4つの短編で構成されるミステリー。どの作品にも僅かな謎や違和感が散りばめられており、それらの要素を回収しながら、でも終わりでは(イヤミスのようではなく)少しほっとさせてくれるストーリー。
【迷走】
救急隊員隊長の室伏と、同じチームの隊員蓮井が主人公。蓮井の婚約相手かつ室伏の娘を車で撥ねた加害者の元検察官が刺傷を負い、彼を病院に搬送するというのが全体の流れだが、室伏の謎の言動と行動により、なかなか病院に送り届けることができない。ここまでで「私怨に取りつかれた救急隊員」という嫌な筋書きを最初は想像したが、「携帯電話を耳にあてながらサイレン音を鳴らし続ける」という行動から室伏の狙いとオチが少し読めたのは良かった。
怨恨や個人的感情、更には病院の規則や規定を抜きに、何よりも人の命を優先するという芯の強さに心打たれる作品。
【傍聞き】
タイトルの傍聞きがテーマとなる物語であり表題作。
主人公は女刑事の羽角啓子だが、娘の菜月も物語の重要な担い手である。
話は近所の老婆宅で起きた空き巣事件から始まる。しかし、同時期に発生していた通り魔殺人事件を連日担当していた啓子は、心身共に消耗した状態が続いていた。加えて娘の不可解な言動に悩まされる日々が続く。
話が進む中で、実は空き巣事件の容疑者が、我が家に危害をもたらしかねない人間であったことがわかり、読み手もハラハラさせられる展開となるのだが、こちらはあっさりと解決。
意外だったのは娘の不可解な言動に隠された意図であり、遠回しながら一人の老婆を労ろうとする純粋な心持ちに涙腺が緩んだ。
結果的にほっこりハッピーエンドで終わったのはいいが、未解決のままである通り魔事件のことを考えてしまうのは野暮かもしれない。
【899】
消防士として働く諸上が物語の語り手。
諸上は隣家のシングルマザーである新村に恋心を抱いていたが、なかなか一歩を踏み出すことができない。
そんな中、新村の隣家の老人が火事を起こし、諸上は同僚の笠間•石崎と共に消火活動及び延焼した新村宅に取り残されてしまった新村の一人娘あいりの救出に奔走する、というのが大まかな流れ。
しかし、諸上は自分が惚れている女の生活臭やそれによる雑念によってあいりの捜索に手こずり、結果同僚である笠間によってあいりは救出される形となる。
仕事に私情を挟んでしまったことを諸上は心から悔やむのだが、諸上があいりを発見することができなかったのには理由があった。
当然、あいりを救出した笠間が物語の大きなキーとなっている。しかし、彼の犯した過ち自体が自分の身の回りに起きた悲劇や、無責任な親に対する怒りというある種の信念から生まれた行動であることがなんとも皮肉で責めがたい。自分が諸上の立場でも彼の味方になることができたかどうか、とてもわからない。
【迷い箱】
迷い箱とは造語で、捨てるかどうか迷っているものを一時的にとっておく箱のこと。この迷い箱の解釈が物語の大きな鍵になっている。
更生保護施設の施設長を務めている設楽結子が主人公。
結子は刑務所から出てきた元受刑者の身寄りを一時保護し、更生や就職に向けた支援をするための活動を続けていた。しかし、変わらない元受刑者の素行等に嫌気が差し、半ば職を辞める覚悟をしていたところだった。
作中には碓井という過失致死罪に問われた元受刑者(かつキーパーソン)が登場するのだが、この碓井がテレビを使い、テレビに映っていた主人公を心の中という迷い箱に留めようとしていたのが印象的であった。自分の行動に意味を見いだせずいた主人公も、ちゃんと元受刑者の心に寄り添えていたのである。そこから彼女がこれからも仕事を続けていこうという決心をしたところで物語は幕を閉じる。
巻末作品にふさわしい、主人公の新たな出発を予期させる爽やかな終わり方だった。