【感想・ネタバレ】後世への最大遺物・デンマルク国の話のレビュー

あらすじ

普通の人間にとって実践可能な人生の真の生き方とは何か。明治27年夏期学校における講演「後世への最大遺物」は、人生最大のこの根本問題について熱っぽく語りかける、「何人にも遺し得る最大遺物――それは高尚なる生涯である」と。旧版より注・解説を大幅に拡充し、略年譜を新たに付した。「デンマルク国の話」を併収。改版(解説=鈴木範久)

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Posted by ブクログ

内村鑑三はキリスト教の人というイメージがあったが、(歴史で2つのJと習ったため)、そんなに宗教の匂いはしない。

講演が上手かったということがテキストからも何となく分かる。

自分の人生を最大限に使って生きること、それ自体が後世に遺すことができる最大の遺物なのである。という考えにはかなり胸が熱くなる

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2025年08月05日

Posted by ブクログ

自分はつねづね、生きている人・死んでいる人を掛けて
人間には4パターンあると考えています。

生きていて、生きている人
生きていて、死んでいる人
死んでいて、生きている人
死んでいて、死んでいる人

ここで具体的に持論の内容を展開するのは意味のないことなので
必要のない箇所の説明までは省きますが、
この作品を指す意味では3番目の『死んでいて、生きている人』
に対する掘り下げがなされているとイメージできました。

いわゆる、自分の肉体がなくなっても意志が人々に受け継がれ、
後を生きる人たちの心の中に『存在』が生き続ける、
イエス・キリストは言わずもがな、一部の歴史的な偉人は
それを信じるものの心に宿り、今に伝わるものとなっています。

この明治27年にキリスト教徒の夏期学校で、教壇に立った内村鑑三氏は、
後世になんらかの物や意志を残すうえで、その形の在り方に対する考えと、
偉人より運や才能に恵まれていない普通の人が、自分の意志を
未来に引き継ぐ為には、どんな取り組み方をすれば良いのか、
大まかに分けてこの二軸で語りかけてきます。

あくまで当時の世相と宗教をバックに照らし合わせての論評なので、
源氏物語を一方的に否定のベクトルで断じたりするシーンは、
少し行き過ぎの感はあると思いますが、おおむねここで言われている内容は、
今でも通じる普遍的な内容が多く、単に人間として当たり前のことを
しているだけでなく、その後を生きる人たちの為に、良い影響を与える
ものを生み出す為に取り組むこと、その重要性を説かれています。

ここは、少し前に読んだ福沢諭吉の、学問のすすめにも通ずる所です。

講義の中では、代表的日本人である二宮尊徳や、イギリスの思想家である
ジョン・ロックが引き合いに出され、彼らは一代で自分たちの意志を
すべての人に伝え、遂行することはできなかったものの、
その身が亡くなっても、現代にまで人々の心に存在が生き続けている、
実に見事な好例として挙げられています。

とはいえ、なかなか一般人には偉人と同じ基準で生きろと言われても、
厳しいのが実情です。
『シーザーを理解するためにシーザーである必要はない』と思います。
では果たして自分たちは後世になにが残せるのか、内村鑑三氏は
結びに、ほんの少し心がほぐれる様な、解決策を投げかけてくれます。

自分は、仮にこの講義を受けた出席者となっていたとしたら、
帰り道にはおそらく、来る時より少しだけ軽い足取りで
『偉人も自分自身も、一歩一歩の確かなまっとうな道のりを
歩んでいくうえでは同じものだ』
こんな風に思ったはずですし、周囲にいる人の顔もイメージができます。
この先、自分が『死んでいて、生きている人』になれるかどうか、
まずは生きながら、誠実に目の前のことに取り組みたいと思います。


続くデンマルク国の話については、内容は短いものですが、
デンマークが敗戦後に国土を失ったことをバネにして、
その後に国力を高める姿を説くものとなっていて、ここでは
日本が第二次世界大戦で敗戦して、その後に辿るべき模範となるべき道を、
何十年も前から予行演習したかのようなものとなっていて、
これはまた読み応えのあるものでした。

著者には他に有名どころで、代表的日本人という作品があるそうですが、
これもまた近く目を通してみたいと思います。

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2025年05月17日

Posted by ブクログ

ネタバレ

後世への最大遺物
 本居宣長は「やまとごころ」を知るために、まず『源氏物語』を読むことを勧めた[柄谷行人『憲法の無意識』]のと対照的に、文脈が異なるけれども「後世への害物」であると一蹴したのは印象的に感じた。その文脈とは平野啓一郎氏が、小説を文字通り「小さく説く」ものと考えたように[平野『小説の読み方』]、誰もが書きたいように《着飾ることなく》かいた文を文学として理解しているのだと感じた。
 根底には、すべての人にとって後世に残す「最大の」ものとは生涯そのものとする考え方がある。成果を《物》として残せる者も残せない者も、どんな生き方をしたかに勝る偉大なものはないという主張は説得的であると同時に、内村の優しさと信仰心を感じた。

デンマルク国の話
 シュレスヴィヒ・ホルスタインを奪われたデンマークが宗教心を梃子にして復興したという話。植林事業はダルガスが引っ張ったが、デンマーク人の信仰があってこそである。不正確なところがあるかもしれないが、フロイトの攻撃欲動が内に向けられ文化を形成した例として理解した。
 人口の増加により環境収容力を超えるのではないかと懸念されている中、土地を奪うのではなく様々な技術発展が人口を支えている。しかしながら、内村が依拠した「天然の無限的生産力」は信仰にとどまるものなのか、遺伝子組み換えは「神」を否定するものなのかと考えたが、ナンセンスだろうか。

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2023年10月14日

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ネタバレ

「私に五十年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、このわれわれを育ててくれた山、河、これらに私が何も遺さずには死んでしまいたくない、との希望が起ってくる。」「われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより世の中を少しなりとも善くして往こうではないか」
ここの部分はすごく共感。こういう人生を送りたい。

「では何を遺すか、遺しやすいことは、お金<事業<思想(文学・教育)<勇ましい高尚なる生涯」

ここから受け取ったのは、お金・事業・思想も大事だけど自分では100%コントロールできないが、「勇ましさ」は、自分でコントロールできることなのでここにフォーカスすることが大事ということを感じた。

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2023年07月17日

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ありがちな人生論と思って読み始めたが、骨太な仕事論、そして現代の起業論にも直結する恐ろしく本質的な名講演だった。
日清戦争の海戦直前という不安定な時代に、生きることの意味を、内村鑑三は「金→事業→思想」そしてさらなる最大遺物の観点から、ユーモア交えながら語り明かす。

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2023年03月22日

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キルケゴールの国デンマークに、内村が自然な関心を寄せたことが想像できる。資源のない小国の偉大な物語に日本の姿を重ね合わせ大いに勇気づけられただろう。敗戦国は滅びない、必ずしも惨めではない、からしだねほどの信仰が有れば山をも動かすという内村のうちにあった神の啓示は、奇しくもその後の日本が辿る道をを予見していたかのようだ。

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2021年12月30日

Posted by ブクログ

100ページ程の本で、すぐに読めてしまう本ですが、書いてあることはとても深いです。
澤地久枝さんか、大江健三郎さんかどちらかが、この本のことに触れていたので、読んでみました。

「私は何かこの地球にMementoを置いて逝きたい、私がこの地球を愛した証拠を置いて逝きたい、私が同朋を愛した記念碑を置いて逝きたい。」
と内村鑑三は言います。では、それは何か。
お金か、事業か、思想か・・・。
誰にでも達し得る最大遺物は

勇ましい高尚なる生涯。

では、その「勇ましい高尚なる生涯」とはどのようなものか。

この世の中はこれはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であるということを信ずること、
失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずること、
この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、その生涯を世の中への贈り物としてこの世を去るということ。

と内村鑑三は言います。

簡単にできることではない。でも、そのような生涯を歩もうと決意し、その一歩を踏み出したいと思う。


『デンマルク国の話』もとてもよかったです。
これは、デンマークが1864年の戦争に負けて、ドイツとオーストリアに南部最良の2州を割譲。
戦いは敗れ、国は削られ、国民は意気消沈、窮困の極みに達したデンマーク。
そこに、ユグノー党出身のダルガスという男が、残されれた不毛の地に樅の木を植え、国土を豊かにしていった。

ダルガスの友人は言いました。
「今やデンマークにとり悪しき日なり」
ダルガスは答えます。
「まことにしかり。しかしながらわれらは外に失いしところのものを内において取り返すを得べし、君らと余との生存中にわれらはユトランドの曠野を化して薔薇の花咲くところとなすを得べし」

他人の失望するときに彼は失望しませんでした。
彼は彼の国の人が剣をもって失ったものを鋤をもって取り返さんとしました。
今や敵国に対して復讐戦を計画するにあらず、鋤と鍬をもって残る領土の曠漠と闘い、これを田園と化して敵に奪われしものを補わんとしました。
と内村鑑三はこのダルガスを評しています。

そして、この話は我々に何を教えるのか。

戦敗必ずしも不幸にあらざることを教えます。国は戦争に負けても滅びません。実に戦争に勝って滅びた国は歴史上けっして少なくないのであります。国の興亡は戦争の勝敗によりません、その民の平素の修養によります。善き宗教、善き道徳、善き精神ありて国は戦争に負けても衰えません。否、その正反対が事実であります。牢固たる精神ありて戦敗はかえって善き刺激となりて不幸の民を興しま

す。デンマークは実にその善き実例であります。

天然の無限的生産力を示す。・・・善くこれを開発すれば小島も能く大陸に勝るの産を産する。ゆえに国の小なるはけっして嘆くに足りません。これに対して国の大なるはけっして誇るに足りません。・・・外に拡がらんとするよりは内を開発すべき。

信仰の実力を示す。国の実力は軍隊でも軍艦でも、金でも、銀でもない。信仰である。


『後生への最大遺物』でそれは、「勇ましい高尚なる生涯」だと述べた内村鑑三。
そして、『デンマルク国の話』でのダルガスは、さまにその生涯を歩んだのだと思う。

この『デンマルク国の話』は、1911年の講演で話されました。
1911年と言えば、日清戦争、日露戦争に勝利して、日本は沸きたっていたのではないでしょうか。
そんな時に「国の興亡は戦争の勝敗によらず、その民の平素の修養による」と言い切る内村鑑三は、やはりすごい人だと思う。

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2019年12月01日

Posted by ブクログ

 内村鑑三の講演を文章にしたものだそうで、わかりやすく、内容がスッと入ってきました。私がこの本を読むのは2度目です。
 2回に分割して読んだので、感想を書くのは『デンマルク国の話』だけにします。
 ここからネタバレになりますが、『デンマルク国の話』はダルガスというユグノーの男が、第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争に敗れたデンマークを立て直すために奮闘する話でした。
 ダルガスは剣で失ったものを剣で取り返そうとはせず、不毛な国土を田園にして補うという考え方の持ち主でした。具体的に彼がどうやってデンマークを発展させたかは実際に本を読んでもらうとして、ダルガスの思想、彼を取り上げた内村鑑三の考えは今の日本にも多く通ずるところがあると思います。
 P82の「戦いに敗れて精神に敗れない民が真に偉大なる民であります。」の部分はまさに端的に彼の思想を表していると思います。解説によると、彼がこの講演をしたのは1911年で、日本による朝鮮併合の一年後でした。彼が日本によって併合されて国土を全て持ってかれた朝鮮を思って、書いたということです。よく朝鮮併合後にそんなことできるなと思います。
 敗戦したとしても、そこから国家、民族の精神を失わずに国運振興に励めば敗戦による損失を補うことができるということで、奇しくもこれは1945年に敗戦した日本にも当てはまることにもなりました。
 終戦後の人々が読んだら大いに勇気づけられると思いましたが、文科省がこの内容を教科書?に1947年に入れてたってことで、そりゃそうかってちょっと恥ずかしいです。
 初めて、少しですが長く感想書くので拙く、恥ずかしいですが、頑張りました。ありがとうございます

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2025年09月28日

Posted by ブクログ

明治時代に活躍した聖書学者であり思想家の内村鑑三氏による講義録2編。
「後世への最大遺物」では有用な遺物として金、事業、思想を順に挙げている。しかし誰でも後世に継げる最大の遺物として「勇ましい高尚なる生涯」を挙げる。ユーモラスな語り口とともに、日本人の精神をキリスト教的思想を以って説く様が印象的。
その流れは「デンマルク国の話」にも繋がり、デンマークのダルガスの事業を例にとって信仰と不屈の精神の大切さを説く。
内村氏34歳の講演というから視座の高さと鍛錬された胆力に驚かされる。一方、急に「源氏物語」に激高しディスりだす場面は狂気じみていて氏の人間らしさがあって個人的に好みのパート。

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2025年09月17日

Posted by ブクログ

美しき地球に生まれたからには記念として
金銭、事業、思想、文学、教育を残すべし。
個人に少なくとも共通してできることとしては、勇ましい高尚なる生涯

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2025年03月15日

Posted by ブクログ

後世に何を残していけるのか?を熱く語ったものと、デンマークの国民性を伝える2編の講演が読めます。より人間としての高みを目指すことが、結果的に後世に名を残すことにつながるのだなぁというのが、私なりの解釈です。

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2024年11月09日

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最近、ようやく外の世界に対して何か作用を起こしたいと考えるようになってきた。今まではそんな余裕はなかった。自分個人の欲求を満たすことが精一杯だった。けれど次はその延長線上で何かを成したいと考えるようになってきている。より強めで具体的な思いと共に。

そんな時にちょうどある人がこの本をおすすめしてくれたため、これだ!と思って10秒後にはポチっていた。

後世への最大遺物は金、事業、思想(文学)、勇ましい高尚なる生涯の4つ。どれも崇高なものだが、今は欲張って全て遺せるような生を歩んでいきたいと思っている。全てを達成するには時間が必要。だからあと50年くらい生きたい。

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2024年10月08日

Posted by ブクログ

孫泰蔵さんの冒険の書に、後世への最大遺物が紹介されており、その流れで、改めて手に取る。64歳の内村鑑三が31年前の講演(1897年@箱根芦ノ湖畔)を振り返る改版に附する序、から引き込まれました。講演を本に起こしたものですが、なんとも素晴らしい本であります。北海道農学校出身の内村鑑三が語る北海道開発案(デンマルク国の話)も捨てがたい内容です(今からでも、この案を生かす形で北海道を開発できないものでしょうか)、どちらも★四つであります。

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2023年06月27日

Posted by ブクログ

ネタバレ

■ひとことで言うと?
信念を貫いて生きる姿勢こそ、後世への最大遺物である

■キーポイント
- 後世に遺せるもの
- お金・公的事業・思想(著述と教育):遺すためにはある程度の才能が必要
- 勇ましく高尚なる生涯=生き様:どんなに不遇な状況でも遺せる最大遺物
- 「勇ましく高尚なる生涯」の選択 → V.E.フランクルの「態度価値」に通ずる考え方

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2023年06月08日

Posted by ブクログ

 読書について、かつて私は興味のままに、片端から何でも読んでいましたが、ある時ふと何故かこんな風に考えました。

 いい年をして、いつまでも「乱読」ではないな。

 以降、もっぱら一番好きだった、近代日本文学を中心に読んできました。
 だからこの手の本は、最近あまり読んだことがないのですが、知り合いの女性にとってもいい本だと勧められて、読んでみました。

 なるほど、とってもいい本であります。
 まず、筆者内村鑑三についてですが、氏に対する私の知識はほとんど皆無であります。
何となく知っていたのは、氏がキリスト教徒であることと、確か、何かの「不敬罪」と関係していたんじゃなかったか(本書を読んでいて少しずつ思い出してきたのですが、日露戦争時に反戦論を展開した方だったなとか)、という程度で誠にお恥ずかしい。

 ただ、近代日本文学をまとめて読んでいて私は経験したのですが、それなりに歴史に名前の残っている人の作品というものは、好き嫌いは別として、やはりかなり優れたものであるということであります。だから、内村氏のこの本についても、一種「安心」し「期待」しながら読んでいましたが、それに違わぬいい話でした。

 これは講演を文章にしたものであります。
 二つの講演ですが、話としては、二つ目の「デンマルク国」(いわずと知れた「デンマーク国」のことですね)の方が具体的で面白いです。戦争に敗れ、国力が落ちてしまったデンマルク国が、いかにして国家を立て直すに至ったかを書いた話ですが、今読んでもとっても納得してしまいます。(少しだけ内容を書きますと、国を富ませるために最も大切なものは植林だという話です。)

 でも今回は、一つ目の講演について、簡単に紹介してみますね。
 これもとても面白い話です。

 ある時、まだ青年だった筆者は、こうして世の中に、日本に生まれた以上、何とかして我が名を歴史に残したいものだと考えます。そして、親しい牧師さんに相談に行くのですが……。

 というところで、えー、すみません、次回に続きます。





 《第二回》





 前回の続きであります。
 内村鑑三の講演の文章であります。とっても面白いです。

 筆者内村鑑三がまだ無名であった若き日、ある日青年内村はこんな風に考えます。
 自分も一人の男子としてこの世に生まれた以上、何とかしてその名を後世に残したいものだ、と。
 そして、既にキリスト教徒であった内村青年は、親しくしていた牧師さんに相談に行きます。

 ところがこのことを打ち明けると、牧師さんからあっさり否定されてしまうんですねー。
 「クリスチャンは功名をなすべからず」とか何とかいわれて。

 うーん、と唸りつつ、内村青年は、しかし負けずに考えます。
 これは私の言い方が悪かったのだ、名を残したいと言ったのが良くなかった、私のしたいことは名を残すことではなく、少しでも世の中を良くしたいことだった、そしてその結果として名前が歴史に残ることを考えたのだった、と。

 なるほど、これならどこからも文句は出ませんよね。
 そこで内村青年は、自らの志についてさらに考えていきます。
 具体的にどうすればいいのか。
 後世へ我々の残すものの中にまず第一番に大切なものは何か、と考えます。

 ……えーと、すみません。この調子で書いていきますと、とても簡単には終わりそうもないので、以下、かなりまとめつつ端折りつつ、「マキ」で進んでいきますね。

 内村青年が考えた「後世への最大遺物」はこの順番で4つでした。

 (1)お金
 (2)土木的事業
 (3)思想(哲学・文学)
 (4)教育

 ……うーん、これはなかなか面白いランキングですよね。
 というところで、すみません、また次回に続きます。





 《第三回》





 上記の本の読書報告の第三回であります。とても面白い本であります。
 前回まで報告したのはこういう事でした。

 筆者の若かりし頃の青年内村君が考えた、「後世へ我々の残すもの」はこの順番で4つであります。

 (1)お金
 (2)土木的事業
 (3)思想(哲学・文学)
 (4)教育

 これはなかなか面白いランキングですよね。
 一番目のお金は、もちろんその富を社会に有効に用いるのですね。
 二つ目の土木的事業というのは、例えば大阪にある「道頓堀」みたいなものですね。ある人が頑張って土木的事業をしたことが後世の人々にどれほど有益となったか、というパターンであります。

 三つ目の思想もよく分かります。社会が劇的に変化したその背景に、優れた思想家がいたことは歴史上後を絶ちません。
 四つ目の教育というのもそのセットみたいなもので、自らが優れた思想をうち立てられないのなら、過去のそれを広く人々に知らしめる仕事としての教育であります。

 こうしてみると一つ一つについて、とても説得力がありますね。
 で、内村青年はどれを選ぶかというと(実は、1番目から考えていって、これはダメだからその次、と進めていったのですが)、自分はみんなダメだと思っちゃうんですねー。
 謙遜青年内村君であります。

 そうして内村君はとても失望してしまいます。
 自分は後世に何も残すことはできないのだと、悲嘆の念を発するのであります。

 しかしここから、内村君はなんと、コペルニクス的転回のような考えを編み出すんですねー。
 それは何かといいますと、……、あ、すみません、次回に続きます。





 《第四回》





 読書報告の四回目になってしまいました。いくらとても面白い本でありましても、そろそろ終わりにしなければ、顰蹙ものであります。
 がんばって終わらせます。

 さて、若き日の内村鑑三氏が、悲嘆を繰り返した後手に入れた考え方はこういうものでありました。整理して書いてみますね。

 まず内村青年はこう考えます。
 今まで挙げた「後世への最大遺物」は、実は「最大遺物」ではなかった。
 その理由は、まず、これは誰もが残すことの出来るものではないこと、次に、確かに有益なものではあるが、害も同時に伴っていること、の二点である。

 そして、このように続けます。原文を引用してみます。

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 それならば最大遺物とは何であるか。私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる、ソウしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりがあって害のない遺物がある。それは何であるかならば「勇ましい高尚なる生涯」であると思います。これが本当の遺物ではないかと思う。他の遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないと思います。しかして高尚なる勇ましい生涯とは何であるかというと、私がここで申すまでもなく、諸君もわれわれも前から承知している生涯であります。すなわちこの世の中はこれはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であるということを信ずることである。失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずることである。この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。その遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないかと思う。

  ---------------

 ……うーん、この辺の展開が、感動的といえば感動的であります。
 が、しかし、なんかいきなり闇夜で鼻を摘まれたようだとも感じちゃいますねぇ。

 ともあれ、この考えの基、内村青年は「勇ましい高尚な生涯」を送り、なるほど、後世に立派な名を残したのでありました。

 ……あのー、すみませんが、もしもお暇なら、この話題の第一回目に戻ってみてくださいませんかね。
 そうすると分かりますが、なんだか、「ねずみの嫁入り」、メーテルリンクの「青い鳥」みたいな話でありますね。

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2023年01月17日

Posted by ブクログ

内村鑑三 戦争の影響のなか、著者の事業観、国家復興論を中心とした名言満載の講演録

「後世の最大遺物」は、社会をよくするために お金をどう使い、未来のために何の種を植えるのか、自分で考え、人々の反対に打ち勝って、それらを実行せよ というメッセージ

「デンマルク国の話」は、戦争に負けても、善き精神を持った国民と未来のための事業があれば、国は亡びないというメッセージ


お金と事業について
*金は後世への最大遺物の一つであるが、遺しようが悪いと害をなす
*金を使う力を持った人が必要〜事業とは金を使うこと
*金を溜める人(金持ち)と事業家(金を事業に変ずる人)は別物

思想と事業について
*事業は 思想が世の中で実行されたもの
*世の中で実行できないなら、思想を遺こすことにより、将来の事業をなすことができる

文学は 国を改良するための戦争の手段と捉える点は かなり過激

後世に遺す最大遺物とは
*誰にでも遺すことのできる遺物
*利益ばかりあって害のない遺物
*勇ましい高尚なる生涯〜種々の不幸に打ち勝って大事業をなすこと


デンマルク国の話 の結論
*戦いは敗れ、国は削られ、国民は意気鎖沈し何事も手がつかないときに国民の真の価値は判明する〜戦いに敗れて精神に敗れない民が真に偉大なる民である
*国を興さんと欲すれば、樹を植えよ、植林は建国である
*善き宗教、善き道徳、善き精神さえあれば、国は戦争に負けても 衰えない








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2022年03月21日

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ネタバレ

母校の先輩でもある内村鑑三曰く、人生をかけて後世に残すべき(わかりやすい)ものは「金か、思想か、事業か。」

とはいえこの3つは誰もが遺せるものではない。内村鑑三はこう言う。

この3つよりももっと尊きものがある。それが人生だ。
高尚なる人生はだれにでも遺せるチャンスがある。

とにかく善く生きろと

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2021年12月16日

Posted by ブクログ

弱った精神に柱が立ちます。この本は今の日本人に必要になってきている精神論を記載していますが、義侠心や隠忍自重の精神にして努力怠らないものが必ず成功を治めていく、と言うことをあらゆる歴史に照らして、また著者のキリスト教精神に照らし綴っております。

非常に面白く読めました。また勇気が湧いてくるので、何か物事を貫く必要がある方や、行き詰まりを感じている方、悩みを抱えている方が読むと、あらゆる薬やストレス発散を行うことに勝る読後の妙薬を得られるように感じました。

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2021年08月23日

Posted by ブクログ

「後世への最大の遺物」は不敬事件の影響で極貧生活を送っていた内村鑑三が1894年の箱根での夏期学校の講演をまとめたもの。
明治の立身出世主義の正反対の思想。立身出世から零れ落ちた人々に共感を呼び、希望の灯となる。聖書の聖者からではなく、日本の歴史上人物の生き方から説いていく。

「デンマルク国の話」は、1911年、朝鮮併合の翌年に発表された。ドイツとの戦争に敗れ、肥沃な領土を失ったデンマーク復興の鍵は何かを語る。
まさにSDGs。

「代表的日本人」も読んでみたい。

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2021年05月27日

Posted by ブクログ

ネタバレ

我々は後世へ何を遺すことができるのか。内村鑑三曰く、後世への最大遺物は「勇ましい高尚なる生涯」であるという。金や事業、思想も後世への遺物と言えるが、これらは万人にとって遺すことが容易なものではなく、一種の才覚が必要とされる。しかし、高尚なる生涯は誰しもが希求することができ、後世に遺すことができる。まずは自分にとっての、「高尚なる人生」とは何かを考え、働きかけることが重要。

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2021年03月14日

Posted by ブクログ

自分に新しい価値観を与えてくれたと思う
これに基づいて生きていくかはわからないけど、ずっと心に残っていく本だなと思いました

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2021年03月11日

Posted by ブクログ

名声などのためではなく、私がどれほどこの世界を愛したかを記念物ときて残したい。
死ぬまでにこの世界を少しでも良くして死にたい。
勇ましい高尚なる生涯。

戦いに敗れ精神に破れない。

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2021年02月21日

Posted by ブクログ

後世にお金、事業、思想、何も残せなかったとしても”あいつは精一杯自分の人生を生きた”とは言われたいし、自分でそう思えるようにしたいと感じた。日々目の前の一瞬一瞬を全力で生きるのみ。

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2020年04月19日

Posted by ブクログ

古本屋で見かけて読んでみた。明治27年に内村鑑三がキリスト教徒の集会で後世に何を残すかを講演した記録。わかりやすいし内容もすばらしい。
後世に残すものは、金、事業(土木工事)、思想ときて、結局は「勇ましい高尚なる生涯」こそが最大という結論。キリスト教徒だから信仰・伝道・隣人愛などの生涯かと思いきや、武士道・意地・義侠心の生涯を説いているのがおもしろい。

(p74から引用)
しかしそれよりもいっそう良いのは
後世のために私は弱いものを助けてやった、
後世のために私はこれだけの艱難に打ち勝ってみた、
後世のために私はこれだけの品性を修練してみた、
後世のために私はこれだけの義侠心を実行してみた、
後世のために私はこれだけの情実に勝ってみた・・・
 
(p70から引用)
メリー・ライオン・・・(中略)・・・実に日本の武士のような生涯であります。彼女は実に義侠心に充ち満ちておった女であります。彼女は何というたかというに、彼女の女生徒にこういうた。
  他の人の行くことを嫌うところへ行け、
  他の人が嫌がることをなせ      

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あとこれは主題とは直接関係ないが、高知出身の下女が三日月に豆腐を供える話がかわいらしい。webで調べたら栃木県の神社には残っているようだが全国的には廃れた風習。三日月信仰自体が廃れたようだがなぜだろう。
 
(p51から引用)
その女は信者でも何でもない。毎月三日月様になりますと私のところへ参って「ドウゾ旦那さまお銭を六厘」という。「何に使うか」というと、黙っている。「何でもよろしいから」という。やると豆腐を買ってきまして、三日月様に豆腐を供える。後で聞いてみると「旦那さまのために三日月様に祈っておかぬと運が悪い」と申します。私は感謝していつでも六厘差し出します・・・

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2024年04月01日

Posted by ブクログ

教科書でしか名前を知らなかった方の本を初めて読みました。
よくわからないというのが正直なところ。
時代の空気(キリスト教にたいして)ってどんなんだったのかな。

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2023年09月30日

Posted by ブクログ

我々が後世に残すことのできるものを論じた本です。以下4つを後世に残す事ができるものとしてあげており、

1.金
2.事業
3.思想
4.勇ましく高尚な生涯

4つ目の「勇ましく高尚な生涯」を最大遺物と述べています。著者が言うように無数の方々の生涯が今を生きる我々に良い影響を与えているのは確かです。弱きを助け、艱難に打ち勝ち、品性を修練し、義侠心を実行し、情実に勝つという普遍的に大切であり、かつ困難な行動を続ければ、それは後世に繋がり、実りをもたらすという勇気付けられる話でした。

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2023年05月06日

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ネタバレ

天文学者ハーシェル:わが愛する友よ、我々が死ぬときには、我々が生まれた時より世の中を少しなりともよくして行こうではないか
後世へ我々の残すものの中にまずは一番に大切なものがある。何であるかと言うと金です。我々が死ぬときに遺産金を社会に残して逝く、己の子どもがに遺して逝くばかりでなく、社会に残していくと言うことです

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2021年03月17日

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後世のためにこれだけの金を溜めたというのも結構、事業をのこしたというのも結構、思想を雑誌の一論文にかいてのこしたというのも結構、しかしそれよりも一層よいのは、後世のために私は弱いものを助けてやった、これだけの艱難に打ち勝ってみた、これだけの品性を修練してみた、義侠心を実行してみた、情実にかってみたという話をもって、再びここに集いたい。
人間が後世にのこすことのできる、そして誰にも残すことのできるところの遺物で利益ばかりあって害のない遺物がある、それは、勇ましい高尚なる生涯である。

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2020年08月10日

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後世への最大遺物は高尚なる人生である、と筆者は言う。後世に残す価値のあるものとして、お金、事業、思想が挙げられている。どれも残せない、と嘆く人に対してのメッセージ。高尚なる人生(自分は生き様だと捉えた)が、残された人たちにとって価値があるのだ、と考えさせられた。

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2020年05月16日

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この本は、内村鑑三がおこなった講演を記述したもので、「我々は何を後世に遺すことが出来るか」というテーマについて語られている。

要旨としては、次のようなことだ。
『お金を遺すことも立派なことである。しかし、それは誰にも出来ることではない。お金を遺すよりは事業を遺すほうが影響は大きいだろう。事業よりも、更に影響が大きいのは思想だ。そして、我々が遺せるもので最も影響が大きいことは、生き様を遺すことだ。』

内村鑑三は、生き様を遺すことだけが立派なことと言っているのではなく、お金や事業や思想を遺すこともそれぞれに立派なことだと言っている。ただ、それらは才能が必要で誰にでも出来るということではない。
しかし、この「生き様」というものだけは、その心構えさえあれば必ず誰にでも出来るということで、他のものと一線を画して、それを特に強く聴衆に訴えている。

内村鑑三の語った話しを元に出版されたこの本こそが、彼自身の「思想」を体現したものであり、実際、その後に遺した影響は計り知れない。
この本が時を超えて読み継がれているのは、そこで言われていることが、古今東西のあらゆる人々に共通する心性を揺さぶるものがあるからだろうと思う。

天地は失せても失せざるものがあります。そのものをいくぶんなりと握るを得て生涯は真の成功であり、また大なる満足でもあります。私は今よりさらに三十年を生きようとは思いません。しかし過去三十年間生き残ったこの書は今よりなお三十年あるいはそれ以上に生き残るであろうとみてもよろしかろうと思います。(改版に附する序文)

金を遺物としようと思う人には、金を溜める力とまたその金を使う力とがなくてはならぬ。この二つの考えのない人、この二つの考え方について十分に決心しない人が、金を溜めるということは、はなはだ危険のことだと思います。(p.28)

ただわれわれの心のままを表白してごらんなさい。ソウしてゆけばいくら文法は間違っておっても、世の中の人が読んでくれる。それがわれわれの遺物です。もし何もすることができなければ、われわれの思うままを書けばよろしいのです。(p.47)

天というものは実に恩恵の深いもので、人間を助けよう助けようとばかり思っている。それだからもしわれわれがこの身を天と地とに委ねて天の法則に従っていったならば、われわれは欲せずといえども点がわれわれを助けてくれる。(p.62)

たびたびこういうような考えは起こりませぬか。もし私に家族の関係がなかったならば私にも大事業ができたであろう。あるいはもし私に金があって大学を卒業し欧米へ行って知識を磨いてきたならば私にも大事業ができたであろう、もし私に良い友人があったならば大事業ができたであろう、こういう考えは人々に実際起こる考えであります。しかれども種々の不幸に打ち勝つことによって大事業というものができる、それが大事業であります。それゆえにわれわれがこの考えをもってみますと、われわれに邪魔のあるのはもっとも愉快なことであります。邪魔があればあるほどわれわれの事業ができる。とにかく反対があればあるほど面白い。われわれが熱心をもってこれに勝てば勝つほど、後世への遺物が大きくなる。もし私に金がたくさんあって、地位があって、責任が少なくして、それで大事業ができたところが何でもない。たとい事業は小さくても、これらのすべての反対に打ち勝つことによって、それで後世の人が私によって大いに利益を得るにいたるのである。種々の不都合、種々の反対に打ち勝つことが、われわれの大事業ではないかと思う。(p.68)

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2020年07月15日

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