時、アメリカの農薬に記載されていた使用方法などは文字が小さく、農夫たちはよく読まないまま適切量を無視して過剰に使用していたと。
レタス栽培現場では、一つだけで十分なのに八つも混ぜて使っていたなどの殺虫剤乱用が起きていた。
実際私たちの口に入る農産物の農薬残留量は明確に分からず、それが多種多彩なため、この程度なら安心だ!と言いきるのは難しい。
P220
昆虫の間に病気を発生させ、防除するやり方もある。
危険度の低い農薬を使い、非科学的な方法の開拓に力を入れることを、カーソンは推奨している。
最後に解説で、興味深い事柄が書かれている。
害虫Aを除去する目的である薬剤を使ったとする。それが成功し作物Bが虫害を免れた。
しかし害虫Aによって食い殺されていたC.Dという害虫が抑制因子を取り除けられて爆発的に増加し、新たな害虫となって作物Bに襲いかかる。
という例が多数あるという。
生態系の恐ろしさを痛感した事例だった。
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レイチェル・カーソンの『沈黙の春』は、農薬の大量散布による自然や生態系の破壊と健康被害に警鐘を鳴らし、自然保護活動やエコロジー思想に大きな影響を与えたとして非常に有名であるが、新訳が出たことから実際に読んでみることとした。
本書刊行の時代の1950年代から60年代というと、科学/化学の力に魅了されていた時代であり、農薬による害虫駆除が大々的に行われたのもそうしたことからだったのだろう。本書では、鳥や魚その他の動植物に対する被害や、水や土壌の汚染に関する実相が次々と明らかにされていく。そして、農薬会社や行政、あるいは研究費の助成等で企業と利害関係のある研究者などが、農薬がそれらの被害の原因であることを容易に認めなかったことが被害の拡大を招いてしまった。
著者は、害虫駆除について、農薬による化学的防除に対して、天敵を利用した生物的防除の成功例を紹介し、その可能性を称揚している。確かに上手くいった例はあるのだろうが、現地にはいない新しい生物を招き入れるということは、当然ながらその場所の生態系に影響を及ぼすことになるので、思わぬ状況が生じる可能性もある。
いずれにしても、人間が自然を思うがままに管理できるとするのは、人間の傲慢なのであろう。失敗からきちんと学ぶ、本書は多くの例を通して、貴重な教訓を教えてくれる。 -
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ネタバレ知ってはいたけど読んでなかった名著。『三体』での重要図書なので手に取る。
最近読む本は戦争を挟むからか、DDTが出てくることが多い。ここまで毒性があり、生態系に悪影響を及ぼすとは思っていなかった。
人間には皆殺しの欲求がある。何もかもを消してしまえという誘惑を制御できない。
選択制スプレーという手間よりも一斉散布で根絶やしにする。
落語「百年目」の赤栴檀と南縁草がふと浮かぶ。みすぼらしい雑草が、立派な木には必要だった。そういう目に見えない関係性をたやすく見落としていいとこ取りをしようとしてしまう。
事実を報告する人の信頼度の問題は解決の難しい、本質的な問題だ。真反対の意見のどちらからも信頼され信用される第三者はなかなか見つかるものじゃない。
実験室の中で、限られた動物を使って、人工的な環境下で調べた薬剤の効果は限定的な結果であるにもかかわらず、自然環境に持ち込んでも同じ結果になると断定するのは非科学的という指摘に反論の余地は無い。
またヒアリの食性一つとっても、五〜六十年経てば食性も変わるという。しかも世代交代のサイクルによって、抵抗力を持つ。常に変化するものを対象に、永続的に使える薬剤を生み出せようはずもない。
害虫に悩まされない理想の環境を目指し、製造不可能な完璧な薬剤を生み出すために膨大な労力と経費を使って、未来に蓄積する毒を撒き散らす…
もう人間はダメなのか。もっと高位な生物に丸投げして滅亡するべきなのかと絶望してしまう。が、レイチェル・カーソンはそんな安易な結論は結んでいない。
細菌や天敵を使う防除は、恐らく今では別の悪影響が指摘されてるもので、積極的に選べる方法ではないはずだが「特効薬」ではなく、「生態を調べ抜いて発生数を抑える方法を探すこと」こそ、遠回りに見えて最良の近道だと著者は言いたいのだと私は了解した。
読んでよかった。
手放しで信じ込んでいた安全性の正体を明らかにする事が出来た。
あとがきは、一理あるけど、やや批判的というか身も蓋もない感がある。 -
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センスオブワンダー
驚きと不思議に開かれた感受性
著者が甥と一緒に見た、感じた世界や自然についてのエッセイ的な?本編自体は20ページほどと短いお話だった。
その後に、訳者の解説+α的なお話があった。
自然の豊かさ、美しさ。
うん、分かる、分かるよ。
でも今の私にはそんな心の余裕はないんだよね、と思いながら読んでいた。
でも、植物の成長の話のところでふと、子どもの育てているトウモロコシを思い出し、少しこの本の世界に入れたような気がした。
いつか、満天の星空を見に行ってみたいと思ったり。
以下メモ
子どもがセンスオブワンダーを失わないためには、「生きる喜びと興奮、不思議を一緒に再発見していってくれる、少なくとも一人の大人の助けが必要だ」と著者は言う。
同時に僕(訳者)は、この逆もまた真だと感じている。
すでに大人になった人間が、忘れかけているセンスオブワンダーを思い出すことができるとするならば、そのためには「生きる喜びと興奮、不思議を一緒に再発見していってくれる、少なくとも一人の子どもの助けが必要」になる。 -
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ネタバレ川内倫子さんの写真が好きなのがきっかけで購入した。
『沈黙の春』を読んだことがあったり、レイチェルの人生についてもう少し知識があった方が、彼女の伝えたかったことの真意がわかったのかもしれない。
大人になり、街の中心部に引っ越してきて、気がついたら子供のときに庭や畑で見ていた虫に出会うことが少なくなった。自動車での移動が増え、高校生のときのように自転車で帰宅しながら星を見ることもなくなった。意外とそういう変化は小さくて、こういう本を読んだりしないと、いつの間にか自然から離れていることに気付けないのだと実感した。
レイチェルが言うように、センス・オブ・ワンダーは大人になるとやってくる倦怠と幻滅、つまらない人工的なものに夢中になることへの解毒剤なのだと、社会人として生きてきて感じる。
もう一度新鮮な気持ちで自然と触れ合う機会をもちたい。
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リップスライムの歌詞でセンスオブワンダーってのがあったはず。まさか、レイチェル・カーソンが出典だったとは。植物や昆虫が緻密に生を営んでいる様は本当に興味深くて、NHK特集とかめっちゃ見入る。特に植物の生命力はすごい。たから人間が好き放題して勝手に滅びたあとの地球は植物の天下なんだろうと思う。彼らには何よりそれを気長に待てる胆力がある。環境問題は深刻なのに一向に改めない人間どもよ。ナフサがないとかの問題じゃないんだよ!株価7万円超えとかなんだよ!データセンターって何だよ!月すら開発しようとするなんて。足元見ろよ。一旦落ち着いて。花の中を観察してセンスオブワンダー感じろよ