栗原康のレビュー一覧
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アナキズムの本だけど黒くなくて紫の可愛いイラストつきカバーで、やっちゃう、やっちゃえ、やっちゃった、て踊りながらイラストちゃんが言ってるので、なんか、伊藤耕とか江戸アケミぽい語呂合わせだね、と思わず買います。いざ読み出したら手触り、軽さがとても良い感じ。紙の本バンザイ!
第一章さよなら国畜、39ページ、いまが最高だところがっていこうぜ。て、いやいやもう、じゃがたらでしょ。アケミでしょ。フリーダムの語源はフレンドッテ。アケミを感じる。なかなかアナーキーだな。もうこの時点で百点満点です。ギブギブギブギブは相互扶助、無意識な本能。おしゃべりをするのは人間の自由をおもんじるのとおなじことだ。
平岡正 -
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ネタバレいくぜ極楽、なんどでもっていう話。
少し冗長に感じる部分はあったけど、文体に勢いがあって独特で読んでいて楽しかった。
p. 153はかなしなしばしかばねのくちぬほど
野原のつちはよそにみえけり
ひとはかならず死ぬんだ、その屍は杉ちはてて、野原の土にかえっていく、はかないことだ。でも、みんな自分と土とは無関係だとおもいこんでいる、おろかなことだ。
むしろ、こうおもわなくちゃいけない。どうせひとは土になるのである。それなのに現世に執着して、財産をためこんだって意味がないじゃないか、そんなのぜんぶ捨てちまえ、土になれ、なんにもなくなったまっさらな大地からもういちどやりなおすんだと、そういって -
Posted by ブクログ
アナーキズムという単語を起点に、現代の様々な権力により構成された自由の効かない社会を皮肉的に、自由な描写で書き上げたエッセイである。バクーニンやホッブスのリヴァイアサン、マルクスやレーニンを上げながら、人間は自由に生きていくというシステムに支配されているという観点に嘆きを入れる。日本では1000万人が参加したとされる米騒動を例に挙げ、革命の躍動感と歩みを自由に書き上げた、詩であるとも言える作品で、評価するのは個人的に非常に難しいが、ルソーの社会契約など、馴染みの深い偉人の考え、フランスの十月革命などを含んだ社会の変遷を非常にわかりやすくコミカルに、ドラマチックに描いているという点で素晴らしいと
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ネタバレ昔はエコの人たちダサくてゆるくて過激さがなくてカッコ悪いって思っていた。日本ではそうでもない(進歩してない)みたいだけど、欧米では、エコの人らが一番の過激派になっていてかなりラディカルなことしてる。それはそれでなんか違和感。その違和感をすっきり解消してくれてるとこなんかいいね。たとえば、
今やられているのは、人間による人間の支配だ、それがより強力になっただけなんだ、「地球」って言葉が使われて、みんなのためにお前ら従えよって言われてるだけなんだよと。
ほかにもいろいろ抜粋。気分爽快なところや、ゴロが良かったところ。
例えば、今、ぱっと思い浮かんだのが、三里塚闘争だ。もともと、三里塚、成田周辺 -
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栗原康のことはまったく知らず、本屋で表紙を見てなんとなしに買ってみたのだが、これがびっくりするくらいおもしろかった。
アナキズム研究が専門で大学の非常勤講師をやっているとのことだが、文体はまるで町田康のような、ふざけているのか真面目なのかわからない、いや絶対にふざけているのだけど、ちょうどいい塩梅のふざけっぷりで、良い。文体だけでなく、自らの情けなさと滑稽さを魅力的に書けるあたりも似ている。
文体や語り口もいいのだが、そもそも主張がわたしの好きなものだったので、おもしろく読めたのだと思う。ちょっと過激な主張ではあるけど、賛同する人はけっこういるんじゃないだろうか。
主張と文体が、合ってる。 -
Posted by ブクログ
いや、やっぱり栗原康は最高です
自分の中にあるあらゆる支配をぶち壊してくれる
「岩波新書」は格式高い?そんな知ったこっちゃないと言わんばかりの暴れっぷり
栗原康の思想の真髄を知る上で、最も適切な一冊目になると思います
無政府は事実だ!
あらゆる相互扶助は犯罪だ!
やられてなくてもやりかえせ!
できっこないをやらなくちゃ!
ちなみにここにあるレビューの大概は的外れなので参考にしないほうがいい
文体?んなこた知ったこっちゃねぇんだよ
栗原康さんは栗原康さんの書きたいように書くんだよ
そんなこともわかんねえなら初めから読み直せ
自分のなにかを捨てる覚悟で読まないならそれは永遠の奴隷です -
Posted by ブクログ
暴力はいけない。そう思っているのに、しびれるように美しく思うことがあるのはなぜだろう。拳や足蹴りを見ながら、胸が熱くなるのはなぜだろう。美しい暴力とそうでない暴力があるのはなぜか。そもそも暴力とはなにか。
暴力とは、自分の人生を自分でかたちづくることであり、自律的に生きていこうとすること。
誰かが何かから解放されようとして暴れる力を目にすると美しく思い、押さえつけ縛りつけるために行使される力を醜く思う。
「ひとのことたたいちゃダメっていうくせに、なんでお母さんはそういうえいがが大すきなの?」といつか聞かれたとしても、これでちゃんと胸張って答えられる。
自分が自分に正直に生きるために暴れる