増田俊也のレビュー一覧
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ネタバレ高専柔道での華々しい活躍を描くのかと思ったら、本編の3分の2くらいの1年生時代が弱音と愚痴ばかり。特に2浪して北海道大学に入学したため、そのブランクで体力が戻らないと言う愚痴が目に付く。また金沢先輩の猛烈な寝技でのしごきがきつい。練習は壮絶で体力の限界を超えるレベルで、それについている根性がすごい。弱音を吐きながらも辞めずに続ける。そんな中で同じく辞めずにいる同級生との友情が熱い。
そうして2年生になるとようやく楽し気になる。
ところが、2年生で迎えた大会でやっと活躍すると思ったら大怪我で欠場したまま物語は終わってしまった。
物語としては不発で華々しくはないのだけど、そんなつらい環境を自ら求めて辞めずにとどまる中での発見が広くて深い。
自分たちより弱い先輩を、下に見るのでなく、あんなに弱いのに辞めずに続ける根性が、自分たちよりすごいと高く認めているのに感動する。
女子マネージャーの扱いがひどい。
柔道の世界は広大だ。あんなにつらい練習を毎日していたらあっという間に達人になりそうなのに、それでも全然大会では最下位だし、もっと強い人が大勢いる。 -
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「木村政彦外伝」というより「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか外伝」です。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した、かの本は二段組700頁超の大著ですが、そこに収まりきれなかった内容を収めた本で、この本とセットになって「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」は富士山として屹立するとの噂で慌てて手に取りました。どんだけ書けば著者は満足するのか、いや、まだこれでも足りんだろ…と思わせる熱量です。そう、「なぜ殺さなかったのか」に書ききれなかったこと、取材したけど収録出来なかったインタビューだけではなく、出版され受賞したことで生まれた出会いや対談も含まれて、このテーマは連山化の予感がします。考えてみれば、「七帝柔道記」も「北海道タイムス物語」も違う山じゃなくて、増田俊也アルプス化です。そもそもの書名の由来が、週刊文春の猪瀬直樹の「ニュースの考現学」での木村政彦への取材からの「枯れない殺意」から来ていて、それが大宅賞の選考委員としての猪瀬直樹に繋がり、そして猪瀬・増田対談になってまた繋がっていく…木村政彦が作る連鎖が大きな連なりになっていくのに圧倒されます。菊池成功や平野啓一郎とか柔道と無関係に見える人との対談も面白く、その中で、増田俊也の前年の大宅壮一ノンフィクション賞の受賞者、今年「極夜行」で大佛次郎賞を受賞した角幡雄介との対談で気づいたのは、どんどんデジタル化していく社会の中で、彼らのストイックなまでのフィジカルに対するこだわりが必要とされているのではないか?ということ。木村政彦という特異点に執着する増田俊也の特異性は狭く深いものだけではなく大きな豊穣な分野を切り開いているのだと感じました。
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自分は、プロレス中継がゴールデンタイムに放映されていた時代に小学生時代を過ごした世代です。
小学校の高学年の頃、クラスの男子の半分以上は熱狂的なプロレスファン。
学級文庫に「プロレススーパースター列伝」が置かれて回し読みし、プロレス雑誌やムックなどを通じて、プロレス界に伝わる歴史や伝説について学びあったものでした。
そんな小学生なんて、21世紀の今になっては想像もつかないでしょうが。
そんな自分にとって「木村政彦」の名前には、正直「プロレスの王者である力道山に挑んで、あっさり敗れた哀れな柔道王者」くらいのイメージしかありませんでした。
ただの柔道王者ではなく戦争を挟んで15年間無敗の無敵の王者であったこと。
「柔道家」の実直そうなイメージとはかけ離れたバンカラ、やんちゃで人間味あふれる人物だったこと。
力道山に先駆けて既に海外でプロレスデビューし、ブラジルでは若き日のエリオ・グレイシーにバーリトゥードで圧勝していたこと。
グレイシーの件はなんとなく耳にしていましたが、この本を読んで初めて知ったことがたくさんあり過ぎて混乱しそうなくらい。
そして問題の力道山との世紀の一戦。
今回、初めてYou Tubeにアップされている動画をみましたが、あまりの凄惨さにショックを受けました。
明らかに「プロレス」ではない。
力道山という「怪物」の底知れない恐ろしさを思い知らされる。
この試合の時点においては、力道山はまだプロレス界の王者であったわけではない。
木村を叩きのめすことで、その地位を確固たるものに固めていった。
一方で、「負け犬」として生き恥を全国民に晒された木村の後半生は、世間から忘れ去られていく。
ところが、この700頁に及ぶ壮大なノンフィクションを通じて描かれる木村政彦の一生は、けっして悲劇の主人公のそれではない。
そう思わされることこそが本書の素晴らしいところだと感じます。
著者の木村政彦に対する思いの強さは一方ならぬものがある。
強さも弱さもひっくるめて、木村政彦という傑出した人物の複雑さも単純さも全てが伝わってくる。
また、本書を通じて、現在の立ち技中心のスポーツとしての柔道が、木村が極めようとした「実戦的な柔道」とかけ離れたものであることを識ることができます。
「力道山のプロレス」にしても「講道館の柔道」にしても、最初っから絶対的な地位にあったわけではなく、戦後という時代の政治の流れの中でその地位に収まったものである。
21世紀の今、そんな冷静な見方で戦後社会を概観できるという点でも良著だと感じます。 -
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長い!けど満喫しました。「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」に納めきれなかった文章と、残り大部分は木村政彦先生に関しての柔道関係者や有名人との対談から構成されています。木村政彦と山下のどちらが強いのかというテーマでの名選手たちへのインタビューだったり、岡野功先生と語り合ったり、漫画家・小林まこと先生なんかとの対談。柔道関係者にとってはどれも面白い。逆に言うと、関係者以外には全く面白くないと思いますが。オリンピック後の古賀稔彦選手を開始30秒で背負いで投げた(当時リアルタイムで見ていた)堀越選手(天理大卒・名張高校教諭)さんとの対談も収録されていて、マニアックすぎるけど実に面白かった。
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読書期間:2月7日~11日
最近読んだノンフィクションものでは文句なし、No.1である。2段組の700ページという大部であり、3連休をフルに使って読み切ったのだが、読み終わって、何をレビューすべきか迷っているうちに10日以上経ってしまった。
これまで木村政彦といえば、プロレス勃興期に力道山とともに盛り上げた柔道家であり、力道山と互いに戦って一方的にやられて負けた、というイメージしかなかったのだが、そのイメージが完全に覆された。著者が丹念に1次資料を収集し、関係者へのインタビューを行った結果、見えてきたのは、ひたすら強さを求めて、体を鍛え、技を磨き続け、相手を倒し続けて究極のファイターとなった男の姿である。立ち技では高段者でも受け身を取れないほどの強烈な大外刈が決め技で、講道館での出稽古では失神者が続出。また、寝技ではどの体制からでも腕がらみを決めることができ、出稽古で脱臼者が続出したため、大外刈と腕がらみは双方とも禁じ手とされていたという。全盛期であれば、オリンピック王者のヘーシンク、ルスカ、山下泰裕も全く歯が立たなかっただろうというのが意見が大勢を占めており、さらに総合格闘技で最強をうたわれるブラジリアン柔術の世界でも、マサヒコ・キムラの名前は特別に敬意をもって取り扱われている。プロ柔道を引っ提げてブラジルに渡り、ブラジリアン柔術の王者であるエリオ・グレイシーを手玉にとって破っているからだ。ちなみに、その時の決め技の腕がらみのことを、ブラジリアン柔術ではキムラとかキムラロックと呼んでいるそうだ。
木村政彦と関係した人物についても、丹念な取材により明らかにされていく。木村政彦を育て上げた師匠の牛島辰熊、彼は全日本の選士権で実質的に5連覇を果たした最強の柔道家だったが、ついに天覧試合では優勝できなかった、その無念さを晴らすため、木村政彦を最強の選手に育て上げたという。この鬼気迫る師弟関係も見ものである。また、木村政彦を兄と慕った極真会館の大山倍達、そして、プロレスラーの力道山。ブラジリアン柔術の王者、エリオ・グレイシー。作者により掘り起こされた、これら一癖も二癖もある男たちの姿は実に魅力的だ。彼らの人生が木村政彦という強烈な磁場に引き寄せられ、互いにぶつかり合い、交錯し合っていく様子に惹き込まれ、時間を忘れてページをめくっていた…。
実のところ、読み終わった今でも「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」という問いに対しては、答えが得られた気がしていない。しかし、暴力団相手の喧嘩で刺されてあっけなく死んでしまった力道山に対して、師の牛島辰熊が自分を育てたのと同様に、拓大の柔道部を自分が経験した内容に匹敵する地獄の特訓で鍛え上げて岩釣兼生という世界チャンピオンを育てあげた木村政彦、このあまりにも対照的な二人の生涯を見るにつけ、木村政彦は力道山を殺すまでもなく、勝負がついてしまっていたように思えてならない。ただ、自分との再戦から逃げ続けて勝手に自滅してしまった力道山に対して、木村政彦の殺意は最後まで枯れることがなかったようだ。最晩年の木村政彦が、作者の増田俊也氏に'あいつ(力道山)は卑怯な男だから、(自分の額に「殺」という文字をイメージして)殺した'と語ったというエピソードに表れている。
作者の増田氏の木村政彦に対する思い入れは相当なものがあり、誇張した表現も多用されているが、読んでいるうちにほとんど気にならなくなった。作者に洗脳されてしまったようだ。少なくとも'格闘技史上最強は木村政彦!'と自分の中では揺るぎのない確信を得るに至った。 -
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私の場合、特に格闘技が好きというわけではありません。この本を手に取ったのは、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したベストセラーであったこと、ジャカルタ日本人会の古本市で50円で売られていたという理由だけです。ところが、読み始めたらやめられず、正月休みで完読してしまい、充実した読後感を味合うことができました。
「木村政彦」という名前はあまり浸透していないと思います。木村政彦は主に戦前に活躍した柔道家で全日本選手権13年連続保持、天覧試合優勝も含め、15年間不敗のまま引退。「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と讃えられ、現在においても史上最強の柔道家と称されています。
しかし、戦後、食えない時代にプロ柔道に参戦したこと、さらにプロレスラーに転向して力道山と不可解な試合を行い、無様な敗北をしたため、戦後の柔道界は木村の存在そのものを柔道史から抹殺しまいました。
本書は木村政彦の評伝。「昭和の巌流島」と言われた昭和29年の力道山との試合を中心に据え、木村政彦の少年時代から臨終までを、柔道、プロレス、当時の世相を絡めながら描くノンフィクションの大作です。
著者の増田俊也さんは北大柔道部に在籍していたノンフィクション作家、小説家。増田さんは木村政彦と力道山を「怪物」と断言します。
「柔道家として全盛時代の木村は、まさに戦うためだけに造られたサイボーグであった。(中略)ただただ勝ち続けることを課され、それに応えて完璧なサイボーグ戦士となった怪物であった。大日本帝国が産み落とした怪物であった」
「一方の力道山は、はじめは植民地の朝鮮半島から夢を見て内地日本にやってきた素直で優しい少年だった。だが(中略)差別からくる怒り、自らではどうしようもない国家という化け物に振り回され続ける怒り、その中でもがき続けた」
上の文章に国家をも絡めた、木村政彦と力道山の2人の性格の違いが簡潔に記されていると思います。そして、なぜ2人の怪物が不可解な試合を行い、木村政彦が醜態をさらし、木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのかを、膨大な資料とインタビューから明らかにしてゆきます。まさにノンフィクションのお手本のような本です。
文句なしの★5つ。最後の数ページは目頭が熱くなりました。 -
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表題作は、中井という人物の思いに迫力はあったが、なぜかそこまで訴えかけてこなかった。他の短編と比べると、という相対的な意味で。それよりは、七帝柔道記で出会った人たちとまた再会できたことや、その中で後輩の中井という人か異端の道を歩んでゆく流れが、よかった。
超二流と呼ばれた男は、わかりやすくて楽しかった。勝負にも成績にも頓着せず、背負い投げだけを黙々と練習し、遂には完璧な背負い投げを身につけた男。
大道塾の話は、自分のお師匠さんもその時代を作ったプレイヤーの1人だったということもあり、感情移入して読んだ。東先生が友達を電話で呼びたがる気持ち、その寂しさのようなものってなんとなくわかる気がする。著者が夢で見たように、逝ってしまった人間とも全員で飲みたかったのではないか。
唯心さんとの対談もすごくよかったが、GHQが日本人の最新を失わせた的なネトウヨライクな認識を示し唯心さんと著者が夢共有するのが残念。他のところはほんとにすごく尊敬するのだが。まあ人間手間そんなもんだよね。 -
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★柔道からの熱すぎる思い★柔道の、木村政彦のすごさを伝えようとする「私」主語のノンフィクション。熱い思いを伝えるには、著者が出てきた方がいいのだろう。幅広いインタビューと資料収集は門外漢が読んでも納得する手厚さだ。力道山が体現するショーとしてのプロレスに、言説の分野で柔道(やアマスポーツ)が負けてきたことへの対抗心にあふれている。そして講道館からもプロ柔道を立ち上げた木村が排斥されてきたことに、二重の反発があるのだろう。
最後に岩釣がアンダーグラウンドで優勝したことを記したのは、岩釣の、ひいては木村の強さを表したかったのだろうが、蛇足ではなかったろうか。相手が誰だったのかいらぬ詮索を読んでしまい、言い訳じみて見えてしまう。 -
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増田俊也著「七帝柔道記」
同じ著者の「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」に続きこちらも文庫版が出ているのを発見!
私が思うにこの作品、柔道の修行中の方々、そしてかつてしていた方々には必読の一冊ではないでしょうか。
そしてこれから柔道を始めようと思っている方々は、もしかしたら読まないほうが良いのかもしれないとも思います。
なぜなら、現在「七帝柔道」と呼ばれるかつての「高専柔道」のあまりにも厳しい修行が伝わってきて、なまじっかのスポーツ柔道をやっている方々やかつてやっていた方々には衝撃が大きく、自分の柔道に対する甘さを知り、軽々しく「柔道をやっています(いました)」と口にする間違いを犯さないで済むようになるからであり(私がまさにそうです)、またせっかくこれから柔道を志している方々にはあまりの厳しい修行に怖気づいて尻込みをしてしまうだろうからなのです。
とはいえ、面白かったなあ〜