柘植久慶のレビュー一覧
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下巻では、日清戦争から日露戦争を経て、立見の死に至るまでの足跡を辿っている。
日清戦争・日露戦争を通じて面白かったのが、職字率も含めた国民の平均能力の差。義務教育の普及で誰もが文字を読めて命令の伝達も可能な日本に対し、清国軍では漢字が書けるものが少なく、ロシアも文盲が多く、きちんとした教育を受けているのは指揮官クラスのみ。そうした軍隊は指揮官が倒れると烏合の衆となって崩壊する。一方、日本国は将帥の指示を兵達までが理解して行動するところに差があったようだ。後年、日本軍はアメリカから、兵は一流、下士官二流、将校三流と言われてしまうが、軍人教育が普及して陸士・陸大卒が少将まで輩出した日露戦争において、統一的な指揮統率ができたようにも思える一方、満州軍総司令部の松川少将のように自分の理論に固執して黒溝台へのロシアの攻撃を過小評価して危うく崩壊を招きかねなかったケースにも見られるように俯瞰する目が劣化してきたようにも思える。これが昭和へと続く陸軍劣化の萌芽なのかなとも思った。一方、立見は部下の福島大尉や永沼中佐に自由に研究させており、彼らの活躍の原動力となった。やはり押し付けでや暗記ではなく自分で考える力が必要だったのだろう。
また、日本軍というと悪いイメージを持ちがちだが、日清戦争では清国軍がそこら中で掠奪し、日本軍は銀を対価に住民との良好な関係を築いていた。昭和には見られない美点であるが。また、ロシアでもロシア軍の砲撃にさらされた集落を気遣って一時撤収する動きもあった。
また、国の守りは国民の決意あってのものということも改めて感じた。八甲田山の死の彷徨で200名近い凍死者を出した立見麾下の青森第五連隊に対し、青森市の予算の2倍もの義捐金が寄せられた。遺族も作戦に必要な訓練での殉職として文句も言わない。そして出征時・帰還時の大阪始め日本各地での熱狂的なもてなしぶりの描写もすごい。現代でこれを地で行くのはイスラエルくらいだろうか。
立見自身は満州での過酷な気候と戦場勤務で動脈瘤を発症して、体調回復せぬまま、1907年3月に他界する。賊軍からの司法官を経て陸軍大将という他に類例を見ない出世だったが、こうした能力を見出す明治政府の柔軟さもすごいと言える。
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ネタバレ
健康の大切さ
・立ち技で戦うこと。複数を相手する時、一人を組み伏せても、残った者に背後から狙われるからである。
・頭を低い位置に置くほど、頭部を一撃される。
・足は最も重要。腕力が強くとも、行動中にスタミナを使い果たして、動けなくなったら意味がない。
・剣:敵の足首~膝の間に蹴り、または剣で突くか斬る。あるいは柄で殴る。
・前蹴り:押し倒されそうになった時、相手の股間や脛周辺を蹴る。
・膝蹴り:体が密着したときに
・組み伏せられた時:掌底で相手の肋骨の一番下を突く→頭突きで顔面を潰す→何でもいいから武器を手にし、頭部を強打→とどめを刺す
・「他人は他人。我は我なり。我が事について後悔せず」。他人が何をやっていようが、皆が何に熱中してようが、自分には関係ない事。他人の助言で何か始めても、結果が悪いと、誰も責任など取りはしない。それくらいなら、初めから自分の信じる道を選んだ方が、失敗してもまだ納得できる。
・人生はゴールの判然としない長距離レース。健康でさえいれば、何とか追いつける。
・漢字を書く能力は、常時続けていないと錆びついてしまう。あまり、携帯電話やパソコンに頼ると漢字が書けなくなる恐れがある。
・学歴はたいして重要ではない。それより良書を精読する方が大切。
・苦しい局面を迎えた時、「ここで脱落したら、いままでの努力は水の泡になる」と言いきかせる。
・戦いに入ったら、敵(戦わなければならない相手)に対して憎しみを持つ。
・常に最悪のケースを考える。
・大きく深呼吸して、脳に酸素を送り込み、頭をクリアにする。
・きわめてわずかな健康上の違いが、戦いにおいては、直ちに、その人の生命を左右する。
・試合展開を予想する直感力。
・視力を保つには、①朝起きて緑を見る、②起床直後の目薬一滴、③遠くの文字を見る、④ビタミンA(人参や鰻など)を摂るとよい。
・勝利の女神は、準備万端怠りなく、鍛えに鍛えた人にしか微笑まない。
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生き残るためのミニ辞典
辞典のように、興味を持った項目や、緊急性の高い箇所から、読んでみるといいです。
一部ご紹介します。
・多数意見は、災害時には、正しくない。
・籠城戦で最も注意すべきは、疫病の流行だ。
・木が傾くような植生の変化は、危機の前兆だ。
・備蓄品は、一週間分は確保すべし。水は1日二リットル以上だ。
・中国産の食料品は要注意。遺伝子組み換え農産物は、避けた方が無難。
・何を食べようか迷ったら、食中毒対策に、昼食はカレー。夕食は和食で鍋物。
・睡眠時間を確保する。7〜9時間欲しい。睡眠不足はアルツハイマー病への一里塚。
・車に積むべきは、サバイバルキット、杖、ジョギングシューズ。
・健康維持のために、2日に1度は30〜60分の運動をする。足を使うものを中心に。
・野菜か果物、そして青魚を毎日食べる。野菜ジュースでもいい。
・高齢でも出来る趣味を持つ。頭を使う。
・素読した事柄より、書いた方が記憶に残る。書く習慣をつける。手始めは日記。
・冷静さを保つには、深呼吸して、脳に酸素を送り込むことだ。
・何ら話しかけず、表情を変えることなく、2メートル以内に入ってきた人間は、敵意があると考えていい。
・ストーカーに対しては、親族などに依頼して、逆襲に出るのが効果的だ。
・まっとうな弁護士は、委任状に印鑑をもらう場合、きちんと使用目的を記入している。更には、委任状の受取証をつける用意してくれる。
・中国、朝鮮(韓国、北朝鮮)の歴史は、裏切りの歴史である。彼らにとって「嘘をつく」「裏切る」ことは民族としての常識だ。彼らにとって、「約束」は、相手を支配する方便に過ぎない。
・金銭にまつわる話が出てきたら、先ずすべきは、疑うという一点だ。
・経済難民を拒絶するのは当然だが、国連で認められてきた『政治難民』もまた、危険な一面を有している。
・敵の善意など信用してはいけない。一時的に生命が惜しくて、大人しくなった者は、状況が一転したら、たちどころに態度を変え、敵対行動を再開してくる。
・専門知識と広範な知識。学校の成績と実務能力は必ずしも一致しない。 -
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ネタバレ本書は、史上まれに見る天才指揮官であった立見尚文の生涯を、少年時代から永眠までを克明に描いた渾身の歴史大河小説(上下巻)です。
上巻では桑名藩内で頭角を現わし、戊辰戦争では鳥羽伏見の戦いからやがて北越方面へ転戦、雷神隊という精強な部隊を率いて新政府軍を恐れさせた立見の前半生を描きます。
旧幕府軍の降伏後は謹慎を経て司法省へ出仕、やがて指揮官としての能力を買われて陸軍に招かれます。西南戦争では西郷隆盛の本軍を追い込む活躍をし、陸軍軍人として立見の評価は一気に高まり、出世街道を駆け上がります。
下巻では日清・日露戦争での活躍を描きます。日清戦争が勃発すると、立見は歩兵第十旅団長として出征し、平壌攻防戦などで戦功を重ねます。戦後は中将となり、第八師団を任されますがが、麾下の歩兵第5連隊が八甲田山の雪中行軍で全滅する事件もありました。
しかし立見の真骨頂は、日露戦争における「黒溝台の戦い」で発揮されます。第八師団を率いた立見中将は、多くの部下を失いながら全滅寸前という激戦を続け、ロシアの大軍を黒溝台から撤退せしめたのです。これによって全体の戦局は一気に好転し、奉天会戦勝利への道筋が付けられます。
戦後は陸軍大将に昇進。賊軍として謹慎を余儀なくされてから38年後のことでした。一度はどん底に沈んだ人生を、自らの力だけで取り返した立見の生き方は、現代人にも通じる多くの示唆にあふれているといえます。
傭兵経験を持つ著者のならではの、戦場の空気感を損なわない見事な描写も圧巻です。 -
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栗林忠道は私の尊敬する人物の1人である。栗林に関する書籍は様々出ているが、梯久美子氏の「散るぞ悲しき」は涙無しには読むことの出来ない名著であったと記憶する。それら書籍を読むきっかけになったのは2006年のアメリカのクリント・イーストウッドが監督を務めた2つの映画だった。渡辺謙と二宮和也が主演を務め、硫黄島の戦いを日本兵の視点から描いた「硫黄島からの手紙」。そして同じ戦いをアメリカ側の視点から描いた「父親たちの星条旗」の姉妹作。この2作は何度も繰り返し観た。特に渡辺謙が演じる栗林忠道は、会社で管理職なりたての自分に、率先垂範し部下を鼓舞しながら最後まで諦めずに奮闘するという管理者の理想像そのものを与えてくれた映像だった。勿論エンターテイメント性を重視したフィクション的な要素がある事は理解しつつも、最後の局面で言う「予は常に諸氏の先頭に在り」の言葉は印象に残る。なおこの言葉を含む決別電報は何度涙したことか判らない。
硫黄島の戦いは卓越した指揮官である栗林忠道が注目される事が多いが、本書はその指揮下にある佐官クラスの優れた登場人物に光を当てている点が面白い。実際の戦闘が始まるまでの間は硫黄島の硬い岩盤を手彫りして全長17キロに及ぶ(計画は28キロ出会ったが間に合わず)坑道を構築した事で知られるが、この間に作戦に同意しない参謀クラスを更迭し、自らが求める作戦に必要な人材を集めた。本書の中で陸軍作戦部長である真田穣一郎少将に掛け合い、歩兵戦闘の神様と呼ばれる中根兼次(戦史では栗林を斬殺したとされるが)中佐や高石正大佐、将官では千田貞季少将の赴任を打診するシーンなどは読みごたえがある。栗林が硫黄島の戦略上の重要性を見据えて、大本営に本気度を窺う心理は非常に興味深く、駆け引きや心理戦においても優れた能力を発揮していた事が伝わってくる。それ以外にも海軍陸戦隊の市丸利之助少将や西竹一大佐など、前述の映画の中にも登場する優秀な人材を従え、アメリカが予想する数日で占領するという予測を遥かに上回る期間、そして日本兵以上の兵員の損害をアメリカに与える結果となった硫黄島の闘い。
本書は日本側視点とアメリカ側(主にホーランド•スミス中将)の視点が交互に入れ替わり記述され、冷静に落ち着き払って「死の覚悟」を受け入れた栗林と、怒りに満ちたスミスを対比して描いている。双方が相手の立場になって、どの様な出方をしてくるか緊迫した心理戦が展開されていく。結果は勿論誰もが知る硫黄島陥落であるが、栗林をはじめ、食料も水も武器も限られた環境にあっても最後まで敢闘精神を失わず、本土防衛の御盾となり散っていく英雄たちの姿が生き生きと描かれている。
栗林は戦場からも家族(特に子供に対して)筆まめとして知られるが、本書はそうした描画はなく、血生臭い戦闘一色である。戦闘開始後は束の間の休息もなく削られていく命の時間を、ただ運命に逆らわずに刻々と過ぎていく時間を残りページが減っていくのと同じ様に辿っていく自分(読者)がいる。 -
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桑名藩出身の立見鑑三郎(尚文)の伝記。上巻では、日清戦争に入るところまでを扱う。
冒頭、日露戦争の鉄嶺駅での秋山好古少将とシーンに始まり、そこから時代をグッと遡って八丁堀の町田家に生まれる。少年時代に立見家に婿養子として入った鑑三郎は、身長172センチと当時では大柄で体格にも恵まれ、更に頭脳明晰で武道もできる少年であった。才能を見出されて若くして藩主松平定敬に仕え、京都所司代時代には20そこそこで藩の外交官たる公用方として薩長や会津など各藩の公用方とやりあう中で、土方歳三とも親交を結ぶ。
最初の戦功は蛤御門の変であったが、その後、鳥羽伏見で藩主定敬(と会津藩主松平容保)を引き連れた慶喜の脱走に泣かされ、なんとか脱出して江戸に戻る。藩主は長岡藩の手引きでスネルの船で海路藩領越後柏崎を目指すが、乗り切れない隊士を雷神隊はじめ三隊の編成とし、若くしてその隊長に推挙。宇都宮、北越、会津、寒河江、庄内と転戦して際どいながらも常に変幻自在の戦術眼で兵力や武器弾薬で凌駕する官軍相手に後退しつつも痛撃を与え、北越では山縣の右腕時山直八を倒すなど勲功を挙げるも庄内藩とともに降伏する。
戦後は一年半の蟄居の後許され、つてを辿って司法省に奉職。抜群の事務処理能力で成果を上げるが、西南戦争の勃発時に乞われて陸軍少佐として従軍。西郷を城山で追い詰めて、戦後はヒーローとなる。
その後、各地の部隊を鍛えつつ、小松宮のお眼鏡に叶って近衛第三連隊長や宮の欧州視察(トルコ、イタリア、ロシア、ドイツ)に随行して見聞を深める。具体に見聞深めながら寸暇を惜しんで日本が学ぶべきものを取りまとめている姿は好感もてる。また、川上操六、児玉源太郎、メッケルなどとも懇意になる。
帰国して地元に近い名古屋勤務になったのも束の間、また呼び出されて近衛師団参謀長となり、清と風雲急を告げてからは、少将に任命されて愛媛の第10旅団長となり朝鮮に進軍していく。
賊軍からここまで立身出世できたのは立見の能力もあるが、明治政府の度量もまた大きいと思う。 -
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全世界の戦争の歴史
全世界の歴史上における「戦争」を、年を追うようにコンパクトにまとめた、資料的ともガイドブックとも言える本。
歴史・戦史ものが好きで、戦争と年代の関わりを知りたい・勉強したい方におすすめです。
筆者のクセやこだわりがやや見える(特に近・現代)ので少し注意ですが、逆に、どうすれば良かったかを考察してみたい、もしくは単純にもっと詳しく知りたいという意欲が生まれるかもしれません。 -
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世界の戦争のミニ辞典
戦争の歴史のミニ辞典として読むといいと思います。第二次世界大戦及び対米戦争より、一部ご紹介します。
・アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領は、経済再建に戦争が不可欠と考えた。そこで、日本を標的にした。このため、屑鉄や石油の禁輸に追い込み、苦境に陥らせた。そして、ハルノートにより、日本を対米開戦に踏み切らせた。
・もし、真珠湾を攻撃するなら、燃料タンクも破壊するべきだった。
・「海軍の疫病神 」南雲忠一が、真珠湾の失敗だけでなく、ミッドウェイ島攻略作戦を付け焼き刃に立案、図上演習もせずに作戦を実施したことで、大敗北に繋がった。
・「作戦の貧乏神」辻政信が無謀なガダルカナル作戦をやらせた。
・瀬島龍三は、東京の陸軍参謀本部にて、緊急電などの都合の悪い情報をことごとく握りつぶした。
・輸送船を駆逐艦で守ろうという発想がなかったために、物資の内地への搬送が不十分になった。
・和平交渉と調停を、開戦前から考えた人間がいなかった。
・長期にわたる戦争は、人的被害と物的被害が計り知れないものとなり、国力を衰退させ、
継戦能力を奪ってしまう。
・ドイツに追従して、ソ連と日ソ中立条約を結んだことが、戦略をがんじがらめにさせた。
・日本の敗因は、兵器開発の見通しの甘さもさることながら、人的要因によるものが大きい。 -
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東京湾直下型地震と房総沖地震がわずかなタイムラグで発生したと仮定した上でのシミュレーションノベル。今回の震災で多くの人が防災意識を高める中、予想されていた以上の事態が発生したときにどのようなことが起きうるか、大変興味深く拝読しました。
いたずらに煽ることもなく、淡々と記されている筆致がいろいろと考えさせられます。
ちなみに作中の舞台では日本国総理は「ベビーギャング」と陰口される人物で、おそらくあの人がモデルですが、かの人の実績を見るに2023年といわず次の選挙で国民の審判を食らうと思われるので、恐らくこの人物が首相と言うことはあり得ないでしょう。