平松洋子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
小川洋子さんは岡山市朝日高校出身、内田百閒の居た古京町の隣の森下町で生まれたらしい。夕方5時、県庁のドボルザークの「家路」放送で家に帰るのは、あの街だけの特権だった。さらには、やがてしばらくは倉敷市に住んでいる(「玉島に10年住んでいた」というのは異議がある。倉敷市鶴の浦は玉島ではない)。平松洋子さんは、なんと倉敷市中島の出身、私より2歳上だから、何処かですれ違っていたかもしれない。渡辺和子学長がいた頃のノートルダム精心高校の出身。
この本は、2人の洋子さんが、少女、大人の女性、その他人生の中で読んできた愛読書を持ち寄り、お互い読んで、お互い感想を出し合うというもの。本の世界は、ワールドワイ -
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食べ物についてのエッセイ集。個人的に言えば、若干味の指向性が異なるところがあるようで、ほんの少しだけど「この料理なら、僕はそれほど美味しいとは思わないなあ」と感じるものがあった(実は香味野菜的なものがやや苦手である)。それでも、読んでいるうちに「だまされたと思って食べてみようかな」と思うくらい、それぞれの食べ物たちが魅力的に見えてきて、今まであまり口にしようと思わなかったことが、人生の大きな誤りのように感じてしまうあたりがすごい。だって、いちいち美味しそうなんだ。
味付けとか、素材とか、ことさらグルメぶるというよりも、旬のものを愛情いっぱいに受け止めて、最小限の手間をかけて、楽しくいただく、 -
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平松さんの食のエッセイは、何冊か読ませていただいている。
しかし、かぶっている、とか、デジャヴ、みたいなことが一つもない。
毎回新しい発見なのだ。
毎日、ごはんとお味噌汁の食事でも、その時のちょっとした加減や、自分の心持で、一度として同じ食事は無い…みたいなものだろうか。
この本で、アッと言わされたというか、長年生きていれば自分でも気付いていたはずなのに、初めて気付かされたと思ったのは、“鴨南蛮”
そうね~、その辺のお蕎麦屋さんで、鴨なんて入ってないけど、誰も偽装だ嘘だ、と怒ったりしませんよね。
落語の演目にちなんだ鰻料理、自分では食べられないので、お話を聞く(読む)だけでも素敵な味わい。
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平松さんの文章、だんだんと渋い味が出てきた気がします。
もの静かに日常を見つめ、ひっそりと切り取る、それだけで美しい作品になる…そんなかけらの数々。
物を書く、特にエッセイを書かれる方は皆そうだけど、どうして昔のことを良く覚えているのだろう。
その、一つ一つが、素敵な文章になる。
普通の人が、目にとめることをせずに見逃してしまう事を、そっと引き出しにしまっておく注意深さが、小さい頃から備わっていたのだろうか。
そうだとしたら、もしも全く同じ人生を歩んだとしても、一生が違った意味になって行くのかもしれないなあ…
「いろいろなことが楽しく思い出される一生だった」とほほ笑むのと、「何も変ったことが無 -
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平松さんの本はこれまでに何冊か読んだが、すべて食べ物に関するものだった。
この本は、食がテーマというのではなく、生活の中で見聞きし、感じたことが書かれている。
食べ物のエッセイは、いわば『動』のエネルギーにあふれ、元気が外へ向かってほとばしっているような感じであるが、この本は、『静』
思いのエネルギーが深く内面に向かっている。
こもっているというのではなく、内面を深く探っているというか。
「あるもの」と「ないもの」のお話でもある。
象徴的なのが、レース編みのこと。
レース編みは、編み地の部分と、何も無い部分の組み合わせでなり立っている。
失われた靴下や手袋の片方。
古びた店が取り壊されたあ