グレッグ・イーガンのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
圧倒的スケールにして緻密。読者を選ぶ物語ではあるけれど、量子力学と認知科学のある程度の知識があれば、何とかついていける。ただし、これは宇宙オタクを満足させるためだけの衒学的な語りなのではなく、こういった舞台の中でしか語り得なかった物語なのではないか。知性とは何かということを読みながらたくさん考えた。
非知性ソフトウェア創出が作り出したヤチマという個体が〈私〉を獲得するまでの18-54pのくだりで心を鷲掴みにされ、そこからは理論的な部分が少々わからなくても一気に読み進められた。一気に読む、ということが褒め言葉ではないと思うけれど、読まずにはおられない、この物語と少しでも多くの時間結合していたい、そう思わせる素晴らしい読書体験。 -
Posted by ブクログ
ハードSFの大家グレッグ・イーガンの11の短編を収録した本書は、文中の言葉を借りるならば、「きみがきみであること」「自分が何者であるか」、すなわちアイデンティティを共通したテーマに据えている。
SFの手法でアイデンティティを語る作品としては、個人的にはロボットを題材にした作品が多い印象を受けるのだけど、本書においてはそれに依存することなく、多彩な視点からアイデンティティを捉えている。
ヒューゴー賞/ローカス賞を受賞した表題作もさることながら、次の2作品が特に素晴らしかった。
・『ぼくになることを』
衰退する脳を排出し、その代わりに衰えることを知らない"宝石”を移植することが一般化した未来社会。"宝石”を移植しても、その人物の思考は従前までと何も変わらない(移植するまでの間、脳と"宝石”は常にシンクロナイズされているからだ)。だけど、脳のない人間は、果たして"人間"と呼べるのだろうか…
"宝石”の移植を頑なに拒む主人公の顛末。それが、とにかく割りきれなくて、心に刻まれるほど気色悪い。
・『百光年ダイアリー』
未来には行けないが、知ることはできる社会。主人公をはじめとした一般市民は、"未来の自分が記した日記"により、将来を理解していた。"自分という存在"は、過去と未来の自分によって形作られる。そんな社会を甘受していた主人公だが、ある日、歯車が狂い始め…
アイデアとなにより展開が秀逸!これは面白かったなぁ。
全作品を通じて、とにかく後味は良くない。
心を覆い尽くすのは、不安。だけど一抹の希望が潜んでいることを否定できない。
そんな不透明な心境に陥るのだけど、でもアイデンティティを認識した時って確かにそんな気持ちかもね。決して爽快な気分じゃないと思うんだ。
そう考えると、微妙なセンチメントを表現してくるグレッグ・イーガンは、流石と言わざるを得ない。 -
Posted by ブクログ
進みすぎたテクノロジーと、それに置いていかれた人の精神を取り扱う、イーガンならではのセンスが光る短編集。
あらすじを語ること自体がネタバレになってしまうので、実にもどかしいのですが…。
短編集の一話一話の密度が濃く、どれも考えさせられます。
「ぼくになることを」を読んだショックは相当なものでしたし、
「貸金庫」は今まで読んだSF小説の中で一番ほろりと来ました。
紙面には、幾何学や量子力学の話題がばらばら出てくるので、一見読みづらいと思うかもしれませんが、そんなのは雰囲気作りの装飾です。本質はもっと分かりやすくて、不可解なところにあります。最初は苦痛に感じるかもしれませんが、是非読み通してみてください。 -
Posted by ブクログ
手塚治虫の漫画のような、毎回示唆に富んだテーマを近未来を舞台に展開した小説です。本作は極めて高度な科学考証を基盤とする「ハードSF」であり、私としては専門的な文章が難しく、毎回テーマとしているところを汲み取れず、WEBで解説を読む始末でした。だいぶ難しいイソップ童話といったところでしょうか。内容を追うので精一杯でした。その中でも医療サスペンスの枠組みに近く、ストーリーがわかりやすかったのは「チェルノブイリの聖母」や「血を分けた姉妹」ですかね。
純粋にSF要素を楽しむべく読むやりかたのほうがよかったのかな。何かを得ようとする読み方への限界を感じてしまった。またいつかリベンジしたいですね。 -
Posted by ブクログ
どこで見たか忘れてしまったが、、確か雑誌か何かで知った一冊。最近仕事でドローンを扱うことも多く、SF好きなので自然と購入。
ショートSFならではの最後の続きを予見させるおわりにわくわくする。標題作では子供のいたずらのようなところから、ねずみ小僧的な海賊の姿が見えた時には続き読みたい...!と思った。
エグザイルパークもプラゴミ島という将来ありえなくもない環境とオロクンの超能力じみた設定。オロクンはなんの比喩だろうか。保守的な政治か麻薬か、かりそめの平和か、なにかに依存する世界を揶揄するものだろうか。
クライシスアクターズは陰謀論的な話で、気候変動を信じる信じないにしろ、とっている行動は同じで結局は環境活動に興じているというとんちのようなものにも感じた。形は違えど、親子はよく似ている。
菌の歌、軍団(レギオン)は支配型の未来が成立した世界。SFといったらこのやりすぎ設定が面白いが、技術のゴールは平等な社会だとするとこれって社会主義的な思想に近いと感じる。一方で、渡し守のような、割り切った資本主義構造によって貧富の差が大きくなることも一種の将来として想像しやすい。いずれにしても完全に管理することが可能な技術が出来上がると社会は極端な方向へ向かってしまうような気がする。
SFの面白さを改めて考えると私は読み始めのその世界を探っている感じが楽しい。どんな設定だろう、そういう常識の世界かーみたいな。そこにアイデアも感じるし、何を比喩しようとしているのか、フィクションだからこそストレートに感じる著者の意見が見える。
インタビューにあったキムスタンリーの、「SFには予言と現在のメタファーの二つの働きがある」というのはまさにその通りだと思う。予言としてみたらトンチキな設定かもだけど、風刺する意味では現代そのものだったりする。抽象化・メタ化して現在を投影した世界がSFそのものであり、だからこそいろんな歴史・ 知見が入るし、知的好奇心もくすぐられる。そこが好きなんだなと改めて認識した。