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Posted by ブクログ
沈黙の春 改版
著:レイチェル・カーソン
(1907-1964)
新潮文庫
訳:青樹 簗一
出版社:新潮社
良書 農薬、殺虫剤などの化学物質が、自然に重大な影響を与えるという警告の書です。
対象となる害虫については、化学物質を用いるとより耐性をもつ個体があらわれて、目的を達成できずに失敗する
一方、想定外であった、動物、家畜、人体になどに影響をでて、
①個体が死亡する
②個体は死亡しないが、次世代の子孫に影響がでる 子孫ができない、子孫が子供をのこせない
③染色体に異常がでて、予期しない病気になる
④特に、癌:白血病になり死に至る
⑤天敵が死亡することにより、思わぬ種が大発生し、新たに脅威となる
等々
空中散布して、その下の生物に影響を及ぼすのはもちろん、水にとけて、プランクトンや魚類に影響がでて
サケの回遊がとまったり、稚魚の大量死亡によって漁に影響がでている
不可逆な進行によって、生態系が破壊されることへの警告。
人間にとっては、予期できぬ自然のプロセスの複雑さを物語っています。
人類の少子化もひょっとして、この化学物質の影響を受けているのかもしれないとおもってしまいます。
目次
まえがき
01 明日のための寓話
02 負担は耐えなければならぬ
03 死の霊薬
04 地表の水、地底の海
05 土壌の世界
06 みどりの地表
07 何のための大破壊?
08 そして、鳥は鳴かず
09 死の川
10 空からの一斉爆撃
11 ボルジア家の夢をこえて
12 人間の代価
13 狭き窓より
14 四人にひとり
15 自然は逆襲する
16 迫り来る雪崩
17 べつの道
解説
ISBN:9784102074015
判型:文庫
ページ数:400ページ
定価:750円(本体)
1974年02月20日発行
2004年06月15日62刷改版
2014年06月05日76刷
Posted by ブクログ
「除草したい草があるなら、下手に除草剤を撒くのではなく、それらを食べる虫をやるとよい。」
『生命をコントロールしようと殺虫剤のような武器に訴えるのは、まだ自然をよく知らないためだと言いたい。自然の力をうまく利用すれば、暴力などふるうまでもない。必要なのは謙虚な心であり、科学者のうぬぼれの入る余地などは、ここにはないと言ってよい。』
ブリーイエ博士
『自然のなかにこそ、頼む味方はいるのだ』
ビスケット博士
『自然環境そのもののなかに、生物の個体数を制限する道があり手段がある場合が多いことを知らなければならない。そしてそれは人間が手を下すよりもはるかにむだなく行われている。』
アルエット昆虫学者
「森の中でいとまれる自然同士の関係をきずつけないよう守り育てる」
自然は、うまくできている。だから、人がむやみやたらに手を入れるべきではない。
人間本位であってはならない。
Posted by ブクログ
やはり『センス・オブ・ワンダー』だけではレイチェル・カーソンがよく分からなくいので、有名なこちらも読んだ。
レイチェル・カーソンは『沈黙の春』執筆中に癌を発症しつつも完成し、そして最後の本として『センス・オブ・ワンダー』を書いた。
「自然と共に暮らす町があった。だがある年、鳥たちは病気にかかり、植物は実らず枯れていった。やがて羊や牛は死んでいった。そして人間の子供たちが死ぬようになった。今では鳥の声も子供の声もしない沈黙の春だった。」
『沈黙の春』といえばこの部分だけ聞いたことがあり、漠然と「自然破壊全般への警告」かと思っていたら、書き始めたのは殺虫剤のDDTの空中散布によりコマツグミが死んだというはっきりしたきっかけがあった。
DDTは(以下、検索した)1873年に合成され、1939年にスイスの科学者・技師ミュラーにより殺虫効果が発見された。ミュラーはこの功績により1948年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
DDTにはハエを殺してマラリアを激減したという功績もあり、日本では第二次世界大戦後にアメリカ軍が衛生状態の悪い日本人にDDTを散布して、シラミを退治してチフスを防いだ。…ああ、歴史の資料に出ている「子供たちが薬かけられてる写真」がDDTか!
当初は人間を含む動物には危険性がないということで世界的に散布、空中散布など大体的に使われていった。
しかしレイチェル・カーソンは「DDTを散布したあとに鳥がいなくなった」という手紙から、化学物質としての危険性について調査し発表したのが『沈黙の春』。(出版は1962年)
レイチェル・カーソンは作家であり海洋生物学者だ。本書は、冒頭の「沈黙の春だった」のような小説の書き方と、遺伝子や化学物質を調査したドキュメンタリーの両面がある。
今生きている生命は、何億年もかけて環境に適合して均衡を保つようになった。殺虫能力が強すぎる農薬は、ハエやダニのような人間にとっての害虫だけでなく、それらを食べる昆虫や鳥も死に、そして農薬の毒を持った虫や鳥を食べたもっと大きな動物、そして人間にも害を及ぼす。人が接種した毒は、あっというまに発症して手遅れになることもあれば、何十年も体に溜まってしまう事がある。
レイチェル・カーソンが推奨するのは、今であればいろいろなところで言われていることではあるし、現代ではそのやり方の危険性が指摘されているものもある。しかし「当たり前」であるからこそ日常の根本として考えなければなとも思う。
・過剰は良くない。人間は気に入らない物(虫)を「皆殺し」にしようと考えるが、殺虫剤も強すぎると最終的には人間も殺す。
・多くの田畑のための過剰な殺虫在散布は、過剰供給をもたらせてしまうこともある。
・薬は毒にもなる。
・虫は、殺虫剤の毒素に慣れていく。殺虫剤を強く撒いた箇所だけ虫が増えるということもあった。毒をどんどん強くしていって、対象の虫は強くなり周りの生物に被害が及ぶ悪循環。
・自然は繋がっているので、自分の庭に殺虫剤を撒いたつもりでも、近所の人に被害が及ぶことがある。さらに、薬の毒物が川に流れると海に達して大きな被害を及ぼす。
・殺虫剤大量散布に頼らなくても、自然が長い間をかけて作ってきたバランスを活かす方法がある。雑草と入っても、生やし方によりちょうどいい日向日陰をつくることができる。⇒今で言えば「田んぼに鴨を飼って虫を食べてもらう」「雑草の除草のためにヤギを飼う」「木そのものを切り倒さなくても、日当たりが良いように下枝などだけを斬っていく」のような感じ…ですよね。
・農作物を枯らす虫にも天敵がいる。それら自然のバランスをうまく利用する。⇒カーソンは「そんな動物をいれる」とも言っているけれど、外来生物を入れたことの危険性は現在数々指摘されて…。
確かにまったく殺虫しないと病気が蔓延だとか農作物が育たないという論vs自然保護論は、私も両方一理あるんだよなあ…と悩んでしまうことはある。それについてはレイチェル・カーソンは「真実を報告する人の信頼度が決め手」としている。そうだよなあ、「誰が言うか」であって、自分が誰を信用するかは、多くの情報に触れることだよなあ。
たしかに自然問題は、私達が日常の身近なところでも、世界規模の大きな意味でも、よく目にするし今の時代では少しでも考えないことはできない。
あためて自然破壊警告のもとになった本を読んで、自分でもエアコンの温度調整くらいの日常的なレベルでも重ねていこうと思います。(…我ながら幼稚な感想…(^_^;))
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