伽古屋圭市のレビュー一覧
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主人公の息子と同じ年頃の子供を持つ親として、教育とは?を考えさせられた。
画一的で、考えない人間を量産しているという学校に行かせる事は正しいのか?
自分の学びたい事だけを突き詰め、必要な時に必要な学びを自らが行う事が本来の学習とはいえ、日本は型にはまらない生き方を認めず、一度でもドロップアウトした人を蔑む。
どのようにすればキチンとした大人になるという正解がわからない中で、我が子に自分の理想を押し付けようとするが、大事なのは子供自身が自分で決めていく事なのかもしれない。
クロワッサン学習塾での謎解き探偵ミステリーはなかなか楽しい送別会だった。そんな事、私もやってみたい! -
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元教師の三吾は、小学4年の息子を連れて実家に戻り、父が営むパン屋で働く。
息子と同じくらいの少女がパン屋で万引きをするところを見てしまい…。
その騒動をきっかけに母親が宿題を見てくれない、ということから自分にできることがあるはずだと思い、その母親と多少のいざこざ的なことがありつつも店の定休日に学習塾的なことを始める。
他にも息子の同級生が、ディスレクシアだと気づいたり…。
元教師ということもあって、子どもに対してどうすればいいのかとか、取り返しのつかない状態になる前に避けれたらという思いが伝わってくる。
ちょっと説教くさいところやボランティア精神が強いのでは…と思うところも三吾だからか。
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シリーズ第3弾。
駄菓子屋の奥で子ども食堂を始めて約二年が経つ。
楓子のおせっかいは、相変わらずと言えばいいのか…。
今回は、高校生の三千香が同じ商店街で買い物をする姿を何度か目にして、「ヤングケアラー」だと確信し、うちの食堂へ来ないか?と誘うのだが…。
しつこく誘われるのにウンザリ気味の彼女は、弟と参加するが、これっきりだと言う。
辛辣な意見を澱みなくズバズバというのに一瞬度肝を抜かれる。
そこまで言うんだ…と。
弟だけが姉の態度を謝って、週に一度参加するかたちになるのもあり…なのか。
今回はこのほかにも子育て関して、考えさせられることが多い。
しつけは、教育は、恐怖や懲罰による支配ではないということ。
暴力は肉体的なものだけじゃなく、威圧したり、叱りつけたり、怒鳴ったり、大きな音を立てたり、罰を与えたり、などの一切合切含めて否定すべきだと。
これは子どもに対してだけじゃなく、大人でもそうである場面もちらっとある。
会社やバイト先で叱る、高圧的に命令する、恥をかかせる、罰則を与えるなどの行為は、反発を招き、憎悪を溜めるばかりで忠誠心も下がる。
叱れば叱るほど相手は見えないところで、手を抜こうと考えるばかりになり、百害しかない。
結局、他人を叱るという行為は、親であれ上司であれ先輩であれ、当人の鬱憤晴らし以外のなにものでもないから不快になる。
叱るのは相手のためだ、という間違った正当化を信じているからよけいに厄介でもある。
鬱憤の連鎖は何ひとついいことなどないのだと。
自分も今までの子育てを振り返っては、反省すべきことばかりであったと思い知らされた。
この「子ども食堂」は、内面のちょっと深いところまで入ってきたなぁ…と感じた。
ただ、食堂のメニューはそれほど難易度が高いわけでもなく、子どもたちもいっしょに作れるものなので、無理をしていないところが続いている秘訣なのかも。
今回は、冷凍フェスのくだりがあったのにはちょっと驚いたが、便利なものは活用していけばいいと思う。
みんなでわいわいと意見言い合うのもありだと…。
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映像業界で働いていた春日井楓子は、激務で仕事を辞めてから祖母が営む駄菓子屋『かすがい』を継ぐ。
どうにか慣れた頃、ひとりの少年が来るたびにきっちりと三百円分のお菓子を買うのに気づく。
まさか、これが晩ご飯とは…。
これをきっかけに店の奥で、三百円の駄菓子の代わりにハンバーグを作っていっしょに食べる。
シングルマザーで貧困家庭、時間もなく子どものことも見る時間がない状態では、晩ご飯も毎日作れていない。
それでいいわけはないが、どうしようもないということだろうか…。
楓子は、居場所のない子どもたちのために、みんなで囲む食事が美味しいことを気づいてもらえたらという思いもあるのかもしれない。
押しつけることもなく、自然にいっしょに食事ができるように献立も買い物も料理もできる範囲でいっしょにすることで得られることもたくさんある。
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人間は何のために食べるのか?その問いに答えを探し、さまよっている子供たちがでてくる。いや、答えを探しているのは子どもたちではない。何に困っているのかも分からない子どもたちに寄り添い、いっしょに答えを探している駄菓子屋かすがいのおばちゃん楓子が主人公の物語である。献立を決めて、買い物に行き、調理をする。そんな当たり前のことが当たり前ではなくなっている子どもたちがでてくる。いや、コンビニ弁当やUber eatsが大活躍の現代では、どちらが当たり前か、、?毎回の食事風景からは、たちのぼる湯気や鼻をくすぐる匂い、美味しい物を食べた時の笑顔まで見えてくる描写で、こちらまでお腹が空いてくる。やはり、食べることは幸せに生きることだな、と思う。
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新味を出そうと色々マイナーチェンジは加えているものの、物語の基本構造が「かすがい食堂」と同じなので、同工異曲の誹りは免れ得まい。とはいえ、本作では主人公が元教師と設定されているので、今の学校や教育が抱えている問題点をストレートに斬る部分が多く、今子供の問題を考えるならここがやっぱり本丸だよなあという気にさせてくれる。ある時点までは機能していた、一生懸命に勉強をして、テストでいい点を取り、良い学校に入って、大企業もしくは官公庁に入れば人生安泰という成功モデルは、今や完全に無効化している。大企業に入ったからと言って、今は何も保証されないし、中央官庁なんて単なるブラック職場である。にもかかわらず、大人の多くはそのことを直視できていない。むしろ頑なに否認し続けている。これじゃあ子供もやってられんわなぁ、なんてね。
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ネタバレ東京の下町にある駄菓子屋"かすがい"の奥の台所で、子供に食事を提供する"かすがい食堂"。提供するとは言っても、食べる子供も一緒に買い物したり料理をする変わり種の食堂だ。
世にいう"子ども食堂"程規模の大きなものではなく、家庭や学校などで問題を抱えた近所の子供数人に、食事を共にすることで息抜きをさせてくれる場にもなっている。
"かすがい"の店主・楓子が、子供を見下したり一方的に施したりするのではなく、常に同じ目線でじっくり向き合い寄り添う姿勢に好感が持てた。
ネグレクト、摂食障害、貧困。現代の子供たちを取り巻く問題は複雑で、スッキリ解決できるものは少ない。
様々な問題を抱えた生きづらさの中にあって、少しでも肩の力を抜き、何より自分たちで作った料理を美味しいと感じたりみんなと一緒に食べることが楽しいと思える気持ちが、やがて子供たちの救いになるといい、と願わずにいられない。