パトリシア・ハイスミスのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ『8つの完璧な殺人』を読むために読んだ。
ハイスミス自体は、映画の「リプリー」「太陽がいっぱい」「アメリカの友人」「妻を殺したかった男」「底知れぬ愛の闇」「キャロル」は見てきたが、小説はこれが初めて。
交換殺人というシチュエーションは面白かったが、ブルーノのほうに全然完全犯罪をする気がなく、隠す気はあるが、情緒不安定でとにかくイライラした。ガイのほうも、殺人について悩んで苦しんでいることにイライラした。心情表現にイライラさせられた。展開は進むけれど、ワクワクするような面白さは無かった。頑張って読んだ。
しかし、読み終わってみると、まあ面白かったかなっていう印象。喉元過ぎればなんとやら。
425Pのここが好き。
「しかしあの連中がこの身を破滅させたところで、おれがつくった建築が壊されることはない。そう思うと、いままた自分の魂が肉体のみならず精神からも分離したかのような、奇妙でうら寂しい気持ちがこみあげた。」
ガイの独白。自分が破滅しても、自分が作った建築物は壊れないことに寂しさを感じるのが面白い。一緒に壊れて欲しかったんだろうな。
他の考え方をすると、建築に魂を捧げてるなら、その魂も壊れないことに寂しさを感じている?傷つかない自分が寂しいものだと感じている?
ブルーノが海に落ちたシーンも好き。音が聞こえるや否や駆け出して、静止してくる相手もぶん殴って海に飛び込むガイ。
464P~466P
「「好きに行かせろ」ガイは低い声でいい、タバコに火をつけようとした。
ついで、水音がきこえてきて、そのとたんガイはブルーノが船外に落ちたことを察しとった。ガイはだれも言葉を発しないうちから、操舵席をあとにしていた。」
「おれの友人はどこに、おれの弟はどこにいる?」
特にこの弟というのが良い。
ブルーノは何度もガイに対して、あなたのことが好きなんだというが、ガイは答えなかった。けれども、ここでは友人で弟だと思っていることがわかる。
めちゃくちゃ良かったな。
オチに対しては、どうせたいしたことないだろうと思ったら、電話による盗聴でバレたのが面白かった。
ガイが殺人に対して罪悪感に苦しむのがわからない。良心がありすぎる。
罪と罰の主人公みたいだなと感じてたら、ドストエフスキーみたいだと評論家にも言われてたらしくて、なるほどな。
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Posted by ブクログ
ネタバレ『太陽がいっぱい』から6年後の話。
リプリーはいまや自信もあり、贋作に関する仲間もいて、金持ちの妻や気の利く家政婦もいるという最高の身分になっていてびっくりした。
前作より登場人物が増え、サスペンス色も強まって面白かった。
殺人、自殺偽装、殺人未遂、生き埋め、自殺、死体を焼く…などの衝撃的な場面が散りばめられていて先が気になってどんどん読めたが、終盤は行ったり来たりする場面が多くすこし冗長に感じたかもしれない。
警察はだいぶリプリーを疑ってはいたけど、もっと頑張れなかったか?という感じ…。
当時だとネットとかもないから色々証明するの難しかったりするのかな?
こんなにいろんな罪を犯しておいて、ディッキーについて話をふられたときが内心一番動揺してるのがよかった。
ディッキーのいとこのクリスが出ててたのでなにか起きるか!?とおもったら、そこはたいして何もなかったのはちょっと拍子抜け。
今後も出てきたりするのかな…? -
Posted by ブクログ
これは完全犯罪と言えるのだろうか…
トムの衝動的で突飛な殺人と、臆病なまでに練るに練られた計画的な偽装工作の連続。
そして、あまりにも幸運すぎる逃亡劇とその最後。
この作品では、事件自体の完全さというよりも、トム自身の感情の浮き沈みと、はたまた何があってもうまく立ち回る身のこなし、そして綻びをうまく拾っていく彼のスキル等々、“トム”という人間にスポットライトを当てることでこそ、主人公の魅力が表に現れ、非常に興味深く感じられる作品になっている気がする。
誰かを演じることでしか(ここでは“ディッキーだが”)今の自分を保てない不安定とも言える精神状態、自分から墓穴を掘るような言動や行動に走りかねない様子、そして上機嫌で楽天的と思いきや、自己嫌悪により何も手につかない、何も食べられないという繊細さ…ここまで心情がアップダウンの激しさが、軽快に、巧妙に描かれているのがおもしろい。
トムは、どこか、何か、罪の意識とは別の事件にいるような気さえする。
彼が本当に恐れているものとはなんなのか…警官か?死刑か?それとも? -
Posted by ブクログ
村上春樹は、毎日机に向かって書く習慣をつけることだと言っていたような気がする。パトリシアハイスミスも似た感じのアドバイスを行なっている。執筆に適した環境が重要であること。執筆した部屋対しての圧倒的な感情。もちろん古い本なので、ゲラ刷に対しての修正が作家にどのようなコストを発生させるのか?とか、タイプライターとカーボン紙といった失われたテクノロジーのディテイルも出てくるのだが、パラグラフの構成や描き始め、全体のボリュームとその失敗、第二稿ではなにを行うべきなのか、などの技術は書くという行為にとって本質で変わりがないように思える。二子玉川の蔦屋にて購入。書店でなければこのような本には出会えない。コラボラティブフィルタリングでは無理なのだ。書店というメディアがなければ僕の読書遍歴は起こらない。歩くという身体的運動と視覚と触覚を使ったインタラクションこそが重要なのです。
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ルネ・クレマンとアラン・ドロンの映画「太陽がいっぱい」は封切られた時に観た。映画全盛時代ゆえ鮮明に覚えている。テーマ音楽と明るい青い海とドロンの美貌が強烈な印象だった。
マット・ディモンのリメイク「リプリー」はTVで観た。これはこれで「トム」と「ディッキー」の関係を同性愛的に色濃く描いていて陰影があった。マット・ディモンの雰囲気があずかりあるのかもしれない。
パトリシア・ハイスミスの原作「太陽がいっぱい」を読んでまた異なった感想を持った。「トム」が「ディッキー」を殺すに到る心理が丁寧に描いてあり、犯罪の良し悪しでなく、わかってくるものがある。
「トム」の不幸な生い立ちとあがいても上昇しない人生が、人は出自によってどうしても決まってくるという不条理をはねのけたくなった時、どういうことが起こるのか。他人の人生とを取り替えられるのか、夢のような変身は可能か。
「トム」が雇われ友人として「ディッキー」をアメリカに連れ帰る役目よりも、優雅に暮らしている「ディッキー」のようになりたいと思った時、愛すればこそ同化出来ると濃く近づくが、それが同性愛的友情(同性愛ではない)になってもおかしくない。
やはり原作は読んでみるものだ。パトリシア・ハイスミスのミステリータッチの中にも冷徹な人間観察が感動する。どうしようもない人間個の欲望の強さ、哀しさを呼び覚まされる。
情景にイタリア、特にベネッツアの風景がたくさんあって懐かしい(観光したので)こんなに出てきたんだっけ?とあらためて驚いた。が、それもこの小説の象徴であり、強調する脇でもある。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ昔映画の『リプリー』を観たことがあったけどほとんど記憶がなかったので新鮮な気持ちで読めた。
リプリーが二件の殺人を犯すまではとても面白く読めたけどそれ以降は少し冗長に感じたかな。
追い込まれるスリルはあったけど。
特にディッキーと仲良くなってから次第に憎悪に気持ちが流れていくあたりは圧巻だった。
リプリーはどうしようもなく身勝手で運が良いだけの犯罪者だとはおもうけど、ディッキーの同性愛嫌悪の態度も読んでいて気分が悪かった。
あんな態度をとられ続ければ辛くなって憎むのも当然だと思えた。
だからといって殺すなんてのはどう考えても許されないことだけど。
フレディが階段を引き返してくるときのハラハラ感もよかった。
最後は映画とはちがって逃げきるので、好き嫌いがわかれそうなところではあるけど、これはこれで物語としては好きだな。