13編の短編が収められている。うち3編はやや長め。
ほとんどがSF的な設定となっているが、SFを全面に押し出すのではなく、SF的世界の中における人間の感情や生き方が描かれているという感じ。
丁寧に静かな文体で書かれていてじっくりと浸りながら読める。
特に後半の4編はそれなりの長さがあることもありテー
...続きを読むマに深みのある力作でとてもよかった。
1. 一筋に伸びる二車線のハイウェイ
事故で腕を失い機械義手をつけるが内部のチップに使われているソフトウェアがコロラドのハイウェイで使われていたもののリサイクルだったため、自分の腕がハイウェイと一体化したように感じる。手術でチップを交換するが、ハイウェイの記憶は残っている。(19ページ)
2. そしてわれらは暗闇の中
自分には子供がいて育てたことがあるという夢をみる。夢の中の子供はいなくなるが現実に海から現れる。同じような夢を多くの人が共有している。子供たちは海で泳ぎ回っている。(現実に現れたこの子供たちは何だ?)(14ページ)
3. 記憶が戻る日(リメンバリー・デイ)
退役軍人たちは〈ベール〉によって強制的に戦争の記憶を隠されている。世界中の退役軍人なのでよほど大きい戦争だったのだろう。(もしかしたら地球外からの襲来かもしれない)年に一日だけ〈ベール〉が外され、退役軍人たちはパレードの後、〈ベール〉を継続するかどうかの投票をする。そして毎年大差で〈ベール〉を残すことになる。戦争に参加していない人々は戦争のことや軍人だった家族のことがよく分からないまま。(13ページ)
4. いずへすべては海の中に
何かわからないがおそらく地球規模の大災害が起きて、陸地は海に沈みつつあり、人が住めるエリアが減りつつあるらしい。大型船に避難してクルージングしながら生活している人々もいる。そんな船にエンターテイナーとして乗り込むことができたロックスターが、船上の人々に嫌気がさして小型ボートで逃げ出し、遭難したところを、ある女性に救助される。女性は行方不明になった妻を探しながら世捨て人のような生活をしていた。話の筋には関係なさそうだが、ジェンダーの問題が自然に含まれている。(34ページ)
5. 彼女の低いハム音
The Low Hum of Her
ナチスの迫害から逃げるユダヤ人を思わせる家族。祖母はすでに亡くなっているが父がアンドロイドのような祖母をこしらえ、主人公は当初拒否反応を示すが、次第に心を通い合わせていく。未来にも人種差別や迫害はなくならないという暗示だろうか。(12ページ)
6. 死者との対話
Talking with Dead People
殺人事件が起こった家の模型を作り、被害者やその周辺のネット情報を学習させたAIとそれを接続することで、家に話しかけることで被害者自身が事件の真相を語り始める装置ができた。解決する事件もあり、ビジネスは大成功した。しかし、何でも暴きたがる経営者と暴かれるべきではないものとの線引きを弁えている製作者の間に亀裂が生じた。模型は必要なのかという疑問は残る。AIとプライバシーの倫理に関する問題。(21ページ)
7. 時間流民のためのシュウェル・ホーム
The Sewell Home for the Temporally Displaced
最初はリモートビデオ通話をしているのかと思った。次に過去や未来が見えるヘッドセットか何かをしているのかと思った。実は時間の感覚を失うような病のようなものらしい。今が過去か未来か今か分からないし、過去が見えたりする。今起こってることがこれから起こるような気がする。ちょっと想像できない感覚。(5ページ)
8. 深淵をあとに歓喜して
In Joy, Knowing the Abyss Behind
脳梗塞の発作を起こして反応できなくなってからも手だけは無意識に動いて図面を描こうとする。それは誰かを閉じ込める目的で夫がかつて書かされた建物の図面。「軍」「国家の安全」などのキーワードから地球外からの訪問者がいるのではないかと想像されるが詳しくは書かれない。もちろん夫が明かさなかったからである。SF的な世界設定の中で、それに直接触れることのない人々の普通の営みが描かれている。
この話にもこそっとジェンダーが盛り込まれている。(35ページ)
9. 孤独な船乗りは誰一人
No Lonely Seafarer
SFではないがファンタージ要素を含む作品。入江から外海に船を出そうとする船乗りは皆セイレーンの歌を聴いて海に飛び込むかして死んでしまう。子どもなら大丈夫だろうと船長に連れられて船に乗った少年は実は両性具有であった。少年はセイレーンの歌に自らの歌を返しセイレーンに勝利する。んー、よくわからなかった。(27ページ)
10. 風はさまよう
Wind Will Rove
文化の継承と断絶の話。地球を離れた宇宙船の中ですでに4世代目を迎えている。1世代目もまだ残っている。初期にブラックアウトという事故(事件)が起きて、地球から持ってきた音楽、文学、芸術、歴史など文化に関するデータがすべて消えてしまった。覚えている人が物語を再現し、音楽は毎週演奏会を開くことで演奏者のタッチを継承しようとしている。しかし、新たな惑星で新しい人生を切り開くことを目指す若い世代たちは、過去の地球の歴史には価値を見出していない。断絶が起きようとしている。(62ページ)
11. オープン・ロードの聖母様
Our Lady of the Open Road
自動運転車やモビル通信網は発達している一方で公共交通や産業が破綻している社会。人々は自宅で過ごすか自動運転車で点から点へ移動することがほとんどになっている感じ。当然リアルなコンサートはあまり開催されず、自宅や酒場でホログラムコンサートを鑑賞することが主流になっている。そんな中、手動運転によるバンでツアーをしながら各地で小さなライブを行うことにこだわるバンドの話。少数だがちゃんと観客もついている。トラブルだらけだが意地でもリアルなライブにこだわる。(59ページ)
12. イッカク
The Narwhal
なぜかクジラの形をしたトラックに乗って旅をすることになる。田舎町を走るただのロードノベルか?と思って読んでいると後半に意外なSF的展開が待ち受けている。ある田舎町の映画館が何らかのモンスターに襲われたときにこのクジラ型トラックが空を飛んでモンスターを撃退したらしい。改めて読み直すと序盤で有人が読んでいる新聞の一面にはヒーローがニューヨークを救ったような見出しが書かれている。そう、これはスーパーヒーローとモンスターがいる世界の話し。そしてこの物語は、映画化されたような事件の裏で起こっていた、スポットライトが当たらなかった事件の物語。(33ページ)
13. そして(Nマイナス1)人しかいなくなった
And Then There Were (N - One)
並行世界にいる自分の一人が並行世界を行き来するドアを発見し、たくさんの自分を呼び寄せてパーティを開催する。しかし発見者の世界では大きな災害が起こっていて、災害が起こっていない別の世界の自分を殺して入れ替わろうとする。パーティに招待された主人公はすべてを知る立場となり、発見者を告発するか見逃すか悩む。(79ページ)