村山美雪のレビュー一覧

  • トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇

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    これほどのポテンシャルを持った本が、2020年の米での発刊から、2024年にならないと我が国で出ない現実。これがまず大問題。
    「幸いなことに、日本の学校関係者も、医療関係者も、トランスジェンダーの扱いについては比較的慎重である。臨床的にも、トランスジェンダーを訴える人が病院の外来を受診することは多いとは言えない。〜略〜大部分は男性であり、米国のような状況には至っていない。」(P332「解説」より)
    勿論、日本では比較にならないくらい少ないのであろうが、ホルモン摂取のハードルは格段に下がりつつある(私は限界精神界隈のウォッチが趣味)。専門家に対し野暮は百も承知だが、そんな危機感で大丈夫なのか心配になる。

    本書で衝撃だったのは3点。
    DSM-5で、性別違和の定義の執筆を監督したほどの専門家が、トランスジェンダー活動家の攻撃により職を解任させられていたこと(勿論、その筋では有名な事件だったみたいだが)。
    もう一つは、「ジョンズ•ホプキンス大学の著名な精神医学及び行動科学の教授ポール•マクヒューには答えがあった。性別違和は"過大評価された考え"または心を支配するほどの情熱なのだ。それは「世の中の多くの人々がいだいている考えではあるが、患者や一部の人々にとっては、それが人生のすべてだと激しく思いこんでいる考え」なのだとマクヒュー博士は語った。」(P206)
    性別違和とはなにか?に対するこれほど分かり易い答えがあることを私は知らなかった。果たしてこの答えが正解なのか?人の心とは、なんなのか?答えが出る日は来るのであろうか。
    最後に、オートガイネフィリア(レイ•ブランチャードによる造語)の存在をトランスジェンダー活動家が否定しているってのは、何かのギャグなのだろうか?(笑)これが最も衝撃的でした。

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    2024年10月02日
  • トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇

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    不公正、抑圧への、抵抗。
    それ自身は、尊重されるべき。

    しかし、そうした行動は、社会的な生き物である人間が行う場合、複数名で行うことで、力と正統性を主張する場合が多い。
    その場合、正当な抵抗は、いずれ「運動」「活動」「政治」というものに、自然に変化する。
    最初は、損なわれたものを取り返すだけの正当な動き、主張であったものが、個としてはでなく、集団としての動きになり、「政治性」を帯びることで、行き過ぎた動きとなる。
    その動きには、どんどんと、自らの自己顕示欲を満たすことに重きを置く活動家が入り込み、correctness を求めための動きは、political なものに変質していく。
    よく目を凝らしてみると、その動き、活動の中には、既に不公正、抑圧の被害者はあまり見当たらないことも。
    本当の被害について、声を上げようにも、その政治性に合致しないものはむしろ疎まれることもあり、あるいは、被害者が阻害されることもあるようだ。
    あまりに身勝手で醜悪な、政治性。

    少し前の世界の、権力に対するカンターパワーであった、「リベラル」「メディア」たち。
    今では、批判を許さない姿勢を貫き、政治性を身に付け、人々を阻害する。

    醜悪。あまりに醜悪な姿を、そのままに描き出した良著。

    読み進めているうちに、ある日本語を思い出した。
    「腫れもの」

    特定の団体、メディアが、タブーを作り出し、世の中がタブーとして忌避する「腫れもの」になれば、大人になることを拒否しても、誰も、ついには親も何も働きかけることができない、「腫れもの」になりおおせる。

    その先死ぬまで幸せに過ごせるか。
    どんなに辛い通過儀礼や修行に臨もうが、幸せなんか確定的に得られるものであるとは思わないけど、「腫れもの」として扱われて、幸せを感じられる人に、自分の子供になって欲しいとは思えない。

    著者は、この構造を顕にするという素晴らしい仕事をしたのではないか、と思う。

    「腫れもの」を作る人たち。
    一体どんな世界に生きているのだろうか。
    なんとかそういう人と関わらずに生きていきたいもの、と思う。

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    2024年09月26日
  • ブリジャートン家短編集2 レディ・ホイッスルダウンからの招待状

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    ネタバレ

    レディホイッスルダウンの社交界新聞の記事を冒頭にして、第1巻と同じ作家たちが同じ日、同じイベントを軸に4組のカップルのロマンスを描いている。アンソロジーなので、4つの短編のどれにも主人公たちが交差し、すれ違い、言葉を交わす様子も楽しい。 最初の短編、ジュリア・クインの「ファースト・キス」が印象に残る。ロマンス小説王道の裕福で主人公をまどわせるほどの強引さを持つ男性ではなく、(もちろん見た目はハンサムだが)結婚持参金をあてにしなければならない男性を主人公としていて興味深い。

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    2024年09月13日
  • トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇

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    ファッション化してしまっている部分があるよね。
    思春期の揺れ動く気持ちの受け皿として、トランスジェンダーが出現している。
    人と違う自分になりたいという感情は古今東西あったわけだが、昨今の多様性の尊重。そして、インフルエンサーという虚構じみた存在が身近になってしまった、現代特有の病のように感じられる。
    そんな生半可な気持ちで名乗るべきではない。本当にそうである人に対しての侮辱のようにも感じる。
    実際にリスクがある決断でもある。

    大前提として、多様性を認めることは大切なので、そこは否定しない。
    そして本書もそのスタンスは一貫している。よって、この本が差別的だ!!と騒ぐのは流石にナンセンスかな。

    思春期の子どもに、性別の変更について意思決定をさせるのは、親としての責任放棄のように感じる。

    多様性の尊重というもっともらしい言葉をもっても、そのリスクは許容されるべきではない。
    本書でも何度も取り上げているが、数ヶ月で辞める、数十年後に後悔したが時すでに遅していったこともあるからだ。
    熟考に熟考を重ねて、やっと決断するような話である。


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    2024年08月18日
  • トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇

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    ネタバレ

    噂の本読みました。トランスの考え方が、ジェンダー規範の押しつけでしかなくてびっくり。
    トランスを自認する人に対しては肯定医療が主流になっているって話も、もはや宗教。。トランス界隈の人たちがこの本の出版を阻もうとしたことでもお察しだけど。

    欧米、想像以上だった。その点まだ日本は理性的かなという感じがするけど(さすがキリスト教が根付かなかった極東の地である)、トランス活動家の声が大きくなればいずれ日本も…という怖さはある。すでに欧米で警戒されるようになった思春期ブロッカーを日本へ売り込む動きがあるそうだし。

    少子化少子化言われてる現代に、人間の生殖を真っ向に否定するような性自認という概念が根付きつつあるというのは興味深い。世界的にみたらやっぱり増えすぎている人口を抑えようとする種としての見えない力が働いているのかな?

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    2024年05月25日
  • トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇

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    アメリカのジャーナリスト、アビゲイル・シュライアーが、アメリカの十代の少女を取り巻くトランスジェンダー関連の状況についてレポートした本。ここでいうトランスジェンダー状況とは、ホルモン注射や外科手術も含む。トランスジェンダーとしてホルモン注射や外科手術を受けた少女や家庭へのインタビュー、インフルエンサー、医療業界、学校関連、トランスジェンダーとして生活している人々、それぞれにしっかりとインタビューしており、それだけでも、著者の並々ならぬ苦労がしのばれる。
    以下、箇条書きとなるが、感じたことなど。
    ・本書は十代の少女にどう向き合うかの方が主題だと思う。原題は「不可逆的なダメージ」であり、キャッチ―なタイトルとして「トランスジェンダー」の言葉が先行しているが、「十代の少女はなぜトランスジェンダーに向かうのか」と「少女」を主語の方が正しいと思う。
    ・昔からある思春期の少女の揺らぐ気持ちや不安感、それと苦しみながら向き合うことで成長するところを、安易にトランスジェンダーという解法を用意してしまう風潮。トランスジェンダー仲間を増やす手段としているように見える。
    ・トランスジェンダー「活動家」が学校、医療の現場に対して影響を持ってしまい、漠然とした不安感の原因として提示されたトランスジェンダーではないか、という考えを煽り立て認めてしまう状況。これは昨今の個人の感情を優先する風潮や、子供を叱らない状況が加速させているのではないか。
    ・医療業界もホイホイホルモン注射や外科手術をやってしまう状況。ポリコレ棒で殴られて最悪職を失うことを恐れているのではないか。
    ・個人的にはダイバーシティの「みんな違ってみんないい」は正しいと考えている。他者との違いを否定せず認めるのが知だと思う。それなのに、なぜトランスジェンダー「活動家」は僅かでも考えが異なるとトランスフォビアのレッテルを張り排除しようとするのか。好意的に考えれば、今まで迫害されてきたため、攻撃的になることで自分のアイデンティティを保たねばならない(黒人のラップのような)というのがあるのかもしれないが、錦の御旗のもとに他者を屈服させたい人々が集まっているのではないか。
    ・後半の章に登場するトランスジェンダーの人達は、手術を受けるまで十分に考え、かつ少女たちに対して、安易にホルモン注射や手術を行わず、慎重に考えるようにと述べており、とても好感が持てる。
    ・大人世代は子供(十代は子供だ)の悩みを受け止めて、ともに苦しみながら悩みに向かい合うのをサポートするのが責務ではないのか。それを全面肯定して不可逆的な道に安易に導くのは責務の放棄としか考えられない。子供が本当にトランスジェンダーで、ホルモン注射や手術が最良の手段だったとしても、安易に結論に飛びつく/飛びつかせるべきではないだろう。「悩みに向かい合う」その過程こそが人間の成長させ、それを手伝うのが大人の責務であろう。

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    2024年04月17日
  • トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇

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    抗議が集まって一旦出版が取りやめられたことで話題になった本。思春期になって訴えられる性別違和についての診断は慎重にしましょう、取り返しのつかない処置は特に、という主張で、拍子抜けするほど穏当。カルトへの傾倒や、HPVワクチンによる症状と同様、思春期から青年前期の苦しみをどう受け止めるかが問われている。

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    2024年04月15日
  • トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇

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    KADOKAWAを脅して一度は焚書に!
    次に産経新聞出版や全国の書店にテロ予告までして葬り去ろうとされた話題の本
    この本が出版されてそんなに都合が悪い人は誰なの?って考えてしまう
    全く差別本ではありません
    当事者への非難はありません
    社会を揺るがす悲劇を克明に綴り、社会の歪みに警鐘を鳴らすルポルタージュです
    米欧の少女達の中での"流行"がトンデモナイ事態に
    アメリカではジェンダーイデオロギーの浸透に「いじめ防止」というレトリックが使われたらしい
    しかもそれは(活動家にとって)上手く行き、学校が治外法権の洗脳場となったらしい(怖い)
    日本も対岸の火事ではない

    この本はトランスジェンダー当事者を1ミリも差別してないどころか、そのことについてよく理解できる内容です
    あわせて"'活動家"の手口とレトリックを一つ一つ明瞭に説明されています
    このことから"焚書"事件が起こったのだと納得しました
    活動家にとってはチューチューモデルの手口がバレてやりにくくなるから死活問題です
    そのためテロ予告をしてまで出版を止めたかったのでしょう
    そして一番忘れてはならないことは、こうした活動家が騒ぐことで一番迷惑しているのが本当の当事者達であるということです

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    2024年04月14日
  • トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇

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    本書の刊行に関する政治的なゴタゴタはともかく、帯にあるとおりヘイト本ではなかった。むしろ、都市化による個人の孤独化やSNSによる子供への精神的な影響、実体を無視して暴走する観念、ネット上でカルト化する人権運動、資本主義経済が倫理を踏み潰して暴れている様などが読み取れるアメリカ現代社会の病理を描いたルポとして非常に興味深い内容だった。トランスジェンダリズムの流行とは現代社会の問題点が集約された社会現象だったのだなと改めて思わされた。

    現在アメリカで「トランスジェンダー」を自認する人の多くが、かつて性同一性障害と診断されてきた人々とは違って、思春期に突然性別違和を感じはじめた少女たちだと言う。本書は彼女たちがそこに至った経緯を多数の専門家や証言、データにより分析している。読んでいるとこれは一部の子供だけの問題でないのがよく分かる。

    現代の子供達は思う以上に孤独だ。だからこそSNSやインターネットで見聞きしただけの「望めば異性になれる」などというファンタジーにも容易にかぶれてしまう。

    大人の自分なども、デバイスのモニターを見つめていると体も周囲の世界も消えてなくなるような感じがある。存在するのは観念ばかりだ。だから誰でもその気になれば犬にも猫にもなれるし、バーチャル・アイドルや老婆にだってなれる。そんな環境にどっぷり浸かれば、自我の危うい子供たちが現実と仮想現実を混同するのも仕方ない気はする。

    しかもモニターの向こうにあるSNSとは終わりなきバーチャル戦争の最前線でもある。少しのスキも見せられない。どこかのグループに属して安心を得たくなるのも分かる。共通の「敵」を攻撃することで絆(オキシトシン)は強まるし、快感(ドーパミン)も得られる。

    これが現代の子供たちが置かれている生存環境だと考えるとかなり過酷だ。観念ばかりの世界は現実から遊離しているから、確固たる自分は永遠に掴めない。自分が何ものなのかも分からない神経症的不安を生き続けねばならない。

    大人にしても状況は似たようなものである。子供時代に泥まみれになって走り回ったり、青年期に他者と肉体を通じて交流した経験がある分だけましとはいえ、カルト的なものにハマる孤独な中高年も多い。インフルエンサーや活動家が唱える教義に熱狂し、大金を吸い取られ、手術の傷跡を誇る「トランスジェンダーになりたい少女」は過酷な社会状況を生きる大人たちの縮図でもある。

    本書にある、娘が突然「トランスジェンダー」になってしまった親たちの苦悩は、どう見てもカルト教団に娘を取られた人と全く同じだった。敵と味方しかいないカルト的世界観に洗脳されると人は家族や友達を毛嫌いするようになり、グループにとじこもる。子供たちに家族と縁を切らせるなども完全にカルトのやり方だ。人権運動とは異質な力学を感じる。

    だいたい、思春期の少女たちが自分の体を否定したくなるのは特別な証拠でもなんでもない、ごく普通の成長過程だった。ただでさえ肉体の変化が激しい年代であり、性暴力の被害者になりやすい年代でもある。「女でなくなれば安全かもしれない」「女になりたくない」と多くの少女たちが願っても不思議ではない。

    その上、自我が成長する時期というのは、人と違った自分というものに価値を見出しがちな物でもあるから、自分という人間は他の平凡な女の子たちとは違う進歩的な「トランスジェンダー」「LGBTQ」なのだ、と言いたくなるのも、正直ありふれた発想としか言いようがない。

    昔から、「私」ではなく「僕」と自称しはじめる思春期の少女は一定数いたものだ。だからといって差別されるわけでもなく、それぞれ社会となんとか折り合いをつける過程でいつのまにか消えている一過性のものだった。いい年こいたおばさんになってまで「僕」で押し通している人なんて見た事も聞いた事もない。

    そうしたありふれた揺らぎの中で悩む子供たちを、周囲の大人や、ちょっと年上の子たちが軌道修正してやれないというのはコミュニティの弱体化の現れではないかと思った。

    共同体が個人にもたらす情報は言葉だけではない。他人の背中からも人は学べる。そうした言語化不可能な学習によって子供たちは自分を知り、他人を知り、社会に居場所を見出してゆく。その機会を現代の子供たちは失っているのではないか。

    子供だけでなく、大人もそうだ。今や孤独な都市生活者が見つめるのはデジタル情報だけ。だから赤の他人にすぎないインフルエンサーを本物の友達や家族のように感じてしまう。これではカルトがはびこらない訳がない。

    しかも現代は一過性の「僕っ子」や「黒歴史」ではすまされないから事は深刻だ。

    本書が書かれた当時のアメリカでは、少女が「僕は男だ」と言って男服に身を包んだら、「トランスジェンダー」とか「ノンバイナリー」などという輝かしい名札を速攻でつけられ、医師やセラピストや教師といった現実の権威からお墨付きをもらえるという。

    そのまま「ジェンダー肯定治療」という名の、一生終わらない医療ルートに乗せられてしまえば身体の永続的な損傷と高額な支払いという代償が待っている。後悔しても泣き叫んでも、誰も責任は取ってくれない。切り取られた乳房も子宮も永遠に戻らない。健康な体も女性らしい声も戻ってこない。

    そうした囲い込みとルートがすでに教育、医療、経済、政治システム上に出来上がっているというのだから恐ろしい。現代アメリカで思春期を過ごすのは大変なことだなと思った。とんでもないなと。

    もちろん当事者にとっては一種のコーピングとして一定期間は機能するのだろうが、払う代償があまりにも高すぎる。ボディーピアスやタトゥーどころの話ではない。たかが思春期のゆらぎで不妊手術をするなどあってはならないことだ。

    本書では何度も「ヒポクラテスの誓い」という言葉がでてくるけれど、これは医療倫理の問題でもあるだろう。

    幼少期から続く強い性別違和に苛まれ、ホルモン剤や整形手術によってしか緩和できない苦痛を感じている人たちと、思春期に突如「性別違和に目覚める」少女たちは別の苦境にいる。同じ治療法で良いわけがない。人権問題についてもまた然りである。

    そこをしっかり判断するのが専門家の仕事なのに、本来責任を取るべき専門家が集団でほっかむりしている。得をするのは誰なのか。少女たちの体を金儲けのベルトコンベアーに乗せたいのは誰なのか。これは一般に言われるような人権問題ではなくて、都市化がもたらす孤独と行きすぎた資本主義が生み出した悲劇ではなかろうか。

    「トランスジェンダリズム思想」の活動家たちが本書を激しく攻撃したのもむべなるかなという内容だった。

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    2024年04月11日
  • メイドの秘密とホテルの死体

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    わ、ワァ〜〜〜!ってなった…最後の方…
    途中からまで本当あらゆるものにムカつきまくってたんだけど、ラストに向かってモヤっとしていたところを彼女らしくキチンと並べ直してくれたところで、普通のミステリーとはちがうなあと思った とても面白かった

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    2024年02月25日
  • ブリジャートン家1 恋のたくらみは公爵と

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    Netflixのドラマを観て、原作を読みました。ページ数の割にサクサク読めて楽しめました。
    ドラマで風習などいくつか??点があったのですが、原作で補えました。もう一度ドラマを見返して観ようと思います♪

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    2023年03月15日
  • 新しい時代への歌

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    ライブで音楽を聴きたくなる話。観客をいれたライブが規制されたテロと感染症後の世界が描かれます。音楽を聴いて歓声をあげることが遠くなってしまった現在のようでした。音楽って楽しいなと感じさせます。

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    2022年04月03日
  • 血の葬送曲

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    欧米作家が「鉄のカーテンの向こう側」を描いたミステリ(杉江松恋解説)であり、当方としてはM・C・クルーズ以来である。(『チャイルド44』は未読。)欧米のハードボイルド小説がいかに困難な状況を克服したかというストーリーを語ろうとも、共産主義独裁政権の恐怖政治下においては甘い話にしか感じなくなるほど、主人公の刑事と仲間たちの捜査活動は極度に制限され、心体両面でも苛酷な立場に追い込まれていく。かほどに悲惨な世界でも音楽は美しく奏でられているのだが、それすらやがて凄惨な地獄絵図に彩られていくのだった。

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    2021年08月06日
  • ブリジャートン家1 恋のたくらみは公爵と

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    Netflix で知って原作を読みました。二人の恋心がよく伝わってきて胸をときめかせながら読むことができました。

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    2021年06月27日
  • ブリジャートン家3 もう一度だけ円舞曲を

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    めっちゃシンデレラじゃんって思ったらシンデレラをモチーフに描かれた作品だった。
    今回は次男ベネディクトのストーリーだったけど何回かうるうるきてしまった…
    階級制度って本当なんというか…
    現代に生まれてよかったと思わずにいられない

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    2021年04月13日
  • レディ・オリヴィアの秘密の恋

    購入済み

    意外性があって良かった

    ロシアが絡むのでかなりシリアスになるのかと思いきや、途中で爆笑するような意外なエピソードが出てきて、シリアスちょっぴり、ロマンスありのこの作家さんらしい作品でした。

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    2021年03月03日
  • ブリジャートン家1 恋のたくらみは公爵と

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    Netflixで見てすぐ原作読みたい!と思って待ってました〜!!!
    オースティンっぽいと思ってたけどこっちの方が軽くて笑える所が多い。
    先にドラマ見たからキャラクターがもう浮かんでしまうけど妹も他の家族も原作には全然出てこないのね。
    これじゃあレディホイッスルダウンが誰かはわからないなw

    サイモンとダフネは原作でもめっちゃいい〜!!!
    アンソニーも推せるけど彼の恋物語は次?
    とにかく早く続きが読みたい!

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    2021年02月13日
  • ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿

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    ネタバレ

    イギリスの作家、ロス・モンゴメリの作品。日本初紹介の作家さん。元々は児童向けの作家らしく、今作が初めての大人向け作品とのこと。

    ハレー彗星が迫る1910年。彗星が毒を撒き散らすと信じる貴族が、孤島の館を封鎖する。召使として働かせてもらえるようになったスティーブンは、封鎖の晩、密室殺人に遭遇する…

    軽い気持ちで読んだらめちゃくちゃ面白かった。一族から爪弾きにされている老女デシマと、少年院出のスティーブン、メイドのテンペランスの組み合わせが良く、特に最初は性悪だったデシマが、徐々にマイルドになっていくところが素晴らしかった。年齢、性別、身分を超えたバディ物としては大成功だと思う。

    非常に読みやすいし、展開も悪くないのだが限りなく星5に近い星4。というのも、クローズドサークル感と館感が若干弱く(帯が悪いと思う)、事件的にも途中からわちゃわちゃしてしまっていて、もう少しコンパクトだったら収まりが良かったのに、少し残念だった。

    それでも、掘り出し物には違いなく。ミステリ的にもしっかりしていて、飽きさせることはない。おすすめ。昨今の出版事情としては難しいかもしれないし、そもそも本国でもまだ出版されていないかもしれないが、続きもぜひ邦訳してほしい(持ち越された伏線もあるので)。


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    2026年10月03日
  • ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿

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    まだハレー彗星が毒ガスを撒き散らすと思われていた1910年のイギリスの貴族の館に雇われた少年院出の従僕が、館の鼻つまみ者の老嬢と共に殺人事件の犯人を探すと言うもの。登場人物がステレオタイプなのは難点だが、貴族の屋敷の雰囲気や使用人の様子などクラシカルでワクワクした。まさかの犯人も予想できなくて、掘り出し物感があり想像以上に面白かった。

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    2026年09月30日
  • ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿

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    現代作家が古典ミステリーを料理する
    クリスティー好きにはオススメできる
    安楽椅子探偵ではなく、車椅子毒舌老嬢探偵
    圧倒的な完成度ではないが、キャラクターや雰囲気で最後までワクワクさせる本

    これからに期待

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    2026年09月29日