絲山秋子のレビュー一覧
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ネタバレ結局、他人の心の内は分からないが、誰かに想われている、信じられていると感じることだけが人を救うのだと思う。そして、それを知るには長く迂回をする必要がある。ネユキが理解し得ない宗教という壁の向こうから、ヒデを祈るように。額子が、別れ際にヒデに残酷な仕打ちをしながら、後にはアル中になったヒデを髪が白くなるほど心配したように。
みんな生きながら何かを失っていく。そして失ってしまったことに耐えられず、幻を作り出す。時には安定を求めた現実自体に裏切られて。だが、誰もが、行き場はないことに耐えなければいけない。街の子宮はえぐり取られている。ヒデは酒に手を出し、ネユキは宗教にすがった。ヒデは友人を、額子は腕を失った。だが、額子は片腕でなんでもできるようになった。ヒデは、おばやんや額子に支えられてなんとか生きている。
ヒデを酒へと駆り立てた「行き場のない想い」とは、失うことへの不安だろうか。現在を生きることが、他の可能性の放棄であり、それ自体小さな死の経験である。それとも、もう失ってしまって取り返しがつかないという絶望だろうか。アルコール依存症は、誰でも陥り得る現代の凡庸な不幸の一類型だ。そして、無音の、無臭の街の姿は、酔いから醒めても現実は行き場としてないことを表している。制度や伝統はあてにならない。一番強いのは人が人を想う気持ちである。
最後の場面が特にいい。川端康成の「雪国」のラストの翻案だと思う。 -
Posted by ブクログ
ある日とつぜん鍵穴が消えて、家に帰れなくなる男の話。安部公房の『赤い繭』を思い出した。
「鍵穴はどこにもなかった」。そんな調子でしれっとSF風に導入したかと思いきや、物語が進むにつれところどころに日本の近現代史の知識欲をかき立てる世代論を交え、思いがけない風景を見せてくれる。とても味わい深い読書だった。
この作家は、女流作家の中で随一に男性の一人称がうまいと思う。団塊の世代のいわゆる「日本のオヤジ」の自意識にリアルに寄り添える力量に感心する。
備忘録:
「自分たちの世代は、若い頃もっと、社会と密接につながっていたと思う。省三(主人公)が月のように、社会の周りで満ち欠けしているとしたら、朔矢(息子)や梢枝(娘)は彗星のようにとんでもない速さで社会から遠ざかり、また還ってくる軌道を持っているようなのだった」
「不思議なもんだ。同じとき、同じ山に降った雨が太平洋と日本海に分かれちまうんだから。山というのは、境界というのはそういうものだ。矢印の根本のことなんだ。そして人間も雨水と同じように拡散し、混じり合い、ついにはどこの由来だかわからなくなってしまう」 -
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絲山秋子の絲的メイソウを読みました。絲山秋子の露悪的エッセイでした。瞑想というよりは妄想に近いような、絲山的人生観が綴られていきます。禿礼賛という章では禿に萌える絲山秋子の感じ方が大まじめに語られています。寝言は寝て言えという章では、寝言で、お客様に丁寧に挨拶をした後、「クソオヤジがっ」と言ってしまったというエピソードが語られています。また、絲山の取説という章では、家電の取扱説明書のようなトーンで自分の紹介が書かれています。どれもこれも吹き出しそうになりながら面白く読みました。極めつきが世の中みんな五七調という章で、一回分のエッセイが全て五七調で書かれているのです。私はテンポの良い文章が好きな方なので、このようにたたみかけるように書かれている文章には参ってしまいます。この作家がいっぺんで気に入ってしまいました。
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Posted by ブクログ
仕事で上司に悩んでいる自分にとって視界を広げてくれる内容だった。
以下、抜粋
いじめから逃れる方法を一つだけ知っている。
ひとまわり広い世界に自分を置けばいいのだ。そこがすべてではないと感じられれば、逃げても逃げなくてもどちらでもかまわない。
かれらはお仕事教の信者なのだ。お仕事様に奉仕する時間が長ければ長いほど信心深いと思っているみたいだ。おかげでどんどん要領が悪くなる。
君たちはぼくを敵視するけれど、ぼくのことなんて実際には見ていない。僕に悪役をくれただけのことなんだ。
つまり君たちの暮らしというのは、各々が頭の中で書いている気持ちの悪いストーリーに過ぎない。君たちが自分で自分のことを面倒くさくしているだけなのだ。
人に対する共感が薄い自分にとって、がんばるという姿勢は唯一、いつでもどこでも誰にでも通用する表現だと思っていた。それが唯一の通貨だったのに、がんばれなくなった。