絲山秋子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
アウトローな雰囲気を醸し出す主人公は、左翼運動から身を退いた40の男。ぶらりと訪れた京都でコスプレ神父に出会い、・・・という小説。
1966年生まれが生き抜いた時代とか政治セクトとか革命というのは、'80s生まれの自分にはいまひとつ・・・というより、全く想像が及ばない。彼らなりの青春のかたちなのかな、くらいにしか受け止めていないが、間違っているかもしれない。
文体がぶっきらぼうで主人公も何となくぶっきらぼう且つアウトロー。だけど、話が進めば進むほど、かれが 現実世界に絡め取られていくようで安心する反面すこし寂しい気がした。長年探していたレコードを聞き終えるとともに「ひどく蒸し暑い時間が過ぎたよう」な感じを受けるシーンでは、一度きりの夏が終わってしまうかのような焦燥感がある。
前篇のラストは鉢植えの重さが心地良いのだけど、続く”アブセント”でまた気持ちが沈んでいく。夏休みもとってないし、琵琶湖はどんよりしているし。p.104で「不在は美化される」と主人公が言い、今生きている婆さんを美化したいと言っているけれど、逆に言えば不在じゃないと美化することはできないのかな、とも思う。爽やかに終わる前篇と、あまり暴れるなよと釘を刺す後編。そんな風に映った。 -
Posted by ブクログ
絲山秋子の文体や作品の中に充満している空気感、曇り空からほんの少し覗く太陽の光のような、好転の兆しが本当に好きだ。
大きな波が岩肌にぶつかって割れて散るような激しさはないけれど、密閉容器に煙がどんどん立ち込めていくような、静かな圧迫感が凄い。
本の薄さからも分かる通り、言葉は少ない。
けれども、こちらに投げられる野枝という女の、世界に対する期待感の無さや虚無感は計り知れないものがある。
だからこそラストに訪れる、決して派手な大団円ではない、喉に刺さった小骨が抜けるような小さな解放が沁みる。
これからずっと幸せだろうという予感ではなく、とりあえず明日は大丈夫だろうというくらいの幸福感を描くのが、絲山秋子は天才的に上手いと思う。
そしてそんな幸福が、野枝のような不器用で、人との距離も上手くつかめない人間を一番豊かにしてくれると知っている。
今作でも、ラストに近づくごとに自分がいかに身体に力を入れて生きていたか、思い知らせてもらった。
肩に食い込む煩わしい荷物を下ろせても、それでもやっぱり日々の孤独は変わらない。
けれど、このままでいい、何も無理に分かってもらおうとしなくてもよい、ここにいたらいい、怯えることはない、誰に命を取られるわけでもない、とそんな風に思えるだけで、そこは住みやすくなるし、リラックスできる場所になる。
そうしたらまた明日を迎えてやればいい。
絲山秋子の小説は、負のものでいっぱいに膨れて、少しでも激しく動いたり突き飛ばされたりしたら破裂しそうな私の身体に、いつも細い針で穴を開けてくれる。
悪いガスが抜けていく速度はとてもゆっくりだが、いつか確実に抜けるだろう。
そんな予感を、この本もまた私に与えてくれた。 -
Posted by ブクログ
感情は抑える必要もない。音楽のように豊かに溢れ出せばいい。悲しみも、喜びも、ときには怒りだって。たまには踏み外したっていい。(本文より)
群馬のローカルネタ、ラジオの現場の描写が新鮮。
なじめない、なじまないでやってきたローカルFMでパーソナリティを務める30代の主人公、新しい土地で出逢う人たちとのやり取りで、良い感じにこれまでのスタンスが乱れほぐれる。基本的・根本的に改めたり省みたりするようなものではなく、これもいいかもしれんくらいのもの。
そうそう変えられるものでもない自分のやり方や人づきあいの癖ってあって。誰かに意見されることもないし、もういいねんって、思ってたもんが、ちょっとしたきっかけで、ふわっとほぐれて緩まる瞬間って、爽快やし人づきあいの醍醐味って感じがする。