山脇百合子のレビュー一覧
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ネタバレ前作と重なる内容が多かったが、新しい話でいうと、母性と父性の話は非常に納得度が高かった。夫とどう協力して良い家庭にすれば良いかの大きなヒントになった。
また、個人的に響いた内容では、鳥飼玖美子さんの、妊娠前に仕事が制限されることを恐れていたが、生まれたらただこの子のそばにいたいと思った、という言葉。自分自身もまさにその通りの感覚だった。
さらに、佐々木先生は、母親がおなかで40週も育てたのに、父親と同じぐらいの愛情しかもてないのは不思議ではないかと書いていて、母親としてのプライドをなくしてはいけないと書いておられる。私自身、産前は夫をたてることに何の抵抗もなかったのに、子育てだけはプライドが出てしまうことに罪悪感があったが、この言葉に救われました。
以下、まとめ。
子どもはものでは満たせない。もの以外で要求を満たしてあげると、ものを要求しなくなる。たとえば好きな献立を作る、休日にトランプやキャッチボールをするなど。
うそをつくことはよくないということは教えるべきだが、ある程度は認めてあげる。うそをつかなくていい雰囲気で育てるのが最も良い。
兄弟げんかはたくさんするほうが、友だちとは喧嘩せず仲良く遊べる。攻撃性や征服欲を自然な方法で向上心に変えていくのに格好のトレーニング。上をつい叱ってしまうのは、あまり心配いらない。強い者が我慢するのが世の中の道理。
うまい保育というのは、全員が一斉に同じことをするのではない。子どもたちがお互いに気の合った仲間を見つけて、いくつかのかたまりになっている状態が、育ち合うということ。そして入れない子を上手に入れてあげるのが上手な保育。
子どもに色々なものを与えるだけの早期教育は良いが、成果を期待するのはよくない。
親に気を許していない他人行儀のいい子より、いつも欠点を出している子どもの方が安心。
人の嫌がることをする子どもは、めぐまれた環境でやさしく育てられた経験が不足している。あるいは、望んだことを満たされながら育ってこなかった。人間は欲求不満になると攻撃的になる。
鳥飼玖美子さん「妊娠中は仕事がうんと制限されるのがつらいと思っていたが、生まれてみたらもうそんな考えがすっかりとんでしまって、もうこの子のそばにだけいたいという気持ちになった。こういう気持ちこそが母性なんだろうか」
子どもに対して、それでいいんだよといってあげ、くつろぎややすらぎや安心感を与える機能は母性的、このように生きなければと指摘し伝えるのは父性的なもの。
しつけは長所を見つけて伸ばす姿勢が大事。
育児の主役が親であれば、祖父母が孫を甘やかしても大丈夫。
母性が先にきて、父性は後にくる。複数のこどもがいても、ひとりひとりをえこひいきすることが大事。
不健康な家族に共通していることは、お父さんとお母さんの役割がはっきり分かれていないこと。健康な家族では誰がイニシアチブをとるのかはっきりしている。不健康な家族の場合は家族全体が平等。また、片親が子どもたちと連合して、もう片方の親との間に境界線をつくってイニシアチブを大きくしようとすると、子どもはうまく育たない。なかでも母親が男の子を取り込んで夫に対応しようとする場合は最悪。それらの家庭の66%に、重症な神経症患者がいた。
家族の役割は二つあり、一つはありのままの自分を、安心してさらけだせる場であること。もう一つは、人は何のために生きるのか、どういう価値観を持って生きるのか、どういう理想を持つべきかなどを考えていくこと。
信頼関係の豊かな子どもたちは、いじめともいじめられとも無関係な位置にいる。人を信じられる子どもは、いろいろな子どもと友達になれるから、いじめる子どもと友達にならなくてもいい。
小さい時から親が話を聞いてあげることが大切。親に話を聞いてもらって解決してもらった経験がなければ、子どもは親に話しても仕方ないと思うようになる。
母親が40週も自分のおなかのなかにおいて、大切に育ててきた子どもをいとおしまないで、父親と同じような愛情しか持てないというのは、不思議なことではないでしょうか。自分と同じような質でもって、父親がこの子をかわいがれるはずはないと思って、育児は自分でやりたいとどうして思わないのか。母親に母親としてのプライドがなくなってしまったは、子どもは安心して育っていくことはできなくなるのではないか。
ダウン症は不適応行動や異常行動が極端に少ない。極端に多いのは自閉症。ダウン症の子は人なつこく、他の子と一緒に何かやるのが大好き。自閉症はその逆。ダウン症は知能の発達だけが遅れているごくふつうの子ども。ADDやADHDはその間。特徴はシングルフォーカス。こういう子たちには、大人が我慢して叱らないでいてあげるしかない。
自閉症だと、想像力を働かせるということができない。同時にいくつものこともできない。イメージの世界がもてないので、鬼ごっこなどもできない。空間の世界に生きていて、時間の世界には生きられない。話してもわからないが、文字になればわかる。 -
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星四つの評価は、もっと早く出会うべき本だったと思うから。
この本をすすめてくれた方に感謝!ありがとうございます!私も必ず娘にプレゼントします!
こどもの前では職業人でいないこと!にちゃんと取り組んでいきたいです。
出産と子育てこそが私を母にしたわけですが、子育てというのは非常に厄介で、みんな成功したみたいにアドバイスしてくれるけど、実はどれも正解じゃない。義理の親は私自身とは別の人間で、夫も私の子ではない。ましてや医療、福祉、学校関係者も私と違い、子の生育歴を知るのも私というフィルターを介して。情報だけが無尽蔵にあり、私は結局正解にたどり着いてないし、たどるものでもなかったと気づいてやっと楽になれたと思う。
子育ては私とそれぞれの子の、不器用な共同作業だと改めて思う。言葉が足らずに糸の渡し方をそれぞれ誤解して理解し、そっちがまちがったんだからな!と笑ったり泣いたりしながら織りすすめられている布は三枚とも商品としてはいかがなものか?と苦笑いしてしまう。だけど私自身それほど素敵な糸にそだったわけでなし、毎日ガンガン使っても大丈夫な強い布になってくれたら言うことないなーと思う。 -
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根拠のない自信が大切、という言い方には感心した。そうか、そういうものだよな、と。根拠のない自信なんて言ってしまうと、ちょっとイタイ子かと思えなくもない。でも根拠のある自信との対比でその重要性は理解できる。
根拠のある自信とは、自分は勉強ができるとか、スポーツができるとか、自信の理由が明確なものである。しかしそれだけなら、自分より勉強やスポーツができる相手と出会った時、その自信はよって立つものを失う。反対に自分より勉強やスポーツが出来ない相手と出会った時、逆に自分の方が価値があると思ってしまう。
根拠のある自信は、それがなくても自分には価値があるという「根拠のない自信」があってこそ、安定した人格の要素として生きる力になるのだ。そういわれると、根拠のない自信の大切さが、腑に落ちる。
子育てにおいて、第一に必要なのは全面的に受け入れられることだという。そのあたりの著者の姿勢にぶれはない。
児童精神科医の経験を交えてのことばは、とてもわかりやすく読みやすく、そして何より優しい気がした。
佐々木正美氏の本は何冊か読んでいるし、講演も何度も聞いた。亡くなったのは惜しまれるが、年齢から考えると立派な業績を残されたと敬意をもって冥福を祈るべきだろう。 -
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ネタバレ子どもは本来安心できる人にしかおしゃべりできないもの。子供の言うことを何でも頷いて聞くよう心がける。親にとって不都合なことをいっても、それを頭ごなしに否定するような態度をけして取らないように。できるだけ穏やかな表情や言葉遣いで、お母さんはそうは思わない、そういうことは好きではない、と丁寧に伝える。思ったことを素直に話しても叱られたり頭ごなしに否定されないという安心感を持てば自分を信じ人の和に入っていける。
思考力が豊かということはその人が駆使できる言葉が豊富にあるということ。
母親がどのような言葉を話しながら日々生活しているかということが子供の言葉遣いに大きな影響を与える。品のない言葉を覚えてきて家庭で試すことがある。そういうのは軽く諌める程度にして聞き流す。そんな言葉遣いはお母さんは嫌いですよという程度にして、あまりとりあう必要はない。テレビとかでお母さんはあんなお話の仕方が好きに と一言添えるなど。
ゲーム与えてもいい。のめり込みすぎるのは会話不足。会話があればもっと控えるようにといった親の要求が伝えやすくなる。
ものだけでなく心を満たさせてあげる。無理のないやり方でおすすめなのは、食事(夕食)への配慮がささやかな内容やペースで積み重ねられるとすばてのことが好転していく。子供の好きなメニューをたまに出す。
ウソは相手や自分が傷つく、不愉快な想いをするのがイヤだからついてしまうものでウソの根源はむしろ美しい心や気持ちからはじまるもの。精一杯うそをついている。うそをついても強く叱らず、ママにはあなたの嘘がわかってるということをできるだけ穏やかに伝える。嘘を叱らなかったといってますます嘘をつくようになるわけではない。
悪いことをしたときに気持ちよく、ごめんなさいと言える子供に育てることが嘘をつかない子に育てることにつながる。厳しく叱ることがよいしつけにつながるものではない。母親の愛情が穏やかにしっかり伝わるような対応のほうが、こどもの心のうちに叱られるようなことはしないどこうという気持ちが豊かに育つ。自分の気持ちを理解し大切に育ててくれる母親のいうことならきこう、となる。子供が親に何を望んでるか感じ取ろうとすること。また親が自分の気持ちをわかってくれているという手応えや実感をこどもがもつこと。
非行に走った少年たちの保護者は、子供の自尊心を守るために、自分たちの世間体などを犠牲にするようなことはしなかった(してくれなかった)。と子供たちはいう。
少年院などの矯正施設をでたあと再犯しないと確信できる場合がある→彼らの心のうちに親を許せる気持ちが芽生えているとき
こどもを叱らない→強い感情で声を荒立てるのではなく、丁寧に言い聞かせるように、だめなことはだめという。けど大人も感情が高ぶっているので自制するのが実践は難しい。だが子供を育てる場合、その自尊心を傷つけるのは最大限の努力をもって避けなくてはならない。それを自分で認識しておけば、普段から叱るときに必要な配慮や手加減ができる。
親が承知しておかなければならないのは、正しいことだからと言っていくら叱ってもよいかというとそうではない。いいすぎや叱りすぎは、自尊心を傷つける副作用をもたらす。こどもは、信頼して尊敬できる人からしか学べない。
しつけ=自律性。できるだけ穏やかに必要に応じて必要なだけそのときどきに繰り返して教え伝える。大事なのは、教えられた子供が納得し、きちんと自主的に実行するのを待っていてやること。そうなるまで手を貸して助けてやること。できるのを 楽しみにしながら、待ってやる。
成長や発達、あるいはしつけが身につくのを普段からじっと待っていると、それが子供にみにつく。待ってあげる姿勢は、子どもを充分に信頼しているという気持ちを伝えることになり、愛を子どもにもっともわかりやすく伝えることにもなる。
子育てに成功している家族は家族間の人間関係だけではなく近隣など家庭外の人々との人間関係もまた豊か。ささいなことで過度に怒らないようにするには、夫婦、地域、親類、友人、知己との交わりを深めながら生きるのを心がけるのが大切。
悪いことを叱り、悪い子だと叱らない。自尊心が傷つくとこどもは自己否定的、相手を否定し軽んじたふるまいが多くなり、よい友達が得られない。
もし叱り飛ばしたあとに、しまったと思うことがあれば、時間をあまりあけずに、さっきはごめんねと謝ればいい。こちらが素直に謝れば子供も許してくれて、許す気持ちが生まれれば心の傷も残さない。
腹を立てて叱ったときはクールダウン後に、どうして怒ってしまったのか、反省するのは大事なこと。
親が子供の話をよくきくこと。楽しい話題を豊かな気持ちでたくさん聞くのはもちろんのこと。悲しい思いを抱いて話そうとすることを母親がゆっくりと時間をかけて耳を傾けることのほうが重要。微笑みながら話の腰を折ることなくじっくりきいて一緒に悲しむ。母親ができること。
妬みや嫉み、攻撃などの複雑でマイナスな感情は大人になる段階で学んでいく。まず子供には、喜びや悲しみといった健全な感情から育んでやる。
自分の子供がいじめられたら。いじめは自尊心と自己肯定感を阻害するだけでなくめちゃくちゃに壊してしまう。いじめがなくなるまでその場へは行かないことくらいは当然。その間に勉強が遅れるなどという心配よりいじめられることで失うもののほうが遥かに大きい。
いじめられてることがわかったら、親はその子の自尊心を守ることに最善をつくす。あなたは我が家の大切な宝なんだと、誇張しすぎるくらいしっかり伝える。間違ってもおまえにすこしはいじめられる責任があるとか、要領の悪いふるまいをするからいじめられるんだという対応をしない。
いじめっこの家族は家庭内の人間関係が悪い。直接対峙せず学校などの仲介をはさむ。
児童相談所、保護社会、学童保育に相談。学校休んでも放課後の児童館に通うのも、思いの外よい解決につながる。
自分の力ではどうにもならないと感じたとき、そのことをできるだけ安心して親に訴えたり援助を求めることできるように平素から習慣づける。こどももどんなに幼くてもプライドがあるから、自分の弱みや引け目を自ら表現しようとは思いません。だからこそ親の日頃の態度がとても大切。
家庭とは自分が特別であるところ。ありのままの自分が愛されるところ。食事やおやつ、サイズや色合いを考えられた衣服や履物が買い与えられる -
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はじまりは愛着から。
乳幼児期にどれだけ愛されたか、望みを叶えられたかが、その後のいじめ、いじめられ、ひきこもり、非行に繋がっている。
今の子育てがいかに親中心か。
いい子に育てるために子の望みより親の望みが優先になっていないか。
父性性(規律や理性)を与える前に
母性性(愛着や愛情)を与える。
根拠のある自信(スポーツや勉強など)より
根拠のない自信(愛されているという確信)を。
日々の子育てを振り返りながら読み
グサグサっときた。
我が子は可愛い。優しくしてあげたい。
でも、そんなに子ども優先にしたら自分が壊れるし、
教えなきゃいけない事もたくさんある。
…という気持ちで前半読んでいたけれど、
著者が優しく、しかしまっすぐに繰り返し語る言葉を読むうちに、心から我が子が愛しくて、そのままを受け止めてやりたいという気持ちがじんわり私の中に蘇った。
愛着なくして、子どもの芯は育たない。
基本にたちかえった。
思春期の子どものことや、親が離婚するときのことなど
小さな子どもだけでなく、様々な子どもや家庭に触れている。
ぐりとぐらの山脇さんの挿絵が愛らしく、
優しい気持ちになってくる。
方法論というより、
著者が近年体験した話から導いた子育ての考え方について
繰り返し書かれている印象。
その中でもこうしてみたらという提案がいくつかあり、
心に残ったので実践したい。
まずは
1週間叱らないことと
子どもの話に耳を傾けること
この2つ。 -
Posted by ブクログ
「続」を読んで、子供が求める親になろうと心がけはしたものの、ちょっと予定が狂わされる(出して欲しくない時に熱を出す)と、またしても元の木阿弥。
だめだ私、とまた落ち込む。
失敗ばかり続くし、理想にはイスカンダルほど遠い私だが、それでも折を見てはいうようにしている。
「そのままでいいよ」「今のあなたが大好きだよ」
でも本当は親が望むような子になってほしい。
トイレもきちんとできて、お箸でふざけないで、、片付けもして、お話も聞けて。
そうではないからイライラする。
頭にくる。
しかし、そうやって頭ごなしに叱りつけるのはいけないとわかっている。
わかっているけれど、できない。
続かない。
つい。
......あれ?
これってつまり、子供の「今」の状況と同じ?
苦しんでいるのは、愛されたいのは、望んでいるのは、この子と同じ。
違うのは、いつも子供が私に言ってくれる、「これのママが好き!」という言葉。
私は「これの〇〇ちゃんが好き」って心から言えている?
344頁にこんな言葉があった。
「いま、この子に何をしてあげたらいいのかということがわからなくなったら、いったん立ちどまりなさい。
そして自問自答をかならずしなさい。
自分の気持ちのなかに、この子に対する愛情が十分にあるかどうかを確認しなさい。
確認できなかったら一歩退きなさい。」
育児には自信がない。
決していい親ではないから、辛くて悲しくて何もかも投げ出したくなる。
それでも、熱いほどの手を握り、反目で寝ている顔を眺めていると、この子たちのためにまた頑張ろう、きっといい母親になろうと思えるのだ。
及第点にはまだまだ至らない。
いつか、この子たちが子供時代を振り返った時に、ちょっとでも幸せな子供時代だったと思い返してもらえるよう、失敗を繰り返しながら、努力していこうと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこのシリーズを読んで、いつも自分を振り返る。自分は子どもに良くない影響を与えてはいないだろうか、と。
今回のは、発達障害について書かれていた部分が興味深かった。
著者の言う「自閉症スペクトラム」の人たちがどのように世界を感じて、見ているのか。この本を読んで初めてわかった。
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乳幼児期に「子どもが喜ぶことをしてあげることが私に喜びです」という育児をしてあげることが大切です。(p124)
お母さんから、あなたと一緒にいると楽しい、あなたがしてほしいことをしてあげたい、という気持ちが伝わってきたら、子どもはどんなに安心することでしょう。・・・子どもは自分の喜びを相手も喜びに思ってくれる、という育児をされたがっているのです。(p157)
子どもを幸せにしてあげる喜び以上に、親にとっての大きな喜びなど、そうあるものではないと思います。(p251)
人間は、あの人(あの人たち)を幸福にしたいと、真に願って、そのための努力をしながら生きなければ、決して自分の幸福を得ることはできないのです。・・・自分の目の前にいる家族を、本気で幸せにしたいと思って、努力を続けることができれば、その人は必ず幸福なのです。(p343)