伽古屋圭市のレビュー一覧
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読み終わった最初の感想は「う~ん微妙」。
理由としてはトリックのリアリティの無さ。大雑把ともいえる。
例えば、第一話に出てくるホムンクルスとそれを入れた容器。”本来は強い刺激臭のする特殊な溶液にひたされていた”と書かれているのでそれはおそらくホルマリン(ホルムアルデヒド)。
こんなものが換気がしにくい地下で開封されたら、少なくとも残り香くらいはあると思う。ましてやそれを包んだもの(布)を持ち出す(人がいる部屋を通る)なら、気付かない人がいないと思うのだけど。これが念入りに準備されたものなら尚更。
各話間の幕間(大正という時代設定から、おそらく東京大震災の出来事)は、この後どうなってしまったのかと先が気になり、その部分は良かった。
全体を通して大正という時代設定のミステリーという面白い素材を生かし切れておらず、色々と惜しく感じる作品だった。 -
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主人公は楓子・25歳。会社を辞め、祖母から創業60年の『駄菓子屋かすがい』を引き継ぎます。ある日、300円分のお菓子を食事代わりに購入する少年を見るに見かね、集客や商売抜きに『かすがい食堂』を始めます。
ネグレクト気味の母親と少年、摂食障害と少女など、困難を抱えている子どもたちに寄り添い、食べる意味をともに考えながら、人と未来を食でつないでいく展開です。
店名の「かすがい」は苗字なのですが、「子はかすがい」の通り、楓子が暗に何かと何かをつなぐ役割を果たす例えでもあるのでは、と考えます。
貧困などの難しく重い問題へ、少し楓子のお節介・介入が過ぎているようですが、一人でできることの限界を認識しながら、必死に居場所をつくろうとする姿勢に、教えられる部分もありました。
絶品料理で子どもたちの胃袋をつかむのではなく、一緒に買い物に行き、料理を作り、皆んなで食べる行為は、実際に子どもを変容させ得るかもしれません。 -
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『からくり探偵・百栗柿三郎』続編。
発明家兼探偵の柿三郎先生が様々な謎を解いていく四話と、序章、幕間、終章からなる構成です。
通いだった女中の千代さんが住み込みになり、前作の事件に関わっていた玉緒ちゃんも同居して“表”に出ております(その先の“若紫”的展開には触れられていませんでしたが・・)。さらに、犬のハチも加わって、何だか楽しそうな「百栗庵」です。
前作でのご活躍のお陰(?)で、本書ではすっかり“名探偵”扱いの柿三郎先生。今回も安定の名推理を見せてくれます。
そして、女中兼助手の千代さんも第三話「さる誘拐の話」では、なかなかの謎解きを披露してくれます(勿論、柿三郎先生の補足は必須ですが)。
それにしても、この第三話の“オチ”にはやられました。読み終わった後タイトル見ると“あー、そういうことね!”と、思わず苦笑した次第です。
序章、幕間が布石となっている、第四話「櫻の中の記憶」は、切ないお話でしたね。
話中に登場した製糸工場の、とんでもハラスメント上役が本当にクズで酷い奴でしたが、実際当時の製糸工場のイメージも“超ブラック職場”だったっぽいな・・という印象です。働いていた女工(工女)さん達は激務だったでしょうね。
こういった女性事情や、第二話でネタになった少女小説など、大正の雰囲気も味わえる当シリーズ。さらなる続編を期待します。 -
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ネタバレ子ども食堂というとすぐに"貧困"と結びつけられがちだけど、その存在を必要としている子どもは様々で、その可能性も無限。この小説でももちろん貧困をはじめとした社会問題は取り上げられているけど、それ以上に子どもたちの日常や、主人公のこれまでのキャリア、なによりも美味しそうな食事の描写!がたくさん出てきて、「子ども食堂」という先入観に囚われずに、登場人物たちに共感できたのがよかった。
子ども食堂を必要としている子どもの例
・お母さんが夜遅い、子どもの栄養管理をしない、子どもはお菓子を食べる。食べ物に関連する知識や常識が身につかない。
・喧嘩をした兄弟ー食事を通じて仲直り?
・拒食症ー食に関するいろんな情報に混乱して、食べ物が食べられなくなった子。子ども食堂を通じて自分なりの食の意味を見つける。
・隠れた貧困。貧困というレッテルを貼られたくなくて、生活保護を受けない親。 -
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ネタバレ伽古屋圭市さん、初読。
大正時代に活躍した画家の、未発表作品を寄贈したいという申し出を受け、学芸員の鷲尾つぐみが目にした美人画は、圧倒的な力を持っていた。
「僕には、罪を背負った女の匂いが、見えるのです」….当代の人気絵師として知られる茂次郎が、モデルとして選んだのは、人を殺めながら、罪を隠して生きる女性たち。
茂次郎は、何故そんな女性たちを題材に求めるようになったのか。
4つ目に配された、冒頭の絵のモデルである雪江の物語で、晩年まで茂次郎の求め続けた…もしくは囚われ続けた女の美しさの秘密が明かされる。
表紙の絵と、帯の文句に惹かれて手に取った。
ミステリというより、不思議譚の趣。
現代と大正時代とを対比させるためか、はじめは擬古文調の文体が気になったり、茂次郎に不気味な冷酷さしか感じられず苦しかったが、だんだん血の巡りが良くなるように読みやすくなり、茂次郎にも魅力を感じられるようになった。
ただ、茂次郎が、雪江に惹きつけられ、彼女を救えなかったこと、彼女の美を完璧に捉えようとすることから、同質の美を持つ女性たちを描き、雪江の娘に完成した絵を託す…という流れからすると、
むしろ雪江と出会った頃の茂次郎が冷たい青年絵師で、晩年に向かって変わっていくのが自然な気がする。
作品の本筋とは関係ないけれど、作者名を書くのに手間のかかること!
そして、主役たる魅力的な絵師の名前が、ぱっとしないこと!
…なんだかちょっと残念。