無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
架空の県を舞台にした連作小説集
「黒蟹とはまた、微妙ですね」
微妙、などと言われてしまう地味な県は全国にたくさんあって、黒蟹県もそのひとつだ。
県のシンボルのようにそびえたつのは黒蟹山、その肩に目立つ北斎が描いた波のようにギザギザの岩は、地元では「黒蟹の鋏」と呼ばれ親しまれている。県庁や裁判所を有し、新幹線も停まる県のビジネス拠点としての役割を担う紫苑市と、かつての中心地で歴史的町並みや重要文化財である黒蟹城を擁する灯籠寺市とは、案の定、昔からの遺恨で仲が悪い。空港と見まごうほどの巨大な敷地を持つショッピングモールの先には延々と荒れ地や牧草地が続き、廃業して解体されてしまって今はもう跡地すらどこだかわからない百貨店に由来する「デパート通り」はいつまで経っても改称されず、同じ姓を持つ住民ばかりの暮らす村がある。
つまり、わたしたち皆に馴染みのある、日本のどこにでもある「微妙」な県なのだ。
この土地に生まれ暮らす者、他県から赴任してきた者、地元テレビ出演のために訪れた者、いちどは故郷を捨てるもひっそり戻ってきた者、しばしば降臨する神(ただし、全知全能ならぬ半知半能の)。そういった様々な者たちのささやかでなんてことないが、ときに少しの神秘を帯びる営みを、土地を描くことに定評のある著者が巧みに浮かび上がらせる。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
黒蟹県(架空)を舞台にした短編8話。
独立した話ではなく、登場人物やお店の名前などは共通する。そして異彩を放つのは、所々に現れる神。
神も神だが、登場する人たちも総じて緩い。
読んでて楽しいとはこのことかな。
しかし一方で、教訓的なことや人生訓を想起させるような含蓄のある話もあり、飽きない内容だった。
本文より、
世のおばちゃん方がなぜ飴を持ち歩き、人にくれたがるのか、やっとわかった。唾液の分泌が不安定でふとした弾みに口のなかがカラカラになっていることに気づくのだ。だから飴を持ち歩く。人にあげるということは自分でも舐めていいということだ。不調を隠しつつ愛嬌を前面に出して恩を売る。さっと差し出す迷いのなさと社会性の高さ。これこそがおばちゃんである。
閉経こそ赤飯を炊いたり鏡割りをしたり二階の屋根から餅を投げたりして祝うべきものではないだろうか。これからはいつだって温泉旅行に行けますから誘ってくださいねと紅白饅頭を配ってもいいのではないか。人からもらいたくはないけど。
まあ、それ以前に更年期症状でだるくて動きたくもないのだけれど。
人々は不便でも貧しくても変わらない暮らしが継続することを内心望んでいたりする。見た目の対称性や反復するリズムを好む。予測不能な自由より把握できる不自由を選んでしまう。それなのに退屈する。だからこそぎこちなさやためらい、突然現れる小さな反乱、不穏な気配、刺激に惹きつけられるのではないか。
そうなのか!(?)
Posted by ブクログ
黒蟹県という架空の県に住む人たちのオムニバス。
近隣の市となにかと仲が悪い、というのは高崎と前橋、大宮と浦和(同じさいたま市なのに)なんかのイメージだろうか
宮城や岩手みたいに県庁所在地が圧倒的存在だと、険悪になりようがないからあんまりピンとこないものがあるが。
ストーリーよりむしろ表現が面白くて笑った
下記は頼りにならない男三兄弟に囲まれる十和島所長の章。どれもおかしい
> 同窓会に行けば若作りでてかてか光っている人もおじいさんみたいにすっかりしぼんでしまった人もいる。決して中身を見てはいけない玉手箱みたいな人、埃を被った貯金箱みたいな人、ガレージの脇に放置されたソファみたいな人、ひび割れた長靴みたいな人、床の間の壺のような人もいる。
>
(恋愛について)
> あれって一体なんだったんですかね?わたくしのところには取説も施工説明書もきてなかったんですよ。工具も何もなしに、よその現場をちらっと見た記憶だけでパワーエートスの設置工事をするようなものです。
>
> 「親しくなる」と「つき合う」の間には何か部品をかまさなければいけなかったんですか。それとも養生さえしておけばそれでよかったんですか。「同衾」は同梱なんですかそれともオプションで別注なんですか。
>
部下の営業が顧客との連絡の行き違いを「最近水星が逆行してますからねえ」と煙に巻くなんていうのもおかしい。それで通用するんか!
「所長から怒られが発生しました」っていう言い回しが「賑わいの創出」と構造が同じ、と言うのもおかしい。
「赤い髪の男」はかつて海外で活躍する建築家だったが、恋愛リアリティ番組で恥をかいたことを気に病んでいる。出身校を「マサ工です」と言う。棚元県の昌森工業のことだと思わせて実はマサチューセッツ工科大学だ、なんていうところも架空と実在の校名が混じっていておかしい。
この小説は全編、この調子で架空の名詞と実在の名詞が混ざっている。県と市はもちろん、植物、方言、食べ物、店名など。よくこんなに「らしい」名前を思いつくなぁ。でも楽しいだろうなぁ。
絲山さんは転勤していたしドライブも好きだから、いろんな地をまわって「らしい」名前のストックがあるのかなぁ。
地図がある小説は好きではないのだが、これは例外。内容と立地はあまり関係ないので。
Posted by ブクログ
架空の地方に住む人たちの話で軽快。
脇役で登場する人は地方にありがちな同じ苗字で、メインの人は聞き馴染みのない苗字。
現実と架空をさまよう展開もだが、独特のユニークな表現もこの作家の魅力で、本作も冴えている。
勉強机と壁の間には「消しゴムの墓場」が、洗濯機と壁の間には「靴下の墓場」がございますけれども
細やかな気遣いは出来ても思い切って空振りをすることは恐ろしくてできない。それを他人はケチというのだった。
廃業や精算はプラスには見えなくても、立派な仕事だと思う。時代をひとつ先に進めるために避けられないプロセスなのだ。
撤退の判断と実行こそ尊い。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。