セネカのレビュー一覧
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◯摂理について
・善き人たちが苦労し、汗を流し、険峻な途を登攀するのに対して、劣悪な連中が自堕落に暮らし、快楽に酔いしれているのを目にしたときは、「息子は厳格な訓練で律せられるのに対して、奴隷の身勝手は育つがままにされるものだ」と考える。
・障碍を知らぬ幸福は、どんな打撃にも耐えられない。だが、絶えず逆境と格闘した者には、受けた不正で厚い皮が育ち、いかなる悪にも屈しない。
◯賢者の恒心について
・彼が所有のうちに置いているのは唯一、徳だけであって、ここからは何一つ奪い取ることはできないからである。
・犯罪は、遂行の結果以前に、範囲が十分である限り、すでに完了しているのである。
・人からの侮辱を賢者が児戯とみなすのも、至当というより他はない。
◯怒りについて
・最善なのは、怒りの最初の勃発をただちにはねつけ、まだ種子のうちに抗い、怒りに陥らないように務めることである。
・それは有益だとか不可避だとか言って自分の弁護と身勝手の口実を求めてよいわけはない。
・怒りに陥らないようにすること、それから怒りの最中に過ちを犯さないことである。
・子どもを早いうちから健全に躾けることこそ、何よりもためになる。
・モノは我々の怒りに値しもせず、それを感じもしないのに、怒るとは何と愚かなことだろう。
・われわれのうち、罪のないものは一人としていない。
・全部取り去ろうとしてはいけない。一部ずつ摘みとっていけば、怒り全体を征服できるだろう。
・「思っていなかった」とは、人間にとって最も恥ずかしいいいわけだと思う。あらゆる事態を思い、予期しておきたまえ。
・怒っているとき、鏡を見たことが役立った。
・何かを試みるときはいつも、あなた自身の力と、あなたが準備していてあなた自身がその準備になっている計画と秤にかけたまえ。
・あなたの中でどこが弱いか、そこを最もしっかり守るために知っておかねばならない。
・誰でも気持ちを傷つけられた時はいつでも、自分にこう語りかけるといい。「私にピリッポスより強大な力があるとでもいうのか、彼ですら、黙って悪口を浴びた。私がふるう力は神君アウグストゥスが全世界にふるった力より大きいとでもいうのか。彼ですら、自分に罵言を浴びせるものから遠ざかることで満足したのに。」
・夜の眠りへ退くとき、己の心に向かって尋ねる。「今日、お前は己のどんな悪を癒したか。どんな過ちに抗ったか。どの点でお前はよりよくなっているのか。」
・死の定めを思うこと。「気高い喜びに費やすこと許されている日を、他人の苦痛と呵責へ移して、何が楽しいのか。」 -
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ストア派として有名なセネカの代表作。
その哲学思想が分かりやすく書かれている。
2000年も前に書かれた書物なのに、その内容はナポレオンヒルのように、今なお読んでも色あせていない。
(もちろん、当時の偉人や王、奴隷制度の話などが出てくると、時代を思い出させられるが)
その深い洞察(思索)は現代にも通じるわけだが、このストア派(哲学)の行くつく先と、ブッダ(原始仏教)の教えがどうしても重なってしまう。
仏教と言ってしまえば宗教に区別されてしまうが、少なくともブッダは哲学者であり、それが当時の宗教界で祀り上げられ利用され”仏教(大乗仏教)”となっただけで、単に後世のラベル付が違うだけだろう。
時代は多少違うが、セネカとブッダが対話したら凄かったろうな、などとつい思ってしまう。 -
Posted by ブクログ
よく「人生って短いよね」って言うじゃないですか、
でもセネカ的には、それ違いますよ、
人生は別に短くない、むしろムダ遣いしてるだけなんですよ。
出世とかお金とか、他人の評価とかに振り回されて、忙しいフリしてるけど、自分のための時間ほとんど使ってないんです。
だから気づいたら「もう人生終わりじゃん」ってなる。
じゃあどうすればいいかというと、何が本当に大事か考えて、
自分の時間を自分のために使うこと。
あと幸福って、お金とか快楽じゃないんですよ。
理性的に、ちゃんとした価値観で生きるってこと。
それができれば、外の状況に振り回されずに生きられる。
つまり、「人生が短いんじゃない、雑に使ってるだけ」。
これがセネカの主張です -
Posted by ブクログ
本編を読んでいるかぎりは、何か頭を上滑りしていくようで、あまりよく理解出来なかったのだけれど、翻訳者の丁寧な解説を読んではじめて、ああ、なるほどなと思った。
セネカ自身が言っているように、ストア派のいう賢人などはこの世に存在しないのだろう。勿論その賢人が持つとされる徳に満たされるような人物になろうとしているのだけれど、なれるかどうかではなくて、その過程のうちに死を迎えるのが大事なのだろう。
未来、ではなく現在に向き合うために、過去をつまり歴史の英知を学び、人類全体の幸福を追求しようとしたのがこのストア派なんだという解説をみて、他の本も読んでみたくなった。
確か、松井秀喜がストア派の本の帯で勧めていたのを記憶しているが、あの長嶋茂雄さんとの1000日計画において、過去の英知にそれこそ、浸れたのだろうと思うと、凄い時間だったんだろうなと思う。 -
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セネカの哲学から人間いかに生きるかを学ぶことができる本。
人は人から時間が欲しいと言われるとすぐに使ってしまう、そして自分の時間がなくなっていく、時間は目に見えないもので一見多く残されるように見えてしまうからであると言えるが、自分の時間を大切にし時間にけちであることも大事であると学ぶ。
また多忙であることにも注意が必要である。忙しいとは心が奪われている状態であり、自分に向き合えていない状態と言える、そして過去を振り返ることも嫌い、今を多忙に過ごしている人たちもいる。しっかりと自分自身に向き合い、多忙ではない閑暇な時間を作ることも生きる上で重要であると学ぶ。
時間の長さは時間で測ることができるものでなく、時間の過ごし方の質で変わるということ。一見おかしな解釈に聞こえるが、過去に向き合い今の時間を大切にすること、物事を先延ばしにして未来の時間を奪うことなく今の時間を大切にすることが重要であり、その質が高く生きていれば人生は十分に長いと言える、感じられるということと理解する。
その他、このセネカという人物の教えはストア派という自然哲学の思想からきている。財産や地位といった世俗的で人為的なものを排除し自然的なものを価値のあるものとして受け入れる考え方である。こういった哲学、それを取り入れている背景を学ぶことがまた重要である。 -
Posted by ブクログ
ストア派の哲人、セネカによる人生論幸福論。表題「生の短さについて」「心の平静について」「幸福な生について」の3篇からなる。
幸福に生きるための人生ガイドのような感じかな。ただしストア哲学的な幸福を享受するには理性に基づいた、だいぶストイックな生き方をしなくてはならないことにはなるが、それでも理性に従わない生き方がいかに不幸であるかということを例を上げながら滔々と語られると「なるほど確かにそうかも」と思わせる説得力がある。さすが哲人。
哲学(倫理学)の書だからとか岩波だからとかで構えてしまうかもしれないが、中身は拍子抜けするくらい難しくない。哲学的理論を実践に落とし、どのように行動すべきかについてを我々に諭してくれている。
何より面白いのは、2000年前に書かれた本書の人生訓について身につまされるところである。なんというか、人間2000年経ってもほとんど学習しないんだなっていうことが非常によくわかる。物心ともに満たされた社会にあると、多くの人が放蕩する。そして少数の人がそれを諌める。その勢力図は2000年経っても変わらない。
未来を変えるっていうのは、いかに難しいかっていうことを合わせて本書は知らしめてくれているように思える。理性のレベルを変革させるっていうのは、ダーウィン並の進化が必要なのではないかという気の遠くなるような思いすらする。
まあそれはともかく、ストア派の思想は多くのビジネスリーダーにも支持されているので野心ある若者はぜひ一読しておくことをおすすめしたい。
人生の段階によっても、読み方が変わるんじゃないかな。20代はきっと「無理だよこんな生き方つまんないもん」って感じると思う。でも40代以降は「あーそうそう。そうなんだ。残りの人生こんなふうに追っていきたいんだ」って感じる人が多いはず。 -
Posted by ブクログ
人生は長いようで短く、短いようで長い。それは自分の時間を善く丁寧に生きれば、充分に充実した時間を得られるだろうと説く良書である。
セネカの死生観や哲学は現代でも活かされており、時代や国、文化を超えて問いかけと生き方を教えてくれる。
さて、人生は有限だ。だが、時間は無限のようにあるように体感してしまう。だから、時間を浪費してしまうのだろう。現代では時間を溶かすコンテンツはありふれている。これからもそれらは増え続けていくだろう。1日は24時間しかない。使える時間はもっと限られる。その中で、どう生きればいいのかわからないときは、自分の死をイメージして行動せよとセネカは説く。死を意識することで視点は大きく変わる。人生は何が起きるかは誰にも自分でもわからない。今日死ぬかも知れない。そう意識いして生きるだけでも悔いの残らない善く充実した人生になりえよう。