倉山満のレビュー一覧
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(本文より)
日本の歴史学界で絶対に使えない学術用語があります。
「中国のプロパガンダ」です。
自分の見聞きした範囲ではっきり断言しますが、中国を研究している平成の日本人で、中国共産党に遠慮なくモノが言える人など数えるほどしかいません。
理由は三つあります。
一つめは、中国の悪口を言うと、基本的に入国させてくれませんし、必要な資料を見せてくれないなど研究にさまざまな支障が出ます。
二つめは、戦後の中国研究者のほとんどが親中派だったので、弟子や孫弟子は先生・先輩の業績を否定するような研究は許されなかったのです。
三つめは、さまざまな名目の「日中共同研究プロジェクト」に依存している研究者が多いので、研究資金を打ち切られる恐怖に打ち勝てる人は少数です。
日本国内では博士号を取っても非常勤講師の職すらなかったところ、中国では語学教師として雇ってくれたので最低限の生活は大丈夫だったなどという話を聞くと泣きたくなります。
まともな国ならばとっくに大学教授になれる実力のある研究者が食うや食わずのフリーター生活をしているのが、今の日本という国です。
そのような環境に置かれている人が親中派になったとして責められるでしょうか。
甘いと思われるかもしれませんが、私のように一度も筋を曲げず、自由に信じていることを書き続けるなど、例外中の例外です。
ましてや、その内容を一般に広く知れ渡るかたちで出版できるなど、奇跡です(あなたが今、読んでいる本のことです)。
かくして、日本の歴史学界では「中国のプロパガンダ」を研究することはタブーです。
だから、同じ手口で何度も負けるのです。 -
Posted by ブクログ
嘘だらけの歴史シリーズ(日米・日英・日中等)や、昨年(2016)から興味を持ち始めた「地政学」に関する解説本を何冊となく書いている、倉山氏によって書かれた、古代における世界史を解説した本です。
私にとって、世界史の授業では、ほとんどが欧州に関するもので、古代の時代になると、東洋や中国に関する内容があり、それとは別の時代のように「四大文明」を習った記憶があります。四大文明で栄えたエリアはどうなったのだろう、と疑問に思うのもつかのま、ほかの時代の学習へ進んでいったのを覚えています。
この本では、古代・中世と言われている時代において、各エリアでどのような文明が栄えていたのかが述べられています。この本を読んで、いままで時代毎にエリアを学習していて、断続的であったのが、一つに繋がったような気がしました。
エジプトやアジア等、いわゆる「東」が栄えていたことがよくわかりました。また日本は本当に外乱に巻き込まれることなく国が発展していった幸せな国であることもわかりました。
以下は気になったポイントです。
・歴史を学んで得られること、1)正しい事実がわかる、2)現在の自分の立ち位置がわかる、3)未来に何をすべきか見えてくる、4)他人のウソを見抜けるようになる、5)頭がよくなる(p4)
・日本では最古の土器(1.6-1.8万年前)、最古の磨製石器(3万年以上前)が発見されている(p19)
・エジプトは、それまで1日20時間だったのを、24時間とした。ヒエログリフ(絵・スタンプ)のような象形文字を使用していた(p27)
・ハムラビ法典の「目には目を歯には歯を」とは、同じ身分の者同士の場合は、対等な刑罰まででやめておけ、身分が違う場合はこの限りではない、という意味(p31)
・チャイナの範囲は、黄河・揚子江(長江の下流部分)、そして西の方にある西安の三か所に囲まれる部分、満州・モンゴル・新疆・チベットを足して中国と言い出したのは毛沢東(p36)
・紀元前660年に日本が建国された、歴代天皇の在位年数を足して西暦換算するとそうなる、伝説の部分(p70)
・日本では殺し合いによって人口が減少したのは、弥生時代と南北朝時代のみ、日本には平和な時代が長い(p71)
・共和政ローマは、カルタゴ(ポエニと呼ばれていた)と西地中海の覇権を争って、足掛け118年(3回)戦った、当時は地中海アフリカが先進地域、次が地中海ヨーロッパ(p95)
・カエサルは膨大な借金までして3つのことをした、1)手下を養うための宴会、2)本、3)女性への贈り物(p110)
・ヘブライ王国は、ソロモン王が死去したのちに分裂(前922)してしまう、北部のイスラエル王国と、南部のユダ王国、ユダヤとイスラエルは宿敵である(p124)
・ユダ王国は、新バビロニアがエジプトに勝つと新バビロニアに朝貢し、エジプトが勝つと新バビロニアに反旗を翻す、なので、新バビロニアが派遣した懲罰軍によりイェルサレムの街は破壊され滅亡、属州となり、多くの民が新バビロニアに連れていかれた(バビロン捕囚)(p124)
・アッシリアは最初の世界帝国と言われた、帝国とは異民族を含み、複数の民族が存在する国家である、皇帝が治めるから帝国ではない(p136)
・紀元前612に、アッシリアを滅亡させ、新バビロニア(イラク)・メディア(イラン:高貴なる者という意味)・エジプト・リディア(トルコ)の4つの国に分かれた(p137、145)
・ペルシアの異民族統治方法は、アッシリアや新バビロニアとは異なっていた、軍役・貢納と引き換えに、宗教・風習を容認した。ローマ帝国もこれをお手本にした(p143)
・アケメネス朝ペルシアは、アレキサンダー大王により滅ぼされた後に分裂し、セレウコス朝シリア(後に、パルティア=イランが独立)、プトレマイオス朝エジプト、アンティゴノス朝マケドニア(ギリシア)の3つに分裂した(p146、153)
・遣唐使は四隻で行く、生存率が50%なので(p153)
・イエスが始めた宗派はユダヤ教の改革派である、当時のユダヤ教の二大宗派は、ファリサイ派とサドカイ派であった(p160)
・ハドリアヌス帝は、イングランドとスコットランドの間に「ハドリアヌスの壁」を作ろうとしたが完成しない、石が足りないので、造ってあるところから持ってきては積んでいたから(p183)
・大帝国とは滅びる原因が内部要因であり、外敵からの攻撃によって消耗するのではなく、自ら崩壊していく(p184)
・魏は高句麗とも対立していて、邪馬台国と仲良くしておいたほうが得なので、親魏倭王という称号と金印がもらえた、印鑑をもらえたということは、手下になることを意味した(p197)
・アタナシウス派は、イエスはヨセフの子ではなく、処女マリアから生まれた神、神と精霊とキリストは三位一体であるとするもの、アウリス派は、父である神と子であるイエスは一体ではない、イエスは人間であると考える。コンスタンツ帝の開いたニケーア公会議(325)により、三位一体のアタナシウス派が正統、アリウス派は異端となった(p214)
・キリスト教では、すべての教えは聖書にあるとし、知識・技術をどんどん軽視していった、その結果、下水がだめになり不潔になった(p215)
・ギリシアを征服してもオリンピックは行われていたが、392年にテオドシウス帝がキリスト教をローマ帝国の国教にしてから、異教の神々を祀るので禁止した、古代オリンピックは393年の第293回大会を最後に1200年の幕を下ろした、近代オリンピックとして蘇る1894(開催は1896)まで1500年も待った(p219)
・エフェソスで行われた公会議(431)で、三位一体説がさらに確認され、ネストリウス派が異端となった、ローマ帝国を出て、ササン朝ペルシアから唐に伝わって、景教と呼ばれて奈良時代には日本へも伝わった(p234、243)
・ローマ帝国でキリスト教が国教になってから5つの管区に分けられた、ローマ教会・コンスタンチノープル教会・アレキサンドリア・イェルサレム・アンティオキアである、後の3つはイスラム化したので、ローマ教会とコンスタンチノープル教会で首位権を争った、最終的に、ローマカトリック教会と、東方正教会に分かれて今に至る(p235)
・西ローマ帝国は476年ほろんだ、分裂した中からフランク王国(メロヴィング朝)がのち(800)に建国される(p238)
・昭和天皇が防空壕から出て、新造された吹上御所に移られたのは、昭和36年(終戦16年後)のことである(p252)
・写実画が禁止されていたのは、神の目を人間が持ってしまうことになるので許されなかった(p261)
・隋の煬帝は聖徳太子の国書の内容に激怒したが、翌年、小野妹子が帰国するときに、裴世清(隋の官吏)を返礼の使者として同行させている、これは隋の煬帝が「和国」を対等の国であると認めたことになる(p269)
・ユダヤ教、キリスト教、イスラム教で神の使いである天使は共通している、三大天使とは、ガブリエル(マリアにイエスの降誕を知らせた)・ミカエル・ラファエルである(p276)
・ムハンマドがメッカを離れた日を紀元(622年)とした、メディナに移り、アッラーの言葉を伝えていった(p278)
・イスラム勢力は、ビザンチン帝国から、イェルサレム(638)、シリア(640)、エジプト(642)を奪い、ペルシアからはイラク(637)を奪った、シリア・エジプトは大穀倉地帯でもあったので、ビザンチン帝国はローマ帝国以来続いていた小麦の供給が停止となった(p284)
2017年5月1日作成 -
Posted by ブクログ
・近代の欧州諸国や日本は無差別戦争観。戦争のやり方には善悪があり、軍事合理性に反する無意味な殺傷を軽減・根絶するが、戦争そのものには正義も悪もない。敵とは利害が異なるものであり、犯罪者ではない。
・一方、アメリカは差別戦争観、すなわち正義の戦争があるとする考え方。自分の行う戦争は常に正義で、相手は悪魔。悪魔との妥協は許されない。敵と犯罪者の区別がつかず、戦争とは犯罪者を退治する保安官。自分が正義で敵を悪魔だと思う戦争を宗教戦争という。
・総力戦として戦われた世界大戦により、決闘としての戦争は終焉する。敵の銃後への攻撃が行われ、戦闘員と非戦闘員の峻別が否定された。
・教皇も皇帝も紛争の当事者となった欧州と違い、超然とした存在としての天皇がいたことが日本では大きかった。
・ウェストファリア体制下の法体系は戦国時代の日本そのもの。合戦はすべて目的限定戦争。日本にとって当たり前がが、欧州では当たり前でなかった。 -
購入済み
日本人なら読んでおいて損はなし
私達が生きていく上で守らなければならないもの、例として法律や条例といったものがある。これらを制定する際、その内容がこれに違反してはならない。違反したら無効になる。それが最高法規の憲法である。
学校では、生存権を謳っている25条等、有名な条文は学習するので、知っている人は多いと思う。
じゃあ他の条文にはどんなことが書いてあるのだろう?
と少し興味を持った、でも難しい本を読むのはちょっと…という人にはオススメかもしれない。一つ一つの条文の口語訳とマメ知識が載っている。
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Posted by ブクログ
ヨーロッパが植民地支配した歴史的な事実を踏まえながら、ロシアの立ち位置、そして、ロシア人の思考方法、クセ、ソ連となった経緯、そして崩壊、そういう展開の中で、好むと好まざるに関わらずその歴史的な展開に参加せざるを得なかった日本の振る舞いが、一定整理された書かれた書物であります。
内容ですが、
第1章 ロシアの正体
第2章 ロシア帝国の誕生
第3章 アジアに優越する欧州五大国
第4章 地球規模のグレートゲーム
第5章 ロシアから見た幕末明治
第6章 ロシアをつぶしたソブエト連邦
第7章 悪の論理はスターリンに学べ
第8章 ソ連はなぜ冷戦に負けたのか?
終 章 ロシアの苦悩とプーチンの野望
薩長史観、東京裁判史観に毒された現代日本の思考回路をいったん遮断して、地球規模で、ヨーロッパ社会がとってきた歴史的展開を学ぶのもよろしいようで(笑)。 -
Posted by ブクログ
新しい年になりました。今年は良い年になって欲しいという気持ちに偽りはありませんが、今年は大きく変わる年になるだろうなと予想できます。その最も大きな要因となるのは、あと3週間ほどで、アメリカに今までとは異なったタイプの大統領が誕生することにあります。
トランプ氏が大統領である今後4年間で、アメリカは変わり、それまでアメリカ陣営にいた国々は、その密着度合いに応じて影響を受けることになるでしょう。戦後、軍事費にお金をあまりかけずに済んできた日本は最も影響を受ける国の一つになるのではないでしょうか。
この本は、トランプ氏が大統領に当選する前、恐らく原稿を書かれていた時には、メディアによって、ヒラリー氏が当確であるとまで言われていた時代に書かれた本です。この本はタイトルからは予想しずらいですが、私にとっては、アメリカの近代史の解説本のように思いました。
以下は気になったポイントです。
・一般にアメリカの三大財閥と呼ばれるのは、ロックフェラー(ドイツ南部のプロテスタントの一部、バブテスト)・メロン・デュポンである、デュポンの代わりにモルガンを数えることもある、いずれもユダヤ系ではない。カーネギーも名指しされるが、これもユダヤ系ではない(p34)
・第一次大戦中、一時的に金本位制は中止されていたが、1919年から復帰が相次ぎ、1929年の大恐慌まで金本位制は続いていた。この体制下では、ユダヤ人であろうとなかろうと、金に見合わない量のお札をすることは不可能であった(p45)
・実はアメリカの大統領は、世界最弱の権力者であるというのが、世界の比較憲法学の常識。アメリカで一番強いのが、連邦最高裁。議会が通したどんな法律に対しても、また大統領が行ったどのような行政に対しても、違憲審査をする権限がある、ニューディール政策で始めた工事を憲法違反だからやめろ、判決してやめさせたこともある(p47)
・戦前の日本の財閥は、三井も三菱も、国際グローバル金融資本そのもので、WASP財閥と仲良しでユダヤ系財閥とも仲が良かった。(p52)
・1955年、1ドルブラウス騒動がアメリカであった。日本が輸出するブラウスが1ドルという、アメリカ人の感覚では100円くらいの安い値段で、アメリカの業者を圧迫した。当時の日本にとっては、1ドルというのは、今の感覚で7200円くらいにあたるので、そんなに安物を作っていたわけではないが、貨幣価値の差で、アメリカでは破格の安さになった(p57)
・通産省がアメリカに買ってきた理由として、1)通商派と産業派の絶妙な役割分担でうまく腹芸を演じる、2)人材が優秀、公務員試験合格者のうち、財務省についで優秀な人が行く。アメリカは経験豊富で優秀な官僚は、国務省・国防総省のみ、通商交渉の通商代表部は出世に縁遠い(p60)
・小泉総理は、911テロのとき即日にアメリカへ支持を表明した。なので翌年2002.9に北朝鮮から拉致被害者を取り返すことができた(p70)
・日清戦争の下関条約を結んだ、陸奥宗光、日露戦争のポーツマス条約の、小村寿太郎、となれば、第一次世界大戦のロンドン宣言(英仏ロへ勝手に戦線離脱しないと宣言)の石井菊次郎となる(p73)
・昔、日本には男女問わず村人全員鉄砲が撃てるという自主独立の地域が今の和歌山県にあった、織田信長が近畿地方をほぼ全部制圧しているのに、和歌山県だけは攻略できず、豊臣秀吉が10万の大軍を率いて、本州と四国、淡路島と三方から同時に攻めてやっと落とせた(p83)
・アメリカの連邦政府の役職に江戸幕府のそれをあてはめるとしっくりくる、行政府の長の軍最高司令官である大統領は「征夷大将軍」、州の垣根を越えてテロ対策、銀行強盗の捜査を担当するのは、FBI、関東全域にわたり天領・旗本領・大名領の関係なく、火付けと盗賊を取り締まる「関八州火付盗賊改方」、各州の代表である上院議員は、幕府の要職に就任する譜代大名が集まった「帝鑑間詰大名」、財務長官は勘定奉行、国務長官は外国奉行(p84)
・征夷大将軍が宿老全員の同意に逆らうことができないのと同様、アメリカ大統領は、議会の3分の2が敵対になったら何もできない。州はそれぞれ独立が強いので介入できない、室町幕府に近いかも(p85)
・選挙については、戸籍がないので日本のように自動的に付与されるものではない。アメリカ人は18歳になったら選挙人登録を行い、自分の意志で権利を主張する必要がある。太閤検地以前の応仁の乱で止まっている(p87)
・州の前に、連邦国家における本土未編入の自治領的な、準州があって、その下に領土(テリトリー)、昔はその下に植民地(コロニー)があた(p90)
・大統領候補者は立候補を表明してから1年もかける必要があるが、これは絶対に独裁者をださないための仕組み(p93)
・南部は奴隷を家畜のような財産として扱ったが、北部の「奴隷解放」とは、単に「黒人なんか追い出して、白人だけの国を作ろう」という話であり、黒人と白人を対等に扱うということではない。南部の白人は黒人を人間ではなく、動物か猛獣として自分の制御すべき存在とみている、北部の白人は、人間だが自分たちの社会には不要な存在で排除すべきものと見ている(p96、162)
・南北戦争の時に、共和党の原型と民主党の原型がそれぞれの州にあり、リンカーンは分裂をさけるために、副大統領のジョンソンは、民主党から採っている(p97)
・南北戦争は「北対南」という単純な話ではなく、南東部だけを敵にして半包囲することに成功したという戦いであり、黒人差別ということでは北も南もない(p97)
・農閑期の11月なら投票のための旅行がしやすいだろう、日曜の教会の後でないと投票にでかけられない。11月1日がカトリックの祭日なので、ぶつからないのに、11月の最初の月曜日の次の日とした(p105)
・オリンピックで水泳に黒人選手が出られるようになったのは、ここ20年くらい。不文法であった(p118)
・前々回の選挙(オバマが2回目に当選した時)の後、共和党を支持する州を中心に15の州が、アメリカ合衆国から脱退したいという電子請願をだした、リンカーン以来、法律上、合衆国離脱は認められないので、曖昧に終わった(p120)
・アチソンライン(アリューシャン列島、日本列島、台湾、フィリピン、オーストラリア)と、ハワイからペルシア湾までのルートの交差するのが、沖縄である。そこに米軍がいるので、アメリカは世界の覇権国家でいられる(p147)
・日本では1989年のマルタ会談で冷戦が終わったことになっているが、実際は1989-1991年までが本番で、西側陣営(アメリカ、イギリス、フランス、西ドイツ)が、ソ連に総力戦を挑んだ。ここで、日本と韓国は敗戦国である。金泳三と細川護熙が、基地を貸さない、という決断をして、クリントンの北朝鮮への空爆を止め、その結果、北朝鮮の核武装を完全容認する形になった(p149)
・ブッシュ二世は、小泉首相を、イギリスのブレア、オーストラリアのハワードとともに、ブッシュ家の自宅に招待された一人である(p151)
・北部の白人の黒人に対する対応は、解放された黒人をアフリカの地に送り返し、リベリアを建国した。送り返された黒人が、現地の黒人を奴隷にするという悲惨な結果となった(p163)
・第二代のマサチューセッツ州出身の、ジョンアダムスを除き、第五代のジェームズモンローまで、みなバージニア州出身の大統領であった。大農場主による貴族政治であった(p173)
・革命とは、王様に対して貴族が起こすもの、本当に貧乏な人は革命など起こせない(p174)
・人口の大きなカリフォルニアを自由州として認める代わりに、厳重な逃亡奴隷取締法を制定して南部をなだめて内戦をおこさずに妥協にこぎつけている、これを1850年協定といい、フィルモアの功績(p178)
・南北戦争当時の日本にとって、最大の脅威はロシアで、英仏(の外交官たち)が食指を伸ばしていた。ロシアと組むと飲み込まれるので誰も組まない、幕府はフランス、討幕派はイギリスと接近した(p183)
・南北戦争が北軍勝利と確定した直後にリンカーンは暗殺、奴隷解放は有名無実となり、奴隷解放の法律が次々と連邦最高裁の判例で骨抜きとなる、現実の奴隷解放は、100年後のジョンFケネディまで待つことになる(p184)
2017年1月3日作成 -
Posted by ブクログ
著者が既存のロシア史に一石を投じた一冊。
多少右寄りと感じるものの、色々と目から鱗の記述があった。
特に下記の記述が印象的だった。
著者が既存の中国史に一石を投じた一冊。
「米中韓は『文明』を理解できない国でしたが、ロシアは無軌道に見えて『文明』を理解してます。これは端的に能力の差です」
「米中韓の三国には、外国との約束も自分との都合で勝手に変更するという特徴があるのですが、彼らの意思が問題ではなく、能力的な問題だと考えた方がいいでしょう。
一方、ロシアは米中韓のような文明を知らない野蛮国とは違います。彼らは文明を熟知したうえで破ります。(中略)ただし、外交における巧みさは異なります。」
「本書で、なぜロシアが生き残ってこられたのかを粛々説明しますが、彼らの外交能力は卓越してます。たった一度の敗戦で骨抜きにされてしまった日本人が学ぶべきは、ロシアの面の皮の厚さです」 -
Posted by ブクログ
倉山氏による、嘘だらけ現代史シリーズの第四弾(2017.3現在の最新作)です。今回のテーマは英国で、本の中で片山氏曰く、一番書きたかった国だそうです。現在の覇権国は米国ですが、第二次世界大戦が始まるまでは英国と認識されていました。
この本では、英国が覇権国を事実上手放した時期について、私が知りたかった回答(米国の武器貸与・英国海軍基地の貸出)も提示してくれています。よく経済的な理由が提示されますが、そうではないと思っていた私はこの本に出会えて嬉しかったです。
また、サッカーのワールドカップで、なぜイギリスだけ、イングランドとスコットランドが別の国として参加するのかも、英国の歴史を知ることで少し理解できました。近年、スコットランドの独立を巡る国民投票もありましたが、やはりイギリスは連合国なのだと改めて認識しました。
以下は気になったポイントです。
・1202年、教皇は第四回十字軍を宣言するが、この十字軍はイスラム教徒が占領するエルサレムではなく、なんと同じキリスト教徒の東ローマ帝国に攻め込んで踏みつぶした(p26)
・西欧が東欧に勝ったのはローマ帝国の東西分裂以来、インノケンンティウス3世(1198年に教皇就任)が初めて。西欧が世界の中心になったのは18世紀半ば(p27)
・日本の関西地方では、京都>神戸>大阪>そのほか兵庫>奈良>和歌山、のヒエラルキーがあり、京都人は関西弁の発音で即座に相手の出身地(つまり階級)を見抜きランク付けする、これがイギリス貴族と同じ(p38)
・もともとイングランド王はフランスに広大な領地を持っていた、そのノルマンディー公というフランス貴族がイングランドを征服してイングランド王になった。欧州の百年戦争が、白村江の戦い、ばら戦争が、壬申の乱、にあたる(p38、41)
・1543年、ヘンリー8世王は首長令を発して、英国国教会を設立した。儀式、教義など中身はカトリックのままだが、バチカンのヒエラルキーから離脱したということで、イングランドはプロテスタントの国になる(p49)
・メアリは大国スペインと王太子フェリペと結婚して、カトリックが復活する。異端禁止法で火あぶりを連発し、国教会などプロテスタントを弾圧した。あまりの過酷さに「ブラッディー・メアリー」とあだ名される。トマトカクテルの語源。西仏戦争ではスペイン側として参戦するが大敗して、大陸に持っていた最後の領土(カレー)を失った(p53)
・アフリカ周りで世界に飛び出したポルトガル、アメリカ周りで世界に飛び出したスペイン、彼らはトルデシリヤス条約を結び、教皇が決めた子午線より東はポルトガル、西はスペインとした。これに異を唱えたのが、イングランド、独立前のネーデルランド(オランダ)(p62)
・1623年、インドネシアのアンボイナ島での英蘭衝突があった。この事件をきっかけに、イングランドは東アジアから撤退する(p63)
・1649年、チャールズ1世国王は、クロムウェルにより処刑された。ノルマン・コンクエスト以来続いてきたイングランド王家はここに断絶した(p70)
・17世紀の英蘭戦争は、1652年、1665-67年、1672-74年と三次まであるが、イングランドが勝ったわけではない。ただしオランダを疲弊させ没落させるには十分であった。クロムウェルは、1653年に統治章典(イギリス史上、唯一の統一的憲法典)を定めた。1787年のアメリカ憲法よりも古い(p71)
・名誉革命は、オランダ人(ウィリアム三世)によるイングランド王乗っ取りである。(p83)
・1702年、アン女王が即位し、イングランド・スコットランド・アイルランドの3つの国の女王を一人で兼ねることとなった。ウェールズはエドワード1世時代にイングランドに含まれている(p87)
・1703年、イングランドはポルトガルと自由貿易を旨とするメシュエン条約を結んだ。結果、ポルトガルからのワイン輸入激増、イングランドの毛織物の輸出が激増した。結果として、ポルトガル産業界が崩壊、そこにつけこんだイングランドはポルトガルの植民地を巻き上げた。形式上の主権は認めている、非公式帝国を有することになった(p89)
・1704年、スペインの南東端にある地中海の出口であるジブラルタルを占領した、第一次世界大戦で空爆という作戦が可能になって要塞の意味がなくなるまで、いかなる欧州艦隊もジブラルタルを抜けなかった、大英帝国は海上覇権をつかんだ(p89)
・1707年、アン女王は別の国だった、イングランド・スコットランド合邦条約を締結、二つの冠をかぶっていたのを一つにした、ここに連合王国が誕生、日本人のイメージするイギリスの誕生、アン女王はグレートブリテンの初代女王(p90)
・アン女王は、17回妊娠、6回流産、6回死産を経験、生まれた子供は全て夭折、彼女の崩御(1714年)でスチュアート朝は断絶、後継国王は、ドイツハノーバー公国から親戚のゲオルグ1世を連れてきて、イギリス王ジョージ一世となる。今に続くハノーバー朝の開祖(p91)
・ジョージ1世は英語をほとんど話さず、大陸に常駐していた。ブリテン島の政治は臣下の大臣たちが国王に代わって行う。国王の不在が、世界の模範となる責任内閣制のもとになる(p92)
・ヨーロッパ人は、大陸勢力に勝てないから海に出て大航海時代が始まった。ユーラシアの殆どを支配したモンゴルはもちろん、欧州が束になってもオスマントルコにはかなわなかった(p106)
・1814年、ナポレオン戦争後の国際秩序を取り決めるウィーン会議が開かれた、旧大国だったスペイン、オランダ、スウェーデンは大事な会合に招かれず、名実ともに小国に転落した。英露仏墺普が五大国となった。墺=オーストリア帝国は神聖ローマ帝国から名称変更(p141)
・ナポレオン戦争は、傭兵の存在意義を無くした。王様にカネで雇われた兵よりも、自国は自分で守るという気概に燃えた国民軍のほうが強いと分かった、各国ともに兵制改革を実施した(p143)
・蒸気機関の発明により海でも軍事革命が起きた、風や波と関係なく船が動かせる。また、海から陸地を攻撃する艦砲射撃が可能となり、英国戦力は圧倒的になる。我々がイメージする海軍は、この時代の発明品(p148)
・イギリス国王は、1688年の名誉革命で、司法権を裁判所に奪われた、次に「議会の中の国王」という原則の確立により、立法権を衆議院と貴族院に奪われた。1708年のアン女王のあとに拒否権を行使した国王はいない、19世紀初頭のジョージ3世の発狂により、行政権を内閣に奪われる、しかし君主は外交権を最後まで有していた(p159)
・1861年、対馬がロシアに占領されるという事件があり、英国に泣きついて追っ払ってもらった。当時のパーマストン首相は日本に関心がなく日本占領の訓令が下りずに救われた(p167)
・小笠原諸島は、イギリスが一度領有を宣言している、しかし領有権にこだわらなかったので放棄した(p176)
・5つの要塞(ドーバー、ジブラルタル、ケープタウン、シンガポール、スエズ)を押さえることで、人類人口の4分の1、表面積の4分の1を支配できた(p179)
・陸奥外相が英国公使に不平等条約の改正をもちかけたときの言葉「我々は文明国として戦時国際法を守る気がある。なので不平等条約を撤回してほしい、だめなら、我々は文明国ではないということになるので、文明の法である戦時国際法を守る必要はなくなるが、貴国の判断やいかに」、それで、日英通商航海条約が締結された(p192)
・大英帝国に迫る超大国のロシアと、新興の小国である日本、国力は、のちの日米戦などとは比較にならない大差(p198)
・日本が国際連盟を脱退するとき、リットン報告書を反日文書だと断じ、英国に遺恨を抱くことになるが、実際はカナダとともに、最後まで英国は日本を擁護してくれた(p254)
・19世紀まで、大英帝国に取って代わろうとする挑戦者は、1)共産主義という思想を広めようとしていたスターリン(ソ連)、2)冒険主義のヒトラー(ドイツ)、3)民主共和制の仮面を被っていたルーズベルト(アメリカ)である(p256)
・英国のチェンバレン大蔵大臣は、日英同盟を復活しようとしていた、不可侵条約を提起してきた。日本は、陸軍と外務省が強硬に反対した(p258)
・日中戦争の正式名称は支那事変、対米英開戦に合わせて宣戦布告するまで戦争ではない。なぜ我が国は中華民国に宣戦布告しなかったか。戦争では中立国が設定され、封鎖が可能になる。交戦当事国の一方に非軍事的でも支援を与えれば、その国も交戦当事国と同じ扱いを受ける。しかし事変では、双方の陣営に支援をするのが合法。アメリカは蒋介石に武器を与えながら、日本に石油を売っていた。死の商品ではあるが、国際法違反にはならない(p263)
・第二次世界大戦は、ソ連のスターリンと中国を建国した毛沢東以外は、全員が敗戦国である(p277)
・戦場となったアジアは、インドネシアとフィリピンこそはオランダとアメリカの植民地だが、それ以外(マレーシア、ブルネイ、シンガポール、ビルマ、インド)はすべて大英帝国の植民地、つまり「英国&華僑vs日本&被植民地アジア人」の対決が、大東亜戦争の本質であった(p280)
・当時の大英帝国は、他の英連邦との貿易はすべて赤字であったが、インドとの黒字で補っていた。インドを失えばその瞬間、大英帝国は消滅する(p282)
・ジンバブエは白人の土地を全部取り上げたので、第一次世界大戦後にしか起こらなかったハイパーインフレに見舞われた。1兆ジンバブエドルが登場したほど(p299)
・ヒトラーのユダヤ人ジェノサイドは悲惨だが未遂、イギリス人のジェノサイド(タスマニア)は完遂である(p299)
・財務省は天下り先として、アジア開発銀行(ADB)を持っている、歴代総裁は全員が財務省天下りであり、中国がAIIBの副総裁のポストを提示したのに、対抗融資の話をぶち上げて、ロシア、欧州、米国も見ていただけ(p303)
2016年3月13日作成