伽古屋圭市のレビュー一覧
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今回は新しい店子の利恵さんを中心にした話。
結婚という関係性のこれまでとこれからについてがメインテーマになるのかな。
自分自身が結婚することや子供を産み育てる事を重要視していないので、出てくるそれぞれの考え方に驚いたりする事は無かった。
親戚の宴会で男達が全然動かないのも分かる。でも、一言「自分で取りに行け」と女側も言えば良い。私は言い続けたぞ。その後面倒臭いやつ扱いされているが、煙たがるような親戚と会う事なんて今後は葬式くらいだ。
でも、アンナさんの同居生活における3つのルールはなるほどなぁと、思った。
ただ、それを実践するのは難しそう。特に掃除。
…難しそうと思っている時点で共同生活できない部類なんだな、私は。納得。
作中に出てきた『ふたりで生きる』のエッセイが本当にあれば読んでみたい。スピンオフみたいな感じで出してくれないかなぁ。
賄いつきの下宿って楽そうだけど、確かに自分で料理できないと好きな味付けができないので辛くなるかも。 -
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シリーズ3作目。
今作の主人公は、夫に卒婚を提案した50歳の久住利恵。
結婚して出産、育児を終えて自分を取り戻そうともがき、夫と離れて考えるために猫目荘にやって来た。
結婚というもの、結婚、夫婦というあり方。
事実婚、パートナー、同居。
夫婦別姓のことなども触れながら、他人と暮らすことについての様々な価値観が描かれていました。
猫目荘の住人や出会った人達の考え方にふれて、利恵は自分がこれからの人生をどのように生きていきたいかを見つけます。
結婚のかたちは人それぞれだと私は思っています。そして、幸せのかたちや価値観もそれぞれ違って当たり前だと思っています。
色んな考えがぶつかる中、自分の幸せをつかめていけたら良いな〜と思います。
明るく軽いタッチで読めるのですが、いろんなことを考えさせられた作品でした。 -
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まかない付きの下宿屋に住むことにした女性は…?
猫と料理でほっこりするのを期待すると、ちょっと違いますが~
降矢伊緒は、30歳にして仕事も婚活も上手く行かないでいた。
料理をしたくない伊緒は、まかない付きで格安のアパートを見つけ、入居することに。
男性二人が大家で、カップルらしい?
食事は一緒で、風呂は共同というのが珍しく、住人も一風変わっているのです。
人との出会いには、揺すぶられるものですね。
最初は文句たらたらの伊緒だったが、次第に話し相手も出来、ついには料理を手伝うまでになる。
なかなか鋭い指摘もある展開なため、やや辛口だけれど、それゆえに彼女の変化に説得力があります。
全体としては、こんな出会いがあったらな、という夢もいくらか、あるってことで(笑) -
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猫飼いは猫の絵が本の表紙についてるとついつい手に取ってしまう。
小説のなかで、決して猫スキスキ~だけではなく要所要所で猫をさわって元気もらう、現実味のある登場のしかたです。
夢を追いかけるのは無駄なのか、親に否定された生き方をしてていいのか…悩む『(元)漫画家』の主人公。
この中で、ちょこっとだけ出てくる叶ちゃんが鋭い。将来やりたいことは、と聞かれて『イタリアの、森と湖のそばでくらすこと、国連で地球温暖化に取り組みたい』こと。すごいねぇ素敵な優等生だ、と思ったら、叶ちゃんはもっとすごかった。『違うよ、地球は守らないし、私たちには守れない。どこまで行っても人間のための活動だよ。だって、…』ほんとすごいんです、叶ちゃん。ストーリーの本筋にはそこまで絡んでこないとはいえ。 -
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日本の教育制度や担任による指導の限界を探り、元教員である主人公がそれをアシストする、という物語。おもしろい。教育とは何かを考えられる。
p.52
地域差はあるのだろうが、自分が子どものころ、宿題の丸つけを親にやってもらってから提出する、というやり方はなかったように思う。教員になるために勉強しているとき、最近はこういう方法が出てきていると知ったのである。
理由はさまざまにあり、親自身に学習に参加してもらうのが大きな目的のひとつだろう。通知表の数字や教師の評価だけでなく、自分の子がなにが得意でなにが苦手かをじかに知ってもらい、親子による学習の機会を促すためである。親の負担は多少増えるが、子どもにとってもうまいやり方だと思う。
一方で、教員の負担軽減という側面も一部にはあるだろう。確認するだけなら時間も手間もかなり省ける。もっとも、きちんと見ようとすれば親による丸つけの有無にかかわらず、時間はかかるものだ。
子どものためにと使命感を持って、丁寧な仕事をしようと思えばいくらでも時間と手間はかけられるし、楽をしようと思えば手を抜くこともできる。いずれも給料は変わらない。余分にかけた手間の対価は笑顔や感謝など無形のもので、それすらないことのほうが多い。子どもの成長という、ほとんどの場合は確認のしようもない充実感、あるいは自己満足。
それが教員の仕事であり、現実でもある。
わたしを指導してくれた先輩教員も、積極的に親を宿題に巻き込む主義の人だった。
比較的早く実践していた人物かもしれない。
その理念は賛同できるものだったので、べつに楽をしたいからとかではなく、わたしもまた親に丸つけをしてもらったり、確認してもらったり、親子で取り組むような宿題を積極的に出していた。
p.56 ったのではないか。
学校からドロップアウトしたこと自体が悪いとは思えない。学校など必要のない人間もいるし、外で学ぶ方法もある。けれど彼女は、松村結梨は、自分の人生を修正する力を持てなかった。助けを求める方法を知れなかった。
教育とはなんなのか。
学習とはなんのためにあるのか。
割り算なんてできなくたっていい。電卓のほうが百倍速く、正確にやってくれる。県庁所在地なんて知らなくたって困らない。ネットですぐに調べられる。
でも、だからといって学習が不必要だなどとは思わない。学習は知識でなく、その先にある”考える力”を、究極的には“よりよい人生”を掴むためにあるものではないの
か。
なぜ自分は、日本の学校は、彼女にそれを与えることができなかったのかー。
p.254 後悔、葛藤、やり残したこと、正直それらは山ほどある。
教育とはなにかー。
教員時代に見出せなかった答えを、いまも追い求めているのかもしれない。はっきりした答えは、きっと一生かかっても見つからない気がする。けれど見つけようと試行錯誤することに意味があるのではないだろうか。
この学習塾は、その答えを見つける旅の出発点になるんじゃないか。そんな予感がしていた。 -
Posted by ブクログ
前回のいおちゃんが大家になってからの大家目線でのお話かと思ってたら新しい主人公のお話だった。
好きなことを仕事にするっていうのは好きなことが純粋に楽しめなくなるって分かってたけど実際今回読んでみてやっぱり辛いなって思った。
やりたいことがなくても人は生きていかなきゃいけないし、簡単に死ねないし、生きるなら楽しみたいし、でもどうやったら楽しめるのか分からないし。みたいな事をずっと考えちゃうのだけどやっぱり1人でこもってたらなにも変わらないよなって再認識した。
色んな人の色んな人生観とか考え方を見て、聞いて、話すから自分の価値観も広がるんだなって。
私もそうしなきゃなって。外に出なきゃなって思った。