戸田山和久のレビュー一覧
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最後まで読み終えて、感無量だ。
まず哲学観が変わった。西欧とか東洋とかそういう伝統を踏まえた議論ではなくて、神が死に、ニーチェも死んだ現代のための哲学だ。「にもかかわらず」「だからこそ」考える営みだ。
次に、力強い解放感を感じた。究極の目的なんてないんだと著者は説得力を持って結論する。破壊力満点だ。なにに今までとらわれてきたのだろう。専門的な問題意識だけではなく、ごくごく普通の人間が囚われている問題意識=悩みの虚構性を見破っている。
最後に、進化論を始めとする科学的妥当性が無視できない時代に、著者の言う概念工学としての哲学的思考スタイルは底知れぬ意義を持つだろう。 -
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本作は科学的な唯物論を前提としつつ「意味」や「道徳」などこれまで哲学専門とされてきた「存在しなさそうでしてるもの」の問題について哲学的観点から考察する骨太な哲学入門書だ。
当たり前だけど哲学は死ぬほど難しい。実証的ではない故に答えがひとつに定まらないからだ。完璧に理解とか正直ムリゲー。
ただ、「哲学は問い方が大事」という著者の基本姿勢は普段の問題解決においても非常に重要であるように思う。つまり事象を様々な観点から分解し、極限まで具体化して問う。そして出た答えもこれまた極限まで抽象化、一般化する。このような思想家の高度な思考プロセスが疑似体験できるため学びはたくさんある。論理的思考力を鍛えたい方には非常におすすめの本。 -
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借りたもの。
ホラーを観る(楽しむ)ということ、そこにある「恐怖とは何か」を、哲学の表象として読み解いていく本。
目次を開いた地点で、文庫なのにその情報量の多さに驚愕……それだけ内容が濃い。
著者曰く「アラコワイキャー」という一連の流れ、“恐怖”が様々な感情の複合であることに始まり、その“本質”は何かを模索していく過程に、哲学史における表象の解釈の変化をも垣間見る。
心理学や生物学、脳科学の話にも触れ、哲学という抽象概念を扱っている分野からも少し離れつつ、それを丁寧に検証していく。
恐怖というものが、自身に迫った脅威の表象から、身体的な知覚表象を越え、実在しないものを恐れるようになる等、高度な認知行動を伴っている事を明かにする。
フィクションであるホラーだが、それを見て感じた恐怖は本物である。
しかしホラーは虚構であるという信念が逃避する行動に「待った」をかけること、怖さそのものが快楽をもたらす等……
恐怖に限らず、ホラーは「人間とはいかなる存在か」を考え直す上で示唆に富んでいる事を明確にする。
口語調で書かれた文体で、時折、例としてメジャーなホラータイトルが挙げられている。
『スクリーム』など、教材のように文中には出てくる(笑)
‘『スクリーム』は、ホラー映画であると同時に、ホラー映画についての映画(メタホラー)でもある’(p.182)ためらしい。
私でも観たことがある、メジャー作品ばかりなので、イメージを共有しやすく「なるほど」と思ったり、哲学の話に限らず、ホラー映画談義をしている気分になる。 -
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相変わらず面白い。恐怖、ホラーがメインテーマであることは間違いないのだが、さもすると陳腐な結論で終わりがちな、「人間とは何か」を問う書でもある。参照される思考体系の接続、一歩引いて考え直すタイミングなど改めて感心。小利口な文体と難解な単語で悦に浸っている輩はアホやなと思いながら読み終えたら、あとがきの最後で笑った。
「魂があるから、理性があるから、言語があるから、人間は特別なんだとハナから決めてかかるヘッポコ哲学者には、彼らの思惑に反して、人間のユニークさは決して理解できないだろう。そういう哲学者の首をチェンソーではねてまわりたい、と思う今日この頃。」
帯の意味不明だった絵はこれを描いていたようである。戸田山の根底にある思想を表していると思えば本書の白眉とも言えるのか。 -
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「意味」「機能」「目的」「道徳」…凡そ物理的世界から切り離され、「いわゆる哲学」の領分とみなされがちなこれらの抽象概念を、人間という特定の観察者の視点を排し、物理的・科学的に記述しようとする試み。各章の構成は「問題提起→次の章で検討→新たな問題出現」、とシンプルな直線構造で読み進めやすいが、何せ各章の内容がそれだけで独立した新書が一冊書けるんじゃないかと思えるほどに濃密で、安易な読み飛ばしを阻んでいる。議論が展開されるフィールドも記号論・情報論・進化論・認知論とまさに多岐にわたり、思わず見当識を失いそうになるが、程よい間隔で総括が挟み込まれ、読み進めるうちに自分のロケーションをすぐに取り戻せるよう配慮されている。読み易いのは筆者の軽妙な語り口の所為だけでは決してない。
基本の道筋としては第2章に典型的にみられるように、それぞれの概念の成立条件を検討(概念分析)するのではなく、「より利用度の高い知識を入手するには既存の概念の枠組みをどう改訂すればよいか(理論的定義)」を主眼として議論が進んでゆく。このところは素人目にご都合主義と思えなくもないが、新たな枠組みの元でその概念が唯物的世界にキレイにはめ込まれた時の美しさと爽快感には抗し難いものを感じた。
そして長い推論の果てに終章で投げつけられる「すべての人生に価値があるわけではない」「人生に意味などなくともよい」などの刺激的な言葉の数々。表面上否定的な色彩をまとうこれらのシニカルな言説も、この本を読み終えた後ならすんなりと、しかも驚くほどポジティブかつ挑発的な響きを伴いながら胸に浸み込んでくるはずだ。 -
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入門とは…と思うほど難しいのですが、物事に哲学的にアプローチするというのはこういう手順で行うのだと示してくれている部分では確かに入門なのかもしれません。
学生から倫理が好きで、よく教科書を読み込んでいました。日々読書もしますが、それでもこの本は難しいです。
あまりに難しく一度積み本となり、引越しの際に出てきて今ならと思い頑張って読みましたが、語句を検索し、帰り読みを繰り返しながら読むのに1ヶ月はかかりました。それでも大枠くらいしか理解できていないと思います。
私は語彙がないので、適切な言語化ができませんが、感覚的にモヤモヤしていた部分が晴れた感覚があります。
意味とは?表象とは?情報とは?目的とは?人間の行いとは本能的なのか理性的なのか。
いままで私は二元的にかんがえてわけていましたが、唯物的に考えるとこの辺が腑に落ちる感覚があります。
しつこいくらいにいいますが、難しいです。
しかし、論理的思考の言語化プロセスを丁寧に書いてくれている本書は読んでいると不思議な気持ちよさがあります。 -
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「教養」というワードに惹かれて読んでみた。
教養の意義とか高め方についてはわかっていたつもりではいたがやはり大いに参考になった。これに感化されて「トゥルーマンショー」も観てみたし「華氏451度」も読んで観てみようと思った。積読になっているシェークスピアとかいろんな古典もちゃんと読まないとと思った。
けど、読み終わって「教養」以上に印象に残ったのは「大学」の存在意義についてだった。
昨今は少子化で誰でも大学に入れるから学士や学歴の価値は相対的に下がっているしインターネットのおかげで学びたいことは必ずしも大学生とならずとも学ぶことができるよな、と最近思っているけど、これ読んでたしかに大学の存在意義ってまだまだあるなと感じた。社会人とは別の社会を俯瞰するような立場で世の中の課題について考えることができたり、社会人よりも余裕のある時間を活かして自分を見つめることができたり、そんなようにいろいろ考え学ぶ人同士でリアルな接点を持てたりすることは、ブランドとしての学歴は無価値でもけっこう意義のあることだよな、と思った。大学が研究者と若者だけの場ではなくてお母さんやお父さんやおじさんやおばさんもいる場になればさらに有意義だよなと思うし、世の中自体が大学みたいになれば面白いななどと妄想した。 -
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教養というものに真正面から対峙する 大学生に向け、「教養とは何で、身に付けて欲しい理由、身に付けるためのアドバイス」を力説した著書である。学生時代に読めていたらきっと参考になったであろうが、年齢に関係なく興味深く読める内容でもある。
著者は教養とは「社会の担い手であることを自覚し、公共圏における議論を通じて未来へ向けて社会を改善し存続させようとする存在であるために必要な素養・能力(市民的器量)であり、また己に規矩を課すことによってそうした素養・能力を持つ人格へと自己形成するための過程も意味する。」(少し長いが、まとめると「人間らしさの維持」とおうこと)と定義。そしてそれを手に入れるための、多くの障害や困難さ、落とし穴(ベーコンの言うイドラ論等)を検証しながら、それらに打ち勝ち教養への道を歩いて行く方法を分かりやすく説いている。
著者自身も自覚しているように、少々上から目線の書きぶりも見られるが、「過度の論理的潔癖さは反知性主義の餌食になりやすい。」「文化とはある意味そういう性質も持つ。」との立場を取っている。
いたるところで、映画や小説の内容を引き合いに出しながら、教養に関連した見方や解釈を展開しており、このあたりは面白く読めた。
読後、自分のこれまでの教養不足を感じさせられたところも多いにあり、年齢に関わらずこれから色々なことに興味を持ちながら勉強していこうかという気持にさせられる本であった。