内村鑑三のレビュー一覧
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内村鑑三が1894年夏休みに箱根に若者を集め、講演した内容の書き起こし、「後世への最大遺物」。
それを現代でもわかりやすい言葉遣いにし、登場人物等にふんだんに注釈を加えた前半。
そして後半は元外務省主任分析官の佐藤優さんの解説。
時は明治27年。日清戦争開戦の時代。
黒人や女性軽視など、違和感のある部分もあるが
致し方ないのかもしれない。
内村鑑三の人間的な部分が垣間見える。
欧米の事業家、思想家の名前もたくさんでてきて
それに関する注釈を丹念に読むだけでも
当時の世界の勢いとか情勢が浮き上がるきがする。
生き方として
まずお金を儲けなさい
そして事業をしなさい(=働きなさい)
それができ -
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内村鑑三先生が5人の代表的日本人を題材に日本人の道徳観を説いた本。外国人向けに日本の思想を紹介した内容であり、偏ったバイアスがないのが良く、日本人が客観的に日本を学ぶのに優れた本である。
以下、中江藤樹より備忘しておきたい一文。
・“学者”とは、徳によって与えられる名であって、学識によるものではない。学識は学才であって、生まれつきその才能をもつ人が、学者になることは困難ではない。しかし、いかに学識に秀でていても、徳を欠くなら学者ではない。学識があるだけではただの人である。無学の人でも徳を具えた人は、ただの人ではない。学識はないが学者である。 -
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読書について、かつて私は興味のままに、片端から何でも読んでいましたが、ある時ふと何故かこんな風に考えました。
いい年をして、いつまでも「乱読」ではないな。
以降、もっぱら一番好きだった、近代日本文学を中心に読んできました。
だからこの手の本は、最近あまり読んだことがないのですが、知り合いの女性にとってもいい本だと勧められて、読んでみました。
なるほど、とってもいい本であります。
まず、筆者内村鑑三についてですが、氏に対する私の知識はほとんど皆無であります。
何となく知っていたのは、氏がキリスト教徒であることと、確か、何かの「不敬罪」と関係していたんじゃなかったか(本書を読んで -
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ネタバレ内村氏の代表的日本人を読みたがったが、なぜか手に取ったのがこの本。
最近全集でこれを同じ講演を読んだが難しく。この本を手に取れてよかった。
佐藤氏の解説もよかった。講演当時と今の日本社会は似ていると書かれていて信憑性が増した。
またこの解説では、いま何をしたらいいのかも書かれており、親切だなと感じた。
内村氏の講演について。
正直、お金の話をしてるのにびっくりした。表題より精神論をキリスト教に関連して講演されているものと考えていたので、お金が大切だと言われ、( ゚Д゚)。キリスト教的な思想はあまり感じられなかったが、聴講者がキリスト教関係者だったからかもしれない。
まずはお金儲け、事業を起 -
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ネタバレ題名だけ知ってて読んでみたかった本。訳のおかげもあって思ったより平易で読みやすく、面白かった。
強制的な改宗から始まったものではあったが、その清廉な信仰のよろこびと苦悩、熱意には胸を打たれた。武家の息子として八百万の神と儒教思想の中で育ってきた人間が、自分の根本・世界の原理としてキリスト教を受け入れるために格闘する。ごりごりの儒教思想の御父上も改宗させたというのは本当にすごい。しかし日本では信仰の渇きを満たすことができず、アメリカにわたって様々な宗派と出会い、キリスト教国に対する幻滅も味わい、神学に疲れ、それでも自分なりの真理と呼べるものはつかみ取って帰国した。
終盤にある、真理の話がとても -
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内村鑑三 戦争の影響のなか、著者の事業観、国家復興論を中心とした名言満載の講演録
「後世の最大遺物」は、社会をよくするために お金をどう使い、未来のために何の種を植えるのか、自分で考え、人々の反対に打ち勝って、それらを実行せよ というメッセージ
「デンマルク国の話」は、戦争に負けても、善き精神を持った国民と未来のための事業があれば、国は亡びないというメッセージ
お金と事業について
*金は後世への最大遺物の一つであるが、遺しようが悪いと害をなす
*金を使う力を持った人が必要〜事業とは金を使うこと
*金を溜める人(金持ち)と事業家(金を事業に変ずる人)は別物
思想と事業について
*事業は -
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10代、20代の頃内村鑑三の一日一生と言う本に心身ともに支えられた。この本は前半部分を内村の伝説的講演を現代的に分かりやすく書き直したパートで成っている。とても読みやすく馴染みやすい文体で、言葉の一つ一つが心に染み、若い頃よりも今読むと、さらに自分の生き方やキャリアにヒントを与えられたように思う。お金、事業、思想を自ら生きた遺産として世に残すことを若いクリスチャンたちに勧める内容となっていて、その「何故か」の部分が信仰から生まれた思想でより重要となる。人がこの世の命を終えて天国に帰るとき、この世でかき集めたものは何一つ持って行くことはできない。だからお金を儲けるのは好ましくないというのが旧教的