広瀬弘忠のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
■避難勧告や避難指示が出された場合でもこれに従う人々は驚くほど少ない。これは日本だけのことではなくアメリカやヨーロッパでも同じ。
■災害の被害を避けるために避難の指示や命令などが発令されても避難する人々の割合が50%を超えることはほとんどない。安全に慣れてしまって危険を実感できないでいる。
■私たちの心は予期せぬ異常や危険に対してある程度鈍感にできている。常に移り行く外界の些細な変化にいちいち反応していたら神経が疲れ果てまっとうな日常生活が崩壊してしまう。心に遊びを持つことでエネルギーのロスと過度な緊張に陥る危険を防いでいる。ある範囲までの異常は,異常だと感じずに正常の範囲内のものとして処理するようになっている。このような心のメカニズムを「正常性バイアス」という。この「正常性バイアス」が身に迫る危険を危険としてとらえることを妨げてそれを回避するタイミングを奪ってしまうことがある。
■最終的に自分の身を守るのは自分自身であることをしっかりと自覚すること
■PTSDの主な症状
①過覚醒
・意識が過度にピリピリと敏感になっている状態
・いつ再びやってくるかもしれない同じ危険に対して常に身構える体制をとり続ける
・自己防衛機制が行き過ぎて働く結果
②侵入
・外傷を受けた瞬間の情景を目覚めているときにはあたかも実際に今起こっているかのようにありありとフラッシュバックの形で再現して想起する
・眠っているときには外傷性悪夢として繰り返し繰り返し仮想体験する
・外傷性記憶が繰り返し意識の中に執拗に「侵入」してくるので日常生活は混乱して家族や親しい友人との間でも満足な心の交流やコミュニケーションが取れなくなってしまう
③狭窄
・不快感をもよおす脅威に満ちた恐ろしいものは決して見たくない。私たちは見たくないものを見ないようにするために無意識に自分の興味や関心をより狭い範囲に制限しようとする。そして極端な場合には自分自身や家族の生活への関心,それまでの生活においてエネルギーの大半を注ぎ込んでいた仕事や趣味への情熱などをまったく失ってしまうことがある。災害や事故で自分自身が経験した危機的な状況を再び思い出させるような場面に直面したくないという心理がこの狭窄の症状をもたらす。
■避難行動のメカニズム
・避難行動とは個人や家族のような集団が脅威や破壊にさらされたときに,その事態を回避するための移動行動。避難行動は単純に見えてなかなか複雑な要素を抱えている。
・避難行動の特徴は個人の単独な行動というよりは集団的な行動という点にある。避難行動はそのメカニズムを見るとそれをともに行う個人の間では相互作用的であり,複合的であるため様々な要因がこれに関与して避難行動を促進したり遅延したり,場合によると中止したりする。
・また,多くの場合,移動は一時的なもので危険が去った後には再び元の場所へ戻ってくるが,時には移動した場所で定住したり,そこから更に別な場所へと移動を重ねることもある。そのような各段階に,個人や集団の意思決定のプロセスが介在している。
・避難行動は,まず危険を知らせる情報が伝えられるところから始まる。この情報にはマスメディアからの災害情報の伝達の場合もあるし,市町村による防災行政無線のスピーカーや,消防や警察の車両からの避難勧告や指示の伝達の場合もある。いずれにしても我が身に降りかかる危険が現実にあることを実感しなければならない。
・だが,仮に危険を感じたからといって直ちに避難行動を始めるわけではない。その次は危険の大きさを評価する段階がくる。中には危険を過大にとらえる人々もいるが,一般には,危険は実際よりも過少に評価される傾向がある。そのために多くの災害では避難勧告や避難指示が出されてもそれに従って避難する人々は少ない。
・最後に考慮すべき事柄は,果たして避難するに際して何か重大な障害があるかどうかということ。例えば避難の途中に大きな危険がないか。避難所は十分に準備されているか。避難所までの距離はどうかなど。さらに,様々なことが思案される。その結果,避難しないよりも避難した方がより安全だと思える時に公的な非難の指示や自分自身の判断に従っての避難行動が開始される。
・避難行動を行う人々の割合が一般に低いのは,避難には大小様々なコストがかかるという理由によるものである。
■人々は警報を受け取っても自分たちに危険が迫っていることをなかなか信じようとはしない。
・警報のメッセージに少しでも曖昧なところや矛盾したところがあったりすると警報の信頼性に対して疑いの目を向ける傾向がある。
・正常性バイアスという私たちの心に内蔵されている機能は元々は私たちが過度に何かを恐れたり不安にならないために働いているはずであるが,時にこの機能は私たちをリスクに対して鈍感にするというマイナスの役割を果たす。 -
Posted by ブクログ
地震や火災など、予期せぬ災害に遭遇すると人間はどんな行動をとるか。心理学的アプローチと過去の事例から、危険を回避する具体的な方策をアドバイスする。危険な時代を生き抜くための必読の書。(商品紹介より引用)
・防災のジレンマ
災害は、予知することはできない。しかし、防災をしなくてはいけない。という第一のジレンマ。
また、災害発生後にも、防災をしていて効果があったのかどうかを示すすべはない。
という第二のジレンマ。
それでも、我々は防災に努力しなければならない。
・災害時の家族の重要性
親は子のため、子は親のために自己犠牲を厭わない。その力が個々でいるよりも、生命存続には大切になる。
・生き残ったことを誇ることのできる世の中に
海外では、災害を生き延びた人を「サバイバー」呼ぶのが、日本にはそれに相当する言葉がない。
日本では、「被災者」であり、「被害者」。特に、日本では生き残ったことに対する罪の意識が強い。
実際に世界中で起こった災害を例にしているので、時々その恐ろしさに背中がゾワっとすることが多々ありました。
防災とは、しなくてはいけないと思いながらも、出来ていないことNo.1ではないでしょうか。
滅多に起こることではないし、上記にあるように防災していたからといって、それが正しいことだったのかも分からない。
けれど、していなくて後悔するよりも、今できることは全力でしたいと私は考えます。
また、防災も大切ですが、゛忘災″してはいけない。とても、この言葉に納得した。
私自身は、関西在住で阪神淡路大震災のときは、まだ、赤ん坊でしたので、全く記憶はありません。
しかし、これからの残りの人生で何があるか分からない。地震かもしれないし、火災かもしれない。備えあれば患いなし。
防災を改めて考えるよいきっかけになる本でした。 -
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ルポから思想まで豪華布陣だが、宮台さんの激憤しながらの筆致が鮮やか。『「ファストフードからスローフードへ」と同じく「原子力から自然エネルギーへ」も日本的に勘違いされるでしょう。〈食の共同体自治〉の問題が、食材選択の問題に短絡したように、〈エネルギーの共同体自治〉の問題が、電源選択の問題に短絡するでしょう。(略)原発災害からの学びがその程度で終わってしまうのですか。』pp.384-385. まさにそこなのだ。設計の悪い世論調査と内閣支持率に翻弄されて愚昧な二択に落とし込んではいけない。そこで一般意志2.0の登場なんだろうな。東さんと宮台さんと津田さんは全く方法論が違うけど、震災をきっかけに議論が一気に接続されてきた気がする。
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Posted by ブクログ
今回の震災と照らし合わせたりして
非常に興味深く読んだ。
パニックはそうはおこらない。
沈着冷静がサバイバーになるために効果的。
震災後の復興は合理的に進むので体力がもともとなかった地域はなくなることも考えられる。
などなど。
海難事故や停電、ペスト、テロなど
いろいろな事象がとりあげられていた。
結局は情報を自分でいくつも照らし合わせて判断するしかないのだ。
八潮は地盤が砂ではなくがれきなどの産業廃棄物、
つまりコンクリ的なものらしく液状化はまぬがれるらしい。
東京湾が震源だった場合高いところにすぐ逃げる。
とかいまのうちに考えておくだけでも有効だよね。
あと災害持ち出し袋。
それぞれ作ろう。 -
Posted by ブクログ
政府はパニックを恐れているらしい。パニックってそんな簡単に起こるものではないらしいぞ。政府関係者にはこの本を読んで欲しいな。
政府がパニックを恐れるあまり嘘をついているんじゃないか、必要なことをしていないんじゃないかっていう政府への不信感が買いだめパニックに繋がった。
政府は、津波や地震の情報は多少不確かであってもすぐに公開している。その事で一定の成果を上げているのに、原発関連の情報はほとんど表に出さない。
パニックを恐れているのではなく、情報を公開することによって自分たちの手落ちが明らかになることを恐れているのではないか。
けれど誤った秘密主義は、結局高く付く。
大災害は社会に大きな変化をもたらす。良い変化にするために、私に何が出来るだろう。これからどう生きればいいんだろう。
参考文献
ロバート・リフトン 広島で被曝した人にインタビューした
『台風とのたたかい 青函連絡船遭難体験記録』
『洞爺丸遭難記』 淵上満男
『原爆体験記』 北山二葉
心身一元論 PTSD 海馬の縮小
ハーバート・サイモン 愛他行動は、それを行うものの利益に反するが、社会全体の利益を高める。
『死の淵からの生還 エストニア号沈没 そして物語はつくられた』ケント・ハールステット
ジュディス・ハーマン 『心的外傷と回復』
被災して、生き残った人達に「生きていてくれてありがとう」って伝えたい。 -
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鹿児島の実家、実は先日の大雨で半孤立しています。地表滑落のため、団地に隣接する幹線が下り側で全断。年内の復旧見込みはなく、移動に苦が伴っている。
大雨前に避難警報の発報を知るも、離れた土地にいる家族は「ダイジョウブ」の一点張りだった。結果、大丈夫だったけどニアミスだった。
実は、先日、ウチのビルで発煙があり警報が鳴った。"This is not a drill"というフレーズは訓練の時にも流れていて、「あれ?訓練かな」と思って誰も避難しなかった。実際に避難したのは、消防士の姿を見た来た時だった。
警報はその信用を落とし、避難意識も高く持ち続けられていないのは現実のように思う。
どうしたら彼らに避難してもらえたか、自分が避難行動をとれただろうか。
実際にはパニックにはならないが、落ち着き過ぎはまずい。災害天災のもたらす悪い面と良い面(!)の存在。新しい時代には新しい災害が、など知っていて損のない内容でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ災害心理学を専門とする著者が、これまでの災害を例に、災害時における人間行動や災害復興の仕組みについて分析する。
災害はいつ起こるか分からず、また災害対策の費用対効果も見えないことから、「防災のジレンマ」が存在することを著者は説いている。災害を完全に残すことは不可能であることから、いかにうまく災害と付き合っていくかが重要である。本著は、災害を知る指南書と言えよう。
災害発生時、人々を不安にさせないよう情報を隠ぺいする、あるいは被害があまりないかのような誤報を伝える、といったことをつい考えがちだが、このような行為は集団パニックを助長させるもとであることを知った。著者は、パニックが起こる4つの条件として、「差し迫った脅威を感じている」、「危険を逃れる方法があると信じられている」、「安全は保証されていない」、「相互コミュニケーションが成り立たない」を挙げている。情報の隠ぺいや被害の過少報告は、この4条件にあてはまる状況を生み出すことから、情報は適切に提供すべきだと著者は主張している。
科学技術の進歩とともに、災害の発生メカニズムなどは明らかになるが、予測・予知は完璧ではなく、完全な防災対策は難しい。むしろ、社会が高度化するにつれ、災害規模も高度化すると考えられる。「防災のジレンマ」を抱えながらも、いかに平常時から災害への意識を持つかが、防災・減災への第一歩であると思う。災害復興の仕組みとして、著者は、「災害の規模」よりも、「被災社会システムの活力」と「環境社会システムからの援助量」が大きい場合、復興が促進されると説いている。前者を操作することはできないから、後者をいかに大きくするか、社会のあり方が問われている。
2004年に書かれたものであるため、東日本大震災については触れられていない。著者が主張した内容が東日本大震災でもあてはまっているのかを知ることができなかったのが、やや残念である。 -
Posted by ブクログ
ヒトは危険に対してある程度鈍感に出来ているので、異常を過小評価しがち。周りに「じっとしてて下さい」などと言われても、自分で災害の驚異をしっかりイメージして自ら行動することが大事だそうです。
そんなこと言われてもなぁ・・・とは思いますが、注意喚起のため日頃から目を通しておきたい一冊。
日本語にはサバイバーに相当する言葉がない、という話も印象的でした。日本では生き残った人は被災者とよばれてしまうために、素直に生き延びたことを喜べる社会風土が作られにくいそうです。まずは被災者を罪悪感から解放し自分をサバイバーと感じられることが災害から立ち直るためには大切、と。目から鱗。
「急速に成長しつつあるコミュニティは被災しても急速に復興するが、変化せず停滞しているか、下り坂にあるコミュニティは、被災後にきわめてゆっくりと復旧するか急激に衰えていく」んだそうです。
ひぃ、今の日本はどっち?!でもこれで自然にダウンサイジングしていけばちょうどいいか? -
Posted by ブクログ
防災に係わる職場にいるし、緊急時の人間行動や災害心理というのは比較的とっつきやすい分野だったので何となく手にとって読み始めたのだが…。
読んでいる途中で東日本大震災が起こった。
当然本の話題に上がっているのは今まで起きた地震・起こるであろうと言われている地震等の災害の話。(それだけではないが。)
とはいえ語られている内容が、現在進行中の事象とあいまって、途中読み進むのが非常につらくなった。
東海・東南海・南海の複合地震が起きたときの災害規模や災害後に起こる人々の心理状態の変遷の話はあまりにも今回の震災と近似していて背筋が寒くなった。
テレビで映るその状況が、死者行方不明者の規模が、本の内容と合致するのだ。
そして、災い防ぐ「防災」ではなく、災い減らす「減災」という表現をしていたのが印象的であった。
確かにそうなのだ。
災害は起こるもの。それを無くすのではなく、被害を最小限に抑える方向へ発想をシフトするべきなのであろう。
余談だが、震災初期の頃ニュース取材で著者の教授がコメントをしていたが紹介のされ方が「メディアの専門家」。(少なくとも私にはそう聞こえた)
…おや??この方は災害心理の専門家では??
意図してか知らずか。
この頃“専門家”が乱出していたのでついつい目に付いてしまった。
本とは全く関係の無い話だが。