増田俊也のレビュー一覧
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<感想>
現代格闘技界のレジェンド中井祐樹へのインタビュー。著者との対談形式である。
特に格闘技に関心は無く、たまたまwebで見かけたレビューに興味をそそられて読んでみた。読む前は、超人的な格闘家の人生を語った内容だと思っていたが、以外にも人材育成や哲学的な観点で格闘技を語っており、学び多き一冊だった。
<アンダーライン>
・(右眼を失明してブラジリアン柔術家になったとき)「これは神様からプレゼントされたんだ」と。ブラジリアン柔術をやる機会をね。
・僕がやっていた頃の昔の日本の野球や柔道は、ステップアップ式にやれば強くなれたかもしれない人たちをふるい落としちゃってた。
★★★木村先生のお弟子さんに聞くと「試合の前はすべて準備されている状態。もう終わっている状態。練習がすべてで、試合本番はその結果が出るだけだという考え方でした」
・ああいった方々は己の完成だけが目標だったわけで、そういうのも称賛しなきゃいけないですよね。五輪に行けなかったことで敗者になっちゃうわけですけど称賛しなきゃいけない。
★★技は力のうちにあり
・勝ち負けなんてどうでのよくなってる。正しいか間違っているか、それさえどうでもいい。
・パーフェクトゲームで人生を終えられる人なんて1人もいない。
・(小説を書くことについて)いかに人を苦しみから救えるか。
★無益な勝ち負けのなかで時間を費やすには人生は短すぎるから。
・(グレイシー)生き残る、負けなければいい
・健康ほど大切なものはない
・作家だからね。なんかおかしなことに巻き込まれても観察者の眼も持っているから相手を観察してると面白いし、小説のモチーフにしたらこの人面白いなと思ってみてる。
・若いときは体も心も強くて堅くてパワフルだった。でも強すぎて脆かったんじゃないかな。
★動物学の視点から言うと、ある動物種が絶命するときって「まだ大丈夫」と思ってたら、ある日突然スパッといなくなっちゃうんだ。
・スポーツの試合が人生のシミュレートになる
★自分の人生は1回しかなくて、前へ一方向へ進むだけの一本道だから他が見えないし、一度過ぎ去った時間をやり直すこともできない。だからこそ小説や映画で他の人の人生をある程度シミュレートするもの必要なんじゃないかな。
・スポーツは疑似戦争、イデオロギー同士がぶるかる舞台ですよ。その日は一喜一憂するけど、それが勝利でないことも絶対的な負けでないことも知っている -
Posted by ブクログ
中学・高校6年間柔道をやっていた。団体でも個人でも優勝経験が無い弱小の柔道選手だった。けれども、七帝柔道の魅力と辛さには共感する。
柔道は過酷な競技だ。乱取り練習というものがある。私は体力が無かったから4分間を5本やっていただけで、立ちながら意識が飛んだことがよくあった。試合で絞められて気がつくと前後の記憶を無くしたこともある。あの頃から1センチも身長は伸びていないが、この数十年間ずっとプラス5キロー20キロの間を彷徨っていて、決して中量級のベスト体重に戻ろうとしない。あの頃は、毎日ご飯を三杯食べながら、全然体重は増えなかった。それだけの練習量だった。繰り返すが、私は弱小の柔道選手だった。(試合形式の乱取りが如何に過酷かは、オリンピック中継で、いつも選手のスタミナ切れが言及さることでも想像出来るはずだ)
北大柔道部は、立ち乱取りより数倍苦しい6分の寝技乱取り等、様々な乱取りを延々と繰り返す。最後に300回の腕立て伏せで閉める。これを「通常の」練習としている。更には合宿が年に7回以上ある。地獄の北海道警察出稽古。あ、あり得ない過酷さだ。そんな過酷な練習をしても、増田俊也が入った時点で北大は2年連続最下位だった。七帝柔道は、15人戦の抜き勝負、一本勝ちのみ、先鋒から三将までの13人が6分、副将と大将は8分、寝技への引き込みあり、膠着の「待て」なし、場外なし。我々が知るポイント制のオリンピック柔道とは異次元のものである。
これは寝技に特化した「練習量がすべてを決定する柔道」の世界を描いたものである。私は柔道は強くなれなかった。オリンピック柔道には、練習量と共に「センス(才能とも言う)」が必要だった。けれども、高専柔道の流れを汲む七帝柔道は、寝技だけを極め、やればやるだけ強くなるのである。
私の高校の古文の先生に、戦前に六高(岡大)で柔道選手だったという方がいた。ものすごい小柄で、どう見ても弱そうな方だったが、国体で優勝した巨漢の高校柔道コーチが尊敬していた。その方の凄さを理解したのは、高専柔道を描いた、井上靖「北の海」を読んで以降だった。
まるで戦前のような練習をこなしながら、実際はつい最近の86-87年の話である。何が彼らをそうさせるのか。私だけの経験で言えば、何十回と負けても、一回だけタイミングがあって強敵に勝てたことがあった。あの勝利が、これまでの人生で何度私を助けたことか。しかし、「まぐれの一勝」は、人生を丸ごと変えるほどに自分を助けてはくれないのも事実だ。増田俊也は、それとは別次元の練習をしていた。
この自伝的小説で、自分の本名で出ている増田俊也が、「柔道をするために北大にきました」と宣言するのも、共感はする。共感はするし頭ではわかるけど、私なら決して出来ないし、やりたくない世界でもある。延々と練習の描写が続き、一年目の七帝戦は読むのが苦しくて目を背けた(読むのを中断した)。
おそらく、全て事実なのだろう。あのベタベタな新入生歓迎行事も事実なのだろう。もう少し感動の展開を用意するべき、七帝戦の試合の結果も事実なのだろう。
「こんなので、何かを掴めるなんていう、著者の主張は理解できんね」
多くの読者が、本音半分ではそう思っているのは目に見えるようだ。学生時代の全てを練習に費し、マスコミにも登場しないし、就職にも有利にならない。私もよくわからない。けれども、わかる気がする。決して著者に阿(おもね)って言っているわけではない。
残念ながら、こんなにも長編なのに、増田俊也は、何も成し遂げることなく途中で小説は終わっている。ように見える。史上唯一の七帝戦を描いたこの小説は、大きなことを成し遂げているが、主人公の増田俊也は未だ何も成し遂げてはいない。連載が中断して10年、続編が描かれる気配もない。北大柔道部らしい、と言えばその通りではある。 -
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マイナス40度も珍しくない極寒の北海道・天塩研究林。そんな土地に立つ小屋に集まった、学者や仲間たち。
そこへ雪の中を徘徊する体重350キロ、飢えて凶暴化した手負いの巨大ヒグマ、“シャトゥーン”ギンコが襲いかかる!
次第に破壊される小屋。
電話も通じない孤立無援の状況下から抜け出すことは出来るのか!?
第5回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞受賞作の文庫化!
……はい。パニック物、好きですw
これ、ギンコも凄いけど、ギンコと戦っちゃう薫も相当なもんだし、娘の美々ちゃんも血は争えないわね……って感じで、現実味ないくらいwww
親しい人達が、生きながらバリバリ喰われちゃうのは、かなり怖いんだけど、やっぱ人間同士が殺し合う方が怖いな……。
とはいえ、今後、ヒグマの出没するような場所には、絶対行きたくありません!
というわけで、高みの見物、楽しませていただきましたー!! -
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◇電車の中で読み始めたところ、夢中になってしまい、乗り過ごす危険を感じて、電車の中では読むのをやめました。
以前、読んで気になっていた『七帝柔道記』の、その後を知ることができたのが嬉しいです。
おー、竜澤が主将、筆者が副主将になったのか。
それにしましても、タイトルから何てマイナーな話題なのか、
とかねがね思っていたのですが、読んでみて納得。
衝撃的な内容で、何度も読み返してしまいました。
やはり順番としては、時系列にそって、『七帝柔道記』を先に読むのがおすすめですかね。
◇さて、対談が収録されている、和泉唯信て、誰だこれ。何か聞いたことあるけど。
と思ったところ、『七帝柔道記』に登場する、印象的な著者の先輩でした~
この対談を読んで、初めて、下級生視点で書かれていた『七帝柔道記』の
先輩側の心がわかり、狭い視野だった自分を反省させられるのでした。
◇ちなみに、この和泉唯信氏、なんと浄土真宗の僧侶なのですね。
対談にも、親鸞の言葉が引用されていました。
「・・そうしたら、明けた朝に吐血してそのまま死んでしもうた。
すごく後悔が残った。
親鸞も言うとるが、「明日ありと思ふ心の徒桜」ゆうてね。
明日があると思うと、それが徒になる。
本当に真理だと思う・・・」
本書は冒頭、一周忌のシーンから始まりますし
いくつかの死が登場します。
無常観が漂っていることもまた感じました。 -
Posted by ブクログ
「ゴング格闘技」誌に4年間にわたって連載された大作。史上最強の柔道家、木村政彦の生涯を描く。
木村はまだ学生だった頃に柔道全日本選士権を3連覇、さらに天覧試合を制覇する。戦後はプロ柔道に参入し、ブラジルでエリオ・グレイシーを破る。そしてプロレスラーに転向し力道山と対決するが、卑怯なやり方で倒されてしまう。
高邁な思想家でもあった牛島辰熊と、その弟子でありながらただ勝ち続けることにしか興味のなかった木村。どちらが人間として立派だったかと問われればなんとも答えようがない。どちらが好きかと問われれば、より人間的な木村であるような気もするが、やたら暴力的で欠点も多い木村を手放しで賛美する気になどなれはしない。柔道は超一流であってもそれ以外は不器用な木村が、戦後の混乱の中で道を踏み間違え、利用され、柔道家としての名声を失っていったことは、残念ではある。
そして老いと死は、どんな人間にも訪れる。強さに取り憑かれてしまった木村は、生きている限り敗者の汚名に苦しまざるを得なかった。死は木村にとって救いであったかもしれない。「これでよかったよね」 ── 晩年に木村が涙を流しながら妻にいったこの言葉は悲しいけれど慰めでもある。木村の人生を眺め渡せば感じるだろう、何が幸福で何が不幸か、何が正しくて何が間違いだったかなんて、簡単に決められないのではないかと。
いわゆる格闘技の「アングル」で書かれた本かと思って読んだら、そうではなかった。著者自身、高専柔道の流れを汲む七帝柔道の経験者であり、確かに木村贔屓になりがちだけれど、関係者へのインタビューや当時の新聞記事などの一次資料に基づいて事実をありのままに記そうとしていることが分かる。戦前・戦後の柔道の歴史についての解説も興味深かった。 -
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「七帝柔道」とは、北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、大阪大学、京都大学、九州大学の七つの旧帝国大学にはるか昔から受け継がれてきた寝技中心の柔道である。
主人公の増田俊也は、2浪の末北海道大学柔道部に入部する。
そこでは「練習量がすべてを決定する」と言うごとく、辛く過酷な、時には残酷な練習が行われていた。
北海道大学は、近年、七帝の中で最下位をさまよっていた。
かつての栄光を取り戻すため、終わりのない過酷な練習は続いていく。
努力の限界を超えても努力を重ねていく部員達。
それでも努力は報われるとは限らない。
しかし、七帝柔道の過酷な練習の中にこそ生きるためのすべてが詰まっている。
先輩たちの思いを後輩たちに繋げていくこと、自分たちが流した汗を信じて。
登場人物たちの人間臭さや柔道へのひたむきさに、なんとも泥臭い青春を感じる。爽やかさだけが青春ではないと知る一冊です。
作者の増田俊也氏を始め、作中の登場人物は実在・実名で登場する。
彼らのその後も気になるところである。 -
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著者の長編ノンフィクション「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(新潮社)を読んで、魂が打ち震えるほどの衝撃を受けました。
「魂が打ち震える」というのは、決して誇張ではありません。
力道山とのあの歴史的な一戦が、木村を終生苦しめることになります。
その木村の悔しさに、読者は共鳴せずにはいられません。
それだけ著者の取材力と筆力が優れているということなのでしょう。
ぼくが過去10年に読んだ400冊ほどのノンフィクションの中では、群を抜いて素晴らしかったです。
本書は、その衝撃作のスピンオフ。
これまた分厚い本で、単行本719ページですから、ほぼお弁当箱です。
読みごたえも十分。
第1章「史上『最強』は誰だ?」では、木村と山下泰裕がもし戦ったらどちらが強いかを、柔道関係者の証言を丹念に拾い集めることで考察しており、興奮しました。
柔道ファンならずとも心躍ること請け合いです。
力道山との一戦についても、あらためて振り返っています。
ミスター高橋にもインタビューし、プロレス側からもあの一戦を評価しているのは公平と思いました。
本書の大半は、格闘ファンの有名人に対するインタビューで構成されていますが、意外だったのは作家の平野啓一郎さんや歌手の綾小路翔さん。
特に平野さんは純文学のイメージが強いので、こんなに格闘技に詳しいとは思いませんでした。
本書の「あとがき」には、こんな言葉が。
「この『木村政彦外伝』を読み返して思ったのは、みんな木村政彦が大好きだということである。なぜ好きなのか。それは完璧ではないからだ。」
完璧ではない男が、もがき苦しむだけに、完璧ではない(というか程遠い)自分もシンクロしてしまうのでしょう。
前作に続いて本作も、汗臭い人間賛歌の書です。